17-07 後日談、小さなお客様とくたびれた錬金術師(挿絵あり
その日その朝、青髪のサティがアトリエの鈴を騒がしく響かせて飛び込んできました。
ちょうど朝の来店ラッシュをさばき終えて、やっとこさひと段落した頃のことです。
サティは健康的なキャミソールから細い手足を大きく伸ばして、この前の子供らしからぬ深刻さがもう思い出せなくなるほどに、晴れやかに、声いっぱいに、真心を込めて、叫んだのでした。
「ありがとうお兄ちゃんっ、お母さんの病気治ったよ!! お兄ちゃんたちのおかげだってっ、ありがとうお兄ちゃん、ありがとう!!」
心のままに感謝の言葉を。
今この場にダンプ先生がいたら、床が鼻水と涙で水浸しになっていたことでしょう。
それくらい彼女の言葉は、心からの感謝と愛情であふれていました。
「それは良かった……。苦労したかいがあったよ……うん、ほんとに……大変……大変だった……」
アトリエに戻るなり急かされて薬を作りました。
その試作品をうちの連中に任せて、ベッドにぶっ倒れたのが昨日の話。
「ははは、バジリスクなんて序の口さ……。その後の死闘に次ぐ死闘と……ま、マナ先生の、見た目は麗しいけど濃ゆいお友達が……お友達方が……うっううっ……ああああああ……っ?!!」
それは悪夢でした。
歪み切った欲望を抱えた雌獣たちが、いたいけな若者をよってたかって食い物にするのです。
「そんな……そんな特殊なところまで模写しなくてもいいじゃないですかぁぁーっっ、うわっうわあっ、うわぁぁぁーっっ?!!」
ひとえにその理解しがたい趣味のためだけに……。
「んん? どうしたのお兄ちゃん……?」
「サティ、いらっしゃい、ませ。大丈夫です、落ち着いて下さい、ご主人様。サティの、前です、落ち着いて下さい」
落ち着けと言われて落ち着けるほど俺は達観してない!
素直に食い物にされるだけならまだしも、あんな特殊な……特殊な……なんで絵の中の俺がアルフレッドと裸で抱き合ってるのっ?!!
止めて止めておぞましいっ、いやぁぁぁーっ!!
「はっはっふーっ、はっはっふーっ! 大丈夫、俺大丈夫、エリンさん治って良かった、良かった、はぁ……はぁぁ……」
「すみません、サティ。お兄ちゃんは、ちょっとだけ、疲れているのです。昨日のお付き合いが、大変だったそうで」
しかし、しかしアインスの言うとおりです……。
サティの前で醜態をさらすのはいかんです。
「ふぅん……。でもありがとうお兄ちゃん! お兄ちゃんってすごいんだね! ママが奇跡だって! お兄ちゃん天才だって!」
「でも普段は真っ当な才能の使い方してないけどね。いらっしゃいサティ」
いやいやお嬢、そんなツンツンなフォローされると……あ、褒められるよりずっと落ち着く。ありがとう。
リィンベル嬢が店の入り口から帰ってきて、サティのもたらした朗報に素直な笑顔を浮かべていました。
「おかえりお嬢。あれアクアトゥスさんは?」
確か一緒に納品しに出かけたはずです。
「お呼びですか兄様、ここにいますよ」
「うわビックリっ?!!」
そしたら真後ろにいるんですから、おかげで釜に頭を突っ込みそうになりました。
いやなぜ背後に回る必要があるし……。
「後ろからアレクを驚かすんだって」
「いやそれ早く言って……」
「はいっ、大成功です♪」
「ふふん、そのまま釜に落ちればもっと面白かったのに」
最近アレです。
アクアトゥスさんとウルカを迎え入れたことを、ちょっとだけ後悔してきてます。
個人差あるでしょうけど人って同性で同盟を組むものなんですね。
世間的にはこれ男羨むハーレム生活なんですけど、実際は女姉妹がべらぼーに増えただけ感覚というか……。
誰でも良いのでここに男を増やしたいとこです。
あ、マハ公子だけは抜きで。
「どうしたサティ?」
「えへ……あのねお兄ちゃん」
でもサティは賑やかなここの連中を気に入ってるみたいです。
さっきから無垢なその顔をニコニコとさせていましたが、急に俺との距離を詰めて真顔になっていました。
なんか言いたそうです。
「私ね、私決めたの! 私っ、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげ――」
ああそういうこと。
確かに俺がサティの立場だったらお兄ちゃんに惚れちゃいます。
いやぁ良い気分。
「いるかいアレックスくん?」
ところでそのタイミングでまた店の鈴が鳴りました。
この口振りで現れるのはロドニーさん以外にいません。
俺の兄貴分、数少ない男仲間に俺は心よりの笑顔で迎え入れました。
……一瞬、昨日のおぞましい絵を思い出しましたが。
ロドニーさんらしき眼鏡軍人がなんか裸で……ううん、何でもない……違うと信じたい……。
「居ます」
「ははは、相変わらずだね。おやそこのお嬢さんとはお初かな、僕はロドニー、ロドニー・グリフ。兵隊さんをしているんだ、よろしくね」
しかしいやぁ紳士ですねぇ。
相手が幼女とはいえこの社交性ですよ。
ロドニーさんはほがらかな笑顔を浮かべて、なんかおみやげらしいバスケットをよこしてくれました。
中を見れば学生時代が懐かしい、彼お手製とおぼしきサンドウィッチです。
「…………」
「ん、どうしたんだい? 怖がらせてしまったかな」
ところでさっきからサティの視線がロドニーさんに釘付けな気がします。
彼のやさしい風貌立ち振る舞いからして、怖がるとは思えないんですけど……これがガン見。
「ああサティ大丈夫だよ。この人は俺の先輩、掃除も料理も軍人も出来るパーフェクト紳士だから」
「アレックスくん、そんな紹介をされたら困ってしまうよ。ん、なんだい?」
そのサティが何か言いたそうにロドニーさんへ詰め寄りました。
子供ながら一生懸命背伸びをして、髪の毛をしきりに整えて、まばたきもせず瞳を大きく広げます。
「私サティ! 好きですっっ、私をお嫁さんにして下さいっっ!!」
そりゃもーたどたどしいながら一生懸命に。
その変わり身の早さに錬金術のお兄ちゃんも茫然自失です。
ぇ、ぇぇぇぇぇ……っ?
「おやおや、いきなり告白されるなんてさすがに思わなかったよ。ありがとうお嬢さん、光栄です。……でももう少し大人になってからその言葉を聞かせて欲しいかな」
「はい! 私っ、大人になったらロドニーお兄さんのお嫁になります!」
あー、はい。
……今日という日を俺は生涯忘れないだろう。
まさか幼女に告白されかけて、かと思ったら秒単位で寝取られたわけなんだから……すごい。
ああ、ロドニー・グリフ……なんて恐ろしい男だ……。
「ん、どうしてそんな切ない顔をしてるんだい、アレックスくん?」
「そう見えますかね……」
悔しかないよ、納得はいかないよ。
「ああそれよりキミに頼みたいことがあるんだ。今回もお願い出来ないかな……アレックスくんにしか頼める人がいないんだ」
「わかりました、では奥で詳しいお話を聞きましょう。……あ、サティも一緒にお茶飲む?」
「いいのっ?! 飲むーっ!!」
まー嬉しそうなこと。
それよか俺ついに理解しましたよ。
真の女ったらしはこの人です。
だって普通に考えて、俺よかロドニーさんのがスーパー良い男じゃないですか。
だから次にアクアトゥスさんあたりが俺のことを女ったらし扱いしたらこう言います。
ロドニーさんのがずっとずっとずっと女ったらしだもんっ!!
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「だからなんですか? お言葉ですがたちの悪さでは兄様に及ぶ者などおりませんよ。あの方はもう結婚されていますし、あの愛妻家っぷりは女性から見て好感を覚えます。少なくともロドニー様に好意を持った女性は、その付け入る隙の無さに諦めを選ぶでしょう」
その晩、機会があったのでアクアトゥスさんに言い返しました。
「それに対して兄様は何ですか? 錬金バカにして冒険バカです。スポーツに夢中になって他に目が行かない少年と、ほぼ同レベル、いえそれ以下です。隙だらけも隙だらけ、乙女の花園で砂糖菓子が足付けて歩いてるようなものです。その魔性が蜘蛛の糸のように何人も何人も何人も……アトゥはときどき兄様の将来が心配になります……。はい、今からでも遅くないですよ、すぐにでも刃物を通さない衣服の研究を勧めいたしますっ!!」
あ~うん。
こいつぁ~、やぶ・THE・スネークだぁ……。
ボランティアとか慣れないことはするもんじゃないですねー。完。




