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My Dearest Ghost  作者: 峰坂ラグ
7/10

生誕の祝賀

【ノクティーンー南部軍基地前ー】


 城塞の壁が築かれたのは約二百年ほどの昔。手入れこそされているものの、その姿は当時の様相を留めてはいない。

 中央地区にはその中核となる城跡があり、それは今だに健在だ。中身の掃除も、保安署と同じ業者によってされているとか。

 今日の巡回任務は、そんな城を守るために作られた砦、現ノクティーン南部軍基地の視察を兼ねた内部監査だ。

 他国からの侵攻などの有事に備え、ノクティーンには軍隊が存在する。

 とはいっても、そう簡単に戦争などということは起きないこと、国内の治安維持は保安署が取り持っていることなどなど。必然的に税金の無駄遣いなどと呼ばれることも多いとか。

 私としては、南部に来ることは滅多にないし、ましてや軍基地など用はない。

 炭鉱から溢れる石炭や、工場から立ち上がる煙に関心しつつ、その歩を進めていた。

「さぁ、そろそろ基地につくから、レックスは暗記帳しまって」

 場を取り仕切るクルシオ軍曹。保安官として彼の判断は正しい。

 立場で言えば保安署の重犯課はノクティーンの組織団体の中ではトップクラスだ。そのメンツを保つための態度というものが必要になってくる。

「こんな煙臭いところだからこそ、犯罪は起きるのかねぇ」

「そういうアホな姿勢を直せとクルシオ軍曹は言ってるのよ!」

 レックスとサリアさんの口喧嘩。今日で一体何回目だろうか?

 そのまま歩を進めていくと、ノクティーンの街を取り囲む外壁に突き当たる。まぁ、壁とはいってもこれこそが軍基地なのだが。

 地上七十メートルほどあるこの外壁の根元には繁殖を重ねた苔がびっしりと張り付いている。手入れや管理はきちんと業者が行っているはずなのだが、これも報告の一つになるだろう。

 保安官の職務の基本は街全体の管理という名目になっていること、それを忘れてはいけない。街の隅々の清掃管理一つとっても何でも屋扱いの保安官の役目なのだ。その分こき使われることもあるが、特に重犯課は街の治安の要となっていることで候補生で半人前の私でも給料は出るし、金額もそこそこ。そもそもの試験自体が難しいから、まずこの職業を第一志望にする輩はいないだろう。

 その上、所内の人間が異動願を出してもそれぞれの採用試験を受けさせられるので、癒着も何もあったものではない。

 そして十一年前から重犯課の採用試験、面接、筆記、実技の内、後者は先任の故シュミット課長に代わり、現職重犯課長のゴードンになったことで一時期話題になっていた。なんでも、実技試験ではサーベルを模した木刀を使うのだが、受験者を半殺し、病院送りにすることがあったとか。それも一度ならず二度三度と。

 もしかするとそのうち死人が出るのではないかと不安になるが、そこは『黒山羊のゴードン』という謎の異名を付けられるだけあって加減をわきまえているようだ。

 本年度の採用試験がそろそろだから、私としても身構えずにはいられないのだけれど、受験を勧めてくれたクルシオ軍曹のためにも覚悟を決めなければなるまい。病院送りコースの。


【ノクティーンー南部軍基地ー】


「お疲れ様です。保安署重犯課のクルシオ軍曹です」

 気づけば目の前には基地の出入り口である門があった。

 クルシオ軍曹が門番に挨拶をするとその門が重々しい音を響かせながらゆっくりと開いていった。

 門自体は後から取り付けたのだろう、まだ真新しさがあるが、その中は時代を感じさせる石造りでトンネルのように道が奥まで続いていた。

 応接室まで案内してくれた兵士によると、この基地内は迷路のようになっていて、長く働いている者でも慣れていない場所では迷うことがあるのだとか。

 彼の言う通り、内部はどこまでも同じ壁、同じ景色で、一度曲がり角を曲がれば自分が今どこにいるのかさえわからなくなる。

 到着したのだろう兵士の開ける扉の先には、少し開けた薄暗い部屋があった。

 一応は応接室として最低限のテーブルや椅子が設置されている。しかしながら、ランタンがあるだけでどうも闇がはびこっている雰囲気。

 クルシオ軍曹やサリアさんは慣れているのか落ち着いているが、私同様、候補生のレックスは何もないが周りをキョロキョロと見てせわしない。

「レックス、少しは落ち着きなさい」

 痺れを切らしたサリアさんが注意するも、やはり彼は落ち着かない。

「なんか嫌な感じがするんだよなぁ。監獄にぶち込まれたような」

「娯楽本の読み過ぎで頭がおかしくなったんじゃないの?」

 最近のレックスの趣味は読書だと本人が自称していたが、実際にそれを見たことがない。というか、保安署で小説なんて読んでいようものならすかさずゴードン課長の一撃が飛んでくるだろう。

 そんな想像をしていると、


 ーーコンコン


 と入ってきた扉が叩かれた。

 それがひとりでに開くと、奥から男が二人入ってきた。

「お疲れ様です、バルザル少将。それと………」

 クルシオ軍曹が入ってきた彼らに敬礼するので私たちもそれに続く。

 しかし、もう片方の男。コートのフードにマスクと、絵に書いたようなアサシンだ。肌の表面積が少なすぎてクルシオ軍曹が誰だかわからないのにも頷けた。

「クルシオ軍曹、此度の監査、ご苦労。彼は名をドラクス。私直属の部下、護衛と言った方が見た目にあっているな」

 そう呼ばれたドラクスという男は、私たちに軽く一礼する。

「自分は重犯課所属、サリア兵長であります!」

「同じく、候補生のレックスであります!」

 上官にはタメ口しかきけないのかと思われていたレックスがまさかの口振る舞い。サリアさんも横目に驚いている様子。

「同じく、候補生のリンシアであります!」

 私もすかさず挨拶してみせるが、バルザル少将の背後からくる視線は私をとらえて離さなかった。

 タイミングが悪かったとか?それとも何か恨まれるようなことでもしたのか。理由はどうであれ、よく思われていないのかもしれない。

 ドラクスさんの視線が気になりつつも、『仕事にかかるぞ』というクルシオ軍曹の言葉につられて、その部屋を後にした。


「君はノルディス准将の娘さんか?」

 道中、バルザル少将が声をかけてくる。こういうのには慣れたけど、その気分は決して良いものではない。

「はい。閣下は父を知っているのですか?」

「この街にいて彼を知らぬものの方が、今では少ないだろう。『切り裂きジャック事件』の英雄だ。あれ以来、それに関する事件は消え、解決したものだと私も思っていた。しかし、去年の死霊祭で犯行に類似性の見られる死体が発見された」

 そう。バルザル少将の言う通り、十年の時を超えて切り裂きジャックは再び目を覚ましたのだ。

 まだジャックが犯人だと断定はされていない。だが、模倣犯にしてはその手口を知り過ぎているという話だ。


 一つ、殺害した被害者の遺体の一部を持ち去ること。


 一つ、被害者遺族に伝言を届けるということ。


 この二つが公にされている事実。

 しかし、私が調べた限り、その内容にはまだ足りない点が存在している。


 一つ、被害者は必ず女性だということ。


 今までの被害者の詳細を個人で追っているうちにたどり着いた仮説。

 ジャックの被害者とされる人物たちは、過去六人。そして、重犯課の故シュミット課長と、父である故ノルディス准将は、ジャックと対峙するも殉死した。

 後者二人を除けば、重要なファクターたりうるであろう。

 なぜ女性を狙うのか、という点においては非力であることが最も単純な理由だが、何分不鮮明な点が多いため断定には至らない。


「切り裂きジャックについては国防という点から見ても、無視できない案件だからな。国が内部崩壊でも起こせば、他国にそれが知れ渡り、この砦も無事ではすまぬことになる」

「………」

 私は何も言わなかった。

 しかし、ジャックを追う理由は違えど、同じ方向を見て進んでくれる人がこれほどいるというのは心強い。

「すまないが、私は今忙しい身でな。案内はこちらの兵士と、ドラクスに任せてある。何かあれば遠慮なく彼らに言うといい」

 そう言ってバルザルは薄暗い廊下に消えていった。

 各部屋の案内を一任された、階級は伍長だという兵士の後について視察を開始する。

 無論、一番後ろにはドラクスというアサシンがいるわけだが。どうにもその視線が背中に突き刺さっているようで、視察に集中できずにいた。


「こちらが南部軍兵の持つ装備を作る工場になります」

 案内されるがまま歩いていたが、そこは窓のある開けた空間だった。

「ここは、外なんですか?」

「はい」

 兵士の言葉を聞きながら、高い位置に設置された窓を見ると、そこから陽の光が差しているのがわかった。

 現在の時間は正午といったところか。暗い街の暗い壁の中をネズミのように這っていたせいで時間の感覚を失いかけていたようだ。

「ここで作られる装備の一部は保安署にも納品されているんだ。覚えておくといい」

 クルシオ軍曹の言うように、レンガ造りの壁際には完成されたサーベルが立てかけられていた。

 レックスは無心で暗記帳にそれを記しては、呪文のように別の単語を読み上げていた。

 サリアさんがそれを咎めたことは言うまでもないが。


「そして今、開発中の最新装備がこちらです」

 兵士がサービスワゴンに乗せて持ってきたのは、曲線を描くような形をした鉄製の物体だった。

「これは?」

 サリアさんが兵士に尋ねたところ、『拳銃』という聞き慣れない単語で返された。

 簡単な仕組みを聞かされたが、いまいち理解できない。彼曰く、遠距離の標的にダメージを与えることができるという武器だそうだ。

 こんな子供のおもちゃか、歪な形をしたブーメランにしか見えない鉄の塊に一体何ができるというのか。

 そんな疑問は製作工程を見て、一瞬の内に解消された。


 ーーパァァァンッ!


 急に高々と鳴り響く爆発音に思わず耳を塞いだ。

 そして、その光景に驚いた。

「標的までの距離、約六十メートル、着弾!」

 製造員の声が聞こえてしばらくすると、彼らは得意げな笑みを見せて手をこまねいた。

 私たちが彼の元に行くとそこには、厚さニ十センチほどの木の板があり、その中心からかなり逸れた部分には丸い風穴が空いているのがわかった。

「これは、先ほどの拳銃なる武器の威力なのですか?」

「そうです。圧倒的な殺傷能力に加え、この遠距離攻撃からくる敵武力無視という安全性。歴史に名を残す発明でしょう」

 確かに、これを使えば相手に気づかれる前にそれを無力化できる。

 しかし、私にとって、これは悪魔の研究そのものに感じられて、胸がざわついた。


【ノクティーンー南部工場地帯ー】


 軍の監査を終え、久しぶりの外で待っていたのは明るい日差しだった。

「今日の仕事はここまでかぁ」

「何言ってんの。今から監査の報告書をあげて、書類整理して、終わればまた巡回よ」

「ハード過ぎるだろ重犯課………」

 レックスの言い分もわからないわけではない。しかし、重犯課はイコール街の安全そのものだ。巡回ひとつとっても無下にはできない。

 モクモクと立ち上がる工場煙突の煙は、労働者たちの活気に同調するように勢いよく吹き出していた。

 そんな中、クルシオ軍曹が左腕を軽くまくると、時計を確認した。

「そろそろ日も落ちる。どこか店に入ろう。暗闇で怪我すると困るし、なにより腹が減って仕方がない」

 昼休憩の時間を取っていないことに気づくと、急にお腹が減ってくる。

 クルシオ軍曹に三人はついていく。煙の臭いに紛れて『カラスだ』とか小さな声が聞こえてくるが、気づかぬふりをして先へ進んだ。

「どこも混み合ってますね……」

「工場の労働者なんて、いつでも腹が減ってるのさ。あぁ、リンシア、俺は君を食べたいよ」

「公衆の面前で恥を晒さないでください。ゴードン課長に言いつけますよ?」

 ビクビクと震え出すレックスを横目に、サリアさんたちと一緒に店を探す。

 気づけば南部入口付近まで来ていたため、やむを得ず中央に戻ってから食べることになった。

 南部には基地があることから、他の地区と比べ関所の厳重さに抜かりはない。

 手荷物検査から、最近導入された薬物探知の犬まで完全配備する始末だ。

 昨年起こった切り裂きジャックが犯人と推測される事件から、より一層警備が固くなったのだとか。

 しかし、ジャックの手口というものが未だに捜査の手をすり抜けている。これは、検死をしないという宗教上の問題があるためでもある。

『死者の肉体を開くなど言語道断』、という古くからの習わしを今なお遵守しているのだ。他の国では、それこそ愚かな行為だと考える人が多いのだろうが、この街にはこの街のルールがある以上仕方がない。


 関所を目の前にしたところで、『日照時刻終了のため、しばらくお待ちください』と言われた。

「結局、外で待つしかないらしい。レックス、転ぶなよ?」

「転びませんよ!というか、俺が転んだら、誰がリンシアが転んでしまった時に彼女を支えるというんだ」

 もういい加減、人の名前を使うのをやめて欲しいんだが、レックスは聞かないだろう。

 サリアさんも呆れ顔で溜め息をついてるし、これは放置するが吉だ。

 ゆっくりと雲が流れ、地面からの反射が消え、薄暗い空気が街に纏う。

 その時だった。


「十七歳の誕生日、おめでとう。リンシア」


「えっ?」

 どこからともなく聞こえてきた声に反応するも、その姿が見えない。

 付近を行き交っていた行商人たちもその足を止めているため、周囲に人が多すぎるのだ。

「誰、ですか?」

「リンシアちゃん?」

 不思議そうにこちらを見て来るサリアさんの声に応えることなく、私は声の主を目だけで探す。だが、やはりその姿が見当たらない。

 間もなく太陽が隠れる。

 何か嫌な予感がして、慎重にサーベルの柄に手をかけた。


「あなたへの、誕生日プレゼントよ」


 一気に目の前が暗くなった刹那、強烈な力によって突き上げられるように体が軽く浮いた。

「痛ッ!」

 思わず声が漏れ、暗闇の中、他の三人からどうしたと声をかけられる。

 なんだかお腹が熱い。暗くてよくわからないけれど、それだけを感じながら目を慣らしていった。

 しばらくして目が慣れると、関所に取り付けられた最寄りのランタンの光が差し込んできた。

 お腹をさすりながらひとまず溜め息を吐いた。なんとか無事に危険から逃れたようだ。しかし、私に向けられたクルシオ軍曹、サリアさん、レックスの目は驚愕そのものだった。

 それを代表するように、サリアさんが指をさして、口を開く。


「リンシア……ちゃん………それ……」

「え?」

 サリアさんが指さしたのは私の足元。腹部に熱を感じるのは臓器が驚いただけだと思ってたけど、足元を見下ろすとそこには、小さな血の水たまりが広がっていた。


 足の付け根、股の部分が熱い。そこから長い黒のソックスを沿うようにして血が流れ落ち、石畳の地面を赤く染めていく。


「何……………これ?」


 そして、そのあまりの激痛に私の意識は途絶えた。

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