24-2 僕の学園生活と同級生
ここではアレクサントって人の弟ってことになっています。だから余計にその名前で呼ばれるといい気がしません。
どうやらその人はここで教師もしていたそうで、これが不気味なくらい不自然に生徒から慕われていました。
生徒教師を問わず、彼らはその伝説の一つ一つを僕に語ろうとするのですが、どうもおかしな話です。気に入りません。
こんな化け物みたいなパーフェクト超人、本当に存在したんでしょうか? とても共感できる人物像にはなりませんでした。
全学科を優秀な成績で渡り歩き、卒業するなり若くして繁盛店を持ち、かつ冒険者としても超有望、教師としても人望厚く、聞けば大公家や軍にも強いコネを持っていて、ジャンルを問わずいくつもの事件を解決してきた優秀な便利屋、もとい自称錬金術師。
……あーあ、何度聞かされても嘘くさいです。なんて口にしたら猫かぶりが台無しですけど。
「ドロスくんってすごいっ、まるでアレクサント先生みたいっ」
「え、またその話なのシェルさん? さすがにもう聞き飽きちゃったよ僕」
午前の教練は魔法を選んでいました。
ここに来てまだ半月も経っていませんが、やさしい同級生の女の子と友達になれました。
どうも兄アレクサントの熱狂的ファンみたいですけど。
「お兄さん、本当にすごい人だったの! カッコ良いだけじゃなくて、錬金術っていう不思議な力で皆に希望を与えてくれたんだよっ! その、ときどきおかしくなるけど……。教頭先生主役の、ミスコン始めたり……ぅ、ぅぅ……。私、そのとき司会を手伝ったの……」
「ねぇ後半のソレさ、とても僕には善人の行いには聞こえないよ。教頭先生っておじさんでしょ、そんなの意味がわからないよ」
ごめんね、悪いけど僕は嫌いだな。
だってシェルさんを取られてるみたいでムカつく。
ちょっと活躍したくらいでこんなに持ち上げられちゃって、さぞや天狗だったんだろうなアレクサント兄さんは。
「そう……ドロスくんは知らないのよね……。それはとっても、幸運なことだよ……。あの頃の教頭先生は……フサフサで、はち切れそうなくらいのすごい、巨乳で……は、はぅぅぅ、私、気分悪くなってきたよぉ……」
「フサフサで巨乳って……うん、ますます意味がわからないよ。それに気持ち悪いなら話さなきゃいいじゃないか。……ねぇ大丈夫? ……ん?」
その時でした。
魔法教練の授業中でしたから、これで魔力増幅の鍛錬をしながらだったんです。
ところがどこからともなくダンッダンッダンッと大股の足音が鳴り響き、それがどうしたことか僕に向かって突っ込んで来たんだからもう驚きです。
「アアアアアアアアッッ、アレクサントォォォォーッッ!!」
「違います」
よっぽど兄と似てるんでしょうか。
それはもちろん教頭先生でした。
僕の目の前でピタリと止まって光る頭をまぶしいくらい輝かせます。ちなみにこれ比喩じゃありません。
「むっ! アレクサンッ、ドロスくんッ!!」
「はい、なんでしょうか教頭先生?」
この人も不思議です。
何でこんなに騒がしくて大げさな人が教頭役を務めてるんでしょう。
「うむ……いや、なんだ、どうだね? 体調の方は変わりないかね?」
「はい、健康体です。ご配慮ありがとうございます」
「あの教頭先生、ドロスくんがどうかしたんですか? 大丈夫ですよ、代わりに私が様子を見ておきますから」
シェルさんも僕を気づかってかかばうように会話に参加してくれました。
うん、やっぱり良い人です。なんでこんな子がアレクサントなんて狂人のファンなんてしてるんでしょう。
「いやそうではなくてだな……。うむ、ふむぅ、うむ、うーむぅぅぅぅ……」
「何ですか教頭先生? そんなに顔を近づけられると……ちょっと怖いです……」
「おおすまんなっ。それで、うむ。……最近、何かふと思い出すようなことはないかね?」
対して教頭先生は相変わらずどこか不審です。
言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに、遠回し過ぎてよくわかりません。
「そうは言われましても、具体的には何をでしょうか? 思い出すことと言ったら今日はドロポンの水やりを忘れたなとか……」
でもアインスさんが代わりにやってくれたはずです。
それに元はと言えばウルカ姉さんが抱きつくから悪いんです。胸、やわらかかったですけど……。
「そ、そうだなっ?! うむっ……ならば、これは例えなのだが――毛」
「ケ? ケって、毛ですか?」
「そうだっ! 毛だ、毛なのだよっっ! もっと具体的に言えば毛を生やす薬についてッ! 何か思い出さんかねドロスくゥゥンッ?!!」
いえ毛生え薬と言われても何一つピンと来ません。
記憶喪失の僕の過去と、そんなものが繋がってもすごぉぉ~くイヤです。
いえむしろ勘違いじゃなかったら、体が忘れていたいと叫んでいるような気さえしてきます。
「先生落ち着いて下さいっ、ドロスくんが困ってるじゃないですかっ」
「むっ! ああすまない……悪かったっ。だが! だが思い出したらお姉さんっ、アクアトゥス嬢にお伝えしなさいっ! ひっじょぉぉぉ~にっっ、大切なことであるからなッ!!」
アクアトゥス……姉さん……。
ふぅん……。
「はい、わかりました教頭先生。僕から姉さんにじっくり、例え一晩かかっても完璧に伝えてみせます」
「う、うむ? うむぅ……むむむむむ……。そのぉ……アレクサント、くん?」
そしたら教頭先生ってばまたおかしな顔をしました。
首を傾げて困った様子でみけんにしわを寄せるのです。……この人がミスコン? ぇぇー冗談でしょシェルさん。
「僕はアレクサンドロス、そっちは兄さんです」
「はぁぁぁぁ……そうか……。いや、本当に似ているな……私だって混乱してしまうよ……。アレクサント、少しでも早く貴様が良くなるのを私は待っている。このままではどうも張り合いが出ないからな……。うむっお兄さんにあったらそう伝えてくれっ、ではなっ!!」
この人よくわかりません。
僕の肩を両手で抱いて、まるで励ますように、でも騒がしい叫びを上げるのでした。
念のためもう一度補足しますけど、授業中です。
「はい、一句一字間違いなくお伝えいたします」
「うむ……ではな。もう無理はするなよ、ドロス、くん」
それでやっと帰ってくれました。
言うまでもないですが教頭先生は生徒に嫌われています。
その理由もまあよくわかるのですが、でもどうしてか悪い人には見えませんでした。
勝手な人であることは、この状況からして間違いないですけど。
それでも教頭先生は頻繁にこうして僕の様子を見に来てくれます。
僕なんかを心から心配してくれるんです。
だからハゲテルース教頭先生は僕の視点だけから見れば良い人です。迷惑な部分があまりに大き過ぎるだけで。
あと上げて下げるようですみませんが、これ9割方の目当ては毛ですよね。
……あれ?
名前、ハゲデルース教頭、でしたけ? うーん、それもちょっと違う気がする……。
えーと、名がピカピカだから……。姓がハゲテルースだよね?
うん、ならきっとピカピカ・ハゲテルース教頭だ!
「ふぁぁー……大変だったね、ドロスくん……」
「…………」
「どうしたのドロスくん……?」
名前なんてどうでもいいや。それより……。
何か思い出したらアクアトゥス姉さんに伝えるべきだそうです。
でも僕、それはちょっと無理かもしれません。
だって僕……。アクアトゥス姉さんを前にすると……おかしいんです。どうしてか理性が保てなくなるんです……。
あの人の全てが僕の好みで、今すぐどうにかしたくなって止まらないんです。
だけど姉さんは……。僕のそんな気持ちを悟ってしまっているのか、いつだって他人行儀でした。
僕はただ、アクアトゥス姉さんを僕だけのものにしたいだけなのに……。
「ど、ドロスくんっ、そんなに増幅したら暴走しちゃうよっ?!」
姉さんと僕は相思相愛なんだ、だからちょっとくらい強引に出ても許されるよね。
シェルさんの言葉に僕は少しだけ正気を取り戻し、増幅した魔力をマジックアローに変えて的に撃ち込んだ。
的には強力な魔法無効化効果が仕込んであるんだけど、それでもあわや壁ごと吹っ飛ばしかけていた。
……でもどうしてだろう、危ないと警告されたわりに少しもハラハラしない。
もしかしたらこの程度の過剰増幅なんて、記憶を失う前の僕からすれば日常茶飯事だったのかもしれない。
・
長い座学の後に午後の教練を終えるともう西の空が赤かった。
「ただいま姉さんっ!!」
アトリエに戻る頃にはすっかりその空も群青色に染まり、僕は一直線に大好きなアクアトゥス姉さんの部屋を目指していた。
「……ッ?!」
良かった、ウルカはいないみたい。
つまり姉さんにアタックするチャンスだ。
「……お帰りなさい、ドロス……」
「どうしたの姉さん?」
姉さんは物静かな人です。
僕が部屋に飛び込んでくるとその背筋が反射的にピンと伸びて、まるで僕を怖がるみたいに恐る恐る振り返った。
「何でもないです……。授業は楽しかった……?」
「うん、楽しいもなにもないよ。あそこは勉強するところでしょ。でも魔法が上達するのはちょっと楽しいかな……姉さんに近づけてる気がするし」
僕が一歩を踏み出すと姉さんが同じだけ逃げます。
でも屋内だしすぐに姉さんを壁に追いつめました。
姉さんの美しい銀髪が揺れて、胸もそんなに大きくないけど小柄な僕からしたら十分に魅力的でした。
「そんなことより姉さん、今夜一緒に寝ようよ」
「……そんなのダメです」
「どうして? 昔は一緒に寝てたよね、そんな気がするよ僕、ねぇいいでしょ、また姉さんのそばで眠りたいんだ。ウルカ姉さんも一緒だっていいよ、あの人かわいいし……性格は苦手だけど」
ウルカは姉さんを狙う上で邪魔になります。
でも力じゃ勝てそうもないし、ならもっと仲良くなればいいんです。そうすればみんな幸せだと思う。
「ドロス……貴方はそんなに好色でしたか……?」
「うん、わかってる。でも、だって、姉さんの前だと……どうしてかわからないけど我慢できないんだ……」
姉さんのこの他人行儀をどうにかしたい。
姉さんが僕に夢中になっていれば僕は安心できる。そうでないと嫌だ。
また一歩踏み込んで姉さんの顔に自分を近付ける。
「そう気持ちが動くように……誰かに仕向けられているとは……思いませんか……?」
そしたら他人行儀な唇が変なことを言い出した。
誰かに仕向けられている? そんなはずないじゃないか、僕は自由だ。
「僕が誰かに操られてるとでも言うの? それは無いよ、僕はアクア姉さんへの愛だけで出来てるんだよ」
「そう……ですか……」
愛をささやいたのに姉さんは悲しそうだった。
相思相愛なのにきっと我慢しているんだ、だから僕の愛が辛いんだ、そうに違いない。
……僕は操られてなんかいない。
「ちぇ……今日のところは止めとくよ。姉さんを悲しませるのは嫌だし。でも姉さんは絶対に僕のものになるんだ、そうしないと、誰かに奪われる前に僕のものにしないといけないんだ……」
「ドロス……貴方はどうして……今さらそんなことを……。ぁっ……」
小声で独り言を始めた隙に、僕はアクアトゥス姉さんの頬に接吻した。
また姉さんの背筋がビクッて伸びて、赤くなった頬のまま僕を……どうしてか睨む。
だから僕は姉さんに微笑み返すことにした。
「貴方は兄様だけど兄様じゃない……」
何だろうよく聞こえない。否定されてることだけは判る。
「まだアトリエの仕事があります……。しばらくはアインスと私で……調合を切り盛りしなければなりませんから……。すみませんがドロス……また後ほど会いましょう……」
アクア姉さんは僕の肩を押し退けて、逃げるも同然に部屋を出て行ってしまった。
何となく僕にはわかる、このアトリエの主は今でもアレクサントって人だって。
その人が失踪したせいで姉さんたちは忙しそうにしてる。リィンベルさんたちが頻繁に姿を消すのも、アレクサントを捜そうとしているからなのかもしれない。
つまり彼と僕は違う人間だ。
だってアシュリーさんとか、リィンベルさんとアレクサントは同い年なんだ。
なのに僕はまだ子供、10歳のアレクサンドロス。
もしかしたら本当に彼の弟なのかもしれない。




