0-07 3/3 アシュリーと共に実習用迷宮を駆け抜けた夜のこと
【初級実習迷宮B9】
「敵っス、敵ちょういっぱいッス先輩っ!」
「いやだからその先輩どっから来たのさ。くっ、くぉっ、しかしさすがに数が……ぬぉぉぉ……っっ?!」
小細工と直感と索敵奇襲でここまでやって来ました。
でもそれもここまででした。
初級迷宮B9のコンセプトはずばり、純粋戦闘力です。モンスターハウスです。
「通路に退くよ! これダメッ、これ無理ッ、あっやだっ火力足りないっなにコレッ?!」
「せ、先輩ッ、ここでなんと残念なお知らせがあるっスッ! MP切れそうっスゥゥン!!」
俺たちは細い通路に退いて何とか持ちこたえました。
アシュリーの頼もしさの源は、エンチャントによる自己強化能力だったんですが……残念MP使うんですそれ。
敵は上位タイプのハイゴブリン、オーク、メタルスケルトンに何か大ボスっぽいマンティコアみたいなのまで奥にいます。
「MP回復薬的なものとかないのっ、ないよねっ、ないもんっこの世界っ!」
「先輩なにいってるのかわからないっス! 逃げましょうっ、もうもたないっああっ、エンチャントももう切れるっスぅぅーっ!」
じゃあMP回復アイテムでも生産したら大儲けじゃね?
とか思ったけどそれどころじゃねー!
しかし幸い、俺は人並み以上にそのMPが高いらしい。
つまり俺だけはまだ余裕があったので、発動速度の速いウィンドカッターとかアイスボルトを出力の限り連発しまくった。
「先輩ッ先輩ッ先輩ッ、ダメってばもうダメっ、帰還の翼発動させて下さいっ、せめてさっきのB8に戻って……っ」
「クッ、クククッ、ワハハハハハッ!! 俺は逃げない、退かない、媚びもしない、ここまで来て戻れるものかっ、灰になれっ灰になれっ俺はまだまだ行けるぞっ、灰まみれになってしまえっ、クハハハハハーッッ!!」
「せ、先輩が壊れたぁぁぁーっ! あ……っっ?!」
……ちょっと正気を失っていたのは認めよう。
かなりの無茶をして互いを危険にさらしたのも認めよう。
悔い改めるべきなのも認めよう。
俺たちは幸運だった。
迷宮にはルールがある。時間制限というルールが。
風景は突然に色あせて湾曲し、砂嵐のように細かく崩れて形を失っていった。
そうして気持ち悪いその感覚が終わった頃には……自分たちは迷宮の外に戻されていたのだった。
「うぁぁぁ……し、死ぬかと思ったっスよ先ぱぁぃぃ……」
「……すまなかった。なんかテンパって我を忘れてたみたいで……大丈夫アシュリー?」
「ちょっとチビったっス……あ、冗談っスよ……?」
「うんそう、じゃ聞かなかったことにしておこう……」
「ちょっ、チビってなんかいないっスよっ、冗談っだってばっ!」
ならなんで切ない内股なんだろう。
とかいうのはおいといて、ここは入り口の方陣の上みたいだ。
しかしてっきりダンプ先生が待っていてくれるものと思っていたけれど……あ、いた。一応。
「zzz……フゴッ、ゲフッ、ンゴッ、ウッ、ウグゥゥゥゥ……ッ?!!」
「鼻をつまむな、かわいそうだろうアシュリー……」
「だって……自分らがあんなにがんばってたのに……寝てるんだもんこの人……ちょっとムカつくっス……」
一足先にアシュリーがそれに気づいて、テーブルに倒れ込んで眠っていたその鼻を……ついでに口をもふさぎ始めた。
「まあそうだけど……」
「ププッ、クフフフフ……ッッ♪」
「おい……急になんだよ気持ち悪い」
「プププッ、だって笑っちゃうっス♪ あれだけ死ぬ気でがんばって来たのに……先生寝てるし、こんな時間だし、先輩はブチキレてキャラ変わるし……ウプププッ、ああああ~~~なにこれ楽しぃぃ~~っ♪」
……こんな明るいキャラだったっけコイツ。
なんか吹っ切れたのかな、なんか……さらに猫っぽい、つかみどころがない。
うん、これはこれでちょっとかわいいかもしれない。
「先輩、先輩さえ良ければこれからもペア組んで欲しいっス。だって先輩と一緒なら楽出来そうだし……何よりなんか楽しそうっス」
「いやだからその先輩って何なの、どう考えたって先輩なんかじゃないし俺。……まあ、いいか、こちらこそよろしくアシュリー。……いつ教頭に転科させられるかわからない身だけど」
俺とアシュリーはそれからずっとペアを組んで冒険科生活を駆け抜けた。
互いに切磋琢磨を続けてして、あのB9での悔しい力不足をどうにかしようと自主練を繰り返した。
その結果、あの晩手に入れた学年トップの座を三ヶ月間も維持することになる。
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そう合計すると半年になるんですよ。
半年の冒険科生活が過ぎ去って、これはもう何かの呪いなのかお約束なのか陰湿なパワハラなのか。
ピカール教頭がまた襲来して俺にこう言い放ったのです。
「久しぶりだなアレクサント! ぬっ、ええいこのっ、いつも言ってるであろうっ、人と話すときは頭じゃなくて顔を見て話しなさいっ! くぅぅぅ~~っ、しかしざまぁみろ! また転科させられると思ったかっ、そうはいかない貴様のようなアウトローには冒険者がお似合いでぁぁーるっ! ヌハハハハーッ、もう半年ここで怯え過ごすが良ぃぃぃ!!」
……あれ?
てっきり職人科あたりに戻されるのかと思ったんですけど……残留です。
あれーー逆に拍子抜けっていうか、FA宣言したくなっちゃうというか、あれーー?
というわけでアレですはい。
もう一期、冒険科生活が続くみたいです。
魔法覚えるの大好きだし、アシュリーとどこまで行けるのか確かめたいし、願ったりかなったりかな……。
「教頭先生」
「何だねアレクサントくん。悔しさのあまり皮肉の一つでも言いたくなったかね。ククク……よかろう聞いてあげようじゃないか、何だねアレクサントくん?」
「教頭先生には感謝してます。半端者の俺にいろんな道を指し示してくれて……。本当に感謝してますよ教頭先生」
穏やかな顔で憎きアレクサントくんに感謝されると、教頭はどう返答したら良いのかわからず、まゆをしかめてついつい口元をニヤつかせたようだ。
「アレクサントくん」
「何ですか教頭先生」
「……こ、これで勝ったと思うなよっ!! きぃぃぃぃーっ!!」
けど皮肉の方向で理解したんだろう。
がに股でプリプリ怒り散らしたかと思えば、足を踏み鳴らして立ち去っていった。
……うん、最近あの教頭のあしらい方がわかってきた気がする。
アレって意外に照れ屋さんなんだ。
あ、ハゲだけに照れ屋……。
なるほど……深いなぁ教頭……。