16-02 最近な~んかおかしいんです……
今日はお嬢とアインスさんがおやすみする日です。
ちょうど東の連邦国より人気の歌劇団が来ているそうで、二人は昼すら待たずに出かけてしまいました。
そうしてこうして公演時刻の昼となりましたし、今頃は歌と踊りと合奏ってやつを楽しんでいるころでしょう。
あ、ちなみにちょっとお高い演劇っぽいです。もちろんお嬢のおごり。
アインスさんにもっと外の世界を見せてあげたいそうです。
そうしたらもうちょっと表情が豊かになるかもしれないとか……。
うーん、いいやつ……なんておやさしい。
腹黒の俺にはとてもまね出来ない気の良さです。
そんでまあ、んなわけで、昼になったしお腹空いたんですよね。
でもお昼ご飯、今日は自分で作らなきゃいけないんですよ、これが。
このパターンですといつもはついつい買い食いに走りがちなんで、自重してたまには自炊するべきなんです。
「レウラ、客が来たら接客よろしく。ドロポンもレジ頼んだ。うん、無理だけど」
「クルル……?」
子飛竜の方は優雅にも朝からずぅぅ~~っと昼寝してたんで、そろそろ働けと揺すり起こしました。
ドロポンはカウンターにいるだけでいいです、苦手な人は苦手なようなのでコレ。
乱暴に言っちゃえば、うちの店で一番得体の知れない存在とも言えます。いやそんなことより。
うん、さあよし!
さあゆけ、いざゆけ男の料理タイム! です。
やっとこさ昼過ぎの来店ラッシュが終わったので、ご飯作るなら今しかないです。
どうせ誰も見てないので、これが結構な駆け足で地下倉庫に飛び込みました。
どうやって入れたのかわかりませんけど、例のエンシェントドラゴンの骨がドドンと場所を取って……。
ああうん、これ、不気味どうこうよりただひたすらに邪魔です。
いやそんなこたぁどうでもいい。
食材置き場に移動して、木箱から人参と玉ねぎを取り出しました。根菜は保管しやすくてサイコーです。
後は塩漬け薫製肉を使って野菜炒めにしちゃいましょう。
ってあれ? 無い?
……あるはずのでっかい薫製肉が消えてます。
昨日見たときは壁にまだたっぷり吊り下がっていたはずなのに……。
2、3キロ単位の肉が忽然と無くなるとかおかしいです。
何より大事なことに目を向ければ、これじゃ肉無し野菜炒めになっちゃうじゃないですか。
「おかしいなぁ……おかしいなぁ……」
見たところ他の物は消えていません。
でもやる気の方が超そがれました。
もうしょうがない、めんどくさい、近所の子が遊びに来たら大通りでファーストフードでも買ってきてもらおう。
パンだけは今朝のが残ってるし、もうそれだけかじりながら釜を回すことにしました。
田舎の方ではこの人参、玉ねぎを生のままかじるそうですけど。や、無理。なに考えてんのソレ。
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「よ、元気か錬金術師。客連れてきてやったぜ」
「……ああこりゃどうも、思えばだいぶごぶさたしてますね」
今日に限ってお子様がなかなか来ません。
そしたら代わりに団体客がやって来てくれました。
知り合いの酒臭いおじさん冒険者なんですが、店主の仕事を奪って、なんか連れの若手たちにうちのポーションをおすすめしてくれてました。
これで冒険者始めた頃からの長い付き合いです。
「それよか先に仕事の話といこうぜ。あーーー、ポーションどか盛りと傷薬、あといつものヤツを5つ。いや8つかな」
「何ですソレ、まさか傭兵でも始めるんですか」
豪快なお買い物もあったものです。
いつものヤツとは、この前の旅でも使った威嚇用の音爆弾です。
至近距離で使えばまあ――敵部隊をスタンさせるパワーもありますけど。まあでも……威嚇用です、建前は。
「いんやちげぇ、要請があって北部に遠征することになったんだわ。なら出来るだけここのを買い込んだ方が安上がりだろ」
「なるほど、いつもありがとうございます。ならポーションの方は30本くらいですかね」
北は独自の発展をしてますが公都ほど栄えていません。
棚の在庫に目を向けて、大ざっぱ過ぎるオーダーを確認し直しました。
「あーー……ちと少ねぇかな」
無精ヒゲ撫でて酒臭いおじさんが再考します。
でもめんどくさくなったんでしょうね、だからこう言いました。
「いいわ、ここにあるやつ全部くれ。余ったら向こうの連中に売り飛ばしゃいいよな」
「うわ、豪快。えーと……これざっくり見て200本ちょいありますね、ならおまけして50000zでどうでしょう」
とんでもない大金に膨れ上がりました。
財布からさっと取り出す額じゃありません。
「うはったっけぇなっ!!」
「そら100本ですし……ギルドやら傭兵団だってなかなかこんな発注してきませんよ」
「向こうで宣伝しといてやるから負けてくれ。45000zでどうだ、ここはおっちゃんの顔を立ててくれ、な?」
おっちゃんがお金をレジに積み立てます。
……てか足りない。45000にも足りない、全部で……えーと、43000くらい。
「わははっ、足りねぇわっ、ガハハハッ!!」
あーあ。おっさんってばちょ~~楽しそう。
なんか人生満喫してるっていうか……うん、いいや。
「ああもういいです、これでいいですから持ってって下さい。傷薬も爆弾もサービスで付けますよ」
「マジかよ!? うはっありがとよっ錬金術師、いやぁぁ~っ良い買い物しちまったわっ!!」
利益は十分に出ています。
釜をかき回すのも嫌いじゃないですし、素材は少なからずアシュリーとかがこっちに流してくれます。
……タダではないですけど。
「おっさんに死なれたら寝覚めが悪いです。仕事が片付いたらまた来て下さい」
「おうっ、今度また組もうぜ! ありがとよーっ、アレスント!」
「アレクサントです」
棚のものをごっそりおじさん持参の木箱と麻袋に移しました。
「じゃご武運を」
「良い地酒が入ったらみやげにしてやるよ、飲んじまって酒樽だけになってるかもしれねーけどなっ、ワハハッ!」
「ゴミじゃんそれ。あ、なら次はいっそ、その樽に詰めてお売りしますよ」
「そりゃいいな、きっと売れるぜ!」
樽詰めポーションなんて喜ぶの、ぜってーこのおっさんだけだと思いますけど。
まあ商談も梱包も終わったんで、おっさんに引っ張られるように若手パーティたちも店を出ていきました。
どうやら馬車で来たようで、カラカラと車輪の音が遠ざかっていきます。
「うわ、なんかまだ酒臭っ」
つかあの木箱、今思い返せば酒用のヤツだったような……うんそうだね、あえて見なかったことにしよう。
しかしどちらにしろ、店頭からポーションが全部消えてしまったわけです。
なら客がいないうちに補充しないと大変。
でも大丈夫、ご安心下さい。
こんなこともあろうかと、ちゃ~んとカウンター裏に一箱分キープしてあるんです。
十分とは言えないですけど縦横4列が2段、つまり32本がすぐ棚に追加できます。
「ってあれ?」
箱を棚の前まで持ち運んでふたを外しました。
そしたら、なんかおかしいんです。
中を見れば一本だけポーションが減っていました。
「あれー……?」
ちょっと変です。
90度近く首をかしげることになりました。
そんな俺の姿につられて、意味わかってないんでしょうけどレウラも鳥っぽく首を傾けます。
「フフフ……なるほど。消える肉塊、ポーション一本とな」
あれこれって万引き? まさか泥棒?
いやそれにしたって何で、肉とポーションだけが消える?
つか食い物に限れば、前にも似たようなことがあったような……。
ははー妖精さんのイタズラかな。
おーファンタジック。んなわけないしー。
「うーん……なんだろこれ、ポーション盗むにしたって棚から取ればいいじゃん?」
おかしいなぁ、おかしいなぁ?
あれぇ、おかしいなぁ?
少なくとも勘違いでポーション一本が消えることがあっても、さすがに肉塊は消えないです。




