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34-5 殿下と楽しむ夏の余暇

「リィンベル様の手伝いか、まあいいだろうやってやる。私がいない間に無茶な実験に手を染めるなよ」

「エルザ、お館様に失礼ですよ。……心配になる気持ちも、わからないでもないですけど……」


 役割分担。監査官のことも片付いたので、翌日からエルザさんとレアさんをリィンベルに貸し出しました。

 どちらも従者として優秀なので良い秘書役になってくれるはずです。


「心配などしていない。ただ私は……私は、いまだにこの男をどう見ればいいのかわからない……。だから監視ついでに開拓を手伝ってやっているだけだ!」


 エルザさんはまだまだ文句とかいっぱいあるみたいですけど、レアさんと一緒に行動させるとだいたいそれで満足してくれます。

 オールムに作り出されたホムンクルスとはいえそこには姉妹の愛情があります。

 ここだけの話、それをこっそり盗み見ているだけで微笑ましいのです。


 っていうかエルザさんってシスコンなのかも?


「じゃよろしく。……ところでグリムニールさんから何か連絡は?」

「無い。正直、今のお前に会わせるのは不安だ……。お前は何をしでかすのか、まるで読めないからな……」


 あとはここにグリムニールさんという古き盟友が加われば完璧です。

 でも待っても待っても帰ってきません、一体いつ帰国するんでしょうか。どこで何をしてるんでしょうか。最後に会ったのは公都迷宮化の前です。

 彼女がいなければオールオールムの望むやり直しにはならないというのに……ああ、エルフ、最高なのに……。


「あ、監査官殿。今日も釣り(アレ)ですか?」

「うむ……悪いが、もうしばらくご厄介になる。そこの川に、なかなかの強者がいてな」


 ……監査官殿のことは片付きました。

 確かに議会に報告を届けに帰りはしました。

 しかしこの新しい釣り場でもっと糸をたらしていたいがあまり、真っ直ぐうちの領館に帰って来ちゃったのです。


「最初会ったときは、まさかここまでの釣り狂いとは思いませんでしたよ。美味しい魚釣ってきて下さいね」

「期待していてくれ。今日こそ仕留めてくる」


 この期に及んで隠すことなんてありません、アルフレッドも俺も喜んで監査官殿のオフを歓迎しました。



 ・



 それより日が飛んでの翌朝、まどろみから覚めれば部屋の外より複数の声が聞こえました。この声質と喋り方は、マハ公子とウルカです。なーんか変な取り合わせ……。


「お待たせしましたウルカさん! さあ行きましょう!」

「うんうんかわいいかわいい、アトゥの次くらいにかわいいよー殿下~♪ あ、悩み事があったらいつでも言ってねっ。ん~例えばー、せーんせ~のこととかさぁー?」


 マハくんは開拓地の陣頭指揮に加わって、文字通り身体張ってがんばってくれています。

 おかげでアシュリーとウルカ、アクアトゥスさんとすっかり打ち解けたみたいでした。


「悩みだなんてそんな……っ。アレクサント先生は……いつだってボクにやさしいです……。昨日だってあんなに……」

「おっおっ? 開拓地に向かいながらそこ詳しく聞こうじゃん♪ クフフ……せんせーをいじめるネタになりそうだしー……キャハッ」


 ……ん、んん? でもそれって……あれ?

 公子のエンカウント率上昇……ってことじゃねぇですか……?

 あと弁解しますけど昨晩は殿下と、チェス好きのモンテ・ロマーニュとこの部屋で夜更かししました。

 殿下が恥じらうような変なイベントなんて一瞬たりとも発生してませんよ、残念だったねウルカ。


 しかしその日はそんだけです。

 他に取り立てて目立った出来事もなく、ただただ平和に日が昇り沈んでいきました。



 ・



 それからさらに日をまたぎ、翌々日の昼前となりました。

 朝から休まず錬金釜をかき回していたらもうこんな時間です。昼ご飯はなにかなぁー、やっぱり料理上手のレアさんをお嬢に付けたのは失敗だっただろうか。

 なんてどうでも良いこと考えながら意識をまどろみ飛ばすのが俺の日常です。


 ちなみに今日はエントランスこと仕事場に俺1人でした。

 アクアトゥスさんはウルカの手伝い、アインスさんはダリルと一緒に厨房で賑やかにやってるみたいです。


「あふ……あ、もう出来てたか」


 杖を釜に落とすと完成品のエーテル瓶にガチャリとぶつかります。

 そのエーテルをひょいひょいと取り出して、コイツはお高い貴重品なので割れないよう布に包んで木箱へ詰め込みました。

 半分売り払って、もう半分を手元に残しています。

 ……きっとこの先大量に必要になる時が来るはずですから。


 さて次は開拓民のための薬を作りましょう。

 スタミナポーションという疲労回復栄養剤を、労働者の人数分だけ用意するという単純膨大作業です。

 井戸水、中和剤、滋養に繋がるアレコレをぶち込んでグツグツと魔力で沸騰させていきます。すると――


「アレクサント、殿」

「ん……? え、な、なんですか急に……?」


 老執事チャップが現れました。

 問題はその表情です。超のつくキレ顔で敵意をまき散らしながら、俺の名を冷たく呼ぶのです。


「殿下が、お呼びです。……至急、殿下のお部屋へとお急ぎ下さい。チッ……小僧がッ……」

「ああ、殿下って今日は休養日でしたね。……舌打ちとかしないで下さいよ了解しましたから。あ、でも先にこれ片付けちゃいますね」


 最近チャップさんとの関係がさらに悪化しました。

 原因は言わずもがな、マハくんを溺愛する彼ですから俺が気に入らないのも必然というものです。

 殿下が俺を慕えば慕うほど、老チャップの怒り――ではなく殺意に等しいものが降り注ぐのです。


「俺はもう歳でな、けして辛抱強くはない、早くしろ……」

「恐いですって……はいはい……急ぎます」


 炊飯器でいえば早炊きモード。

 高い魔力を込めて激しく釜を沸騰させて、仕上げにポーション瓶を投げ込めばスタミナポーション8本の完成となりました。

 ここで悠長に木箱へと移していたら、まず間違いなくこのお爺ちゃんがブチキレるのでこのまま向かうことにしましょう。


 2階への階段を鋭い視線に刺されながら上り、自室の反対側にクルンと振り返ればそこがマハくんのお部屋です。

 ああ、なぜ俺は女の部屋を訪ねるような気分になってるんでしょうか……。

 それは違う間違ってると頭を振り払い、気を取り直して男友達感覚で扉をノックします。


「あっ、先生ですね! お呼びたてしてしまってすみません、どうぞ中へ!」

「じゃ遠慮なく」


 隣室が王子様ってこれすごい経験なんでしょうね。

 中へと入り込むと、立派な調度品に飾られた部屋が自室と同じ間取りで現れます。

 するとそこに救いの神も同席していたのでした。


「やあアレックスくん、大事な仕事中にすまなかったね。まあサボる機会だと思って付き合ってくれないかな」


 俺たちの先輩ロドニー・グリフです。

 マハくんからすれば大先輩にあたります。この機会にそう殿下に仕込みたい。


「伯爵殿が言うなら断る理由はありませんよ。ロドニー・グリフ伯爵様」

「……その呼び方は勘弁してくれアレックスくん」


 話ちょっと飛びます。

 この近衛団長様ですけど、実は男爵位から子爵を飛び越して伯爵に出世したそうです。

 やさしげなこの気品ですから、伯爵って響きがなんかやたら似合います。さすがロドニーさんです、さすが、さすが。


「皮肉だって言いたくもなりますよ。人ががんばって仕事してんのに、そんな楽しそうな格好なんですから」


 ただし服装はすっかりのバカンス気分、ポロシャツに半ズボンに着替えちゃってます。

 殿下の前だっていうのに、ていうか殿下まで薄手のシャツとズボンとかいう少年ルックなんだよね……。


「すみません先生……あ、それであの……えっと……。ぅ……ぅぅ……ロドニーさん、どうか代わりに……お願いします……」

「えーっと、何の話なんですコレ?」


 公子は元から赤面症、俺に赤くなるのは絶対おかしいけどまあそこは置いておいて。

 どうも呼ばれた理由がよくわからなくなってきました。

 2人ともメチャ楽な格好なんですもん。


「アレックスくん、キミも元々今日は休みの予定だったんだろう?」

「……まあそうですけど。そんな日に限って仕事したくなることもあるじゃないですか」


 理解できないとロドニーさんが微笑で返します。

 それからチラリと殿下の様子を確認したようです。

 やさしい微笑みが浮かびました。やはり自分で言い出す勇気が無いらしい、しょうがない、とでも呼べるようなものが。


「まあしかし休みは休みだ。そこでどうだい、今から水浴びにでも。……良ければ殿下に泳ぎを教えてもらいたいんだ」

「ぁ……ッッ……す、すみません、先生……」


 遠慮がちに殿下がこちらを見上げて視線をすぐに落とします。赤面症ここに極まれり。

 でも勘違いしちゃいけない、コイツは男、どんなにかわいく見えても男、思考はホモ。つまりこれホモのいざない!


「ならそれロドニーさんがすればいいんじゃないですか? だって俺、そんな現場をもし……もしあのチャップさんに見られでもしたら、殿下の害虫として正式にぶっ殺されるし……つか何で俺?」


 殿下は後輩としてかわいいけど、それ以上にあの人が怖い。

 とはいえ水浴びマイブームな俺としては惹かれない話でもありませんでした。


「アレックスくん、これはね……」

「ボク……ロドニーさんじゃなくて……せんせーに教わりたいです……。ううん、初めては先生じゃないとイヤです……ッ」

「おま、何を教わる気だし! 落ち着けマハくん!」


 ただ不安要素が多過ぎるぅー……。

 俺、チャップさんのこと嫌いじゃないし、平和にやって行きたいんだけどなぁ……。


「な、なんでって……それは……それはその……い、言えない、です……」

「これは殿下からの特命と思いたまえ。国民に愛される次期大公がキミに泳ぎを教わりたいと言っているのだ、光栄なことだろう?」


 でもさロドニーさん、今のマハくん何か余計なことまで教わろうとしてません? どうして野放しなの、なんで? 普通は……普通って、なんだっけ……。

 ……違う。絶対違う、間違ってる、最近なんか俺の周りおかしいよ。

 明らかに変なフラグばっか立ってる気がすんだけど……。


 ほらさ、こういう展開ってさ、普通女の子とキャッキャウフフと楽しむものじゃん?

 なのになぜ殿下が攻略ルートに急浮上……あ、そうだ、なら誰か誘って増やせば良いんだ!


「僕には護衛の仕事がある。だから少しだけ遠くから見守らせてもらおう。これから殿下のご勉強に付き合ってくれるね、アレックスくん。……しょうがない、これは先輩命令だ」

「そこまでしますか……。あ~、じゃ、お嬢も今日は休みだし、お嬢も誘うけどいいよね? こういうのは2人じゃ盛り上がらない」


 水遊びで大事なのは童心と頭数です。

 少なくとも俺は男同士でキャッキャウフフ出来る自信ねぇししたくもないです……。


「リィンベルさんですね、いいですよ。ボクは……2人っきりが良かったですけど……」


 聞こえない聞こえない、そんな余計な付け足し脳内ミュートです。

 よしそう決まったのならお嬢を誘いに行こう。

 あのちっちゃなエルフ少女を拉致って、水辺にて2人がかりの殿下水泳指導を進めるのです。


 これなら俺も安全、おまけにお嬢の水着とエルフ耳をまとめて楽しめるって寸法。今日の仕事はもう止めです、何だか楽しくなって来ました。

 今日は、遊ぶぞー!


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