23-6 アレクサントの異変、彼を突き動かす妄執
ここに来ておかしなことだが調子が良い。
敵の動きが急に鈍った気もするが、それはきっと勘違いだ。
「クルッ、クルルッ……?」
「(……??)」
ホムンクルスどもは俺の急変に戸惑いを見せた。
だがひとたび戦いが始まればやつらも俺と一蓮托生だ。どんなに相手が桁外れの怪物だろうと自分の役割を果たしてくれる。
それとポーションがもう少ない。
そこでレウラには牽制攻撃だけに徹底させ、ドロポンも回復役として後ろに下げた。
自動的に俺が最前列に立つことになったが別段問題ない。
こんな時のためにアシュリーから自己強化魔法を教わったのだ。
筋力と敏捷性を増幅して、ピーキーな愛杖スタッフオブガイストの馬鹿力で魔物の攻撃を攻撃で受け止めた。
魂削って切り抜けるこのスリル、ゾクゾクと血が沸き心が躍る。今の俺はまるであのウルカのようだった。
首無し騎士のデュラハンを鎧ごと砕き、ヘルハウンドの横腹を殴り飛ばす。
合成魔獣キマイラ、マンティコア、エルダートレントにオークキング。お前ら絶対雑魚役じゃねーだろって連中が道を阻む。
それを力ずくの短期決戦でひたすらごり押しするだけ。
前に立っている以上、どいつとも無傷とはいかないが階層はあとほんの少しだ、この程度のダメージなど障害にならない。
ドロポンの聖なる泥が傷を塞ぎ、痛みこそすぐに消えないがまだ身体が動くところまで癒してくれる。
「いいぞドロポン、レウラもよくやってるではないか。クククッ、優秀だ……。まあ当たり前だ、お前たちはこの俺の作品なのだからな!」
あと2層――いや実質1層だ。
ついに俺は63層目を攻略し、最後の壁64層に入り込んだ。
いつからか辺りはすっかり薄暗く変わり果て、壁に並ぶたいまつの明かりさえも黒い壁が吸い込んでしまう。
水路構造だったのもはるか上層での話に過ぎない。
黒い建造物の通路と、無数の石橋、そこから見える底の見えない奈落。それだけがあちこちに広がっている。
「ぐっ、ぐがっ、ァッ、ァァァァッッ?!!」
これで最後なのだ。
なのに俺はうめき声を上げていた。
64層に下りてくるなり地べたにはいつくばって、すっかり立てなくなってしまっていた。全く問題ないはずなのに!
「邪魔をするな……ここで終わりだっ、今さら引き返せるわけがないッ! そこをどけェェッ!」
もう行くなと言わんばかりにホムンクルスどもが道を塞いでいた。
心配などいらない。あと少しで巨人の力が手に入る。
それさえあれば何も問題などないのだ。
「キュゥゥゥ……」
なのに子竜も泥も悲しげだ。
いいやそうじゃない、喜べ、あとたった4匹の敵を滅ぼすだけで願いが叶うのだぞ。
「ここを越えた先に巨人がいる。それでアインスを救える、お前たちもあの子を救いたいだろう、死の恐怖から解放してやりたいだろう……?」
ヤツらはまるで別人を見るような目をした。
怯えた犬のように俺の様子をうかがって、竜に限っては鼻を鳴らして匂いを確認してきた。
そういえばよく人に言われる。たまに俺は別人に変わるのだと。
だがそういうこともあるのだろう。
人間誰しもブレるのだ。物語の登場人物みたいに、明確な行動軸のある人間なんているもんか。
俺は俺として今ブレている、ただそれだけの話だ。
ポーションは残り一つ、ジェムは二つ。
困ったことに二つではフロアボスをしとめ切れない可能性がある。
それはさっきだってそうだった。
それで手ひどいダメージを受けて、ポーションが残り一つになるまで消耗してしまったのだ。
あとはエーテルが二つ。これは泥と俺で一つずつ分けて使ってしまおう。
青いエーテルドロップをクレイゴーレムに投げ、俺もそれを舐めずに噛み砕いて飲む。知っているが不味い。
「エリクシルか……クククッ、都合の良い回復アイテムもあったものだな」
立てぬほど消耗した今こそ使い時だろうか。
……。いいや、これは致死のダメージを受けたときに使うものだろう。
切り札を道具袋にしまうと最後のポーションドロップを噛み砕いて、俺は杖にすがりながら立ち上がる。
「いくぞホムンクルスども。あと少しで俺たちの夢が叶う。やっとアインスを救えるのだ、さあ働け、アインスの為に!」
……我ながら空虚な言葉もあったものだ。
想いがこもっていない。
だが意味するところはホムンクルスどもには重大だ。きっと俺にとっても。
しかし巨人に会ったら俺はどうするのだろうか。
歴史か世間話でもしてみようと思っていたのだが、今はなぜかそんな気分にならない。
とにかく巨人の力が欲しい、そんな欲望が俺を突き動かしている。止まらない。
・
さてここも雑魚が3でボスが1、どのフロアであってもこのルールは変わらない。
巨人族を目前とした地下64層でもだ。
「フハハッ、ついているぞ……」
最初の相手は死霊リッチだった。
普通なら飛びきりの大はずれクジだが、魔法と呪い主体の死霊などキエのエルヴンローブさえあればただの透ける骸骨だ。
ヤツの闇魔法をあえてそのまま受けながらも、俺は炎の柱、ファイアバーンを放ってリッチの霊体を焼き尽くした。
二匹目はまたあのジャイアントオーガだった。
亜種族の肉弾戦闘タイプがこの階層相応に単純強化されたものだ。
「やはりついているな俺は……。いくぞ愚鈍な鬼風情よッッ!」
燃費は悪くなるが一時的に自己強化魔法を倍加、さらにまた倍加してやった。
オーガの力ずくのグレートハンマーを手のひらで受け止め流し、魔力増幅した杖で殴り飛ばす。
レウラの追撃の火弾がヤツを追い討ちした隙に、マジックアローを連射して鬼の身を貫いた。
「ハァァッハァァッハァァッ……。ハ、ハハハハハッ!!」
ついている、俺は今最高についている!
三匹目もついていた! またリッチじゃないかっ!
己の途方もない強運を喜び、難なく死霊を一方的に焼き尽くす! あとは最後の大ボスだけだ!
「さあ……これでラストバトルだ……。いくぞ貴様ら」
最悪の迷宮を守る最後の万人、そいつは一体どれほどの大物だろうか。
巨人の住まう迷宮にふさわしくボス部屋の扉はどこまでも巨大で仰々しい。
いやだから何だと言うのだ。俺は迷うこと無くそれを押し開いてやった。
扉の向こうに最後のボスが現れた。
その超生物をひとたび見れば、人は納得すると同時に絶望と逃亡を選んだことだろう。
最悪の番人がそこに待ち受けていたのだ。
……残念だがこれはついていない。
・
竜だ。レウラなど目ではない。
巨大な火竜がそこにいた。
ワイバーンタイプとは明らかに異なる超重量級の巨体、ただひたすらにその竜はでかく熱く邪悪だった!
「避けろ!!」
ソイツは進入者に向けてただちに灼熱の炎を吐いた。
いいや言い直そう、狙ってなどいない。
あまりに広範囲過ぎて火炎がフロア中を炎で巻き、俺はキエのローブを頼りに防ぐ他になかった。
後方のドロポンが焼かれ、熱に強いレウラですら上空に逃げる他無い。
「なおさら竜が嫌いになりそうだよ……」
だが問題無い、迷宮にはルールがある。
ここはあくまでソロ用迷宮、ボスのHPは低く設定されているのだ。
つまり先制されようとやることは変わらない。
俺は残りのアイスジェムとサンダージェムそれぞれを同時に大火竜へと投げつけた。
たちまち生まれる爆風と電撃、猛吹雪き。火竜は咆哮を上げてよろよろと崩れかかった。
「キェェェーッ!」
「クッ、これだから竜は嫌いなんだッ! 泥は下がれっもういいっ!」
だが足りない、やはり削り漏らした。
残りのありったけの魔力を込めて、俺は炎燃えさかる世界で得意のマジックブラストを増幅する。
レウラが足止めに突撃し、大火竜の目や鱗の薄い部分を狙って牙と爪を立てた。
だが相手がでか過ぎる、大したダメージにはならない。
火竜が再び姿勢を戻し、再びあの危険なブレスを吐こうとした。
いくらキエのエルヴンローブでも二発目を食らったら、中の人間は無事じゃない。
焼け死ぬか、蒸し焼きか、最悪大火傷、死ぬほど死ねる。
なら再び吐かれるわけにはいかない。
ならば今撃つ他に選択はない。
限界寸前のスタッフオブガイストがギリギリと鳴り響き、俺は白い純粋エネルギーの流星を大火竜の巨体に放った。
再びの炸裂と粉塵が辺りを覆い尽くす。
もう立ってなどいられるものか、俺は今度こそ精魂使い切って受け身もとれず背中から爆風に倒れた。
「ざまぁ……。竜ごときが俺に、逆らうから、クククッ……。うっ……、ぁっ、しまっ……」
こっちには完全回復のエリクシルがある。
今以外に使うタイミングなんてものは断固として無しと言おう。
だが道具袋から取り出したはいいが、愚かにも俺は口に運ぶ寸前に落としてしまっていた。
ブレスによる炎は爆風でかき消えていたが、床は焼けるように熱い。
だが、さすがにやったはずだ。
これを食らって無事でいられる生物などこの世にいるはずがない。
「……。ああ、なんだ、ダメだったのか……」
レウラの威嚇の咆哮が高く鋭く上がった。
残念だ、火竜はまだ消えていなかった。
今にも消滅しそうに光って見えたが、最後の悪あがきか先ほどためていたブレスを再び吐きなおそうとしている。
……ああ、ダメだな。
今あれを受けたら確実に死ぬだろう。
だがもう身体が動かない。
つまり為すすべもなく死ぬということだ。もはや逆らいようもない。
「クッ……クククッ……だから竜は嫌いだ……」
こんなところでまさかしくじるなんて……あと一歩だったのに……。
あとたった一歩で俺は、ついに願いを叶えられたのに……。
「うっ、ぐっ……」
諦め切れない。
こんな理不尽許せない。
気づけば俺はエリクシルを握りなおしていた。
それを口に……一滴だって飲めれば形勢逆転出来る。
「ぁ……」
なのにまた握力を失い落としてしまった……。
ああもうダメだ、これで完全にゲームオーバーだ。
あと一歩で……俺があの人を救えたというのに……。
火竜が全てを焼き尽くすよりも先に、俺は意識を保つことさえ出来なくなってしまっていた。




