0-11 1/2 それぞれの道、卒業より始まる錬金術師の物語
あれから二年が経って俺たちも少し大人になりました
木々はたわわに蒼き花を咲かせて、ヒラリヒラリと子鳥たちの巣立ちを祝福しています。
感傷に流されるのはあまり主義ではないのですけれど、この日ばかりは諦めてしまおうと決めました。
四年目の全課程が終わりました
永遠とも思われた日々に終点が来てしまいました。
タダ飯も修練の日々もこれにておしまいです。
蒼き花々と春の息吹、それと残された後輩らに見守られて、俺たち卒業生は学び舎から背を向け進み出します。
話は少し戻りますが、結局あれからまた職人、商業、冒険科をたらい回しにされました。
いい経験になったけれど今思えばとんでもない話です。
本当にいい経験になったけれど……それなのに自分はいまだに答えを出せていないのです。
卒業してどうするのか。
それにはっきりとした結論が出ないまま、せっかくのタダ飯期間が終わってしまっていたのです。
……いや困った。困ったよ。
一応決めかねているけど考えそのものはあるんだけど……。
でもそれもそれでいいのか迷いあぐねいているんだ。ああ我ながら優柔不断だ、情けない。
なまじアカシャの家で広く世界をのぞいていってしまったせいで、選択肢そのものが多過ぎたというのもあるかもしれない。
でもそれだって結局は、結論を出そうと思えば出せてしまったはずだ。
「ここにいたかアレックス、貴様のことだから挨拶も無しにここを去ったのかと思ったぞ」
「ああ、アルフレッドか。去るもなにも帰る家が俺には無いよ。今日の宿はどうしたものかな」
校門でぼんやりしているとヤツに見つかってしまった。
彼は連邦帝国の人間だし侯爵家の息子さん。
もしかしたらこれっきり二度と会うことも無いかもしれない。
元は住む世界が違っていたのだから。
「そうか……お前は一人だったな。そうか、ならば今からでも遅くない、連邦に来いアレックス。俺とお前が手を組めば、いつかはそれなりの地位まで上り詰められるかもしれん」
「それは出来ないよアルフレッド」
「なぜだ! なぜ断る! 俺にはお前が必要だ!」
彼はいつだって俺に執着する。
それがアルフレッド・アルブネアだ。
ひねくれ者の俺だって彼を信頼している。
彼の力になりたいと思う。
「入学試験の時、アルフレッドは学園長になんて答えた? ほら、もし世界を変えられるだけの魔王の力を手に入れたら……ってヤツだよ」
「……あれか。もちろん連邦帝国の矛盾を正すことに使うと答えた。不幸な民草が増えないよう、秩序を実現するために使うと。……それがどうしたアレックス」
アルフレッドらしい。
だからこそ共に行くことは出来ないと思った。
「ねえアルフレッド、俺はあの質問に……何もしないと答えたよ。その考え方は今も変わらない。俺とアルフレッドの性質は逆なんだ。だからキミについていけばいつか仲違いをしてしまう」
「相変わらず理屈臭い男だな! 何も考えずに、俺について来い!」
「ダメだよ。でもその情熱と、まあ友情に応えて。いつかアルフレッドが窮地に陥ったり俺に助けを求めに来たら、その時はもっと成長した自分がキミの下に行こう」
……そこまで言うと彼も諦めてくれた。
自分を買ってくれるのはありがたいけど、彼と俺じゃやりたいことが違い過ぎる。
「その言葉、絶対に忘れるなよ。誓え、いつかは俺のために手を貸すと!」
「うわ、すっげー意訳しだしたし……。わかったよいつかね、いつかキミの願いを叶えてあげるよ。相応の代価で」
それでお互い納得したみたいだ。
嬉しそうにまたアルフレッドは少年の顔をして、でもまたプライドの高い貴族様に戻った。
彼も俺ももう17だ。いずれ子供のようには笑えなくなる。
「契約成立だ、反故にしたらどうなるかわかっているな」
「はいはいわかってるわかってる」
もーめんどくせーヤツ。
ホンっと好かれてるな俺、正直じゃないなコイツ。
なんか変な付き合いだったな。
「つまり俺たちは、これからも友達ってことでしょアルフレッド。……違う?」
「貴様……友っ……くっ、よくもそんな恥ずかしい言葉を……。似合わん……貴様には絶望的に似合わん……だが、クソッ、卑怯者め……っ! いつか貴様を本当の従者にしてやるからなっ、アレクサントッ!!」
あーあ、青春しちゃったよ俺。
でも内心はすっげー嬉しかったみたいで、アルフレッドは最後に照れくさそうに笑った。
そうして連邦国への帰り道を一歩一歩歩みだし、一度も振り返らずやがて姿も消えていった。
……うん、アルフレッドと別れた。
彼の故郷も帝都も遠い。
また会う日まで、さよならさよなら。って感じだ。
・
「お、アレックス! なにしてんの、あ、もしかしてこのダリルちゃんを待ってたとかっ?! ダリル……俺と一緒になってくれ……っ、とかっ!」
「なに言ってんのチミ。まあ待ってたかもしれない、これあげる」
次にダリルが校門にやって来た。
すっかり渡しそびれてたものをやっと処分できる。
おしゃれな小瓶を手渡すと、元職人科の有望鍛冶師様は首をかしげた。
「なにこれ?」
「香水。ダリルってさ、初めてあった日から思ってたけど汗くさいなって」
「…………ちょっ、えっ、それもっと早く言ってくんないっ?!! えっ、そ、そうなのっ?!」
あれ気づいてなかったんだ。
卒業前の皮肉のつもりだったのになんか予定外。
「その匂い嫌いじゃないけどね。でも人前に出るならつけた方がいいかも」
「……うあ。あ、アレックス……うわ……うわぁ……。それ軽くセクハラ……。まいっか。ありがとっ!」
ダリルって前向きだ。
最強武器作って伝説の鍛冶師になる。
そんな子供みたいな夢をこれからも追い求めていくんだろう。
……なんてまぶしい生き物だろ。いや俺が根暗過ぎなのか。
「アレックスはこれからどうするの? 私は職人街の親方のところに戻るから、たまには冷やかしに来てよね」
「入り用になったら行くよ。そろそろダリルの作ってくれたスタッフもボロくなってきたし」
剣みたいに乱暴な扱いをするわけじゃないけど、ちょっと歪んだり錆びてきたり。
新調する発想がそもそもなかったですはい。
「アレかぁ……そういやアレまだ使ってくれてたんだよね。ちょー嬉しいけど今ならもっと良いもの作れそうで……なんかモゾモゾムズムズしてくる……っ! 凄いの作ってあげるから来てよねアレックスっ!」
「お金が出来たら行くよ。……お金が出来たら」
いつになるんだろ、ちょっとわかんなくなってきた。
収入。ソイツは切実な問題だ。
「うわ、ならうちの工房に来る? ああでもアレックスなら冒険者ギルドの方も歓迎してくれそうだよね。……でも興味出来たらおいでよ、ダリルちゃんが手とり足とり鍛え上げてあげちゃうよっ!」
「ありがとう。どうするかはまだ決まってないんだけど、近いうち安くて美味しい店でも紹介してよ」
「うんっそれいいね! それじゃ私、親方に呼ばれてるし行くね! バイバイ、アレックス!」
パタパタと元気な駆け足で、職人道具背負ったダリルも遠い彼方に消えていった。
一番元気な人がいなくなるとちょっと寂しくもなる。
……うん、ダリルと別れた。
会おうと思えば会いに行ける。
でも道は分かたれた、そんな気がする。
・
「あ……アレク……」
その次に現れたのがリィンベル。
俺の姿を見つけて成長の遅いエルフの身体を棒立ちにさせていた。
「やあお嬢。確か国に帰るんですよね。故郷は北の方でしたっけ」
「う、うん……一度実家に戻って報告もしないとだから……。あ、アレクはどうするの……?」
あまり帰郷に気乗りしてないみたいだ。
彼女からも再三誘われていた。
カーネリアン商会なら就職先として悪くないんだけど、でもそれは……自分のやりたいことだとは思えない。
「ねぇ、一緒に来てよ……。断られるのはわかってるけど……でも、アレクも一緒に来てよ……。奴隷じゃなくてもいいから、一緒にがんばって店を開こうよ……っ」
「リィンベル嬢」
「は、はい……っ!」
どうしてこの子は俺なんかを気にかけてくれるんだろう。
お嬢のが商売上手いしほっといてもきっと出世する。
こんなにかわいい金髪ロリエルフが、一緒に来てだなんて言うんだから……もう……。
「いつか手伝うね。でも今はその気になれないんだ。アカシャの家がいろんな可能性を示してくれたから、俺も安易に安直な道を選べない」
「……ッ! そ……そう……わかっ…た……」
でも断るしかない。
罪悪感すっごいけど今決めなきゃいけないわけじゃない。
一応だけど……決めかねてるけどプランは俺にだってあるし。
「流民の出身だけど、お世話になったししばらく公国を拠点にしようと思ってる。だからお嬢も仕事でこっちに来ることもきっと多いでしょ、また会えるよ。えーと……人手が足りない時は手伝うから」
お嬢がそでで目元をぬぐって顔を上げた。
あれ、泣いてた? ……いや、見なかったことにしよう。
「ふんっ、そうやってみんなの誘い断ってるんでしょ! 何がしたいのよアンタはっ、もうっ! もう絶対アタシの奴隷にしてあげるんだからっ、覚えてなさいよアレクっ!!」
「いやいやお嬢、さすがに卒業式後の校門で奴隷にする発言はちょっと……アブノーマルな誤解をされるというかなんというか……ハハハ、みなさーん僕ってロリコンでもドMでもないっスよ~?」
ああ、冷たい注目が集まっている……。
そんな残念そうに目をそらさないで……。
そそくさと校門前の生徒たちが帰路についていきます……。
「じゃ……またねアレク……グスッ、絶対戻ってくるからっ、忘れちゃヤダからね……っ! あ……っ」
もういいや……誤解するがいいさ……。
それよりリィンベル嬢の情緒不安定なこと。
ついつい子供扱いしてしまうくせが出てしまって、ポンポンそのちんちくりんの頭を撫でていた。
「また会おうリィンベル嬢。それでそのうちでっかいビジネスでドーンと稼ごう」
「うん……うん、アレクはそうじゃないと……。えへへ……お金に困ったらいつでもアタシの奴隷にしてあげるから……っ♪」
……うん。
ロリエルフの奴隷……。
……うんうん。
心誘われるけどエロゲの世界っスなぁ……。
そっちのルートも……いやいやダメダメ、泥沼の匂いがするし。
「それじゃ行ってらっしゃいお嬢」
「ふんっ、首を洗って待ってなさい! 特注の首輪を持って帰ってきてあげるんだから!」
「……勘弁して下さいよお嬢」
彼女もまた自分本来の道に戻っていった。
何度も何度も子供みたいに振り返りながら。
……うん、リィンベル嬢と別れた。
この罪悪感が一過性のものだとわかっていても、後を追い引き留めたくなる。
でもそれは出来ない。
手短ですが、22時過ぎにもう一度投稿します。




