18-05 怪しくて牧歌的な悪の根城
軍との一時合流の際、ロドニーさんに単眼望遠鏡を貸してもらいました。
俺たちアトリエ組は目標から西の農園に陣取って、小麦畑から作戦の開始をじっと待ちます。
どうやらここの人たちもこの怪しい大農場に奇異を覚えていたようで、やっと対処してくれるのかと歓迎ムードで迎えてくれました。
話によると夜な夜な怪しい斉唱や、家畜とは思えない悲鳴が聞こえてきたりと、時代が時代なら即行魔女裁判ものです。
てかよくもまあこれまで見逃してもらえてましたね。
前に一度だけ教会が立ち入ったそうですが、なーんでかおとがめ無しになったそうですよ。
疑り深い性分で申し訳ないですけど、怪しい取引があったんじゃないかと邪推します。
「人使い荒いっスよ先輩……。でもアインスちゃんの危機なら一肌脱がないわけにはいかないっス! ってことで始まったら起こして欲しいっス」
「ありがとうアシュリー。ってこのタイミングで寝るのかよっ!」
時刻は黄昏を迎えて間もなく日没。
夕暮れ明かりも徐々に紫と青に変わりかけ、単眼鏡の視界も悪くなってきています。
「なんと剛胆な……さすが私が二号さんと認めた相手……」
「え。あーそのネタまだ続いてたんだね」
視線を彼女らに戻して突っ込んでおきました。
仕事上がりのアシュリーは土埃に汚れていて、早くも小麦畑の盛り土を背に腕枕を始めてます。
「ネタじゃないですよ……?」
「うん、わりと本気で二号さん希望っス。じゃ寝るっス、おやすみなさい」
「ちょっとは緊張感持ちなさいよっ。それになによその勝手な同盟! そんなの卑怯だわっ!」
「三号でもいいっスよ。ぐぅ……すぴー……」
うわ寝付き早……。
勝手に自分の順序を格下げするなり、気持ち良さそうに紫の猫毛娘は寝入ってしまいました。
小麦畑に風がやさしくそよいで、もうこっちまで夕寝したくなってきます。
「ダリルちゃんも寝よっかな~♪」
「悪くありません……なら私も……。まあ冗談ですが」
「あ~さすがにまずいっか。じゃあアレックス、何かおもしろい話してよ!」
「見張りを押しつけといて無茶言うなよ……」
「元はといえば全部アレクのせいでしょ。がんばりなさいよ」
違う違う、誘拐するやつが悪いもん。俺悪くない。
……まあそんなこんなで待機中は賑やかなものでした。
潜伏ではないですねこれー。
目標とは距離を置いてますから気づかれることはないでしょうけど、退屈なのか皆よく喋ります。
とはいえ大事な奪還作戦です。妙な動きを見逃してはならないと、俺はじっと見張りを続けました。
「お。軍が動いたよ」
「おおよそ取り決め通りですね……」
「緊張してきたー! っていうかなにあれ、うわぁ黒いのがいっぱいだし!」
しばらく待つと公国軍が潜伏を解きました。
東部より悪の大農園に左翼右翼部隊が動き、敵私兵団が慌てて防衛線をしいていきます。
敵の抱える兵力は想像以上に厚く、倍以上はあろう黒布の兵士たちが農場の柵に集結しました。
「ねえアレク、あれって大丈夫かしら……」
「ていうかさー、この状況でま~だこの四号さん寝てるんだけど。……おーい起きろ~? サボる子は剣鍛えてあげないよ~?」
「ぐぅぐぅ……すぴーすぴー……」
こっちは今も平和なもんです。……ん、四号??
まあいいか。
「ああ、お嬢はアレと一緒に動いたことないっけ。アレはロドニーさんの部隊だから大丈夫。なんか不思議強い」
「起きて下さいアシュリーさん……そろそろ準備しないと遅刻しますよ……」
部隊個人の力もさることながら、そこにロドニーってパーツが加わると、倍の兵力なんてものともしない妙な強さが生まれます。
戦い慣れと統率が存在する軍隊は、ただそれだけで非正規部隊に対して圧倒的優位に立てるのです。
なので倍だろうとなんだろうと着実に黒布兵を倒し、柵の奥へと押し込んでいきます。
公国驚異の軍事力! これならお国の守りも安泰だい!
……軍を自由に動かせないあたり、そうとも言い切れないとツッコミも自主的に入れときましょう。
「ふが……お、おお……アトゥちゃんが巨乳に……驚きっス……」
「はい、巨乳のアクアトゥスとは私のことですよっ!」
「あたしだって大きくなったもん! ほらっ!」
「おおっ、ホントっス!」
お前熟睡かよ。今さらだよそれ。
戦士らしくもうちょっとシャキっと目覚めるかと思ってたのに。
「って寝ぼけてないで準備準備っ! アレックスも何か指示してってば!」
「うん、目標は動揺し始めてるよ。でもまだ早い、今こっちに気づかれたら作戦が台無しだ」
「なら合図よろしくっス。自分らは馬車で待機してるっスね」
アシュリーが皆を連れて後ろに下がります。
俺だけここから単眼鏡を向けて、敵脱出部隊を求めて大農場のあちこちを確認しました。
でまあいらっしゃいました、俺たちの目標アインスさんと敵脱出部隊が。
無理矢理彼女の手を引いて、大きな荷馬車に60万zの少女が連れ込まれます。
億劫なことにこれまた護衛が多いです。
まだこれだけの兵力が残っていたのかと我が目を疑ってしまいました。
「さあ行こう、馬車を出してくれ!」
「了解っス!」
その脱出部隊が大農園を出発しました。
ただ数が数です。
特にアインスさんを連れた馬車が厄介で、速度重視の二頭立ては想像以上の機動力を持っていました。
「兄様こちらへ!」
「早くっ! 死ぬ気で飛び乗りなさいよっ!」
皆も状況を察知したようです。
なので御者のアシュリーはスピードを落とさず、つまり俺を轢き殺さんばかりの勢いで突っ込んで来るんですねぇ~。
「ちょっうそぉっっ! ……殺す気かよっ!!」
「先輩なら殺そうとしても殺せないと思ったっス。ま、アインスさんを怖がらせた悪行と比べれば、こんなの生ぬるいコーンスープみたいなものっスよ」
「絶対に逃がしちゃダメよっ、あの子を助けてアレクに詫びを入れさせなきゃなんだからっ!」
こっちの荷馬車は軍に借りたものです。
二頭立ての調教済み軍馬が引くものですから、ただ単に競争するだけならきっと追い抜けます。
「んん、何かまずいっスね……」
「それに向こうに気づかれたみたいです、気をつけて、弓手がいますよ!」
ただし敵の退路が予想外でした。
追うにしても一番シビアなコースが採用されちゃってます。
ざっくり言えば、俺たちの待ち伏せを回避する方向に敵脱出馬車部隊が爆走してるんです。
それだけじゃありません。
こちらに気づいたその部隊たちは、主力をこちらに反転させて足止めに動いてきました。
「うわっなにそれっ、まずくないこれっ?!」
「まずいわよっ、あんなの相手してたら逃げられちゃうじゃない! もうっ!」
ですよね。
金髪ロリエルフさんはウィンドシールドで弓を弾き飛ばし、悪党どもに敵意をむき出しにします。
どうでもいいですけど、それは爆走する馬車の上でぶるーんぶるーんとたわわな胸を揺らしながらなのですよ。
うん、せっかくだし彼女の自尊心のためにももう一度ここに強調しておきましょう。
たわわな胸が、ぶるーんぶるーんと揺れています。
「ごめん作戦ミスだこれ」
ロドニーさんは東から攻めたわけなんですから、てっきり西側に抜けるのかと思ってました。
そっちの方にも街道が伸びてますし、指名手配が関所に届く前に最短距離での国外逃亡を選ぶんじゃないかと。
「しょうがないっス、実際逃げる方向おかしいっスよ!」
けど実際の進路は南南西。
なるほど確かにそっちに逃げれば潜伏だけは出来るでしょう。
ここ一帯の農園地帯さえ抜ければ、身を隠す森林や小山もたくさんあります。
だってその先は人間の勢力圏じゃありませんから。
迷宮があって、モンスターがいっぱいいて、奥に逃げれば逃げるほど行き帰りのリスクが跳ね上がります。
今をやり過ごすだけならいいんですが、天然の要害と怪物と未踏地だらけのこの国では、こんなの国外逃亡が困難になるだけです。
つまり、何考えてんだこの誘拐犯!
「どきなさいよっ!」
それでも危険を承知で追うしかありません。
やはり足止め部隊を避けきれず、俺たちは黒布兵と激突しました。
数は20に届きそうなほどもいます。
「馬は任せたっスよ、ダリル」
一番戦い慣れてない者に御者を任せて、アシュリーが前線を受け持ちます。
お嬢のウィンドカッターが敵を吹き飛ばし、アクアトゥスさんもそれにならいました。
「じゃ俺はあえてバインドっ」
これを突破しても追撃されたら面倒です。
なので地よりツタを伸ばして馬車と馬を拘束しました。
「強っ、みんな強っ! わーっこっちくんなーっ!」
怒りのお嬢、迷宮マニアのアシュリー、持参した長剣でがんばるダリル、あと錬金爆弾も使えちゃうアクアトゥスさん。
あ、ソレです。アクアトゥスさんも超お怒りでした。
「すみません……恨むなら……この軽率な兄を恨んで下さいね……。アシュリーさん下がってっ!」
「へ? あっちょっ、そ、それはっ……ひゃぁぁーっ?!」
怖いですねぇ……怖ろしいですねぇ……。
足止め部隊のど真ん中に、俺のよく知る炸裂爆弾が投げ込まれました。
そいつは地へとあっけなく転がったかと思えば、大爆発とともに敵兵全てを吹き飛ばしていたのでした。
「耳痛っ……。アクアトゥスさん、使うならもうちょっと早く言ってよ……」
「はい兄様、今回ばかりは手段を選べませんでした。さあ先を急ぎましょう」
てか生きてるかなーこれ……。
誰一人立ち上がることも出来ずに、その身をピクンピクンとさせています。
魔法使いタイプも混じってましたが、爆弾とあっちゃその魔法防御力も無意味なものなのでした。
ところで早く片付いたのは良いんですが、それでも時間をしっかり取られてしまったのです。
こちらの馬車が再加速する間に、今や敵二頭立て馬車は遙か遠くに砂塵を上げています。
最悪あれが馬車を捨てて単騎でアインスさんを連れて行ったら、もう追いつけないと思います。
こっちには騎乗技術持ってる人なんていないはずですから。
「ほんの少しずつ距離は縮んでるけど……苦しいっス。視界が悪くなったら見失っちゃうかもしれないっスよ」
「私のかわいいアインスちゃん返せーっ! あっ、いっそ私馬車から降りちゃおっか?! ちょっとは早くなるかも!」
「ううん、その時はあたしがアレクを蹴り落とすから平気よ! この速度から落ちたら大怪我するじゃないダメに決まってるわ!」
ははは、お嬢ってば本当におやさしいことで。
「目が本気で怖いんですけど……」
「あたしは本気よ! 本気に決まってるじゃないバカっ!」
「いや死ぬって……」
「兄様、どちらにしろ逃がせば死んで詫びてもらうことになりますよ」
はいはい俺のせい俺のせい。
しかしどんなに離されようとも追わないわけにはいきません。
ロドニーさんが立場を犠牲にしてくれた以上、これを逃がすわけにはいかないのです。
なにより俺たちのアインスさんを渡せません。
俺の責任が広がります。今だって広がっています。
完璧に見えた奪還作戦がこの修羅場! まさかここまでなりふりかまわず動くとかおかしいよこいつら!
「わかった、その時は私も一緒に蹴り落とすね! 元はと言えば全部アレックスが始めた騒ぎだもん!」
「いや落ち着けって。あ、無理? ……助けて、助けてアシュリー、アシュリーなら助けてくれるよね?」
まずいです。
いろいろまずいです。
このままじゃやっぱり追い付けない。
それこそ本当に誰かが降りなければならなくなります。絶対俺なんでしょうけどーー!!
「先輩、自分も先輩の鬼畜さには矯正が必要だと思う時があるっス。しいていえばそれは今なんじゃなかと、思うっスよ」
まずいです!!
このままじゃ! このままじゃ! 戦う前に身内に殺されるじゃんっ!!




