1.おめでとう、さようなら
「お願い....撃たないで」
枯葉を踏んだ時の様にカサカサの掠れきった音が、青白い電灯に照らされた空間に、響くことなく溢れ落ちる。
訴えかける度に口の端はピリッと痛み、ついには口内に鉄の味が広がり、雫が喉を伝う。
拭うと手の甲が一瞬の暖かみの後、声同様に掠れた黒に染まる。
これ、地球の“習字”っていう文化に似ているなぁ。
碓か黒い液体を細いブラシに染み込ませて文字を書くんだっけ。
黒く見えるだけで実際、僕の手の甲は赤いのだろうけど。
黒のトレンチコートにマスクの集団に追われ始めたのは数分前。僕はあっけなく人通りの少ない生ゴミのような悪臭が鼻を突く路地の壁際に背をつけた。
何人いる?
5人?7人?
それとももっと?
逃げられる隙間もない。
マスクで顔こそは見えなかったが、ぶれることなく皆一様に暗闇でも見えるほどに光った銃の照準を僕に向ける限り、無表情できっと撃つことに抵抗は無いのだろう。否、
僕を殺すことに
戸惑いも
慈悲の気持ちも
微塵も抱かない人達なのだろう。
「撃たないさ」
冷え切った男の声と使い古しのタオルのようにじめっとした路地の空気がいかにもといった雰囲気を醸し出す。
「ただし、君が父親から預かっているであろうデータを渡してくれさえすれば、だが」
「データなんて僕、知らないんだ!本当に本当に知らない!!だからっ」
「旧地球人、ジン・キノシタくん。碓か君は、昨日8歳になったんだってね。おめでとう」
臓器がせり上がるような嫌悪感。
殺そうとしている奴らが、僕の必死の叫びを遮って誕生日を祝うという状況が、不釣り合いで気味が悪くて....
なぜ、奴らは僕のことをよく知っているのだろう。
背中に硬く冷たい壁を感じながら、乾く口内を湿らそうと必死に唾を飲み下す。
何か言わなきゃ、なんとかしなきゃ。
鈍器で殴られたように警報がぐわんぐわん脳内に鳴り響き、目眩がする。このままじゃ、本当に僕....
「時間切れだ」
パーン!!!
大きな風船が破裂したような音だな、とか、そういえば父さんには長いこと合っていないな、とか、血を噴き出し宙に浮きながらふと考えたのはそんなこと。
破裂したのは風船じゃなくて、僕の体内だった。
本当に僕....殺されたじゃないか。