24-4 ショタ of the アレク 雌獣の帰還 1/2
それはまるで聖女みたいに綺麗なお姉さんでした。
その貞淑でやさしげな修道服姿からは、先輩方がどうしてこの女性を危険視しているのか全く見当もつきません。
だってどこからどう見たってただの美女です、普通のシスターです、なのに皆さん大げさなんです。
こんなに魅力的なお姉さんのどこに怯える必要があるんでしょうか。
軍人のロドニーさんより強いだなんてそれこそ何の冗談、比較したって鍛冶師ダリルさんの方がよっぽど強そうです。
「錬金術のアトリエにようこそ。えっと……は、初めまして。お姉さんきれいだから緊張しちゃって……すみません。僕はここでお手伝いさせてもらってるドロスと申します。……本日は何がご入り用でしょうか」
だいぶ年上だけどこの人ちょっと好みです。
だからいつもよりぶりっ子しまして、ちょろそうなシスターさんにやわらかい微笑みを向けました。
女の人って純な男の子のこういうのに弱いんですよねー、それが修道女ともなればなおさら僕のカモです。
フフフッ、まあ見ていて下さいよ、たらし込んで高い商品買わせてやりますから。
「ま、マナ……マナ女史……くっ」
あれ? マハくんとダリルさんだけではなく、ロドニーさんまで真っ白に青ざめました。しかも女史とか微妙な感じの敬称で。
よくわからないですけど、彼らからすると非常にまずい状況らしいです。
でも大丈夫。どんな怖い人も真心をもって接すれば、この僕のショタスマイルで即和解です。
真顔に戻っていたものをマナ女史とやらに戻して、わざわざもう一度微笑みで歓迎しなおしました。
「ハッハゥッ、ハッ、ハァッハァッ……!」
「おや、どうされたんですか? そんなに息を乱されて……さぞや急いでいらしたのですね。そこにおかけになって少々お待ち下さい、今すぐ冷たいお茶をご用意いたしますから」
ところがそのシスター・マナは呼吸をせわしなく繰り返しながら首を横に横に振ります。
いえいらないと言われましても、ならそんなに急いで何をしに来たんでしょうか。
「ま、まずいですよっ、まずいですよロドニーさんっ、何とかして下さいよっ……」
「ええわかっています殿下……。しかし下手に動けば、恋する乙女というものはさらに情熱を燃え上がらせるものです。ここは慎重に動きをうかがいましょう……」
「私も賛成、あの人アレックスのことになると異常だし。てか、あーあ、あの子どんどん墓穴掘ってってるよ……」
後ろの方で3人組がコソコソ話を続けています。
聞いた感じ、例のアレクサントの知り合いなのかなこのお姉さん。まあでも話を進めないとね、いつ買い物客が来るかわからないし。
「お茶いらないんですか? ああもしかして、どうしてもお急ぎで手に入れたい品物でもございましたでしょうか? 失礼いたしました、さてどちらにいたしましょう」
「ハァッハァァッハァッッ……!」
このシスターさん、さっきから一言も喋りません。
見てくれはやさしそうで綺麗なので、僕からすればあんまり怖くなんかありません。
それに彼女はコクリコクリと僕の問いかけにうなづいてはくれてましたから。何かが欲しいらしいというのは僕にもわかります。
「では何をお求めでしょうか、言って下さればすぐに棚までご案内いたしま――え?」
しかしさっきから様子がおかしいです。何か妙です。
「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ……! アッアッアレッ、アレッキュンッ、アレッキュンッ、アレッキュンアレッキュゥゥ~~ンッ! ッ、ハァァッハァァッハァッ、ンハァァァーッ♪♪♪」
その狂気をはらんだ呼吸と共に、シスター・マナは血走った瞳を輝かせ――僕の方向を指さします。
「え、ええっと……。あの、どの品物でしょうか……?」
後ろを振り返るもそこには棚などありません。
奥の調合部屋への扉があるくらいです。
ちなみにもっと脇の扉を抜ければそのまま居間に行けたりします。
「はてすみません、今一つお求めの商品がよくわからないのですが……。ではアレッキュンとは、一体どういった品でしょうか? 薬ですか? それともロウソクや石鹸などの生活雑貨でしょうか?」
アレッキュン――どことなく煮ても焼いても埋めても毒にしかならない響きがあります。
――うーん、となると僕の知らない薬か何かなんでしょうか。
そうなると困りました、アクアトゥス姉さんたちがいないと専門的な商品はわかりません。
なのにマナお姉さんは何度も何度も僕を指さし、今にもよだれをたらしそうなくらい呼吸を荒く乱すばかりです。
そこまで取り乱すほど必要なのにご提供出来ないだなんて、僕は店番失格です。
「くっ、もうダメだ……っ! アレックス君っ、逃げたまえっ!! 僕も改めて理解したっ、その方ほど君の少年時代を恋い焦がれた女性など断じてっ、断じて他にいないっ!! 危険だっ、あまりに危険だっ、今すぐそこから逃げたまえっっ!!」
ロドニーさんが何か危険を察知したようです。何がもうダメなのか全然わかりませんが、突然僕の背中に叫んでいました。
かわいそうにマナお姉さんは気まずくなってしまったのか、僕と僕の後ろを交互に確認します。いえけして僕の退路を確認しているはずありませんでした。
「マナ先生っお気を確かに持って下さいっ! 国外に貴女を誘導したことは謝ります! ですがっ、ですけど仮にも貴女は教師で彼は元生徒じゃないですかっ!」
「アレックス……その人ね……マナ先生さ、多分こう言ってるんだよ……。私が欲しいのはお前、つまりアレックスが欲しいってマナ先生は言ってるの」
……え、僕? 何で?
今一つ言葉の意味がわかりかねました。
だってこの人は僕から見たらずっと年上の大人、しかも知らない人です。
なら常識的に考えて、こんな綺麗なお姉さんが僕なんかをどうして欲しがるんでしょうか。
あ、もしかしてこのお姉さん、そういう特殊な趣味の人なの……?
つまり、なるほど、そういうことか、やっと僕にもわかりました。この異常な興奮は僕に向けられてるんだって。
……ひーっ!!
「アレッキュンッアレッキュンッ、アレッキュゥゥゥ~~ンッッ♪」
でももう全てが遅すぎました。
ただちにそのシスターは瞳を輝かせて、僕という少年の肢体を胸にがっちり抱き込んでしまったのです。
ビックリしました。あ、けどお姉さんの大きな胸が当たってやわらかい……。
「先生急にねっ連邦国に飛ばされちゃってっ、もう何事かと思ったわぁっ! ああでも今わかったのっ、これも女神様が与えた試練だったのねっ! ああっああっあああああーっ、まさかっまさか本物のショタなアレッキュンと出会えるだなんてっ!! ああもう我慢できないっっ、脱いでっ、とりあえず今すぐ脱いでっっ!!」
……あれ? 胸にうつつを抜かしている間にとんでもないことになっていました。
マナ先生の綺麗な腕が、ごくごく当然のことだと僕の白ローブをまくり上げようと引っ張ります。非常識だぁっ。
「えっちょっえっえっえええーっ?! や、やめっやめてっ、えっ何でっ何で脱がなきゃっ、ひ、ひぃぃぃーっ!!」
「んむちゅぅぅ~~っっ♪♪」
それどころかお姉さんの顔が近い。
近いと思ったら湿った吐息と唇が僕を狙って襲いかかって来ています。
ひーっ! 僕は片手で自分のローブを押さえながら、もう片手で先生の頭を押し退け必死で顔を背けました。
「アレッキュゥゥゥンッ♪」
「ひーっひぃぃーっ、止めて止めてっ何で止めてお姉さんっちょ、うわぁぁーっ!!」
迫り来る唇との一進一退の攻防が続きます。
少しでも気を抜けばマナ先生というアナコンダに飲まれる、唇ごと色々を奪われる、それどころじゃない大変なことになることくらい僕にもわかりましたーっ!
「マナ女史落ち着きたまえっそれは正真正銘の子供っ、チャイルドッ! 軍人の目の前でそういった暴挙はさすがにまずいですよっ、頼むどうか落ち着いてくれ女史っ!」
「あわわわわわわっ、どどどどどうしよぅぅっー! 先輩がっアレクサント先輩の清純が……散っちゃうっ!」
「うわつんだわ、すぐ逃げれば良かったのに媚びなんて売るからもうバカ、あーあ、アレックスくん、これつんだからねー」
ダリルさんだけなんか冷たい、でもそれどころじゃありませんっ。
細い腕なのにこんな力が彼女のどこに隠されているんでしょう、男の子としてのプライドがもうズタズラです!
いいえプライドなんて捨てないと、もうどうにもならないことくらい僕にもわかっていました!
「た、助けて下さいぃぃーっ! 怖いっこの人怖いっ、お姉ちゃんロドニーさんっ公子様っ、助けてっ、助けてぇぇーっ!!」
幸い僕は子供、子供のピンチを年上の皆さんが救ってくれないはずがありません。ああ子供で良かったぁ……。
「あ、それは無理」
「うん……だから早く逃げてって言ったのに……」
ところがダリルさんがいきなり白旗を上げて、公子様まで言い訳を始めました。
「えっええーっ?! そ、そんなこと言わないで助けてっ助けてっ、この人絶対ヤバいですよぉぉっ!!」
「アレッキュゥゥンッ~~クンカクンカクンカ……んはぁぁぁ~~少年のかほりぃぃぃ~~♪」
ひぃっ、デリケートなところの匂い嗅いでるイヤーっっ!
あっでもっ、あのロドニーさんがクールな冷静さを取り戻し、その眼鏡をチャキッと整え直しました。そこにはきっと軍人らしい秘策が……!
「諦めたまえ……」




