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26-1 彼女らの願いと、魔王研究者 2/2

 抜き足? 差し足? 忍び足?

 裏口から音を殺してアトリエに帰宅しました。

 ゆっくりとした足取りで居住区を抜けると、俺は錬金部屋の扉に手をかけます。

 慎重にドアノブを回して念のため周囲を確認してから、怪しい中をうかがうことにしました。


「あれ……何してるのみんな?」


 ところが中は荒れちゃいませんでした。

 レウラの姿はどこにもなく、変わりにアクアトゥスさんとアインスさん、あとお嬢がエルフ耳をピクピクさせて俺の言葉を聞きつけました。


「せっかく休みを作ったんだからゆっくりすればいいのに……ん、んん?」


 見れば作業机に素材が並んでいます。

 しかし釜は空っぽの反応。……いえ何せ背が縮んだんで見えないんですよ。

 ともかくバケツに水がくまれ、あらゆる一通りの準備が整っているようでした。


「来たわ……」


 お嬢が低い声でつぶやきました。


「来ましたね……」

「はい、やっと、いらっしゃいました……」


 たて続けにアクアトゥスさんとアインスまでもが重々しく同意します。

 何ですかコレ、ただならぬ空気なんですけど……俺が外のお仕事をしてる間に何が起きましたか?


「え、なに、よく判んないけど俺なにも見てないよっ、あっ、どうぞごゆっくり!」


 やな予感しかしません。

 ただちに俺は彼女らに背を向けました。また何かさせられるに違いない!


「アインス!」

「はい、リィンベル!」


 お嬢がビシリと命じると、素早くアインスさんが俺の目の前に立ちはだかります。

 うかつにも俺は錬金部屋に深く入り込んでしまっていました。


「お許し下さいご主人様、私たちは、私たちはもう、我慢の限界、なのです」

「兄様……退室はお勧めいたしません……。もう私たちは……自分たちを止めることが出来ないのです……もう、我慢出来ません!!」


 のほほんと帰ってみれば修羅場が待っていました。

 彼女らの口振りと態度からは冗談の許されないガチムードが立ち込めておりまして、俺はジリジリと部屋の中央に誘導されるのでした。

 え、なに、突然の修羅場ってどういうことよ? 前ぶりとか全然無かったよっ、俺に何をどうしろとっ?!


「落ち着け、気持ちはわかるから話し合おう。……取りあえず状況の説明とか、希望しちゃってもいいですよねっ?」

「はい、どうぞ兄様……こちらを……」


 そうしていたいけな俺を三人組が囲み込み、アクアトゥスさんが何か危なげな棒きれで俺を殴り付けました。

 ……もとい手を引かれ、手のひらを開かされて、ダリルの杖を握らされました。


「あっ、はいっ、なるほどっ……なるほどそういうことっ!」

「なに勘違いしてるのよっ、ていうかアンタに勘違い出来るだけの自覚があった方が驚きよっ!」

「はい……多少の不足こそございますが……私たちは今の生活に満足しております、兄様……」


 痴情のもつれってやつを予想していました。

 でもどうも違うらしい。

 俺に杖を渡したってことは、この後、錬金釜で何かをさせられちゃうんですね。


「ですが、そうではなく、別の問題が、生まれていたのです」

「ちょっちょっと待ってっ! 押さないでっ、自分で出来るからちょっ、危ないってっ!!」


 杖を持たせたら次は釜の前に俺を押して行きます。

 アクアトゥスさんが俺の背中を抱き込み、ぐいぐいと前へと進めるとリィンベル嬢が踏み台を俺の足下に置きました。

 はい、乗せられちゃいました。なんか屈辱感あります……。


「それで? 何を作れと……あ、豊胸剤とか? いやでもそれも材料あるし自分たちで作ればいいんじゃ……」

「違います……」

「違うわよっ!」

「違います、あの胸は、恋しいですが……」


 聞いた話じゃどうもその辺りは色々あるそうです。

 効果が切れた時のショックがこれ、男性にはわかりにくいが絶望的な喪失感を招くとか。

 なのでここでも教頭とご意見が一致、効果の切れないものを作れと督促されておりました。


「じゃあ俺に何を作れとおっしゃるんですかね……」


 さっと材料に目を向けるもよくわかりません。

 ポーションあたりが作れそうですが、しかしそんなもの今のアインスさんですら余裕の鼻歌交じりです。

 ここまで三人が我を忘れて求めるものなんて、乳以外にはにわかに予想もつきませんのです。


「はぁ……マンネリって怖いものですよね……」

「充実していた、日々が、ある日突然、色あせて……喜びは希薄となり、無味乾燥が、人を押しつぶす」

「どだい無理な話なのよ。たった一つだけをいつまでも愛し続けるだなんて……!」


 錬金釜越しの対面に三人は陣取り、そりゃもう辛気くさくて脳味噌カビ生えそうなジメジメした呪言を唱えました。


「何か怖いんですけどっっ!! だから俺に何を作れと?!!」

「それはもちろん!!」

「決まってるじゃない!!」

「はい、お願い、します!」


 そんで彼女らは顔を向かい合わせて、アクアトゥスさんが適任だろうと代表を決めたらしいです。

 もう何でもするので早く終わらせて寝たい。


「兄様っ、それは新しいお菓子です!! どうかグミ以外の、新作を私たちに食べさせて下さい!!」

「……何事かと思ったらちょっとお前ら、結局ただの食い気じゃんそれ……」


 あーー……バカらしい……。

 断って今すぐ昼寝したい、別に俺グミ作りたくて錬金術してるわけじゃないし、失敗作が謎原理でグミになるだけだし……。


「アレクはホントバカね。アトリエ生活の約半数が、お菓子とお茶の喜びで成り立ってると言ってもいいわ」

「至言です。でも、まさか私たちが、大好きなグミに……飽きてしまう日が来るだなんて、はぁぁ……ご主人様、世界とは、何と残酷なのでしょう……」


 お嬢は自信満々に断言し、アインスさんに至ってはあれほど自らの境遇に泣き言を言わなかったのに、たかがグミごときに絶望されました。


「ああそう……」

「お願いします兄様!! どうか私たちに光りを……グミと日替わりでお茶を楽しめるようなっっ、新たなるおやつをご提供下さい!!」


 そんなバカな、大げさな、どんだけお菓子中心に世界回ってたんですか。

 でもこりゃ断れそうもないです。

 やーしかしお菓子のポジションって、そういうもんなんですかねー……?


「確かにちょっと飽きてきた感はだいぶ前からあったけど……俺としては廃棄品に手を付けてる感があったというか……うーん、グミ以外ねぇ……?」

「信じられません……アレを……廃棄品呼ばわりするだなんて……」

「冒涜です、ご主人様」

「今すぐその鼻の穴に出来立てのグミを詰め込んでやりたいわ!」


 止めて下さい。


「わかったよ。俺は全然興味ないけど、みんなには借りが山ほどあるしやってみるよ。実験だから上手くいくかは知らないけどね」

「兄様っ、アトゥは兄様を信じていました!」


 そしたら現金なリアクションが返ってきます。

 危ない危ない、踏み台乗ってるのにくっつかないでアクアトゥスさん……。


「言ってみる、ものですね、リィンベル」

「ふふん、だから言ったじゃない。アレクは私たちのためなら何でもするんだから」


 いえあの、ほぼ恫喝まがいの手順を踏みましたよ皆さん?

 とはいえちょっと良い気分です。俺って凄腕パティシエ? グミしか作れませんけどね~。

 どっちにしろやらなきゃ昼寝出来ないのです、ここは一つダメ元でがんばりましょう。


「兄様、アトゥははしたない子です……さっきからよだれが……じゅるる……」


 ……やっぱダメでしただなんて言っても、許してもらえそうにない雰囲気ですけど。


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