19-01 日常に忍び寄る悪意・後日談 1/2
前章のあらすじ
アトリエ増築の予定が近づいていた。
そんなある日、妙な客がアレクサントの前に現れる。
その夫婦は少女アインスの両親だと名乗り、娘を60万zで返してくれと願った。
しかし彼はしれっと返却を拒む。
ならばせめて娘と買い物に行かせてくれ。
彼はわざと彼らの願いを受け入れ、アインスを誘拐させるのだった。
ひそかにウルカの尾行を付けて。
それからしばらくしてウルカより連絡が届く。
アレクサントは軍の駐屯地に入り、ロドニーにアインスの救出協力を願う。
目標は前々から怪しまれていた武装農園。
お偉方とのコネクションがあり、軍の主力は動かせないのでロドニーの側近たちにだけ出動要請が下る。
軍精鋭が陽動となってアトリエ組が敵脱出部隊を追撃した。
全て作戦通りとはいかなかったが、最後には子飛竜レウラの力を借りて敵親玉ことアインスの偽父を追い詰める。
援軍のウルカと共に後続部隊を倒し、彼らはついにアインスを取り戻すのだった。
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北方旅行 アトリエ改築につきしばらく休業いたします
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少女はときどき無性に怖くなりました。
今の幸せな日常が将来確実に終わってしまうことが、彼女にもわかっていたのでございます。
だからその本心からすれば、改築工事で仕方ないとはいえ店を離れたくはありませんでした。
彼女の平穏はアトリエと共にあり、旅することの楽しみすらもまだ知らなかったのですから。
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19-01 日常に忍び寄る悪意・後日談 1/2
あれだけのおかしな大事件です。
そうとなればその後日談もまたおかしな話でした。
事件の戦果の方ですが、およそ100と概算される黒布兵のうち、およそ7割の捕縛に成功しました。
つまり3割を逃したり始末してしまったことにもなるのですが、公国軍精鋭26名とアトリエ組という兵力差からみればむしろ賞賛されるべき数字です。
しかし敵と通じていたお偉方の介入を恐れたのでしょう。
目的を果たすなりロドニーさんは犯人らを連れてすぐに駐屯地に戻ってしまいました。
急いで尋問して情報を引き出さなければ、権力者の自己保身がどう動くかわからなかったのです。
ところが。
まあわかっていたことですが、あの異様な黒布の見た目からしてそうですし、この誘拐犯たちというのがまた口が固かったのです。
けれどもそれだって個人差があります。
ロドニーさんによると、犯人らはハッキリと二種類に分けられたそうでした。
「口の緩い方と、気味が悪いほどに固い方。前者はあのアインスの偽母や、どうやら雇われ傭兵とおぼしき連中さ。一方の後者はとにかく何も喋らないから判断しようがないよ」
駐屯地兵舎を訪れると、ロドニーさんは半ばグチるように俺へとうったえかけるのでした。
「顔立ちと身なりは東の連邦国風のようだ。だがしかし、ならこの外国人たちは何のためにあんなところに潜伏していたのだろう。終わってみればさらにまた、得体の知れない話さ」
そっちの方は長丁場。
場合によっては口を割る前に処分されちゃったりして。
……それじゃ苦労して罠張った俺が困るんだけど。
でまあ口の緩い方々ね。
こっちの話をロドニーさんがしてくれました。
いえ、直接本人から聞いた方が実感がわくだろうとか言って、なんか地下牢に俺を通しちゃったともいいます。
で、感動の再会となったわけです。
「ごめんなさいね、貴方の大切な人をさらってしまって。こればっかりはわたくしの流儀から外れるわ、だから謝罪させてちょうだい」
ほらアインスさんの、偽母。
もう演技は止めたみたいで、なんかこうさっぱりした態度に物わかりの良さがにじみ出ていました。
「悪いが彼に名前と素性を答えてもらえるかな」
「ええ、わかりましたわロドニー卿。わたくしの名はエリザべード。貴方にはあの男の妻と名乗ったけど、これは嘘。本当の夫はもう何年も前に亡くなってるの」
ロドニーさんったら信頼されてますね。
偽母は言われるがままに名乗り、それから種明かしを始めてくれました。
偽物の両親が本当の夫婦である可能性の方が低いですから、俺もあまり驚きませんでしたが。
「これでも連邦国ではそこそこの身分だったのよ。でも罪を犯して没落してしまったの」
「なるほど。大金を動かす以上、貴族の貴女は都合のいい役者だったわけですか」
どうでもいいですけど。
それよりアインスさんの素性や、敵の狙いを知りたいのが本心です。
「そうね。それにわたくし、今は詐欺師をしておりますから。……全部貴方のせいで失敗してしまったけれど」
「ははは、うちの従業員を狙った以上そんなの自業自得でしょう。手口も心底気に入らなかったですし」
詐欺師エリザベードは観念してますけど、やったことはとても許せません。
なれ合う気はないので言いたいこと言い返しましょう。
「ふふ……なんて恐ろしい人なのかしら。まさか全部わかっていながら、わたくしたちを逆に陥れに動くだなんて……。ねえ一つ教えて。あの女の子が危険な目に遭うかもしれなかったのに、貴方はどうしてあんな危険な賭けに出たのかしら」
そう言われても困ります。
そのことでもう、もう散々酷い目にあったんですよ?
やっとお嬢の機嫌が戻りかけて来てくれてる今日この頃なのです。
「それが彼の強さであり危うさだよ。ある意味、貴方と同じ悪党と言えるだろうね」
「わたくしはただの詐欺師ですわ。アレクサントさんの狡猾さには足下にも及びません。まさか詐欺師が逆にだまされるだなんて……ショックですわ」
そろそろこの全包囲からのツッコミに疲れてきました。
こんなことしに来たんじゃないですから、話を進めます。
「そういうのはいいですから、ぜひ犯行の話を聞かせほしいです。具体的に言えば、貴方はどういった経緯で今回の犯行に荷担したんです?」
まずはこの人について聞かなきゃなりません。
たかがおばちゃん詐欺師なんてどうでもいんですけど。
「あの男の指導役。それと妻の立場からのバックアップですわ。報酬が魅力的だったものですから迷わず受けたものの……ああ、貴方のせいでもう台無し、酷いお人……」
「それはボクも認めるところだが、詐欺も誘拐も許されることではないよ。それが呼び込む不幸の大きさも計り知れないものだ」
えーと確か、口の緩い方は雇われ傭兵たちだったと聞いています。
つまり親玉のつれに見えたこの人は、実は多くを知っているわけではないということです。
なんかもうこの時点であんまり期待できません。
事実、ロドニーさんが彼女の牢に俺を連れてきた時点で、尋問はまともに進んでいないと言えるんじゃないでしょうか。
「じゃ、結果はわかってますけど一番知りたい質問からいきます。誰に頼まれたんですか?」
あの事件の主犯は誰だったんでしょうか。
あいつら親玉こと偽父を捨ててアインスさんを優先しましたし、指揮系統が謎過ぎます。
「あの娘、アインスの父親と名乗る――別の男に頼まれましたの。なのに自分の代役を立てる辺り最初から変だとは思っていたのだけど、店での貴方とのやり取りでさすがにわかったわ。あれもあの娘の父親ではありません」
えーと? ややっこしいな。ここで謎の父親の登場です?
でもそれも嘘くさいそうで、結局謎は深まるばかりだという……。
「でも今さら後には引けなかったのよ、前金で2万z近くもいただいてたのよ? それにわたくしはてっきり、貴方が60万zを素直に受け取ると思っていたわ」
「一番俺に効く方法だったでしょうね。でも残念、非売品を買おうとする客は嫌われるんですよ。……いえそれより、他に何か知っていることはありませんか? たとえばその、真犯人とおぼしき人物の正体とか」
あの偽父が実行犯だとすれば、彼女に指示を出したソイツが真犯人です。
もし取り逃がしていたとしたら、今度は違う方法でアインスさんを奪いに来るに決まってます。
「知らないわ。あの黒ずくめの兵たちみたいに顔を隠していたもの。でも……特徴があるとすれば仮面ね。月明かりに一瞬だけフードの中が見えたのだけど、顔の無い白い仮面をつけていたわ」
「フフ……その情報は僕も初耳だね。あまりネタを小出しにするのは止めてもらいたいと言ったのだが」
無貌の仮面男、そいつはアインスの父親と名乗った。
しかしそれは嘘だ。
そもそも本当の父親だったらわざわざ代役を立てる必要がないのだから。
うーん。これだけじゃ、ますます今回の事件がわけわからなくなるだけだね。
「気になるけど活用しようもない情報だな。……他に気づいたことない?」
「無いわ」
「いや無いわ、とか言われても困るし。わざわざ捕まえたこっちの身にもなってよ、絞り出してよ、なんかそれっぽい情報をさ」
「そうは言われましてもね……わたくしもあまり大した話は……。あら、そういえば……」
しつこく要求したらなんか思い出してくれました。
これだけじゃ騙し損なので何としても情報が欲しい。
アインスさんを狙う勢力なんて許せません。
「あの不気味な連中なのだけど……ときどき、特定の単語を使っていたわ。そう、まるで崇めるように……ロゴス、ロゴス、ソドヴェ、ソドヴェと」
「なんそれ?」
「そんなのわたくしが知りたいくらいですわ」
そこで隠れ里のゼルヴちゃんの姿が脳裏に浮かびました。
その白き三つ子エルフによると、エルフの捨てた古神は一体ではなく複数体いたそうです。
もしかしてそのロゴス・ソドヴェというのが、今回の古なる者の個体名で、事件を背後から操ってたんじゃないでしょうか。っていう妄想が膨らみます。
だってどう考えても普通じゃない連中だったし、ならステレオタイプにその狂信者と解釈すれば納得もいっちゃいますし。
「僕も知らないな。妙な響きの言葉だね」
「すみませんね、わたくしが知っているのはせいぜいこのくらいですわ」
アインスさんを死の呪いから救うのが俺たちの目的です。
でもどうもこれってバカ正直にアトリエで試行錯誤しても、どうにもならない話の規模になってる気がします。
「他に何か思い出すことがあったら連絡してくれ。無罪放免とは行かないが、約束通りの恩赦なら与えよう。小出しにするのはもう勘弁して欲しいけれどね」
「わかってますよ、ロドニー卿」
コモンエルフに聞けばロゴス・ソドヴェの意味がわかるんでしょうか。
どちらにしろもう情報は出てこなそうなので、俺たちは牢獄からロドニーさんの書斎に戻りました。




