29-1 グリムニールからの手紙
前章のあらすじ
日常編、千夜一夜酔い語り。
ウルカとの約束を発端に冒険者アシュリー、商人リィンベル、鍛冶師ダリルのそれぞれとお酒と食事の夜を過ごす。
ウルカは女神のいない国から来た。
アシュリーは竜樹の実を条件に穴○弟の誓いを交わす。
アレクはアストラコンよりリィンベルを正式に受け取り、ホムンクルスの長寿が招く孤独を知る。
最後の晩にはダリルがアトリエに移り住むことが決まり、続いて鍛冶師として独立するためアレクサントに願う。
お願いお金貸して、課題手伝って。
課題はレア金属アダマンの調達と精錬、作ることそのものからして困難だが絶好の売り物になる。
しかし友人との金の貸し借りをアレクは嫌い、なんと無条件の出資と協力を選ぶのだった。
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忘れられた研究所、黒の錬金術師の末路とその遺産
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ある錬金術師の男が古神の呪いに冒されました。
そこで男は己を救うため、特別製のホムンクルスを1つ作りました。
彼のその性質は傲慢不遜にして唯我独尊。
目的のためなら手段を選ばない悪人とも――広義の意味での魔王とも呼べてしまえる個人主義の怪物そのものでございました。
最強にして万能なるその男、先代の黒の錬金術師が信じるものは己、あるいは同じ時代を生きたグリムニール様のみ……。
結局彼は己にも、グリムニール様にも裏切られ、時にすら忘れられるという末路を描いたのでございます。
これより始まるのは帰郷。
我が主人は心の底で力を欲していました。
古なる者と呼ばれる世界的脅威と、名をフェルドラムズと偽る危険な魔王研究者。
それらが哀れなアインスを狙う限り、力は絶対不可欠だったのでござます。
公都異界化事件より始まる不穏の連鎖、その主旋律はじまり、はじまりでございます。
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29-1 グリムニールからの手紙
月並みな言葉を使えば善は急げ。
あるいは俺もダリルの鍛冶工房作りに意外と乗り気になっちゃったからってことで、翌日仕事を早めに片付けました。
どこに行くかといえばもちろんあそこ、かわいくて愛らしくて頼もしい、その名もグリムニールさんのお屋敷です。
リィンベル嬢以上にあどけない容姿に銀髪とフード、さらにコモンエルフという古代人設定がまたマニアックでたまりません。
お会いできる口実があるなら行くに決まってる。行かないなんて選択肢最初から無かったのです。エルフ、サイコー!
……うんわかってる、こればっかですね俺。
とまあそんな心構えで錬金術師のアトリエを出たんです、が……。
「貴様、何をしに来た」
「あ、ごぶさたしています。……えーっと、グリムニールさんの保護者の方」
正門をギシギシ鳴らすといつもの邪険なメイドさんが現れました。
だいぶ付き合い長くなってきましたが、いまだお名前を教えちゃくれません。
ソバカスにエルフ耳ってだけで美味しいのに無念……。
「ふざけた口を利くなら閉めるぞ」
「あっそんな酷いっ、俺はただグリムニールさんに錬金術の相談しに来ただけなんですよっ」
閉じられかかった門を推定11歳の体で押し返します。
相手のそれがまた大人げない本気とくるんだからもう、アレクサントくんの少年ハートが傷つきます。
ああ、これはガチで嫌われている……。つーかなぜそこまで……。
「そうか」
「えっうわっ、どひゃぁぁーっ?!」
かと思ったら驚愕の引き際、あっさり彼女は門を手放し後ろに下がりました。
俺? そりゃ転んださ、赤土でローブが汚れて見た目がヤンチャ小僧に少し近付きましたよ。
「だが悪いな、グリムニール様は不在だ」
「えーー……そうならそうと最初に言ってよ……。そうか、まだ忙しいんだねグリムニールさん」
公都迷宮化事件からでしょうか。
あるいはそれより前だったのか、不在パターンもそう珍しいものではありませんでした。
「グリムニールさん今何してるの? 迷宮化事件の時、公国軍の要請蹴ってまでしなきゃいけなかったことってなに?」
踏み込んだ話をすると彼女の様子が一変します。
何かを思い出したのか、やたら真剣シリアスに俺のことを見つめ続けるではありませんか。
「……エルザだ」
「へ?」
「いや……やはりやめだ。私の名前はエルザリオ、長いのでエルザでいい」
何が止めなのか事情の方がちょっとよくわかりません。
けどエルザリオさんですか、エルフらしい美しいお名前です。
「とても良い名前ですね、エルフ的なロマンがある。ぶっちゃけ美しい」
「っ……貴様ッ、ふざけるなよッ!」
でも気に入らなかったらしいです。
「いやそんな怒らなくても……。良い名前だと誉めただけですし」
「人の気も知らないで……いつだって貴様は……、ッ……。もういい、代わりにこちらの質問に答えてもらおうか」
まるでわかりません。
理解しようとしても心を開く人じゃないので、ならばこちらも無返答といきましょう。
「貴様は魔王だ……」
ところが聞いちゃいない。
それが疑いを覚えずにはいられないほど、暗くどんよりとした声でした。
吐き出すように彼女が言葉をつぶやき、どうしてか悲しげな瞳でこちらを見るのです。
「いや……。もし、もしも魔王にも等しい力を手に入れたら……。貴様だったらそのときどうする……? 答えろ」
「……うん、何もしない」
どこかで聞いたような質問です。
なのでイアン学園長に返したのと同じものを選びました。
「っ……嘘だな。貴様はそんな人間ではなかった。貴様は目的のためなら何だってする男、いざとなれば最悪の手段すら選ぶ。それが貴様だった……」
うーん……やっぱりどうもわからない。
エルザさんの言葉は俺を責める部分よりも、悲しみが勝っているようにも聞こえた。
「この都に来て……私は貴様の動向をうかがっていた……。おかしな行動に出たその時に、かつての貴様を知る者として対処するためだ……!」
「いや対処って具体的にどんな……? いや、やっぱりいいです、聞かなければ良いことってありますよね。ていうか動向ってソレなんか恥ずかしいな……」
ここだけの話、もし見られていたらエルザさんと顔を向け合ってお話できない、とんでもないイベントばかり起きています。
最近なんかじゃアシュリーとずぶ濡れでいかがわしいお宿に入りましたし、アレ見られてたらやだなーやだなー、ああなんかガラにもなく顔熱くなってきたー。
ち、違うんだっ、入ってみようって言い出したのは……あ、やっぱ俺でした。
「貴様ッ、いつまでそうしてフ抜けのふりをしているッ! わかっているんだっそうやって私たちを騙しているのだろうッ、はっきり今の自分は嘘だと言えっっ!」
いやフリも何もこれが俺の素なんですが……。
「……よくわかりませんけど、貴方の知ってる俺はもう消えたんです。俺を作ったあの男の願いも何もかももうどうでもいい、ただこの土地で平和に楽しくみんなで暮らせればそれで良いんです」
不思議、なんですよね。
俺のこの返答に彼女は多少なりとも安堵するべきなのに……どうしてかその胸の空虚を深めるばかりでした。
エルザさんって、考えてることがまるでわかりません……。
嫌ってるんですよね俺のこと……?
「クズめ……。全てを、忘れたからって……全てが、そこで、終わるとなど思うなよ……」
「どういう意味ですそれ?」
やがて悲しみの果てに怒りが芽生えたようでした。
その怒りがエルザさんを元の邪険なメイドさんに戻してくれて、俺は内心ホッとするのです。
……それがずいぶん短い安堵でしたがね。
「受け取れ。グリムニール様から、貴様あてだ……」
「手紙……。念のため聞きますけどソレ、受け取って良いやつなんですか? ああはい、わかってます、受け取りますって」
震える細い手から折りたたまれた手紙を貰いました。
何ていうかずいぶんヘタってるっていうか、出せずにずっとそのままにしてましたって感じの、白い手紙が一通。封筒はない。
「グリムニール様はこう言われた……。エルザリオが納得したら渡せと……私たちはそんな約束をしたのだ……」
「ふーん……なら読んでもいいよね?」
気づかいくらいできますよ。
エルザさん、渡しておいてまだ迷っていたみたいですし。
俺からすればそれだけ内容が気になってたまらないんですけど、そこは我慢しました、偉いです俺。
「いいから読め……内容は私も確認してある……。その情報を、貴様がどうするかは……。他ならぬ貴様自身が選べばいい……」
「なーんか意味深だなー、シリアスっていうか。……じゃあ読ませてもらうね、エルザさん」
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グリムニールより、アレクサントへ
これを受け取ったということはエルザより認められたということだろう。
余計なことを言うつもりはないが、彼女のことを許してやってほしい。
さてアレクサントよ、我は予言をしよう。
いずれお前は際限無く、過剰とも言えるほどに力を欲するようになるだろう。
それはもう決まっていることだ、お前が否定したところでお前がお前であることは変わらないからだ。
なぜなら、いつかお前は友を失う時が来る。
それからまた一人、また一人と大切な存在と死に別れてゆくだろう。
やがてお前は人間関係より研究を優先するようになる。
力さえあれば何も失うことなどなかった。
世紀の大天才である自分の怠惰が、仲間を死なせていったのだと勝手に思い込むようになる。
そうなったお前に、人の言葉はもう届かない。
今のお前はそんなはずないと笑って否定するだろう。だがもうそれは決まっていることなのだ。一度起きてしまったことだ。
我は隣でずっと見てきた。
死別により黄金の時代が終わり、やがて手段を選ばぬ研究に手を染め、運悪くも古神につけ狙われることとなり、最後は自らに裏切られるという自業自得を描いたあの男。
あの男の切り札にしてクローンホムンクルスがお前なのだから。
同じ破滅を描かせたくないと、全てを見てきた我がそう願って何が悪い。
だからどうか頼むアレクサント、どうかヤツの失敗をその目で見届けてきてくれ……。
ザルツランド西部、人の住まぬ妖魔の森ヴィトミル。
そこがお前の生まれ故郷だ。
いつか道を誤るその前に、ヤツの所行をお前は知るべきだ。
同時にお前の望む、力もそこに存在するだろう。
ヤツの研究を継ぐ覚悟があるのなら行け。
お前がもう二度と悪へと染まらないと信じて、エルザにこれをたくす。
追記。
相手が相手なだけに安全は保証できない。十二分に気をつけろ。
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当人がここに居ないものは仕方ない。
その手紙をしまいエルザさんに別れを告げて、その日はアトリエに舞い戻ることにしました。




