25-1 小さな心変わり、退屈するアレクサント(挿絵あり
前章のあらすじ
8号迷宮踏破の末、飛竜レウラがアレクサントに似た少年を連れ帰った。
困ったことに少年には記憶が無く、けれどもそれがアレク本人であることは間違いなかった。
人々は少年アレクサンドロスを錬金術師のアトリエに迎え入れ、一月ほどの平穏な日々を過ごす。
しかしドロスの性質はアレクサントとはいささか異なった。
その少年は一見善良に見えたが、その胸には腹黒いたくらみが渦巻いていたのだ。
ドロスの目的は巨人の血。
その血を使ってある人物を復活させること。
長い擬態のかいもあって、ついに彼はグリムニールの館で目当ての品にたどり着く。
だがグリムニールの告げる真実が少年ドロスの虚構を暴き立てた。
ドロスは自らを突き動かす妄執の正体を知り、自分こそが裏切り者であったことを思い出す。
アレクサントという偽りの人格こそが彼の望んだ彼であったことも。
後日。グリムニールにより毒殺されたかと思われたが、再び朝日の下に少年が目覚めることになる。
彼の名はアレクサント、公都に住まう黒の錬金術師。かつての彼の願ったもう一人の自分自身。
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謀略ついでの東方旅行、飛竜を連れた少年
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再び錬金術師のアトリエに暖かな光が灯りました。
主人が深き眠りに落ちてより長い冬が続き、ようやく暖かな時間を私たちは取り戻すことが出来ました。
最初の一月はさながら喪中のようで、リィンベル様に限っては責任を感じてでしょうか、仕事以外では一言もしゃべらぬ日すらございました。
ただ死んだように眠り続ける主人の姿。それは水も食料も必要とせず、ただ永劫の安眠を貪り続ける人間離れしたものでした。
半年後にこれが目覚めると言われたところで、それを信じろというのも酷でございます。
しかしそれでも、私たちは主人がもう一度帰って来てくれると信じておりました。
本当は寂しがりの彼が目覚めたその時に悲しまぬよう、誰もがこの拠点を離れようともしませんでした。
誰もがあどけない少年の寝顔を日々見つめて、すがるように主人アレクサントの復活を願い続けたのでございます。
そうしてぴったり6ヶ月、主人は再び目を覚まして下さいました。
皆様がどれほど彼の帰還を喜び心を救われたか、その想いは言葉にはとてもし尽くせません。
アインスが本当の意味で呪縛から救われたのも、この日だったのでございましょう。
……しかし主人は主人でございました。
復活してようやくその幼い肉体に慣れ始めた頃、彼はまたとんでもないことを始めるのでした。
これから大切な友達をさらいに行く。
彼は目覚めたその時よりそう決めてしまっていました。
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25-1 小さな心変わり、退屈するアレクサント
いや、おかしいんですよね。
何がおかしいのかと聞かれたら、自分で言っておいて回答に悩んでしまうんですけど。
でもおかしいんです。
それは雲をつかむようにあいまいな、言葉にするにも不明瞭な違和感です。
それがあの日あの朝、この少年アレクサントの肉体で復活してからというものの、これが拭おうともまるで消えてくれないのです。
……一体なんだろうこれ、おかしいです、調子狂います。
――いいや、何だか悩む行為すらまどろっこしいです。
ザックバランに言っちゃうとアレです、やる気が出ません。完全に炎がくすぶっちゃいました。もー、雨にやられた焚き火くらいジメジメっと再起不能。理由は不明。
もしかして俺……今まで何かに憑り付かれてたんでしょうか?
過去と今現在の自分の間に不整合を感じます。
いやー困った、そーいう心の停滞ってあると思いますけど、原因不明で唐突過ぎる……。
ま、そんなわけなので、全てを仕切り直してしまおうと思いました。
だからかねてより予定してたアレを始めましょう。
ずっと先延ばしにしていた心残りを片付けたら、もう一度あの頃に戻れるんじゃないかって。思っちゃったんでしょうね。
アカシャの家、冒険科二年。落ちこぼれの俺とアシュリー、それとわざわざ貴族科から来た頑固なアイツ。
在学中に俺たち三人が打ち立てた記録はいまだ塗り変わる兆しすらない。俺たち三人がアカシャの家、冒険科の伝説そのものだ。一つの黄金期だったに違いない。
ってことで。アルフレッドを公都に連れ帰ろうと思う。
あいつの本当の夢をついでに叶えてやろうと思う。
貴族の義務とかなんとか下らないこと言っていた気もするが、もちろん俺の知ったことではない。
何せバカ几帳面で頑固者だから口で言っても聞かないだろうし、だったらどうにか社会的に陥れてやって強引に! さらってやろうではないですか。それが友達としてのやさしさ的な?
うん、何か急にすげーやる気出てきました。
ああそうしよう、これ楽しそうです、考えるだけでアイツがプリプリ怒る姿が頭に浮かびます。いやいや実に良い……。
よしそうとなれば――いや、しかし、あー、むぅ。
「クルル……?」
そんなこんな妄想に近いことを考えながら、アレク少年は踏み台に乗って錬金釜をかき回していました。
……まあこれがだいぶ無気力に、でかい杖に振り回されながら。
調合部屋から辺りをキョロキョロ見回すと、ああいた、ちょうどソイツと目が合います。
「いくら子供サイズになったからってお前には乗れないか。まったく体重ばっか成長しやがって……。あーあ、予定通りお前が成体に育ってりゃ良かったんだがな……変な竜作っちまったもんだ……」
「クルルッ! クルックルルルルッ、キェーッ、キェーッッ!」
バッチリ人の言葉がわかるんですよねコイツ。
ちょっと嫌みっぽく言ってやったら、翼をバサバサ羽ばたかせて目の前に飛んできました。
もしかして抗議してるんでしょうかコレ。スゲー何か言いたそうですけど、残念理解不能。腹減ってるとか?
「飯はもう食っただろお前……。ああわかってるわかってる、お前が食い物以外の主張をするとは思えん。そんなに腹減ってるなら自分で探してこい」
「キュルルッ、キェェェェーッッ!!」
ところがどうも違ったんでしょうか、レウラの抗議が怒りに変わります。
せっかく窓開けてやったのに外には出ていこうとしません。
「まるで手の焼ける犬っころだな……何をどうしたいんだよ。おーいアインスさん、手があいたら通訳――ブワハッ?!」
ああもう、何が気に入らなかったんでしょうか……。
らちが明かないと言わんばかりに、レウラは抗議を止めて羽ばたきと風を俺にぶつけて、そんで外へと飛び出して行きました。
「キュルルルルルル……」
鷹のように高い鳴き声が瞬く間に遠くへ遠くへ飛び去っていきます。
……あー何だろ、あの自由さが急に羨ましい。
レウラを育てて空を飛ぶ。それも俺の夢だっけ……。
・
……で、その続きは翌朝のことになります。
騒ぎに目を覚ましたら調合部屋が荒らされていました。
例えるなら野ザルが入ったかのような傍若無人な荒らしっぷり、犯人は十中八九レウラです。
何せやつの好物っぽいレア素材ばかり消えてましたし、進化の秘石もそのレプリカも、ストック全部食われてましたから。
「アレクッ、そんなことより大変! 庭っ庭っ庭来てっ、レウラがっ!!」
「あふ……こりゃヒドいな……。え、なに? ああ、ついに食い過ぎで飛べなくなったとか?」
こりゃお仕置きだべさー。
z換算で被害状況を把握し直してみれば、さすがの俺も笑顔がひきつりますよ。あの駄竜め……まさかここまでわがままだとは。
お前は一人でお留守番出来ないヤンチャな幼児かっ!
「あの姿、8号迷宮から兄様を連れ帰った時と全く同じです。どうもレウラは兄様を待ってるようです」
「つかさぁ~? 早くどうにかしないとアレ、軍が出動して来ちゃうって……。何度見ても綺麗だし、ボクは好きだけどさ、でかすぎ……」
何を言ってるんでしょうコイツら。
たかが駄竜相手に軍? 確かに8号迷宮では見事な戦闘力を発揮してくれましたけど……うーん違和感。
まあどっちにしろこれからお仕置きです、愛杖スタッフオブガイストを握り締めて、レウラの待つ庭に向かいました。
ああ確かに、俺とアイツがケンカしたら出動モノかもですね。だが飼い主が勝つ! 悪ぃ子はいねぇがぁ? 悪ぃ子はしつけだぁぁ!
「先輩ッやっと来たっスか! 早くどうにかしないと大騒ぎっス、今すぐレウラを元に戻して欲しいっスよ!」
庭に出たらあのアシュリーが大慌てです。
いやしかしね、どうもレウラらしい姿はどこにも……。
「は? アシュリーお前なに寝ぼけてん――うわなんじゃごらぁぁッッ?!!!」
「……クルル~~♪」
あーはい、はい、はい居ました、確かにそこに。
高さだけで俺の身長の三倍以上はあるでしょうかね、巨大化したレウラが庭の真ん中にドーンと。
あ、感想ですか? 白くてでかいです。ツヤのある竜鱗が朝日に輝いてくっそまぶしーの。
まるでアレです、クリスマスのイルミネーションをなかなか撤去しないお宅みたい。
ああくそぅ、レウラのくせに神々しい、しかし騙されんぞ調合部屋を荒らした犯人は……お前だーっっ!
「ご主人様、レウラが……」
白くてでっかい竜が、地へとうつ伏せに寝そべりました。まるで乗れと言わんばかりに上目づかいで俺を見つめます。でかいけど不思議とあんまり怖くない。
「どっちにしろどうにかしないと軍に怒られるっスよ先輩」
「ねぇ、アレクに乗れって言ってないこの子……?」
あ、やっぱり? やっぱりそうなんだね?
なるほどなるほど今さらだけど色々納得が行きました。
「兄様想いの良い子です。確かに部屋は荒らしましたが許してあげて下さい」
「てかさ、この子がこの姿でせんせーを8号迷宮から連れ帰って来てくれたんだよ。すぐに元のチビレウラに戻っちゃったけど」
「キュルル~♪」
あーあ、予定通りお前が成体になってれば良かったのに……とか俺昨日コイツに言いましたね。
それでコイツは腹を立てて、たぶん外で色々食い荒らして、でもやっぱり足りないから今朝調合部屋を荒らして、進化の秘石を勝手に食ったと……。
あくまで人の言葉をしゃべれないことから生まれた不幸な行き違いだったと……。
「や、でもお前さ、5割方は食い意地で動いてただろ?」
「きゅ、きゅるるるるるる……?」
「……なーんか鳴き方にごまかしみたいなのを感じるっスね。図星っスかレウラ、主人に似てしょうがないヤツっス」
「キュゥゥ~ン♪」
いやかわいい声出してもムダだし。つか似てねーしアシュリー。
「う、かわいいじゃない、もぅ……」
「兄様、許してあげて下さい」
「レウラは、ご主人様を思って、仕方なくだと、思います……」
あ、女性陣には有効だー。
こんなでかい図体でもかわいい鳴き声は最強なんですね~! はぁ、もういいか。結果だけ見れば悪くないです。
なら言葉は不要、俺はレウラの望みに従ってヤツの背中に手と足をかけてやりました。
いやこれがショタボディなもんで登るだけでも大変。飛竜からすれば子供のが都合がいいんでしょうけど。
「だっこしましょうか兄様っ、はいだっこっ!」
「アクアトゥスさん、ソレだけは止めて……」
やっと乗れました。
レウラの背中は竜鱗なのであまり乗り心地は良くありません。
つか、つかまる場所もこれが、なかなかどこにも……。
「キュルルルルル~~ッ♪」
「ちょっちょまっ、待てっ待ってっヒィィィィーッッ?!!」
必死でレウラの背中に少年の肢体をしがみつけました。
あと一歩遅かったら、とんでもない高さから振り落とされてたに違いないです! バカーッ、駄竜っ!
「クルルルッ~クルゥ~~ッッ♪」
「あぶみっ、あぶみとか手綱的な何かを要求するぅぅっ! ぎゃっ、公都が丸見えだわーいっ、しししししっ死ねるわボケーっっ!!」
白き飛竜の翼はさながら最強生物! モンスターファイター!
なにこれ戦闘機? 信じられねー速度で俺とレウラは公都市街を飛び抜けて、郊外から都市部をぐるぐると旋回することになりました。
そんな超生物っぷりでございますが、白き飛竜はこれまた上機嫌、何が嬉しいのかキュルキュル大変うるさいです。
そうかそうか俺が好きか、ならただちに下ろせ、安全装置無しでジェットコースター乗った方がまだマシだってばよ! やだーっ怖いってばぁっ!
これぞ縦横無尽、圧倒的超機動力ッ、速過ぎてちょっとチビッ、チビッ、ちびりかけ……た……。
「う、うはっ、うははっ、うわっすげーっ! レウラお前っ、うぉぉぉぉこえーーっ!!」
「キェーッキェェーッッ♪」
ああ、でもさ、これなら行けるじゃないか。
これでやっとアルフレッドのバカに会いに行ける。
この翼でやつの前に現れて、俺の策略で上手いこと陥れて、それでこの翼でヤツここにさらって戻るんだ!!
「よくぞ育った俺のレウラ! 気に入った! お前にもアルフレッドに会わせてやる! 目指すは連邦国っ、えーと……あ~~、まずはヤツの住所調べんとか……。よしっレウラ、下ろしてくれ」
「キェッ♪」
わかったぞとレウラが小さく鳴きます。
うんうん、身体が大きくなって心も大人になったのかな。意外と聞き分けが……あれ?
「……おい?」
「クルル~?」
「……下ろしてくれ」
「キェ~ッ♪」
「……おい、おーい、レ、レウラさん? 下ろして」
「……キェッ♪」
「ちょっちょ待っ、ヤバいっシャレにならんからっ、下ろせよぉっ?!」
「キュルルルルルルル~~ッ♪♪」
レウラさんはポロン公国一周のツーリングに俺を招待してくれました。
いや絶景絶景、俺の命令なんて最初から聞かねー! ああ知ってたさっ!
「ぶぇくしょいっ!」
さ、寒い……。
連邦国行くにしてもアブミと防寒装備持っていかないと、こりゃ着く前に凍死するじゃん……。
あと……あと……し瓶欲しぃ……。
ああでも背中で漏らすぞって脅したら、さすがのレウラも下ろしてくれる……? くれるよね?
「レウラ、落ち着いてよく聞いてくれ。その、あのだな……も、漏れそうだ……腹も冷えたし大きい方も……んっんんんーっっ!!」
「キッキェッ?! キェッ、キェェェーッッ!!」
やりました。大変スリリングな急降下でただちに降ろして下さいました。
この解放感あふれる大自然が本日最初のトイレです。




