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My Dearest Ghost  作者: 峰坂ラグ
6/10

第二の希望

 ここは世界で一番夜の長い街。

 怪現象やホラーサスペンス的なものがひしめく暗い街。

 明るく街を照らすのは街頭のランタンだけ。

 訪れる者が不気味がるのも無理はない。

 きっと誰もがそう思っている。この街は危険だ、と。

 今日も変わらず闇が所狭しと蔓延っている。それを光で照らすのが私たち、『保安官』の役目だ。



【ノクティーンー東部地区住宅街ー】


 朝、暗い空にはずっしりとした黒雲が立ち込めている。

 無論、朝といっても街を明るく照らすのはランタンや蝋燭といった人工物だけ。

 そんな街のとある家の中に私の生活のほとんどがある。

「リンシア、支度はできた?」

 二階建ての一軒家、私ともう一人の住人であるエルーシェさんが家中を走り回りながら叫んできた。

 朝は弱くない彼女だが昨日の酒盛りが効いたのだろうか。

 昨日は私の十七の誕生日だった。

 私は十六にして保安官になった。正確には保安官候補生だが、この年齢では異例とのこと。私自身としてはそんな自覚もないけれど。

 ついでにエルーシェさんが保安官になったのは十九の時だったという。

「支度できてないのはエルーシェさんですよ。少尉が遅刻じゃ上も下も黙ってないです」

「ってなんで起こしてくれなかったの!?」

「あんまり気持ちよさそうに寝てたので、つい」

 ついじゃない、というエルーシェさんの声を背中に感じながら私は家を出た。



【ノクティーンー中央地区ー】


 ノクティーンの中央地区はその名の通り街の中心であり、中央に近づくほど様々な公共施設が立ち並ぶ。

 その外周、市街地と呼ばれる場所は朝から賑わいを見せていた。

 遊びに出かける子供たち、店の準備をする店主、仕事に向かう就業者。どれも平和な一般市民。

 このような部類に属さない犯罪者を捕まえるのが私たち保安官の務めだ。

 それなのに、

「あらリンシアちゃん、おはよう」

「まぁまぁ、リンシアちゃんこれからお仕事?大変ねぇ」

「リンシアちゃん、これ持っていって。お菓子、好きでしょ?」

 などなど、毎日のように会う人会う人が声をかけては嬉しそうにする。

 私はこれに応えはするけど、きっとこれは私へのものじゃない。


 ノルディス准将、彼の娘だからなのだ。


 父はこの街の殺人鬼、『ジャック・ザ・リッパー』を追い詰め、その末に殉死。

 数々の功績を讃え、当時中佐だった階級を二階級特進、准将となった。

 その時の記憶は小さかったにも関わらず鮮明に覚えている。霊前に集まった人々の顔、雨の感触、土の湿ったにおい、なにもかも。

 時折、それを思い出しては目から涙が出た。

 結果的に私は保安官になった。いや、なるべくしてなったのだ。切り裂きジャックを捕まえるために、父と母の仇を討つために。


 街の中心部まで来ると昔、私が通っていた中央教会が見えてきた。

 相変わらず街中の子供たちがそこに集まっては教会の修道士たちと遊んでいる。

 私がその門の前に近づくと中から女性が子供たちを連れて出てきた。

「おはよう、リンシア。今日はエルーシェは一緒じゃないのかい?」

「おはようございます、シスター。少尉は今日はこないかもしれません。朝寝坊したようなので」

 あらあらと微笑む修道女。そしてその周りにいた子供たちが私に期待の眼差しを送ってくる。

「あぁ、これ。たぶん食べきれないんでよかったらどうぞ。今朝貰ったお菓子です」

 そう言うと修道女が言葉を発する前に子供たちが群がってはお菓子を教会の中へと持ち去っていった。

「こら!お礼くらいちゃんと言いなさい!」

「「ありがとー!おねーちゃん!」」

 修道女と子供たちのこのやり取りを毎日のように見ている気がする。

 それを微笑ましく感じながら私は手をあげて応え、保安署へと向かって行った。



【ノクティーンー保安署重犯課ー】


 保安署の扉を開くと目の前に総合のカウンターがあり、市民はそこを大方の相談窓口として利用している。

 私の所属する重犯課はその保安署内でも最も奥にある、いわば花形部署なのだが人数的には全体の一割ほどしかない。

 保安署は街の役所同然のため、住民課などに人員を割かざるを得ないし、そもそも重犯課は危険な案件を一手に受けるところで、ただ入りたいから入るなんてことはできないのだ。

 まぁ、そのほとんどは街中の治安維持だけじゃなく雑用まで含まれるのだけれど。


 長い廊下を進んで行くとその重犯課の部屋が見えてくる。

 ドアの上にはかなり古びたプレートに『重犯課』という文字が刻まれている。

 そんな歴史ある建物にもかかわらず、中からは外からも聞こえるレベルの騒音が聞こえてくる。

 その音の正体は決まってあの二人なのだけれど。

「おはようございます」

 私が扉を開くとまず見えてくるのはその付近で言い争いをしている先輩保安官たち。

 私が入ってきたことに気づかないままその論争は続いている様子。

「その態度を改めなければこの剣の切れ味をその身で実感することになるよ!」

「ふっ、君の剣が俺に当たるかな?」

「このクソ新人、表に出な!今日こそ階級の違いをわきまえさせてやるよ!」

「いいだろう、我が至宝にして至高の剣、『ベルシャンテ』の威力、今こそ見せてしんぜよう」

「なんだそのダサい名前は!」

 この二人は、先輩の保安官であるサリアさんと、私と同じ候補生のレックス。

 これが毎朝欠かさず日課のように続くものだから署員の誰もが見慣れて、ある程度のところまで放置している。

 それが問題だとも思うけれど、彼らがそうしたいなら仕方がない。でも、

「ちょっと、お二方。通りますよ?」

 仲裁に入るようにその間に割り込む。これも日課だ。

「あぁ、リンシアちゃん!可愛い妹よぉ」

「リンシアか、今日も君は太陽のように眩しく光り輝いている」

 えらく私を撫で回すサリアさん。そのショートヘアからは花のいい香りが漂ってくる。

 それを見たレックスは拳を固めてギリギリと歯ぎしりをしている。本当になんなのかしら、重犯課。

 サリアさんにされるがまま、抱きつかれていた私に遠くから声が聞こえてきた。

「朝のお勤めご苦労、リンシア」

 木製のデスクにいる男性は両腕を組んで威圧感さえ感じるたたずまいを見せている。

 それを察したのかサリアさんはその腕から私を解放し、そのまま自分のデスクに戻って行った。

 私も一息ついて最奥のデスクに座る重犯課の長、ゴードンのもとへ向かう。

 彼は十一年前からこのデスクに座っている重鎮だ。それは『切り裂きジャック事件』の節目からずっとという意味でもある。

 犯罪者の中では有名な人で、『黒山羊のゴードン』とかそんな呼ばれ方をしている。なんでも腕っ節では負けなしという噂だ。

「課長、おはようございます」

「あぁ、すまんな、正規の保安官も血の気が多くて」

「いえ、そういう職業ですから」

 ドスの効いた声でゴードンは話を続ける。

 この声を聞いただけで震え上がってしまった保安官志望者もいたとか、いなかったとか。

「今日も巡回に同行してくれ。最近はあまり大きな事件こそないが、警戒を怠るようなことはないようにな。編成はクルシオ軍曹を中心にサリア兵長、リンシア候補生、レックス候補生とする。以上だ」

「「ハッ!」」

 呼ばれた保安官たちはそれぞれに作業を済ませ、準備のため部屋を出た。



【保安署ー控え室ー】


 ロッカーと長イスが置いてあるだけの質素な作りの控え室。

 手入れは署内の清掃を行う業者によってされている。ランタンの明かりだけのこの部屋はホコリがあっても気づかなそうだけれど、そういう衛生面では上が厳しいらしい。

 そんな部屋のロッカーを開くと、重犯課に支給される黒い制服が出てくる。

 最近ではこの軍隊のような制服のせいで街中の人たちは私たちを『カラス』とか呼ぶようになった。私は気にしないけど、イメージ的にいいものではないだろう。

 ガチャリと音がし、入り口の方を見ると同じく女性であるサリアさんが入ってきた。

「リンシアちゃん、十七歳の君はどんな下着をはいてるのかなぁ?」

「わいせつ行為としてゴードンさんに報告しますよ?」

「あの人を出してくるのは本当に勘弁して………」

 談笑を挟みつつ、二人はさっさと着替えを済ませる。

 男性用の長いスラックスに対し、女性用は膝上丈のスカートとビジュアル面で小さい配慮が感じられる制服。私にはまだ似合いそうにない。

 そしてロッカーの奥、支給された一本のサーベル。それに、個人的に管理している二つのサーベルがある。

 保安官一人にサーベルの帯刀数は一つと決まっている。話を聞く限りでは父はそれを無視していたらしい。そして私もその血を脈々と受け継いでいた。

「リンシアちゃん、先に行くよ?」

「はい、すぐに向かいます」

 サリアが先に部屋を出ていくのを確認し、私は自分に支給されたサーベルを腰の左に差し、残り二つ、それぞれの刀身を確認し、腰の右と左に一つずつ差してマントで隠した。

「行こう、お父さん、お母さん………」

 独り言葉をつぶやき、控え室の戸を開けた。



【ノクティーンー市街地ー】


 候補生の役目は現場の保安官に同行してその仕事を覚えること、そしてその空気に慣れることの二つ。

 教えられることなどほとんどなく、見て覚えるスタイルがこの仕事の基本だ。

 とはいえ、エルーシェさんと一つ屋根の下に暮らす私からしたら知らないことの方が少ないのだけれど。

 先頭を行くクルシオ軍曹は細身の長身で、なんというか大人な雰囲気。間違えてはいけないが正真正銘の大人だ。

「リンシア、レックス、もう大体一年はこうしてやってるんだ。そろそろ試験を受けてもいいんじゃないか?」

「ダメですよ、軍曹?試験の倍率は低いけど合格率も低いんですから」

 サリアさんはなぜかレックスの方を向いてそれを言う。たしか、レックスは実技はまずまずだけど筆記は絶望的とか課内で言われていたような。

 対するレックスはいつから持っていたのか、暗記帳をペラペラとめくっていた。どうやらその噂は間違いではないらしい。

「レックス、任務中なんだからそう堂々と勉強するのはやめた方がいいよ」

「あぁリンシア、君の声が俺の脳内を満たしてゆく。試験内容が君に関する問題なのだとしたら俺も本気で挑むというのに!」

「はいはい、静かにして」

 レックスはいつもこうだから仕方がない。きっと頭のネジが飛んでいるというより、ネジ穴の中で九十度曲がってしまっているのだ。

「さ、巡回に集中しろよ。もう少しで日が出る。今日の日照時間は………」

「十一時半から一時半頃ですよ、軍曹」

「あぁそうだったそうだった。すまんね、サリア」

 クルシオ軍曹とサリアさんもいつもの調子。これが保安官って人たちなのかと初めは疑問に思ったものだ。

 けれど、私が小さかったとき、エルーシェさんたちはとても優しくしてくれたのを覚えている。私も彼女のようになれるだろうか、この制服が似合う、そんな女性に。


【ノクティーンー???ー】


「私も随分老いてしまったかしら?でもまぁ、それも仕方がないわよね。あれから十一年、器はできあがった。あとは身体を馴染ませていくだけ………」

前回の五話でたしかに完結したんですよ。それなのになぜまた最新話が更新されたのか、お分かりでしょうか?私にも分かりません。なんとなくです。

というわけで、『切り裂きジャック事件』から十一年、ノルディス亡きノクティーンには新たな光が誕生しました。リンシアやここから初登場の面々、全体的に一変した風景の中でまた災厄の歯車は回りだします。

おそらく十話完結になるのではないでしょうか。そうであってほしいです。

長々話しましたがどうぞ最後までお付き合いください。

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