0-07 1/3 アシュリーと共に実習用迷宮を駆け抜けた夜のこと
さあ待ちかねた深夜が来ました。
ここは男女共学の世界ですし、あまり夜間の寮外出は勧められてません。
自主練するにも本来は許可がいりますし、商業や技術科にいた頃は借りた書籍を枕元に置いて毎晩を満喫していました。
ですから今日という訓練日はちょっとした非日常の世界なのです。
それとこの星は複数の衛星を持っているのですが、その大きい方が今は新月を迎えていて、だからずいぶん薄暗い印象があったのでした。
「来たなアシュリー、アレックス。いや我が息子よ」
「わざわざ言い直さなくてもいいです。てかアシュリーの前で言うのも止めて下さい恥ずかしいです」
もう夜も遅いです。
日付も今ごろ変わってしまっている頃でしょう。
それでやっとこさ俺たちの番が近づいてきて、アシュリーと共に実習用迷宮を訪れました。
「今晩わっス、ダンピール先生」
「おっす。ん……なんだアシュリー、ちと顔が明るくなったか?」
「自分じゃわかんないっス。たぶん今夜だけの空元気っスよ」
正式には第5号迷宮。
まあでも呼びにくいし通称は初級実習迷宮と呼ばれてます。
アカシャの家は3つの迷宮を管理しているそうですが、当然ながらここが一番レベルが低いです。
「そうか、まあ何にせよアレックスと上手くやることだ。で、少し早いが前のペアがちょうどリタイアしたところだ。準備はもういいか?」
どうやら予定より早く入れるらしい。
アシュリーの姿をのぞき見ると、プレッシャーに気圧されてしまったのか表情が硬い。
「大丈夫だアシュリー、お前も俺の自慢の生徒だよ。お前とアレックスのペアなら良いところまで行ける、特にお前に必要なのは自信だよ」
「そうっスかね……ま、やるだけやってみるっス。じゃないとアレックスくんのやる気に申し訳ないっスから」
それも先生のフォローにより安らぎ、余裕を取り戻して猫っぽく俺に笑いかけてきました。
エンハンサーの装備は軽装ながらエンチャントで金属防具並みの防御力を得ることが出来るそうです。
一見はちょっと身軽に改造した制服にしか見えないけど、それが何かヒラヒラしててスカートからのぞく脚がチラチラっと……うん、目に毒。
「ほぅ……よくわからんがさすがだな我が息子。聞けば他の学科でも女をたらしこんでたそうじゃないか」
「記憶にないですね。そんなことより先生、俺たちが最後ですよね?」
「そうだ。いや散々待たせて済まないな、こればっかりは規則でしょうがないのだ」
迷宮の挑戦権は成績評価順だそうです。
アシュリーの成績はそこまで低くもないんだけど、うんそう、俺が盛大に足を引っ張ってこの時間になったんです。
しかもこの迷宮、ペア専用の入場制限がかけられてるもんだから回転効率が悪い悪い。
「そんなことはどうでもいいです。いえむしろ好都合と言えます。先生、彼らはどこまで潜れましたか?」
「ん、ああ、8層目に到達したのが三組だな。その先は誰も踏破出来ていない。平年並みといったところだが……まあお前らはあまり上を見て無理をしないことだ」
「それもそうですね」
10層目が最深部。
そこまで行かなくても済むことが判っただけでも、なかなか上出来な流れだと思います。
「さ、行ってこい。制限時間は突入より1時間、緊急時にはこの帰還の翼を使うこと。ただし指定時間内に使った場合は減点評価になる」
彼もこの夜勤を早く終わらせたいんだろう。
ひと段落すると迷宮入り口に俺たちを案内してくれた。
「じゃアシュリー、ここから先は予定通りで頼むよ」
「わかってるっス。アレックスくんの根拠不明の自信に従うっス、ダメ元で」
さあ実習開始だ。
俺たちはダンプ先生に背中を向けて最初の下り階段を進んでゆく。
落ちこぼれペアが学年トップをかっさらってやろうと、野望をその胸に潜めて。
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【初級実習迷宮B1】
土くれの地面と白地の石壁。
そこにローグライクな立体ラビリンスが広々と続いてました。
まあけど初級だしペア専用だし、そこまで複雑な構造ではないそうです。
「へへへ……ちょっとここの雰囲気はたまらないっスね。どんなお宝に出会えるんだろってワクワクしてくるっスよ自分」
「うん、その気持ちわかるよ。いいねコレ」
彼女とは別の部分で俺も感動しちゃいました。
ああ、ここ良い、ゲームの世界っぽい、良い、良過ぎる……。
しかも今の自分は魔法が使えて、頼もしいエンハンサーの前衛さんもいる。
俺たち二人でどこまで行けるのか。
小遣いになるお宝が転がっていやしないか、わくわくしてたまらない。
……けど。
「……じゃ、スピード攻略といこうか」
「わかったっス!」
今回は成績と効率を優先しよう。
どうせ浅い層にお宝なんてそうそう転がってないだろう。しかもここ初級だし。
我らアレックス隊がテクテクと通路を進み、やがて最初のT字路にぶち当たる。
「どっちっスかね」
「うん、たぶんこっち」
「えっ、そうなんっスか?!」
「行き止まりから風は流れてこないよ」
立ち止まることなく右折して、二度同じようなT字路を風の流れを追って進む。
「あ、階段っス! すごい一度も迷わずに来ちゃったっスね!」
「意外とぬるいね。まあ初級となればこんなものかな」
モンスターにもお宝にも出会わず来れてしまった。
さ、どんどん下を目指そう。
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【初級実習迷宮B2】
「ここは風がないっスね」
「うん、けどまあこっちに行ってみよう」
「わかったっス」
その下の階層もさして景観に変わりはありませんでした。
ただほんの少しだけ気温が落ちたかな……くらいです。
「あ、階段……っ、え、どうしてっ?!」
「最初の左折に特に意味とかないよ。その後に構造がB1と左右対称だって気づいただけ。さ、次いこう」
やっぱり冒険科OBに聞いたとおりでした。
この初級迷宮は規則性にそった一定パターンを刻むそうです。
だから迷宮の立場になって考えてみれば、それがそのまま攻略の助けになるみたいです。
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【初級実習迷宮B4】
「アレックスくんすごいっス。今まで一度もモンスターと出会わずここまで来れちゃってるっス……逆に欲求不満でむずむずしてくるレベルっスよっ! ああっ戦いたいっ戦いたいっス!」
「そりゃ良かった。じゃここの扉の向こう、いかにも敵とか現れそうなパターンだから突入して奇襲しかけるよ。もし外れなら笑って」
B3もぬるかったです。
地面がちょっと砂利っぽかったんで、もしビーサンで歩いたら大変だったでしょう。B3……だけに。
……うん、我ながら絶望級にイマイチ。
「トリャァァァーッッ!! スッ!!」
「ほいほいっと……びゅーんっ」
あ、で、扉の向こう側というとやっぱり敵がいました。
矮小な体格のゴブリンが四体、キラービーが三体です。
この実力で自信喪失出来るなんておかしくね? ってくらい鮮やかにアシュリーがゴブリンを殲滅しました。
その剣はルーン文字の刻まれた無骨な魔法片手剣です。それが敵を断つと灰のようにモンスターが崩れ去ります。
飛行系のキラービーにはウィンドカッターがいいんじゃないでしょうか。
パパパッと真空波を連発してキラービーをやっつけました。
……どうもこの連中って生きてるのか生きてないのかわかりません、死ぬというかライフを失うと灰になるようなのです。
「やるっスねアレックスくん!」
「そりゃ動いてない的なら当てやすいし、この調子でいこうか」
「おおっカッコイイっス! どこまでもついていくっス!」
「そんな現金な……たまたま奇襲が上手くいっただけだし」
この辺りはまだ大したことないのでどんどん行けそうです。
ちなみに突入して20分も経ってないはずです。
お、階段発見、さ、次々!