19-06 結婚したと言ったが、あれは嘘だ
「ふぅ……お前たちがキャーキャーと盛り上がるから、アストラコンと久々に話が弾んでしまったわ」
何とか俺たちが外へと飛び出ると来賓二人が祝福してくれました。
しなやかなウルカを背負ったまま彼らに振り返ります。
「俺としてはまさか、まさかこんな形でリィンベルの花嫁姿を見られるとは思いもしなかった。アレックス、お前なら不老の薬をいずれ作り上げてしまうに違いない。……我が妹の娘を、大事にしてやってくれ……」
そこでアストラコンさんは感慨深く主にリィンベル嬢を見つめながら、最後に確認を求めて俺へと約束を投げかけるのでした。
「おっけー♪」
「いやお前が答えるなよ?! ……わかりましたアストラコンさん、お任せ下さい」
ウルカのせいで台無しですが。
つかお前いい加減下りろと。ふとももむっちりして変な気起こしそうよ俺?
「まさか貴様がこれほど子煩悩になるとはな。あの痛々しい美的感覚に染まった貴様が……クックククッ、ププ……。これだからババァは止められぬよ」
え、痛々しい美的感覚?
え、アストラコンさんが?
え、なにそれ気になる。
「姪です。まあ娘同然、娘以上に大切にしているのは事実ですが」
「叔父様! 人前でそんな……大げさなこと言わないでよ! それにもういいでしょっ、こんなの全部お芝居じゃない!」
…………うん。
世の中っていろんな建前の上に成り立っています。
だから何と申しましょうか。
何と言ったものやら、お嬢のその一言に長い沈黙がここに生まれていました。
彼女の言い分は、神父はもう教会の中なのでもういいだろうと、そういったものだったのですが……。
お嬢だけ少し、他の人たちと事情が違ったのでございますよ。
「……な、なによ。急にどうしたのよみんな……?」
お嬢もそれを肌で察したのでしょう。
キョロキョロと周囲を見回し、それから俺の顔を不思議そうに見つめてきます。
……意外と素直な顔しちゃってかわいいです。
でも話そらしちゃいましょうか。
「グリムニールさん、今日はこの後アストラコンさんが美味い飯をおごってくれるそうですよ。なんでも屋敷からここの別荘地に、シェフをわざわざ呼び寄せたそうで」
「ほっほぅ……痛々しい趣味は落ち着いたが、無駄に高い意識だけは相変わらずだな。だが馳走になろう、美食に罪はないでな」
グリムニールさんにそう投げかけると彼女はやさしく意地悪に口裏を合わせてくれました。
さすがロリババァ、とっさの振りにも慌てず騒がずこちらの意思をくんでくれます。
「もう勘弁して下さい、はるか昔の話ではないですか……」
アストラコンさんがチラッとリィンベル嬢を見つめました。
そのイケメンダークエルフ様が嬉しそうに見とれた後、ちょっと後ろめたそうに目線をそらします。
それは残念ながらお嬢を感づかせることになりました。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんであたしを無視して急に話の流れが変わるのよっ!」
はい。それは答えにくい質問だからです。
でもこのままじゃ平行線だし、既にやることはやったのでみんな諦め始めたようでした。
「あーあー、ダメだこりゃ」
「無理っスねこれ」
最初に漏らし始めたのはダリルでした。
それにアシュリーまで賛同して、よりにもよってこっちに視線を向けてきます。
「残念ですが……投了です兄様……」
「もーぶっちゃけちゃいなよっ」
「……。(こくり)」
アインスさんの控えめさだけが癒しです。
こいつら俺に全部押しつけようとしていますよ。酷いやつらです。
「我が息子アレックスよ、義父として提言しよう。……元はといえばお前が始めた策略……いや酔狂だ。始めたからには後始末をつけなさい」
ええっ、アストラコンさんまでー……?
まあその、ええ、俺が始めたってのは事実ですし、そうなるとここは俺が丸く収めてこそ話がまとまるってもんですけど。
「記憶と使命は忘れようとも、目的のためなら手段を選ばぬところは相変わらずじゃな……」
あ、これで満場一致です。
じゃあしょうがないですね、はいはい俺がやりますよ、お嬢に振り返って距離を詰めます。
「なによみんなっ、これってどういうことよっ! アレクッ、今すぐ答えなさいよっ!!」
蒼いドレスを身にまといし麗しきエルフの花嫁様。その乙女が新郎の襟首に飛びつき、ガタガタと乱暴に振り回されました。
痛いっ、お嬢の腕力じゃそれほどってわけでもないけど、ちょっと痛い、苦しいっ。
「アレクッ!」
「落ち着いてお嬢。……大丈夫、嘘だから。全部、嘘」
やがて彼女が少し落ち着いてきたところで、俺は出来るだけやさしく言葉を投げかけました。
嘘だよって。
「嘘……。そう……よかった……もうびっくりさせないでよみんな……はぁぁ……」
「いやそうじゃなくて、偽装結婚っていうのが、嘘」
「…………え?」
すると言葉の意味が理解しかねるとお嬢は不思議そうに首をかしげました。
じわじわと言語を、意味を、現実という事態をその頭が読解していきます。
「晴れて俺たちは夫婦だ、よろしくねお嬢」
「な、な、なっ、なぁぁぁぁぁーっっ?!!」
そしたら顔を真っ赤にして絶句しました。
怒ってるような恥じらってるような、いろんな感情が交じってて読みとれません。
「第五婦人っス」
「ああっアトゥは信じておりました兄様……いつか愛する私をめとってくれるのだと……子供は三人がいいです……」
「ま、せんせーって浪費家だけど金持ちだし? アトゥとずっと一緒にいられるし、いらなくなったら刺せばいいよね♪」
いやさらっと刺そうとするなよ。
「私も最初はどうかと思ったんだけどさー? でも他のみんなにアレックス取られるのはなんか納得いかないし? てか私の旦那はハッキリ言っちゃえば鋼と石炭みたいなものだし! まこの際これでいいかなー! っと?」
「私のために、ここまで、してくれるなんて……。断れるはずが、ない、です……」
お嬢以外、打算も込み込みで満場一致でした。
言い出した俺が言うのもなんですが、本当にそれでいいんです?
「叔父様っっ!! どういうことよっ、叔父様まで一緒になって!!」
そうなると裏切るはずのなかった人に怒りが傾けられるのでした。
「リィンベル、俺も最初は頭を抱えたよ。……だがこのグリムニールが言ったのだ。今回ばかりは相手が悪いとな。我が息子アレックスがエルフの天敵を相手にすると言うのなら、手段などもう選んではいられないのだ。間違ってはいるが、残念ながら正しい判断だ……間違ってはいるがな……」
「クククッ……それにこうでもしなければ、姪っ子の花嫁姿を見るのはずっとずっと先の話になってしまうだろう。我がそう焚き付けておいたぞ」
頼もしいですね~。
そうです、こっちはエルフの聖域に入りたいんですから、その鍵となるお嬢がゴネたら全部台無しです。
それに彼女が俺たちの目の前でみすみす呪われでもしたら、その時はみんな後悔しかしないでしょう。
恨むなら聖域の掟を恨むとということで、ここは一つ。
「まあでもほら、ホントだけど嘘みたいな? 式典は本物だけど、その先は各自の自由でOK、むしろ今まで通りってのを俺は希望するから」
「そ、そう……そう言われるとあたしもちょっと……ホッとする……はぁぁぁ……ごめん、疲れちゃった……」
でも悪いことしたかも。
お嬢は混乱と戸惑いのあまり、怒りもせずその場にへたり込んでしまいました。
うん、悪いことしたかも~、じゃなくて今回ばかりは超悪いことしました。ごめんねお嬢。
「兄様、それはちょっと自分勝手が過ぎますよ? ほら、お考えになったことはありませんか? アトゥがその気になれば、もはや何をしようと合法であることを……。フフフッ……くれぐれもお忘れなく……♪」
「またまたアクアトゥスさん、冗談がきついんですから。そりゃ……えらいことしちゃいましたね、俺……」
ヤバくね……?
軽く見積もって……ヤバくね?
「じゃあボクは、アトゥに代わって暴力的にせんせーを愛してあげる……ウププッ♪」
「いえそこはノーマルコースでお願いします」
そうそう、こいつもいたんだった。
こいつがまたくせ者、気まぐれ過ぎてなにしでかすか判らない。
「じゃ殺しちゃうかも♪」
「お前のノーマルどっち向きだしー……」
チラッとお嬢の様子を見ました。
そしたら人の顔を見てため息を吐くじゃないですか。
けれど吹っ切れたのか、長いそれを吐き出し終えるとしょうがなそうに笑いました。
「もう勝手なんだから……。でも悪くないかもしれないわ。あたしだってずっとずっとみんなと一緒にいたい、そんなふうに考えちゃう、寂しがり屋のアレクの気持ちもわかるもの」
え、そういう解釈?
なるほど、アクアトゥスさんって存在はいますけど俺って天涯孤独です。
そんな俺が欲しがったものが……。
いえ、いえいえ、そういう考え方は嫌いです、聞かなかったことにします。
ともあれお嬢が納得する形ですべてが丸く収まり、なに食っても美味い結婚料理にありつけることになるのでした。
ああ、もちろんわかってますよ。
結婚したら初夜、初夜ですよね。
さてその本日の結婚初夜の出来事でございますが……。




