26-2 甘美なる試み
グミとはすなわち失敗作です。
俺が調合に失敗した結果、それすなわちなぜかグミ状の甘味に変わります。
理屈は知りませんけど環境におやさしい話だこと。
要するに今回の調合では、けして成功なんてしちゃならないってことなのです。
「しかしー……どうしたもんかな……」
失敗そのものは簡単です。
釜に負荷をかけて不安定にしてしまえばそれだけでいい。
ただそうして爆発させたところで、生まれるのは結局彼女らが食傷したグミ、グミグミグミ、それ以外の例はありません。
「つか根本的な質問していい? そもそも俺、グミ以外を作り出せるんです? 失敗したら何でグミになっちゃうんです? 意味がわかんないんですけど……」
「はい、信じれば出来ますよ兄様!」
「そうよ、諦めるなんてアレクらしくないわっ! どうにかしなさいよ、そのムチャクチャパワーで!」
信じれば出来るとか、奇跡の力でどうにかしろとか、つくづくファンタジー脳っすな。
ここじゃ科学とか理屈が通じないのはわかってるし、いちいち原理を悩むことなんてもう止めたけど。
ちまちま理屈詰めで考えちゃダメなのかなー。
「じゃ、手を動かす前にちょっと整理してみよう。どうやれば別のモノが出来上がるかって部分ね。はい、思いつかない、皆さんから何かご意見をどうぞ」
「はい! 兄様が金属を使われた時は酸味が強くなりました。またある種の植物はより強い甘み、少数ではありますがいくつかは薄い苦みを生むようです」
元気に挙手してアクアトゥスさんが早速意見を下さいました。
「同意です。付け足すならば、強い素材を、使った時は、それだけ味が濃かった、気がします」
「まあそんなの初歩中の初歩よね、あたしだって知ってたわ」
いや知らん知らん、それどこ目指しての初歩だし。
よくもまあそこまで食べ分けてたものです。
「その法則性は知らなかったよ。そうなると……うーん……一度試すか」
錬金釜に一粒の銀を入れました。
そこに何でも溶かすちゃんこと、中和剤をちょびっと、ちょびっとだけひっかけます。
後は釜に杖を突いて、高圧の魔力で負荷をかけるとあっという間に……ボンッ!
「これでどう? 法則性が事実ならフレーバーがかなり変わるんじゃないかな」
やっぱり皿とか用意してたっぽいです。
アインスさんが持った受け皿に、アクアトゥスさんが釜底からグミをひっぺ返して乗せました。
銀を使ったというのに、そのグミは水色に透けて駄菓子の貫禄を見せつけています。
「ひっひうっ?!」
「え、どうしたのお嬢、まさか不味い? 毒?」
「ち、ちが、すっ、すっぱっ、すっぱいっ!!」
お嬢のちっちゃな身体が縮こまりました。
口をすぼめて何か悲鳴を上げてるかと思ったら、なるほど強い酸味。法則は間違っていませんでした。
「これは、これで、悪くない気も……」
「いえ……でもやっぱりグミはグミです……。申し訳ありません兄様、味を変えたところで私たちは満足出来かねます……」
「ああダメ? っていうかこれじゃお金食ってるようなもんだしな」
金属、しかもそれが銀ってだけで結構なコストがかかります。
とてもじゃないけどおやつポジションは難しい。
……久しぶりに懐かしい味わいに出会えた気もするけど。
「ご主人様、差し出がましい、ですが……ならば失敗、させるのではなく……成功、させれば、いいのでは……」
「そうね! 失敗でグミしか出来ないなら、成功させて生み出せばいいのよ!」
うん、それしかないよね。
失敗させるのがダメなら成功させるしかないという、簡単なお話です。
「盲点でした……意識がグミに向かうあまり……確かにそれが最も……そうと決まれば材料から入りましょう……!」
「なんて盲目な食い気なんでしょ。って皆さんどちらへ?」
彼女らは納得すると錬金部屋を出ていっちゃいました。
向こう側でガタガタと何かを始めて、どうやらこれが台所にいらっしゃるようです。
やがて彼女らが戻って来ると、手前の机には小麦粉と干した果実、植物油、花を使った甘い香料が並ぶのでした。
「まあ食い物だし……おかしな材料使うよりこれが正解なんだろうけど……なんだこの作業……」
俺という自動かき混ぜ機の意思を完全無視して、なんか錬金釜にはとても似つかわしくないものがドンドコ投げ込まれていきます……。
なにしてるんだろう俺……どうなるんだろうコレ……。
「どうですか兄様?」
「いやぁぁどうもこうも……制御は特に問題無いけど、何が生まれちゃうやらイメージの全体象がどこにもないというか……わけわからない食い物が出来そう……」
がっつり食べたいという彼女らの食い気が小麦粉を大量投入させ、そこに香料、油、果実、もろもろが投げ込まれたのに釜はサラサラの蜂蜜みたいな黄金色、材料だけみればケーキになったはずなのに……。
「もっと具体的に考えなさいよっ! 変なもの作ったら許さないんだから!」
「いえそれムチャ振りですってば……」
「ご主人様、美味しそうなものを、美味しそうで、出来れば、物珍しい味わいのものを、イメージされて、下さい」
つまりグミみたいにこの世界にはまだないものがいいんだよね。
もう一度食いたいもの……食いたいもの……うーん、あんまり未練ないしなぁ……。
「これでは甘味が足りないかもしれません……お塩を少々と、あえて現在食傷中のグミを入れましょう……甘いですから……」
「ちょっ、アクアトゥスさんっ、ああもうまた勝手なことして……うーんうーん……美味しそうなもの……美味しそうなもの……」
スポンジケーキ? マドレーヌ? クッキー?
いやいや普通、普通に作れるなソレ。いっそ小麦粉系から離れた方がいいのかなー……?
女の子が大好きなものがいいよね……女の子が大好きなものとなると……。
甘くて……? やわらかくて……? あといい匂いで? ん、んんっ? おおっこれだっ!!
「割と月並みな気もするがっ、このへんじゃ見かけないしならばこれでどうだっっ!!」
イメージが固まると水溶液がさらに色濃く煮詰まり輝きます。
輝く錬金釜より熱い蒸気が立ちこめて、しかしこれといった甘い匂いはまだどこにもない。
その蒸気が一気に吹き上がり、弱い閃光がほとばしると、完成の証として固形化した内容物が杖を飲み込み止めるのでした。
「兄様、何も見えませんっ!」
「ううっ、アインス窓開けて窓っ!」
「リィンベル、ですが、窓が見えません。ああでも、とても、甘い匂いが……」
食い意地ってすごい。
この蒸気の中、彼女は窓を探り当てて湿気を外に逃しました。
「おいアレクサント、今帰ったぞ。ん……何をやってるのだお前たち」
「おお~~、私ら何か良いタイミングで来ちゃった? 良い匂いっ、何かお腹空いたしっ!」
おいアルフレッド、亭主気取りで帰ってくるの止めてくれませんかね、エーミルでの一件思い出すから。おぇ……。
あとダリルっぽい声が聞こえた気がします。
アルフレッドが戻ってきたとすれば、きっと同業のアシュリーも一緒でしょう。
「お、おおっ、アレを見るっス! 釜の中に何かっ、いっぱいっ、良い匂いのするものがいっぱいっス!!」
ほらいた。
あーそんなことより上手くいったんだろうか、彼らに向けた目を釜へと戻します。
……やりました、少なくともグミではありません。
グミではない固形物、しかもやわらかでもっと甘い甘いはずのものです。
「すごい、です」
「何かよくわかんないけど、やればできるじゃないアレク!」
その薄黄色の色合い、張りのある質感、崩すのがもったいな~~い至福のやわらかさ、あまーい匂い。
皆さんが興奮するのもわかります。
俺だってなんかメチャクチャ楽しい気分になってきちゃいましたし。
「兄様、これは一体……!!」
「うん、プリンだこれ」
こんな光景、工場でだって見れるものじゃありません。
俺たちの目の前には、大釜丸ごと一つ分のほかほかカスタードプリンが出来上がっていたのでした。
いやま、味は知らんけど。この見た目でグミの味だったりしてね~。




