0-09 上流学校社会《ハイソサエティ・スクール》 1/2
最初の懸念の方から報告します。
ハブられたりはしませんでした。
けど普通にこれ天然記念物&アルフレッドの従者ポジです。
しかも貴族科はわざわざルームメイト制度を採用していまして……はぁ……。
いや失敬。でも軽くだけでも想像してみて下さい。
あの対抗心の塊みたいなお人、アルフレッドくんとの共同生活ってやつを。
やぁ悪いヤツじゃないんだけどね、真面目過ぎるし細かいし羽目も外せないしズボラ生活全否定なんです。
幸いもう一人ルームメイトがおりまして、その方の穏和な大らかさに日々救われております。
あ、それで。
貴族科ってその名の通り貴族の社会なんです。
さらに国際的なんです。
ここポロン公国出身の生徒は3割もいません。
あのアルフレッドだってお隣の連邦国出身ですし、未踏の世界である南を除く東西北、さらには海の向こうからも生徒がここに集まってくるわけなんです。
ルームメイト制度もそうですけど、社交と交流、将来のコネクション確保がこの学科の暗黙のテーマでもあるようです。
家の名誉やら出世、はたまた縁戚構築を目的とした生徒それぞれの思惑などなど、いやぁぁ……黒い黒い、ドロッドロッです貴族科。
なのでわたくし天然記念物ことアレクサントも、悪目立ちし過ぎずほどほどマイルドな感じに中和されて……あ、でも物珍しいのか頻繁にちょっかいかけられます。
その多くが冒険科の話です。
伝説的なものをアルフレッドと打ち立てましたし、貴族の子弟様方も冒険者に憧れるものみたいです。
堅物のアルフレッドもあの冒険譚を語るときだけは子供みたいに目を輝かせるので、うん、聞かれて悪い気はしません。
ただ……ただですね、作法ってヤツだけどうも覚えきれないです。
真似してるつもりなのに周りから見るとあべこべらしく、よく鼻で笑われます。
そこはでも天然記念物なんで笑って許されちゃうのが、なんか余計に釈然としないですよ……。
悔しいしちゃんと覚えきらないと……くそぅ。
まあでも授業とか他の部分はそんなでもないです。
要するに貴族科男子の授業って文系普通科+体育科なんです。
ざっくり言うと剣術教練と詰め込み式の暗記教育ですよ。
剣は冒険科にいたとき握ってみましたし、ほどほど無難に、貴族方の顔を潰さないバランスでボチボチの成績を維持してみてます。
そんな感じです。
……まあでもとにかくあれです。
上級生下級生織り交ぜての社交行事も多いですから、いかにして作法を身につけていくかが最大の課題です。
じゃないと下級生にまで笑われてしまいますので、ああ悔しい。そこはなんとも避けたいところなのです。
・
「ところでお腹空いてないかいアレックスくん」
午前の授業を終えて昼休み。
彼と穏やかに四方山話をしていたら、いきなり机の上に編み細工のバスケットが現れた。
「今日はキミのためにお弁当を作ってきたのだけど……良かったらどうだい、遠慮はいらないよ」
「今日は早起きだと思ったら……はは、また作ってたんですか、ロドニーさん」
彼の名はロドニー、ロドニー・グリフ。
軍より出向してきた妻子持ちの上級生にして、俺とアルフレッドのルームメイトだ。
「あんまり料理の腕を上達させると奥さんが泣きますよ」
「大丈夫、妻は僕よりもっと上手いから。……さ、どうぞ遠慮せず食べてくれ」
俺が断ることなんてまずないので、ロドニーさんは丸眼鏡を輝かせてバスケットの中身を取り出す。
青菜とハム、チーズで分厚くなったサンドウィッチが俺に手渡されていた。
……うん、美味い。さすがロドニーさん、まさに貴族科のオアシスにして、おかん。
「ロドニーさんっていくつでしたっけ」
「唐突だね、21だよ。アレックスくんは15だっけ」
「うんそう。ああ美味い、もう一つ貰っていい?」
「どうぞ、キミの食い意地は想定の範囲だよ。ところでアルフレッドくんはどこだろう」
アルフレッドもロドニーさんに餌付けられてる。
面倒見の良い人で、だからアルフレッドの妙な危なっかしさが気にかかるんだろう。
「さあ、女にでも口説かれてるんじゃないですか」
「彼も大変だね、僕から言わせれば身を固めるのも悪くないかと思うけど」
ヤツはモテる。
アルブネア侯爵家は立派な家らしい。
玉の輿狙いも多いし、だからヤツはホモ疑惑をかけられるくらい女子生徒を避けている。
「いやぁさすがロドニーさん、言うことが20代のそれじゃないですね。……うん、もう一ついただいてもいいです?」
「どうぞ。細身なのによく食べるねキミ、それでいて冒険科トップの実力だったんだから……うん、惜しい」
ロドニーさんちも普通に金持ち貴族だ。
マスタード入りのサンドウィッチは肉厚で、パンもふわりとやわらかい。
存在していてくれてありがとうイースト菌。
「アレックスくん、もしよかったら軍に来ないかい。キミみたいな部下が出来たら、仕事もずいぶん充実するってものなんだけど」
「ああ時々忘れますよ、そういえばロドニーさんって軍属でしたね。うーん……軍ですか、あまりイメージ出来ないです」
餌付けて勧誘、うん合理的だ。
でも天然記念物なんで餌付け程度で振り向いたり譲歩したりはしないよ。
「じゃあ今度の休日にでも体験入隊してみないかい? キミの実力なら立派に公国の平和を守れるよ。なに、軍といっても冒険者とやることはそう変わらない。魔境の魔物を掃討して国民の安全を維持するだけさ」
ロドニーさんの勧誘は饒舌だ。
でも軍。軍ってやっぱりお堅いんだろうなぁ……。
「すみません、将来どうするか全然思いつかないんです。でもお誘いは嬉しいです、考えるだけ考えておきますよ」
「そうかい。……おやアルフレッドくんおかえり、キミも食べるだろう?」
戻ってこなくてもいいのにアルフレッドが教室に戻ってきた。
ロドニーには気を許してるらしく、一瞬だけ弟みたいな素直な顔をする。
やれやれ、アルフレッドのサンドウィッチも狙ってたのに……タイミングの悪いヤツめ。
「ロドニーさん、コイツを軍人にするつもりですか? 止めておいた方がいい、この男は規格外、確実に軍規を乱す災禍となるでしょう」
「フフフ……だからこそその規格外が組織には必要となる時があるのさ」
ああ、ロドニーさんは本当に良い人だ。
オアシスだ、嫁さんもさぞや彼の出張を嘆いてることだろう。
「フンッ、むしろ責任を持ってコイツは俺が引き取ろう。父上もアレクサントに会いたいと言っているからな」
それにつけてアルフレッドのへそ曲がりなこと。
わしわしと俺の頭を撫でて、よくわからんけど無根拠に誇らしく言い切る。
「犬かなにかかよ俺……」
犬並みに食い意地が張ってるのは認めるけど。
…………。
……とまあ、貴族科での生活はおおむねそんな感じでした。
「アルフレッドくん、遠慮せずもう一つどうぞ」
「……いただこう」
この通り、全てはロドニーさんの大らかさによって成り立っていたのです。
残りは予定通り今日の22時~23時の間に投稿いたします




