27-9 深層と真相 2/2
呼吸が戻るまで思ったより時間がかかりました。
悔しいけど確かに二人が護衛になってくれなきゃ、今の自分は強敵に立ち向かえません。
呼吸が戻ると塵もいくらか薄まり、俺たちはボス部屋を抜けてお宝部屋を探しました。
……あ、剣神のレアドロップは幸い無事でした、拳ほどの紫水晶をちゃっかり回収済みです。
「どうやらここのようだな」
「ぺっぺっ! 先輩のせいで身体中ジャリジャリするっス……」
奥に抜けると祭壇部屋がありました。
その中央に大きな竜の神像と、やたらでっかい宝箱が置かれています。
……果たしてこれが公都の闇を払うことに繋がるのか、なんかお宝は凄そうだけどお決まり通り過ぎる気がします。
「あれ、近付いてみると……うわこの箱でけぇっ!?」
二人を後ろに置いて宝箱の前に立ちました。
来ないどころか返事も返さないし、腹いせに勝手に開けちゃうことにします。はい、開封!
「お、重い……どっこいせっ!」
これだけ大げさだと期待できますよ~。
さ、中身を確認……へ?
「…………」
俺もこれで100を超える迷宮を下ったものですが、このパターンは初めてです。
なるほど、さすが公都の隠し迷宮、まさか、箱の中に、人間が入ってるなんて女神様でも思うめぇ。
「えーと……もーしも~し?」
白いワンピースと青い花輪を身に付けていました。
肌は日焼けを知らぬ白さで、年齢は……15前後くらいの女の子でした。
その瞳がパッと開いてこちらを見つめ、しばらくの後に身を起こします。
それから何を思ったのかこちらに手のひらを差し出してきました。何も持っていません、空っぽです。
「お会い出来て嬉しいよ」
キザったらしい口調で青髪と花輪の少女は俺に親愛の情を示しました。
「え、あーうん、どうも初めまして。……で、何してしてんのチミ?」
「待ってたよ」
質問に対して青い少女は涼しく簡潔な返事をしてくれました。
「ちなみに待ってたって何を……?」
「見てたんだ……」
見てたそうです。
つまりそれはあの視線のこと? アレの正体が自分だとでも言うんでしょうか。
「見てたって俺を?」
「これは鍵さ、さあどうぞ」
「いやあの、さっきから会話がズレてないです?」
目を落とせば不思議なことが起きていました。
何もなかった空っぽの手のひらに、ちっぽけな鍵が現れていたのです。
鈍色をしたそれはこれといった飾り気もなく、失礼ですが下駄箱の鍵にしか見えませんでしたー。
しかし宝箱の中の人がくれるっていうならしょうがない、素直にそれを受け取りました。
「で、宝箱ちゃん、これ何の鍵?」
「……偶然だね」
「はい?」
「これは偶然のことだけれど、出会えて嬉しい」
あかん、口調にナルシス入ってる上に、幼児並みに人の話きかねーじゃないですかこの人!!
この鍵で俺はどうすればいいんです?
えーと、迷宮のラストで俺たちを待ってたんですから、それ相応の説明をですね……?
「イアン・シュパルツァから伝言」
「え、学園長? え、宝箱ちゃん会ったの、それいつ?」
「……済まない、だそうだ」
電波系と疑わしきお相手に、どうしたもんかと言葉を探していました。
そしたら学園長の名前が出てくるもんだから俺としたことが驚いてしまいました。
「……って、そんだけ?」
「あとは忘れたよ」
「忘れたのかよぉっっ!!」
いいです、まあいいです……。
学園長だってこの人のこと知ってるなら、伝言板にもならないってこときっと理解してます……。
ああでも気になるなぁちくしょぅー。
「また会えるといいな」
「……そうだね」
とか愛想笑いすればいいのかな。
いやしかしなんか締めに入ろうとしてるし、せめてこっちから必要な情報を引き出さないと……。
「……あ」
しかし難しい質問してもスルーされるふしがあります。
愛想笑いでにらめっこしていると彼女が急に伸びをしました。
そしたら……そしたらですよ……腕が、取れて、宝箱の中にドサリと落ちました……。
「……大丈夫、少しもげただけさ」
「えーーーーーー……」
何事もなかったようにそれ拾い上げて、元の場所に再装着します……。
で、指先コキコキと神経接続の確認的なものをされました。
「なんでもないさ」
「や、俺にはなんでもあったように見えたけどなーー……」
「変わらないよ、黒の錬金術師と違って、少しもろいだけさ」
「そんなガガンボ虫並みに手足のもろい人間いてたまるか」
しかも自分でくっつけたし……。
ミステリアス通り越してシュールだよ宝箱ちゃん……。
「……また会いたいね」
「そうだね、うんうん俺も俺も」
「……じゃあ約束したよ、さようなら」
「あ、待った、この鍵……消えたぁーっ?!」
勝手に満足して勝手に消えました。
さらにそれどころかおかしなことが起きまして、いやおかしいなぁ……とは思ってたんですけど……。
なんか時間が巻き戻って、俺はもう一度自分自身が宝箱を開けなおしていることに気づいたんです。
「先輩フライングずるいっス!」
「何を勝手なことをしているっ!」
中身は何の変哲もない超レア片手剣、詳しい名前は知らないです、そもそも剣とか使わないので。
それはそれとしてさっき俺、鍵ってやつもらったよね。
手のひらを目の前で開けて見たところ、小さな光の粒子だけがふわりと蒸発して、鍵なんてどこにもありませんでした。
「何をボケっとしている、これはお宝だぞ」
「都の迷宮化をどうにかするものじゃないっスけど、これってルーンメタルの可能性があるっス」
「なにそれうるさそう」
白昼夢ってやつでしょうか。
この迷宮に来てからというもの俺どこかおかしかったですし、疲れてたのかな。
「……つまりレア武器ゲットってことっス」
「ああそう、剣とかいらないから二人にあげる」
「先輩は好みが極端っスね……。ならこれはアルフレッドくんの復帰祝いってことにするっス、はいどうぞ」
「な、なに……? だが……いいのか……?」
薄黄色に輝くその刀身は鏡のように磨かれて、装飾としての価値だけでも凄そうです。
アルフレッドも見ほれてしまっていたんでしょう、これが遠慮がちながら嬉しそうでした。
「これでせっせと長いブランクを埋めるっスよ」
「……事実だな。いいだろう、だがすぐに後悔させてやる、その時を待っていろアシュリー!」
「アレックスくん以上にめんどくさい性格してるっスね……善良なだけマシっスけど」
赤毛のアルフレッドがそれを握るとなかなかに見栄えしていました。
エンハンサーのアシュリーは元から文字刻んだ特注の剣でしたし、どちらにしろヤツ以外にふさわしい持ち主はいませんでした。
「じゃあ帰ろう、何もなかったんだし。あ、ついでに竜の彫刻回収して戻ってね」
「先輩忘れてなかったんスね……しかも自分で持つ気ないっていう……」
「仕方のない男だ……」
俺たちは迷宮深層でルーンブレイドを手に入れました。
そうして他に何もないことを確認しながら地上に上がってゆき、異界の中の異界から美しい空中庭園へと戻るのでした。
「あ。青空っス」
「な、バカな……何が起きたのだ……?!」
まさかその終点で元通りの青空と、怪異を脱した公都の姿を見ることになるとは思わなかったけれど。
・
原因は結局わかりませんでした。
しかし一つ揺るがぬ事実がありました。
学園長はいつまで経っても帰っては来なかったのです。
彼の残した日記と、研究室から消えた無数の資料、部外者がそこへ立ち入った形跡。
事件はそれらの謎を残したまま、元通りの平和な公都を見せて終息してゆくのでした。




