0-00 生まれ変わりの錬金術師がまだ幼かった頃のこと(書籍版1巻の表紙を後書きに追加
【新作宣伝】
読者の皆様、いつも本作を読みに来て下さりありがとうございます、別作品の宣伝です。
こんな新作の連載を始めました。
https://ncode.syosetu.com/n9230fc/
【魔界を追放された猫ですが、人類最強の娘拾っちゃいました】
魔界辺境でネコ魔族が女の子を育てるやさしくて微笑みを誘うお話です。胸を張ってオススメ出来る仕上がりですので、よろしければこちらもご愛顧下さいませ。
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苦境に立たされるたびに、我が主人は当時のことを思い出すそうです。
するともう二度と底に落ちてはならないと、古い思い出が強い勇気に変わり、それが今を維持する頼もしい力をくれるそうです。
彼の名はアレクサント、公都にアトリエを持つしがない錬金術師。
その異系の術を用いて趣味と実益に生き、思想や正義に流されない奇妙なお方です。
これは英雄でも魔王でもなんでもない、我が敬愛すべき主人の物語。
彼の創造物たる私が私に刻んだ、希代の錬金術師アレクサントの記録です。
それでは皆様、物語の始まり始まりにございます。
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ヤバイと思ったらもう死んでました。
いやまさか餅なんかで死ぬなんて……お釈迦様も思うめぇってヤツです。
掃除機で吸えば助かるらしかったんですけど、いやぁ……そういや壊れてたんでした。
あの絶望感ったらないです。
いっそ皆さんも死ぬ前に一度体験してみて下さい。なす術もなく死にます。
つまらない体験談はさておき、これが死んでも死んだところで終わらないらしいですね人生って。
気づけば生まれ変わってました。
父は旅暮らしの交易商人で、母親はなんか最初からいませんでした。
それでその父というのがこれ、子供から見たって商売が下手な人でして、母もいませんし自分もその父と一緒に旅暮らしを続けていたんです。
当然その生活も崖っぷちの瀬戸際で浮き沈みするような、それこそ水に浮かぶうたかたも同然のものでした。
けどそれでも父親は父親ですし頼れる者は彼だけです。
幼い身体で彼を助けて、西から東、東から西へとボロい荷馬車に交易品を載せ、異世界各地を放浪していたわけです。
あとそれと……。
実は物心ってやつがついたのがずいぶん遅くてですね、それがたぶん7歳ごろだったと思います。
それより前のことは何一つ覚えてないんです。
もしかしたら生前の記憶が蘇ったのがその7歳で、それ以前はそれ以前なりの平凡な自分だったのかも。
……うん、まあこんな感じかな。
でも父との生活も7歳から始まった俺から見れば長くは続かなかったんですよ。
なぜって父はとある国、ポロン公国とかいうこの国であっさり病死してしまったんです。
それこそ病院に入って三日も経たずにぽろんっと。
……ほら、ポロン公国だけにぽろんっと。
……何でもないです、すみませんでしたごめんなさい。
あ、そういや死ぬ直前なんか言いかけてた気がします。
けどどうせ大したことじゃないでしょう、今さら聞く手段もないので考えるだけムダです。
そんな袋小路の疑問なんて俺の頭の中に必要ないと思います。
で。さて困った天涯孤独。
父が死んだわけで、まだ8歳の俺はさらなる苦境に立たされました。
父もわずかばかりの財産を残してくれましたが、自分はただの子供。各種免許や許可証、通行手形も父名義でしたし、現実にもはや商売を続けることはできませんでした。
もうしょうがないです。
こうなったらもう廃業です。
生前の世界でだって、一生同じ仕事を続けられる人なんてものは、よっぽどの強運か天才の話だって聞きました。
だから迷わずきっぱり今までの生活に見切りをつけました。
8歳の子供は病院から出て、まっすぐその足で冒険者ギルド直轄の商会におもむきました。
その商会主と父は生前より懇意でして、天涯孤独の子供から商売道具の全てを買い取り仕事の契約までくれました。
公都郊外にある農園でのブラック農夫契約でしたが……。
でもまあ飢えたり襲われたりして死ぬよりマシだと判断したわけです。
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「最初に言っておくぞアレクサント。お前のような境遇は珍しくもなんともない。契約が終わるまでお前は勤勉な農夫として暮らさなければならない。商人のプライドや考え方はここで捨てろ」
「……はい、覚悟しています。どうかこれからよろしくお願いします農場長」
農場長は悪い人じゃありませんでした。
けれどブラック雇用主ですので善人でもありません。
でっぷり太った利己的なおじさんでした。
「うむ、なかなか利発で物覚えがよい。期待している」
「読み書き算術、帳簿の管理なども父に代わり担当していました。何かあれば事務方の仕事もこなしてみせます」
「はははっ、まだ8つの子供のくせに面白い冗談を言うではないか、その意気だけは買ってやろう」
最初、彼は俺の営業を本気にしませんでした。
まあ帳簿管理のできる8歳児だなんて、実際自分が同じ立場だったら笑うでしょう。こればっかりはしょうがない。
そんなわけで……。
それから単調な日々が過ぎ去っていきました。
ちなみに農場での生活というのがこれ、まるで刑務所でした。
生活と仕事、食事が徹底管理されており、月1ですけど休暇もちゃんとあったようです。
同僚は50人近くいて女の子がほとんどです。
綺麗どころの子は別の仕事口があるんだろうなって、そんな切ない印象でしたけど。
ていうか男の子は鉱山とか、さらにスーパーブラックな労災0世界に送り込まれるのが普通だそうです。
そんなわけで徹底管理の社会が俺の自立心を麻痺させて、ブラックワークだけど平穏な日々が続きました。
何せ生前の記憶も引き継いでますし身体も若いです。
それが苦境すらもバッチリ緩和してくれたみたいです。
そんな生活に流されそうになる自分を戒めて、俺は農場長に知性のアピールってのを続けました。
すると次第に農場長の態度も変わりました。
本当に暗算が素早く帳簿管理もできて、しかも割り切った大人の付き合い方を心得ている。
それは彼らからすると都合が良く、やがて利己的な信頼関係と呼べるものが築かれました。
内外ありとあらゆる帳簿が、俺に与えられた事務所小屋に回されるようになったのです。
基本は主人と付き合いのある他農場の経理が中心でしたが、時に貴族様方の帳簿まで混じることもそう珍しくありませんでした。
いやだって相手は子供です。
代価は薄謝も薄謝で済みましたし、正規の会計士に見せられないような都合の悪いものも、アレクサントという少年なら心配いりませんでした。
上手い具合に利害が一致していたのです。
ただ……どうも困った問題が一つ発生しました。
最初は3年の契約だったのですが、彼らがこの少年会計士をすこぶる気に入ってしまい……。
4年5年と契約を自動延長させてきたのです。
……児童なだけに自動に。やっぱり何でもないです。
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「アレクサントくん、今何をしていた」
で、その日も農場長が仕事小屋にやってきました。
慌てて俺はソレを帳簿の下に隠して、素知らぬ顔で主人に振り向きます。
「いやいやサボってなんかないですよ農場長。ほら、この通り帳簿作業もすこぶる順調。間違いなく夕方までに仕上がることでしょう」
事務作業中はこうやって一人小屋に押し込められる。
最近は都合の悪いブツが増えたので、彼以外の来客もほぼ無い。
だから隠れて勉強するにはうってつけだったのですよ。
「まったくずる賢い子だ。ふむ……仕事の方は順調であるし文句はない」
「ええ、昼前から根詰めてやっておりますから」
勉強の方が8割で帳簿は息抜きだけどね。
この身体は頭の回転が速くて良いな、発想力が違う。
「くれぐれも他の者には悟られるなよ。お前を特別扱いしたとあっては面倒になる」
「もちろんわかってます。ですから引き続きギブアンドテイクということで一つ」
12歳の少年が脂っぽく太った主人に微笑んだ。
そんな俺に農場長は不思議なものを見るような目を向けて、いつもみたいに眉をひそめた。
「時々お前が怖くなるよアレクサント。お前が神童であることは認めよう。今ではこの崖っぷちから無事に成長してくれることを願っている」
「……あ。ちょ、ずるい」
農場長が机上の帳簿をどかしてしまった。思わず間抜けな声が出る。
その下にある問題集を目にすると、その彼は怒りもせず俺にあきれる。
「しかも……こうやって汚れた帳簿を素知らぬ顔で処理する姿に……やはりお前が怖ろしくなる。これはなんだねアレクサントくん」
「……やだなぁ農場長、ただの問題集ですよ。実は13になったら試験を受けようと思いまして」
13歳になったら成人扱いになる。
農場長が俺の契約を勝手に延長することもできなくなる。
「……あー、農場長。やっぱり怒ります? じゃ鞭でも打っときますこれ?」
「いやはやまったく……お前というやつは……悪魔のようにズル賢いな……。はぁ、好きにしたまえアレクサントくん。だが契約満了日まではしっかり働いてくれたまえよ」
「それはもちろん。貴方には感謝しています、本当にです」
闇会計士アレクサントが農園を辞めると知れると、ならその前に処理させようと山ほどの依頼が飛び込んできた。
それは都合良くも俺のデスクワークを増やして、試験勉強の時間に変換させてくれたのだった。
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やがて俺は13歳を迎えた。
別れを惜しむ同僚や農場長に背を向けて、自由の身となったアレクサントは郊外から再び公都へと帰り咲いた。
さあこの崖っぷちからはい上がるには、なんとしても試験に合格しなくてはならない。
がんばらないと。
……ま、ほどほどにだけど。