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26-1 彼女らの願いと魔王研究者 1/2


前章のあらすじ


 アレクサント半年の昏睡より目覚める。

 己を突き動かしていた妄執が消え去り、彼のやる気は停滞していた。

 ならば懐かしき黄金期を取り戻そう。


 彼はアカシャの家で出会った友人、今は故郷連邦国に帰ってしまったアルフレッドを連れ戻すことに決める。

 その翌日、彼の願いを叶えるようにレウラが成体の竜に姿を変え、公都の空に少年アレクサントを招くのだった。


 アルフレッドの故郷エーミル、その侯爵邸宅に飛竜とアレクサント少年が現れる。

 親友との感動の再会を果たした彼は、友の窮地を救うために女装をして偽りの恋人を演じた。

 それにより無事にアルフレッドの縁談を木っ端みじんにすることに成功するが、当然ながら侯爵邸宅を追い出されていた。


 エーミルの温泉宿に拠点を移し一週間、病を患った長男エリウッド氏が彼の部屋を訪れる。

 彼が言うには不幸が重なり、三男アルフレッドが世継ぎとなる流れだという。だからアルフレッドは渡せない、と。


 それから数日後、飛竜レウラの背に乗ってアレクとアルフは亜族の拠点を潰して回っていた。

 あら方を片づけ終え、帰還を選ぶアルフレッドをアレクが止める。今から長男エリウッドの病を治すため、薬草を探しに行く。


 ……しかし薬草は一向に見つからない。

 吹雪を避けて洞窟にこもると、アルフレッドとアレクは本音を交わし合う。

 もし薬が見つかったら一緒に公都へと行く。

 諦めかけのアルフレッドがそう誓うと、彼らは洞窟の奥で目当ての薬草を見つけていた。


 これで長男エリウッドが救われる。

 アルフレッドはアレクの誘いを受け止め、彼からすれば二年ぶりの公都に帰還する。

 そこに魔王学という名の、新たな争乱が待ちかまえているとは知らずに。

――――――――――――――――――――――――

 仕切り直しの日常物語 極めて深刻にして甘い話

――――――――――――――――――――――――


 あらゆる刺激はいずれ慣れへと変わってゆくのでございます。

 夢のように思われた一時も、緩やかにそれは日常と惰性へと染まり、人々に幸せと同時に、大きな物足りなさを覚えさせるものです。

 それは仕方がないと呼ぶにはもの悲しく、飽くなき欲望に身を任せる他にない、人とという生物の宿命でございました。


 ええ……。

 ですからわたくしたちは主人に求めたのでございます……。

 ソレに変わる、甘美なる新しきものを……。


 それでは皆様、甘き日常の物語にして、事件の序曲のはじまり、はじまりでございます。



 ・



26-1 彼女らの願いと魔王研究者 1/2


 あれだけしておいて何ですけどそうなっちゃったもんは仕方ない。

 それが思ったよりもずっと早く、俺ってばアルフレッドというオモチャに飽きてしまいました。

 ええ、彼に部屋をあげたところまでは良かったのですが、やはり何かとヤツという人間は口うるさいのです。


 その男はたった半月でアトリエのおかんの称号を獲得し、かつ冒険者として働きながらもことあるごとに人の世話を焼いて生活されました。

 立場を捨てたその影響なのか、貴族の傲慢さがやや抜けたのはいいんですがあまりに社会正義に忠実過ぎるというか……。

 子供の頼みごとを請け負って迷い犬探しを始めたり、それに俺やアシュリーを巻き込もうとするところがあるのですよ。


 こんな綺麗なアルフレッド、俺の望んだアイツじゃありません。

 アシュリーと三人で迷宮攻略するのは楽しいもんですけど、さらに飽きる前にこれとは別の楽しみを開拓しなければいけません。


 楽しみというものはぼんやり待っていても、出がらしの茶葉みたいに薄まったものが続いてゆくだけなのだから。……はい、そんなことをぼんやり物思う、今日この頃なのでした。

 アカシャの家の庭園は緑豊かに手入れされ、うららかな昼過ぎの陽射しに包まれポカポカと輝いております。


「おやアレクサント先生、そんなところで何、してるんですかい」

「お……。いや何って、見てわかりません?」


 今日の受け持ちは午前だけです。

 よって宙ぶらりんな予定によりベンチでだらけていたら、顔見知りの新任教師に声をかけられました。

 ……えーと、この人誰だっけ、顔は覚えてる、顔は。


「俺っちには昼寝に見えますな。ああ、ではなくてですね、イアン・シュパルツァー学園長を知りませんか、ね?」

「ああ、あの爺さんそんな名前だっけ……いないんです?」


「ええ……どうも今朝から連絡が付かず、俺っちも皆さんも困ってるようです、ぜ」


 新任教師といいましたが40過ぎのおっさんです。

 何でも研究者として各地を放浪してるとかなんとか、学会所属の客員教師だそうです。

 ……いやぁ、でも肝心の名前が思い出せないんですけどね。


「そりゃ大変ですね~……いえ見てませんよ、陽気に光るハゲ頭の方なら見ましたけど」

「はっはっはっ、ハイデルースの旦那に聞かれたら大変です、ぜ、アレクサント先生」


「いえいえ、別に教頭先生のことを名指ししたわけじゃないですから」


 で、名前。この人、名前なんだったかなぁ……。

 このままやり過ごせそうだし別にいいけど、でも思い出せないとスッキリしないというか、えーと……。

 ……ダメだ、教頭の顔が浮かんできて集中出来ない。ありゃ目もくらむわ。


「それに……さすがの教頭も、この容姿背丈の人間を本気でどやしつけたりはしないんですよ。そこんところは便利なものでして」


 それでこのおっさんについてですが、まあ要するに道楽に生きる変な人って解釈しています俺。

 身なりはキッチリとしたシャツとズボン、メガネを胸ポケットにかけて高そうなマントをかけています。

 緩く服を着たがる俺とは全く逆で、むしろ襟首のボタンまで閉めちゃうアルフレッドくん寄りの人でした。


「悪いお人だ。さすがの俺っちも、先生がその姿になった時は驚きやした、ぜ。……何かの呪いですかい?」

「呪い? あー、そんなところです」


 だからこの人、俺の中では道楽者って評価なんですよ。

 いいとこの貴族だって明かされたら信じます。


「ふふふっ、別にはぐらかすような話でもないでしょうに」

「いいえそれが秘密なんですよ。……フェルドラムズ先生」


 やりました、なんか偶然ポンッと名前が口から出てきました。

 そうです、この人フェルドラムズさん。

 それで俺はこの変わったおっさんに、この通りどうも好かれてるようなのです。


「へぇ~。しかし不便しちゃぁ、いねぇかね? なめてかかる生徒がもしいたら、俺っちがガツンと言ってやりましょう。いえいえ遠慮しなくてもいいです、ぜ!」


 あともう一つ思い出しました、この口調です。

 なんかこう前から思ってたんですけど、無理に下々らしくしてる感があるんです。

 俺っちとか言いながらも身振りに気品がいっぱいなのです。


「冒険科の子たちなら大丈夫ですよ。あの子たちって夢に忠実で熱心ですから。……元々の俺の姿を知ってるのもありますしね。逆にフォローしてくれる子がいたりと申し訳ないくらいです」

「へぇ……愛されてるねぇアレクサント先生。俺っちなんて、ため口利いてくれる生徒もおりませんぜ。舐められたいわけじゃ、ねぇんですが、何がいけないんでしょうねぇー、ちっとも、わからねぇ……」


 ……そうやって砕けた口調を選びながらも背筋ピンと伸ばして、身なりをさらにキッチリ整えようとするその仕草とかもろもろじゃないですかね。

 ……いやつくづく謎だ。そもそもこの人この道楽教師、一体何の研究してるんだろう。


「学園長が見つからないのはいいとして……。いえ全然良くありませんが……フェルドラムズさんは、何の研究をされてるんでしたっけ?」

「ああ、すっかりそっちの方を忘れてましたよ。見つからないものは仕方ない、俺っちは考古学全般と民俗学を……ま、ちょいとばかし、かじってるんでさ」


 考古学に民俗学、まさに道楽オブザ道楽です。

 ぶっちゃけ研究したところで社会に物理的利益無いですし、面白いからやってるみたいな世界で……あー、なら俺的に好印象です。


「ふーん……具体的にはどんなネタです?」

「ん、んん……具体的にですかい……? ふむ……いや、その……なら笑わないでもらえますかい? あと、他言無用の方向で」


「何ですそれ、女子生徒のスカートをいかに気づかれずに風魔法でまくりあげる研究、とかですか」


 しょうもないを通り越して失礼な物言いです。

 だけどフェルドラムズさんは怒りも笑いもせず、自分の返答に夢中になっていたようです。

 ……慎重に思慮した後にその口が開かれました。


「俺っち、魔王キアについて調べてるんです、ぜ」

「魔王……なるほど」


 ただそのキアって名前に覚えがあるような、無いような、きっと歴史的に影が薄かったんでしょうね、ピンときません。

 これでも入試試験はアルフレッド押さえてトップだったのに。


「ご存じ無いのも無理もありません。存在そのものを怪しまれるほどにマイナーな存在ですので」


 どこか得意げにその考古学者は微笑みました。


「一応は各国の驚異として君臨したものの、魔王キアは特に大きな何かをしたわけでもなく、さほど世を乱したというわけでもない……。言ってしまえば居ても居なくても同じだった平和な魔王様、それがキアです」

「そりゃまたマニアックなネタを……。何かわかったら少し面白そうですけど」


 考古学という道楽の世界で、さらなる究極の道楽を追求するそうです。

 魔王についてあれこれするだけで教会のお叱りを受けるんですけど、なのにあえてそんなマイナー魔王を研究しようだなんて……変わり者――じゃなくて学者の鏡?


「ははは……いえしかし何せ記録の少ない人物でしてねぇ……この前、存在の否定説が上がったくらいでして。しかし俺っちには興味深いんですよ。力を持ちながらもその力を行使しない魔王。いやその時点で魔王とはとても呼べないかもしれないが……暴れた者が魔王という乱暴な解釈もどうかと思うのですよ、私は」


 ……急に饒舌になりました。いえ貴方、さっきまで俺俺言ってたでしょ。

 これはもしかしなくとも、変なスイッチ押しちゃったくさい?

 よし、お腹も空いたし切り上げて帰ろう。


「……ちょっと面白そうな話です。学園長とは話が合いそうですね、あ、そういえば彼を探しているのでは?」

「いやいやそれが、魔王研究者はあまりに同類と話をしたがらないのですよ。何せネタがネタですし……手柄は独り占めしたいものではないですか」


 だから口調の演技抜けてますって先生。

 こりゃイアン学園長の同類です、研究と好奇心で頭がいっぱいで他に目が行かないタイプです。


「それもそうですね。……では俺そろそろ帰ります、フェルドラムズさんの学園長探しを邪魔するのも気が引けますので」

「……そうかね? 私は……いや、俺っちはもう少し語ってもいいんですぜ?」


 ……なんか怪しいなぁ。

 でもこのまま引っかかったら、エンドレスの聞き手オンリーコースが見えますので逃げます。


「しかしお互い予定を優先しませんと。フェルドラムズ先生だって一応仕事中じゃないですか」

「む……そういえばそうだったな。ははは、俺っちとしたことが」


「では俺も自分の店に戻ります。また今度にでも」


 ベンチから身軽に立ち上がり、俺という少年はアカシャの家の正門に向かいました。

 ……捕まらないよう出来るだけ早足で。


「ああそうそう待って下さいアレクサント先生」


 ダメでした。

 しょうがないので振り返るとすぐそこまでフェルドラムズさんが駆け寄ってきます。


「最近、体調に変化などはありませんか、ね? あるいは身内の誰かに、あまりないような症状が現れるなどといったことは……ないですか、ね?」


 思わず薄ら寒くなるような、意図の判らない妙な質問です。

 そんな症状ありませんけど何となくごまかしたくなりました。


「そうですね、この身体になって魔力容量が落ちました。これまで通りの出力は出せちゃえるんですけど、それやっちゃうとすぐバテちゃうんですよね、困りましたよ」

「それは大変ですな、早く良くなるよう祈っておりますよ。ええ大事なお身体ですぜ、無理だけはしないで下さいよ」


 魔王研究者って変人ばっかです。

 俺は彼にまた別れを告げて、昼過ぎの町並みを見物しつつアトリエへの帰路につくのでした。



 ・



 さらに街で道草を食うことしばらく後、やっとアトリエの正面に出ると定休日の看板がかかっていました。

 こんな身体になってしまいましたし、いつまでもアクアトゥスさんとアインスさんに甘えるわけにもいきません。

 なので定休日を増やすことにしたのです。


「……ってあれ?」


 でもおかしいな、なんだか錬金部屋の辺りから物音がするような……まさかまたレウラじゃないよね?

 おのれあの駄竜! 仮にそうだったら今日こそお仕置きです!

 手柄は立てるけどその分しっかり食うんだもんなぁ、アイツめー!!


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