におい
彼はジャケットを脱ぎネクタイを外した。ワイシャツの袖のボタンを取って無造作にまくると、ベッドに腰掛けて資料を読み始める。私は寄り添うように彼の隣にちょこんと座った。
資料に目を落とす彼の長い睫毛、ゆるくパーマのかかった髪、色っぽく綺麗に通った首筋。柔らかい印象を与えるそれらの特徴と、ワイシャツの袖から覗く意外にも筋肉質な腕との対比にくらっとしてしまう。彼から目を離すことができない。
私の視線に気づき、彼が顔を上げた。
「どうしたの」
気だるそうな、けれど優しい声で彼が言った。
「ううん」
そう言って私は横から彼の頬に軽くキスをした。彼はほんの少し照れた様子で微笑んだ。その笑顔にとろけそう、なんて思ってしまう。ほわほわした気分に酔っていたら、彼が私の唇に優しいキスを落としてくれた。
「おいで」
資料を脇に置き、腕を広げて彼が言う。私はうなづいて彼のワイシャツに顔をうずめた。彼のにおいが私の体いっぱいに広がる。言葉では上手く説明できないけれど、どんな香水やアロマよりも落ち着く、彼だけのにおい。座っているから身長差は関係ないし、肩の上に顔を出すこともできるけどしたくない。このにおいに、幸せに包まれていたい。
「苦しくないの?」
「ちょっと苦しい」
「えっ、じゃあ顔出せばいいのに」
「違うって。幸せだなあって思ったら胸が苦しいの」
少しふざけて言ってみた。自分で言っておいて、なんだか恥ずかしかったので照れ隠しに笑った。なんだよそれ、と彼もつられて笑った。
「でも」
真剣な顔になって彼が言う。
「でも、俺もだよ。こうしてる時がいちばん幸せ」
そして、気恥ずかしそうに少し笑った。
二人の目が合う。どちらからともなく、甘くて深いキスが始まる。