0-09 上流学校社会《ハイソサエティ・スクール》 2/2(挿絵付き
それはまたある日のことでした。
何せ平民ですから安易な頼まれごとも多いです。
いやまあそれでもいつもは断るんですけど。
んでも、ちょっと面白そうなのでその時ばかりは受けることにしました。
一つ下の学年に魔女がいるそうです。
部屋に怪しげなものを持ち込むものだから早々にして寮生活を破綻させ、今は貴族科女子寮内でも離れの、貸し小屋で暮らしてるそうです。
その魔女さんに書類を渡しそびれたのだけど、おっかないので代わって欲しい。
図書館で本を読んでいたら、顔見知りの貴族令嬢にそのお願いされちゃいました。
「すんませーん、えーっと……うん、すみませーん」
小屋はそんなに遠くもないです。
小屋というより借家というか、元は一人暮らししたがる貴族子弟様のオーダーかなんかだったんでしょう。
庭も付いてるし広いし羨ましくなるくらいの緑豊かな世界でした。
そのお宅の玄関をコツコツと叩き、そこで相手の姓名を聞いていないことに今さら気づいたわけなんです。
「……あれ不在? すみませーん、なんか書類とか届けに来ちゃったりした系? なんですけど、すみませーん!」
集金のおっさんじゃないですけど、何となく中に誰かがいることだけはわかりました。
こっちは噂の魔女が気になってましたし、声を大きくして何度も呼びかけちゃいます。
するとようやく玄関の扉が押し開かれました。
「…………」
噂の魔女さんは銀髪の女の子でした。
それに落ち着いているというか、とても物静かなキャラだと思いました。
だってこちらが様子見に言葉を投げかけるのを延期してみれば、魔女子さんも沈黙を続けたわけなので。
こりゃそういう無口系のキャラなのかなと解釈したわけですはい。
「はいこれ書類、キミに渡しそびれちゃったんだって」
「…………」
細く白い手がひょっこり伸びてそれを受け取りました。
……目線を俺にずっと向けたまま。
「……あの」
何だろうと少し待ってみました。
するとひかえめに、かすれるように弱い少女の声が投げかけられます。
「あの……おかしなことを聞きますが……どこかで……お会いしましたでしょうか……」
「え、どうだろ、初対面って気がするけど」
「…………」
「それにほら、俺って平民だから貴族様と縁なんてないと思うよ」
少し鈍い人かも。
こっちの言葉なんて届いてないのかなと疑うくらい、彼女は無表情で俺の顔を見つめ続けるんですよ。
「そうですか……失礼しました……。あの……ならよろしければ……おわびに、お茶でも……」
「ああそう、悪いね、じゃあいただこうかな」
なんかよくわからないけど魔女と呼ばれるだけはある。
家の中はどうなってるんだろ、猿の干し首とか壁からつり下がってるのかな。
興味を覚えて、彼女の背中を追いおじゃましちゃうことにします。
「おお……なんかすごいなここんち」
想像と違ったけどすごかったです。
中に通されるとでっかい釜が一つ置かれていて、コポコポとなんか煮立ってます。虹色の液体が。
なにを保管しているのか小物タンスがいくつか置かれ、ガラス瓶に蛍光色した液が詰め込まれ、うん確かにソイツは魔女の家でした。
こんなのがルームメイトになったら、アルフレッドの次に迷惑なヤツになること間違いなしでしょう。
「おまえー、この装置にー、見覚えあるー?」
「……へ?」
あれ誰? 今どこから声が……。
怪しくて薄暗い室内を見回しても、そこには魔女子さんしかいません。
そのやわらかげな唇を観察してみても、彼女の喉から発された言葉とは思えませんでした。
「無視しないでー、見覚えあるかどうか聞いてるのにー」
代わりにその……さすが魔女の家、なんだこれ。
うさぎの人形が歩き出して魔女子さんの脚から手に登り……喋りました……。
「ないない、てかナニコレ……っ!」
「すみません……うちの子が……失礼を……」
お茶の準備が出来たようです。
その珍生物に目をとられながらもイスへと腰掛けます。
「あの……お名前……聞いてもよろしいでしょうか……。私はアクアトゥス……ヨトゥンガンドと申します……あの、貴方様のお名前は……」
うーん外国人かなぁ。
聞いたことのない姓名だ。
貴族っていうよりやっぱ魔女っぽい響き。貴族魔女……おお、新ジャンル!
「アレクサント、平民だし苗字は無いよ。……あれ、どうして驚いてるの? ああ、もしかして下級生にも俺の噂って広がってるとか?」
「…………」
アクアトゥスさんはうんともすんとも言いません。
目を大きく広げて俺を見るばかりで、さすが魔女。なんかいちいちミステリアスです。
「うそだー、その名前うそだー」
「や、嘘じゃないし。てかお前なんなの、生きてんの? 触ってもいい?」
「お断りだしー」
人形さんの方が喋りやすいです。
拒否を押し退けて手を伸ばすと、アクアトゥスさんの背中の後ろに逃げちゃいました。
ひょっこりそこから顔だけのぞかせて……かわいいような、怖いような、うーん……生・怪奇。
「アレクサンドロスという名に聞き覚えは……ありませんか……」
「ないよ」
なにそれ大王?
なんか俺より文字数多くて大げさな印象だ。
「そうですか……」
「うん、じゃあ逆にこっちから聞いてもいいかな」
「…………」
同意ということだろう。
無言で彼女はただ、何だろうと首をかしげる。
美しい銀髪が揺れて甘い女の子の匂いが広がって……あーちょっとドキドキする。かわいい。
「キミ何者? 本当に魔女? その人形といい……すごいね。とてもすごい、興味を惹かれる。差し支えなければ教えて欲しい。キミなに、これなに、なんか、すげぇ楽しそう……っ!」
次第に好奇心を抑えきれなくなった。
俺の知ってる魔法とは全然違う何か。
その人形からは底知れない秘密の世界が垣間見えている。
「おうおう聞いて驚けよー、アクアトゥスはなー」
「……私は……魔女じゃないです……。私は……」
彼女の一言は俺を魅了した。
「錬金術師です……」
…………。
……。
それが俺と錬金術師アクアトゥスの出会いだった。
以降暇を見つけては彼女の小屋……いや、錬金術師の工房を見学させてもらうことになっていた。
貴族科での生活は新しい可能性を俺に指し示してくれた。……ような気がする。
まあ……錬金術って才能依存が酷くて、彼女とその曾祖母しか使えないらしいんだけど。




