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My Dearest Ghost  作者: 峰坂ラグ
9/10

雄牛の試練

【保安署ー会議室ー】


 ペーパー試験の後、しばらく部屋に残された受験者、約四十名。この中から毎年二人から四人程が正式に保安署の重犯課に加わることになっている。

 その年にもよるが、合格者が一名しかいない、なんてこともあるようで、その倍率の高さはノクティーンのお堅い幹部候補職の次に高いだとか、そんな噂まで聞くほどだ。

 私の隣では燃え尽きたのであろう真っ白なレックスが頬杖をついて呆然としていた。

「レックス、その………できた?」

 私の苦し紛れの問いかけにレックスは微動だにしない。

 しかし、喋る気力はかろうじて残っていたのだろう口を開いた。

「まぁ………そうだな。…………俺をここまで追い詰めたことは賞賛するべきだろうな……」

 やはり頭のできはあまりよくないらしい。

 試験開始直前まで捲っていた暗記帳は既にボロボロだったわけで、これでもかというくらい数学の公式やノクティーンや世界の歴史などを読み返したのだろうが、その結果がどう出るかはなんとも言い難い様子。

 彼がこれ以上話さないということも加わって、ますます空気がよくない。

 思わず顔をすくめていたそんな時、部屋の扉が小さく音をたてて開いた。

「以上で一次試験を終了する。各自、動きやすい服装に………っとそうじゃないやつがいるわけねぇか」

 聞き覚えのある声だった。

 顔を上げてよく見ると、会議室の正面にいたのは私やレックスが所属していた小隊の長、クルシオ軍曹だった。

 その隣にはいつものようにサリアさんがいるわけではない。そんな慣れない環境下でも必死に、片手に隠し持っていたカンペを見ながら話を進めていた。

「っというわけで、この後すぐに二次試験である実力テストの方に移ってもらう。各自、準備をして保安署裏の訓練場に集まるように」

 受験者を動かす案内人などと普段なら絶対にやらないようなことをやるから、そのようにぐったりした顔をしてしまうのだ。

 やつれ気味のクルシオ軍曹は首を掻きながら、またゆったりとした足取りで部屋を出ていき、その扉が閉じた。

 と同時に、一斉に受験者は部屋を出て我先にと廊下を駆け抜けていく。

 これも毎年の恒例とのことだが、実際に見るのは初めてだった。

 なぜ彼らは走るのか、それは任務に必要な基礎体力や行動力を試験官であるゴードンに見せることで内申点を稼ぐ、といういたって単純なものなのだとか。

 実際にそれによって合否が決まるわけじゃない、そんなことをエルーシェさんも言っていたことだし、隣のレックスに肩を貸す必要があるだろう。

「行こう、レックス。さすがに遅すぎるのは問題だと思う」

「おぉ、リンシア………君はこんな時でも俺の心をいとも簡単に掴んでくれるゥ……」

 さながら負傷兵のレックスの戯言を無視しながら肩を貸して、二人ゆっくりと試験会場に向かった。



【保安署ー訓練場ー】


 ランタンの光に照らされた屋外。その中央には砂の地面、それを取り囲む段になった客席がある。

 さながら闘技場かなにかの様だが、保安署職員、中でも重犯課はここで実践訓練をほぼ毎日行っている。

 私もレックスもここに来るのは初めてではないし、その空気感に安心さえする。

 無論、受験者の目の前にいる重犯課長さえいなければの話だが。

 私とレックスの遅れての登場を見て、私たちのほぼ目の前をノロノロ歩いていたクルシオ軍曹が口を開いた。

「よし、全員揃ったようだな。それでは二次試験、実技試験を執り行う。試験官を担当するのはこちらの、現重犯課長であるゴードン少佐」

 クルシオ軍曹の後ろから歩み寄る影は大きく、その強面を見ただけで周囲から唾を飲み込む音が聞こえた。

 改めて考えると課長がデスクから離れていることはあまりないため、ただ立っているだけなのだが、新鮮な威圧感を覚える。

「諸君、私が先ほど紹介に預かった、今回の実技試験を担当するゴードン少佐だ。試験ではサーベル型の模擬刀を使うが、元より私は容赦などしない。各自、私を殺す気でかかってくるように」

 そう告げる彼の目は本気である。

 ここ十年余り、彼が実技を担当するようになってからというもの、試験中の怪我や判定の厳しさが格段に上がったとか。

 犯罪者の中では『黒山羊のゴードン』と畏れられる有名人で、現場に出た時の検挙数も尋常ではない。

 本当に殺す気でかからなければ合格できない、読んで字のごとく『実技試験』である。


 客席近くまで移動し、順番に中央へと誘われていく。

 本日のギャラリーはノクティーンの偉い方たちらしく、めったに見ることのない保安署の署長をはじめとする各部署の長たち。

 そしてその後ろには、ノクティーンの政治家や、今ではあまりいない物見遊山の貴族などが談笑しているのが見える。

 その中の一人がこちらの目線に気づいたのか手を振ってくる。

 しかし、この暗がりで顔も見えず、自分に向けられたものなのかもわからないが会釈だけして視線を戻した。

 私の順番は終盤。手前にレックスがいるが、果たして彼の実力はどうなのだろう。

 しかしながら問題はそこではない。

 何よりも問題視すべきはゴードン少佐のスタミナである。

 本来であれば実技試験はいくつかのグループにわけて、それぞれに試験官がつくスタイルと、日にちをずらすやり方がある。

 だが彼は違う。一人で片っ端から相手をし、片っ端から薙ぎ倒していく。

 今この瞬間にも、一人、また一人と受験者が切り捨てられて悲鳴をあげている。

「これは、俺の出番も早そうだな」

 いつになく真剣な面持で準備運動をするレックス。

「落ち着いてるのね、レックス」

「まあ、ここまで来たらやるしかないからな。それに………」

「それに?」

「君に無様な格好を見せるわけにはいかないからね」

 減らず口はこの緊張感の中でも健在のようだ。

「見ていろ、リンシア。俺はこれでも腕に覚えがある」

「期待させてね、レックス」

 そういう彼は自分の番になると、言うだけのことはあって確かに巧みな剣さばきを見せる。

 あわや一撃見舞わすかといったところに隙がうまれて痛恨の一撃を見舞ったようだが。

「次ィッ!」

「ハイッ!」

 試験の係員に肩を借りて退場していくレックスと入れ違いで訓練場の中央へと歩を進める。

 レックスは何も言わなかったがその引きつったように端が上がった口元は、ぶちかませとでも言うようであった。


「次はリンシア、君か。だが容赦はせんぞ」

「もちろんです、ゴードン少佐。私も毛頭負けるつもりはありません。一本………取らせていただきます」

 模造刀を正面に構える私に対し、彼の構えは少し違っていた。

 その構えを見ただけで、ギャラリーからどっと声が漏れる。

 彼の剣術は正統派なものだけではない。むしろ、現場に出た際の構えはこちらの方が彼の場合のスタンダードだ。

 オックスの構え。雄牛の角に見立てるように高い位置に構えられた木刀。その迫力は彼の形相も相まって尋常なものではない。

 実際に使用するサーベルは刃の厚さも薄く、俊敏な動きに対応できるよう軽量化がされているが、噂によるとゴードン少佐の使うものは少し、いや、かなり違うという。

「それでは、始めッ!」

 クルシオ軍曹の掛け声と共に、動かぬゴードンに向かって距離を一方的に詰める。

 切っ先の届くギリギリの距離まで接近し、勢いよく下から切り上げた。のだが、


 バァァァァン!


 とてつもない力で地面に叩き落とされたのは私の木刀だった。

 切り上げた木刀の刃は、折れなかったのが奇跡としか思えないほどに一部が大きく凹んでいる。

 思考をしている間に彼の丸太にでも思える脚が、身体を反ってかわした前髪を掠めていく。

 その風圧に紛れるように一旦距離を取り、もう一度木刀を構えようとした時、

「フォォォォォオオオオオオオッ!!」

 まさに雄牛。突進の勢いと共に彼の木刀が風を切って突き出された。

「うわっ!?」

 その殺気に思わず声が漏れた。

 かなりオーバーに真横にかわしたハズだったが、脚がゴードンの脚と接触したのか、私の身体は回転しながら地面に叩きつけられた。

「ぐっ………」

 直撃していたらもしかすると下半身とおさらばしかねない。そんな一撃は一度と言わず二度目の構えをとっていた。

 アレを攻略しないと勝ち目がない。頭では分かるが身体が言うことを聞く自信がない。

 観衆は私がアレをかわしただけで大盛り上がりのようだが、当の本人の頭には異様に冷たい血が流れ込んでいた。

「なんとか、しないと………」

 さっきのは運が良かったとしか言いようがない。次はないだろう。

 最初の一撃は私がいたところから十メートルほど進んで止まっている。かなりの勢いである故に止めるのにも相当な力がいるらしい。

 その間はほんの一瞬だったのだろう。しかし、その刹那は極限の状態においては充分すぎる時間でもあった。

 次が来る。

 距離にして約二十メートル。それをあの巨体で瞬間的に接近してくる。

 ゴードン少佐は気づいているだろうか、彼の真上、空中を舞う私に。

「ンンッ!!」

 ほんの少し飛ぶタイミングがズレたら巻き込まれかねない突進をかわし、彼の真後ろに着地。追いかけるように全力で地面を蹴って背中に切りかかる。

 しかし、彼にも対策があったのだろう。

 勢いを殺す際、地面に木刀を突き立て、踏み込んだ片足を基点に百八十度方向転換をし、もう一方の足で再び踏み込んだのだ。

 まさに正面衝突。この状況では止まることもできない上、飛び除けても巻き込まれる。

 目の前の一角獣を迎え撃つ他、私に選択肢はなかったわけだ。

 反射的に腰に手をやるがそこにいつものサーベルは差し込まれていない。あと一手、ただそれだけが足らなかった。

「このォォォォォォォォォォォォオ!!」

 木刀の持ち手と刃の中腹部分を両手で握りしめ、一か八かの特攻に出た。

 ギャラリーや受験者一同から悲鳴混じりの声が漏れていたが、この時の私にはそれが聞こえなかったようだ。

 すんでのところで、正面に向かう勢いを片足で振り絞れるだけの力で真逆にもっていく。

 そのまま最小限のダメージが木刀に入り、初撃の凹みを基点に真っ二つに割れた。

 さらに彼より早く左手に残っていた刃先で向かってくる木刀を跳ね除け、そのまま回転し右手のリーチの短い持ち手を叩き入れる。

「んぐっ!!」

 ギリギリの刀身は脇腹に浅く入り、この時点で私の勝利が確定した。………のだが、

「やった…!きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 私自身が一番驚いた。まだこんなに女の子らしい声が出せるんだな、と。

 ゴードンの勢いは止まることなく、そのタックルに見事巻き込まれた私の身体はギャラリー足元の壁まで吹っ飛ばされて、と同時にその意識も途絶えたのだった。



【ノクティーンー西部地区病院ー】


 目覚めると目の前には真っ白な天井があった。

 以前にもこんなことがあったが、今回は以前のそれと違って全身が鉛のように重い上、筋肉に負荷をかけようとするだけで激痛が走るようだった。

「リンシア、起きた?」

 ベッドの脇からかけられる優しい声はエルーシェさんのものだった。

「エルーシェさん………ここって……」

「病院……西部地区のね。こんな短期間で二度もお世話になるとはねぇ」

 呆れたようにエルーシェさんは頭を抱える。

「私、試験の途中で………」

 記憶が走馬灯のように頭の中で流れていく。その中には無論、ゴードン少佐の一撃必殺の木刀突きがあったわけで、

「リンシア大丈夫?すごい汗だけど」

 思い返しただけで恐怖しないわけがない。あんな鬼の形相のゴードン少佐相手によく立ち向かおうと思ったわね私、試験とはいえ。

「大丈夫です……たぶん」

「そう?ならいいけれど。………それでね、リンシア。試験の結果なんだけど」

「え?………まさか」

「いやいや、無事合格。筆記もほぼ満点だったみたいでクルシオ軍曹も褒めてたわよ。でも全治一ヶ月の大怪我ともなれば、すぐに仕事ってわけにもいかないし、なんなら今回出た合格者は一人残らずボロボロだしね」

 身体を起こして周りを見るとずらりと並んだベッドがほぼほぼ満員だ。当然そこにいるのは私のような若者ばかり。とはいってもその中での最年少は私なんだろうけど。

「近々重犯課の方から連絡が入ると思うけど、しばらくは安静が必要だってさ」

「そうですね………」

 エルーシェさんはそれだけ伝えて部屋を出ていった。

 怪我の具合はどうやら、骨の所々にヒビが入ったくらいだと医者にも言われた。

 静かな夜。

 病院という不慣れなベッドルームは周りの患者から漏れるいびきや寝返りの音がやけに聞こえてくる。


「眠れないの?リンシア」


 他の音に混じって、たまに幻聴が聞こえる。その声の主はほとんど覚えのない母のものだったり、十一年前に聞いた父のものだったり。

 ベッドの下に隠すように置かれた三本のサーベルは何も語らない。

 昔通っていた教会の神父は、世界にはシャーマンと呼ばれる亡者の声が聞こえたり、会話をしたりする能力を持った人間もいたとか、そんなことを話していた。

 何気なく聞き流してしまった話であったが今になってそのシャーマンとやらの気苦労が聞こえてくるようだった。

「疲れてるの……だから休ませて………」

「そう、おやすみ、リンシア。私たちの自慢の娘……」

 それきり消えた幻聴に胸をなでおろしたように、その声に安心したように私は眠りについた。

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