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21-3 いでよ、新生ドロポン!

「ドロポンはこれでクレイゴーレムの子供でね、進化させることで他系統のゴーレムにだってなれる。だからずっと悩んでたんだ、何になってもらおうかって」


 アインスさんがドロポンの入った鉢植えを持って戻ってきました。

 ところかあまりそれを釜に近付けたくないのか、彼女は俺の一歩斜め後ろで立ち止まります。


「アイアンゴーレムが強そうだよね。立ってるだけで鉄壁だよ。それになんかこう、鋼の戦士的な? 戦えドロポン、がんばれドロポン、負けるなドロポン。……さよならドロポン」

「ご主人、様。あの、縁起でも、ないです……」


 ただの冗談なのに真に受けるところがアインスさんです。

 あれ、もしかして俺って意地悪?


「ごめん。でもアイアンゴーレムは見た目が悪そうだよね。全身ガチガチのドロポンっていうのもなんだか――違う気が、あー違和感スゴイ」

「はい、却下、して下さい、却下、しましょう」


 おやおや積極的なお言葉です、わかりました却下です。

 アイアン良さげなんですけどねー。でも金かかりそうだし、考えれば不都合がいくつもあります。


「OK。そもそもアイアンゴーレムは今回の目的に合わない。ほら、ドキッ、ホムンクルスと一緒のソロダンジョン! って感じですから今回。あんまり動き鈍いと、ダメージ蓄積してリタイアって可能性もある」


 金属の塊が行動不能にでもなったら、俺にはどうしようもありません。

 盾役としては魅力ですが運用性にきっと問題が出ます。


「攻略を、諦める、のは、どうでしょうか」

「ないない。……それで考えに考え抜いたんだけど、回復タイプに育てられないかな、って思いついたんだ。ほら、俺って信仰心とか0だから、回復魔法使えないんだよね~」


 もちろんポーションだって持っていきます。

 今回用に超濃縮したやつを。

 でもかさばるし、それが切れたら手詰まりなので、やっぱヒーラー役が必要です。


「回復、ドロポンが、回復……ん」


 アインスさんが鉢植えの中の謎生物(ドロポン)を見下ろします。

 そのプランは意外に彼女の好みだったようです。かすかにその口元がドロポンに向けて微笑みました。


「で、その方針でグリムニールさんに相談した。そしたら、クレイゴーレムのままか、あるいはウッドゴーレムに変化させるのをおすすめされたんだ。クレイは万能、ウッドは回復に向いてるんだってさ」


 樹木になったドロポンってのがまた全然想像つかないですけど。


「あの……私。姿が、変わる、のは……イヤです」

「ですよねー。この肉体含めてゆるいところがドロポンだし?」


 ウッドゴーレムって弱点多い感じします。

 それになんか鈍そうだし、金属と比較すると耐久性きっと低い。最悪の場合、燃えたりするんじゃ……。

 腐食と火災防止にタールでも塗ります? 昔の電柱みたいに。


「なら、やはり、全て、中止……」

「それはダメ。アインスさんの呪いはともかく、俺は巨人族と一度話してみたいし、その血肉も錬金術の素材としてぜひ欲しい。それにすごいお宝も眠ってそうじゃないか。何より、誰も達成したことのないソロダンジョン攻略に成功すれば……何となくしばらく良い気分で過ごせそうだ」


 これはロールプレイングなのです。

 アインスという姫を救うために、曰く付きの迷宮を下る。

 その果てで伝説の巨人族と邂逅かいこうする。という本格ファンタジーだ。正直、がらにもなく燃える。世界の不思議がそこにあるのだから。


「それより元の話ね。クレイタイプは泥っていう性質が売りだそうだ。特殊な液体でかさ増しして巨大化させたり、育ったのを二株に分けたり出来るそうだよ。……うん、謎生物過ぎるなコイツ」

「ドロポンは、ドロポン、です」


「ごもっとも。ま、そんなわけで今のまま単純強化といこう」


 神聖系の素材を入れて支援能力の発露に期待しつつ、泥の肉体を持った壁役に育ってもらうって計画です。


「じゃ説明は以上、作業に入るよ」

「はい……」


 そんな悲しそうな反応しないでよ。クレイのままだよ?

 しょうがないので彼女の心境を配慮して、先にドロポン以外を溶かしてゆくことにしました。

 神聖系素材として、まずは備蓄の聖銀砂の残りを流し込みます。

 でもこれはホムンクルス作りのベースアイテムですから、もっと強烈に神々しいヤツを突っ込みます。


「それは……?」

「お目が高いねアインスさん。コイツは一角聖獣の蹄、話によるともの凄いレアものらしい」


 白いソイツをポチャンと丸ごと釜に落としました。

 これはアシュリーとお嬢の力のたまものです。

 ついこの前アシュリーが迷宮からあるレアアイテムを拾ってきたのですが、ソイツは一部収集マニアの中で大評判の珍品でした。


 そのレアな珍品がお嬢のたくましいネゴシエート能力でトレードされ、トレードが繰り返され、そしたら五倍の価値がある一角聖獣の蹄(コレ)になってましたとさ。

 わらしべ長者とか、リアルで始めて見たよ俺。

 ビジネスの世界って底知れないね。もちろんお嬢の商才の方も。


「お手伝い、します」

「ああ、悪いね。コイツは……どっこいせっとっ! うん、うちの裏庭のやつ」


 裏庭の土・バケツ3杯分、慎重に小石を取り除いたもの。現在のドロポンの主成分。

 小柄でがんばり屋なローブ少女からそれを受け取って、釜にザバァ~っと流し込みます。


「何度、見ても……不思議……」

「これが種も仕掛けもございません。んんっ、ちとまぶしくなってきたな」


「でも、綺麗」


 聖獣の蹄で白く輝いていた液体は、湿った土が加わって琥珀色に変わりました。

 なんかこう、パッと見はちみつみたいで美味しそう。


「はい次、ブルーハーブ。エーテルの材料の一つね。魔法使えるようになりますように、と」


 それは毒々しい青色の草です。

 葉も含めて全部真っ青で、最初にこんなもの採集しようとしたヤツの気が知れません。


「あ、それは、レウラの……ですか?」

「さすがアインスさん、正解。レウラの鱗も入れよう」


 これはグリムニールさんからのアドバイスです。

 ホムンクルス同士で素材を掛け合わせると、互いの連携力がどうとかこうとか。

 説得力はあります。いえどちらにしろ錬金術の世界では何でもやってみないとわかりません。


「まかりなりにもアレって竜だし、白竜鱗だし、素材としても一応良さげだし、おわっはっ?!」

「ぁ……」


 竜鱗を投げ込みました。

 そしたら釜は一瞬も一瞬で漆黒に染まり、ブラックライトみたいな不気味な輝きからまた透明に変わりました。

 ええ、琥珀色だった水溶液が黒を誤魔化すように再び輝き澄んでしまったのです。


「何か見ちゃいけないもの見ちゃったような……。まいいか。あんなのただのデブ飛竜だし」

「はい、問題、ありません」


 後は例の特別な増強剤こと、生命の秘薬。

 ほら育毛剤とか豊胸剤の効果を増幅するヤツ。

 そこにグリムニールさんから貰った進化の秘石1つ。

 俺が作ったその模造品レプリカ、黒い進化の秘石1つが加えられていきます。


「よし、じゃあこんなもんかなー。アインスさんはコレどう思う?」

「……。この子は、どうなる、のですか?」


 大事そうにドロポンを抱え込んで、アインスさんは半歩下がってしまいました。


「とても強くなると思うよ。回復魔法を無事に覚えてくれると嬉しいけど、でも、ホムンクルスがどう変化するかはよくわからないらしい。うん、よってどうなるかは俺にも不明」

「……でも、こんなに、土を、入れて、しまったら……。とても、大きく……なるのでは……」


「あ、わかっちゃう?」


 そりゃでっかくするために入れたんですから、間違いなくでかくはなります。

 でないと戦力になりませんから。


「大丈夫、そこは大丈夫、考えてあるから。……間違いなくでっかくはなるけど」

「そう、ですか……。どのくらい、でっかい、ですか……?」


「……。ちょっとだよ」

「ちょっと、とは、どのくらい、ですか?」


 うわ、アインスさんとは思えないほど質問しつこい……。

 大きさやっぱ大事かー、小さいのがお好みかー。いやー、アインスさんも女の子ですねー。


「……ちょっとだよ。迷宮にちゃんと入れるくらい」

「具体的、には?」


「間違いなく俺よりでかい。二周り――いやもっとでかくなるかも……?」


 じゃないと盾役にならんし。


「そう、ですか……」


 返答にアインスさんはすごく悲しそうにうつむきました。

 とてもじゃないですが、ソイツを釜に溶かせとは言えない空気。奪うなんてもっての他です。

 だって普段はあれだけ従順な人ですから、珍しいこのわがままにも本来なら応じるべきなのです。


 ……困ったな。


「今だけだよ。後のことは考えてるって言っただろ。だからほら、後でまた小さくすればいい。今は、目的のためにドロポンの力が必要だ。さ、わかったらその子をこの釜に……」

「ダメ、です」


 ああやっぱりダメだそうです。きっぱりしてます、強情です。

 さらに一歩アインスさんが後ろに下がって、釜の光から遠ざかりました。


「約束する。後で絶対に戻す。だから今だけは協力してくれ」


 だったらこっちはアインスさんに歩み寄りました。

 ん? あれれ、なんか今の俺ってマッドっぽくね? ていうか悪じゃねコレ?


 この子だけは止めて!

 ヌハハハハ、ドロポンも俺の研究に使われるなら本望だろう! いいからソイツをよこせぇぇぇ! 的な?


「ですが……この子は……」

「今だけだ。必ず戻す、我が母に変わって約束しよう」


「っ……」


 あ、母親の顔なんて知らんですけどね。

 でも引き合いにだすなら神よりこっちでしょう。


「わかり、ました……。なら、私が、自分で、この子を……」

「……うん、悪いね。本当に今だけだから」


 ためらいながらも彼女は折れてくれました。

 しかしやはり抵抗があるのでしょう。

 釜の前に鉢植えを差し出したところ、すぐに考え直してそれを戻そうとしました。


「……ぁ」


 ところがどうしたことでしょう。

 ドロポンが鉢のふちに乗りかかっているではありませんか。

 ウニョウニョとうごめいて、釜との距離を測っているかのようでした。


 忘れてませんよ、ドロポンにはちゃんと知能があります。

 人の言葉もたぶんわかってます。

 だからその挙動はドロポン自らの意思と言えました。

 ハッとしたようにアインスさんが鉢の中の彼と目を合わせます。


「っ……。まさか、貴方も……主人に尽くす、というの、ですか?」


 揺れるように泥の体が頭を上下に揺すった。……ような気がしないでもない。


「……わかりました。それが、貴方の、願いなら」


 アインスはドロポンの望みを受け入れて、鉢植えを釜の上で軽く傾けました。

 泥の謎生物はウニュニュ~っと一度下がって、助走?と共に釜へと勇敢にも飛び降りるのでした。


「あ。……まあいいか」

「すみません、手が、滑りました」


 ポチャン、ザババババッ。って感じです。

 その勢いで鉢植えの土も釜に入り込んでました。

 まあでもその土も裏庭のものだし結果は同じ、予定よりちょっとだけでかくなるだけ。


「じゃやるよ。アインスさんはアクアトゥスさんの杖使って」

「はい……」


 レウラとはパターンが違うみたいです。

 ドロポンは跡形もなく水溶液に溶けていました。

 俺たちは二組の杖で釜をかき混ぜて、最後の仕上げに入っていきます。


 この無色透明に輝く液体のどこに、ドロポンの魂があるというのでしょう。

 冷静に受け止めてみると、アインスさんがちゅうちょするのも納得のおっかない話です。


「ご主人、様」

「ん、なに?」


「……。この釜に、溶けた者、は……どうなる、のですか? 今から、生まれる、ドロポンは……元の、ドロポンと、同じ……?」


 真剣に釜を見つめたまま、アインスさんはそんな答えのない質問をしてきました。


「同じだよ。だって飛竜となったレウラは俺のことを覚えていた。ならドロポンだって別人になることはない」

「…………」


 もしかして言葉を間違えたのかもしれない。

 俺の返答に、アインスさんの両手が痛そうなくらいに杖を握り締めました。

 そこまで禍々しいことしてる自覚とか、俺にはないんですけどダメですかね?


「ホムンクルス、が、羨ましい……。簡単に、生まれ変わる、ことが、出来て……。羨ましい……」

「え、なに? それよりそろそろ現れるよ。杖抜いて、離れて様子を見よう」


 小声で何かつぶやいた気がするけどそれどころじゃないです。

 アインスさんの細いひじを引いて釜の前を離れました。


「目おおった方がいいよ、めっちゃまぶしいから」


 そこでレウラの時のことを思い出しました。

 窓も開けておこう。

 また窓ごと吹っ飛ばされたらたまらないので、駆け足で解放して回りました。

 そうこうしてるうちに釜の中の輝きがどんどんと強烈になっていきます。


「いいね、この非日常感、ワクワクしてくる。うーん、生きてる実感みたいな?」

「…………」


 ところがこんなにまぶしいのに、アインスさんは釜を直視して動きませんでした。

 あーダメダメそれダメ、慌てて彼女に駆け寄り顔を胸に抱き寄せます。


「ふぉぁっ?!!」


 その瞬間、強烈な閃光と軽い破裂音がわき起こりました。

 アインスさんをカバーしたのはいいんですが、自分が直撃食らってたっていうこの間抜けっぷり。

 思わず彼女を硬く抱き寄せて、俺はチカチカする目をそむけるのでした。


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