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My Dearest Ghost  作者: 峰坂ラグ
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光の呪縛

【ノクティーンースラム街最深部ー】


 暗い裏路地。そこを照らすのは間隔の広い小さなランタンの光、ただそれだけ。

 人々の心は荒み、スラムという無法地帯ができあがっていく。

 そんな場所だからだろうか。これほど剣戟の快音が響いていても誰一人としてその路地に駆け込んでくる者はいない。しかし、今回ばかりはそれが好都合だ。

 苦戦をしいられるが戦況でいえばこちらが有利だろう。

 切り裂きジャックこと、保安署重犯課長、シュミットとの交戦は一手一手が相手を切りつける太刀筋にある。

 要するに、殺らなければ殺られるというむごい状況にある。

「そういえば、女性を狙うことが重要とか言ってたが、その答えを、聞いて……いないぞッ!」

「ああ、そう、だったなッ!」

 互いの剣が反発し、それぞれ後方に着地し距離をとった。

「女性の……誰でもいい、わけじゃない。健康な女性のサンプルが必要だったんだ」

「それはどういうことだ……」

 シュミットは仮面をつけてたときには見えなかったが、相当息が切れてきている。ゼェハァと聞こえる呼吸音はおさまりそうにない様子。

「エルシールのことは知っているだろう?姉さんは不妊で、悪魔の使いなどと、蔑まれてきた……」

 以前聞いた話だが、やはりその手の輩は未だ少なくないらしい。

「だからこそ、赤ん坊を授かるようにと健康な女性から移植を施すことにした。子宮をはじめ、関係があるかなど、未ださだかでない。しかし、世間の目を気にしないほど姉さんも、俺も、強くは生きられない」

「アイリースは、その研究の犠牲者になったと…………俺が納得できると思うか」

「君に娘ができたとき、それはそれは嬉しかったよ。しかしね、それ以上に妬んだ。だからこそアイリースを狙ったんだ。麻酔の効果で影響があるといけないからそれはせずに腸から様々な臓器を移植した。彼女の悲鳴は実によかったぞ……ッ!」

 言葉が終わる前に彼に再び切りかかっていた。

 頭がどうにかなりそうだ。

 その時の映像が頭に流れ込んでくる。

 手術台に手足までも固定され、腹部にメスで切り込みを入れ、血まみれの体内に手を突っ込むシュミットの姿。

 人としての限界を超えた激痛に、身をよじろうとするアイリース。

 リアル過ぎる映像にめまいを感じる。

 おそらくだが、被験者であるアイリースの魂が俺に見せている幻覚のようなものだろう。

 それと同時に腸が煮えくり返るような気分だ。

「貴様ッ!」

「マッドサイエンティストとしての道に足を踏み込んでしまったが、これも貴重なサンプルとして今後の研究に活かさせてもらうよ、ノルディスッ!」

 もう何も考えられない。自分を抑えることができない。

 きっと、エルーシェやディーンが気を失っておらず、俺のことを見たとしたらすかさず止めにかかるだろう。だが、二人は未だ気を失っている。

 だからこそ、誰も現場を見ていない今だからこそ、その一撃に容赦など微塵もなかった。

「死して償え!この下郎ォォォォオッ!!」

 シュミットの剣を上に弾き、俺の剣は彼の腹部を貫通した。

「グッ…………!」

 シュミットはサーベルを握る力もなく、それを石畳へと落とし、ぐったりと俺に寄りかかってくる。

「俺は……間違ってなど………いない。……世の中が……この街が………狂って、いるのだ…」

「シュミット、お前は罪を重ねすぎた。死罪をもってしても償えるものではない」

 そんな瀕死の中でもシュミットは笑う。不気味に、この街の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーとして。

「まだ……俺の名を、呼んで……くれるのか……ノル……ディス………」

「保安官同士である前に、友だったお前を罰せられるのは…………俺だけだ」

 サーベルをゆっくりと引き抜き、さらに加速する出血は、倒れた彼の真下に水たまりのように広がっていった。

「切り裂き、ジャックは…この街が、生み出した……亡霊だ…………消えることは、ないぞ……」

 シュミットはその言葉を最後に動かなくなった。

 立ち尽くす俺の鼻先に何かが当たる。

「雨………」

 空から落ちる水滴は次第に数を増やし、街灯の光をゆがませていく。


「終わったのね、ノルディス」

 自分の正面に現れるアイリース。その足元は薄らと透けており、この世のものではないのだと悟らせる。

「あぁ、終わったよ。事件は解決した、と言いたいところだが、まだ君を見つけることができていない」

「そうだったのね。でも大丈夫よ。もうすぐ見つかるから」

「それはどういう……って、アイリ?」

 先ほどまで美しい美貌を保っていたアイリースの姿は少しずつ朽ちていた。

 皮膚が落ち、レース付きのドレスも腹部の辺りを中心にボロボロになっていく。

「アイリ、もしかして、お別れなのか?」

「ええ。あなたとまた一緒に暮らすだけよ。なにも変わることなんてないわ」

「そうか。君の魂が浄化するのを眺めることになるなんてな、どう報告書をまとめたものか」

「ふふふ、あなたってば本当に冗談が得意ね。愛してるわ、ノルディス。だから…………そこから動かないでね」


 ーードッ


 小さな音とともに身体が揺れた。なにかに背中から押されたように。

 腹の辺りが痛む。そっと手で触れてみるとそこから少しずつ水滴がこぼれ落ちていった。

 それは次第に激痛へと変わり、あまりの痛みに自分が倒れた衝撃さえ感じとれなかった。

 ゆっくりと背中に手をあてるとそこには三本の何かが垂直に突き刺さっていた。

「それはメスです。とは言っても手術に使うものとは少し違いますが」

 この女性の声を俺は知っていた。

「がはぁッ!」

 声を出そうとするも中からこみ上げてきたものがそれを遮った。

「な……で…………あ……た…が」

「手術用のものとは違いますが、その分、人の身体程度なら服の上からでも使うことができます」

 白衣の裾をなびかせながら俺の横を通り、シュミットの元へ歩み寄る彼女、エルシールはこちらを見てどこか複雑そうな笑みを見せた。

「ここの街灯は少ないですね。それに今は二時前くらいでしょうか?」

「なん……で……エ…シー………ル……ん……」

「じきに光が消え去ります。太陽も、あなたという、そこの二人や、リンシアちゃんの光も……」

 息が続かない。背中の痛みは全身に行き届き、痙攣を起こし、いうことを聞くこともなかった。

 彼女はシュミットの傷口をさすりながらこちらに話しかけてきた。

「うまく話せないようですね。それも仕方ありません。脊髄に直接メスを入れたのですから、即死してもおかしくありませんよ?それに、私の中身のほとんどはアイリースさんでできていますから。彼女は無駄死になどではありません」

 中に着ていたシャツを捲ると手術した箇所であろう生々しい傷と糸が現れた。おそらくシュミットの協力で行ったものだ。

 そして、エルシールはやはり真横にいるアイリースの姿は見えていないらしい。

 しかし、そのアイリースは既に今まで俺の知っていた彼女の姿を留めてはいなかった。

 俺の意識ももう限界かもしれん。目の前は雨の影響もあってか異常にぼやける。痛みもなんだか薄れてきたような。

「アイ……ース…………あい……て…る………」

 シュミットの開いたままの目を片手で閉ざし、おもむろに立ち上がると路地の奥へ進み、今や切り裂きジャックの代名詞であるカボチャの仮面を拾い上げ、深々と、うやうやしくお辞儀をした。

「アイリースさんの最後の言葉を、お伝えに参りました。彼女は最後に……」


「「愛しています、ノルディス」」


「そう囁いていました。…………あら、ノルディスさん?最後まで聞き取れたかしら?まぁ、いいでしょう。ノルディスさんも、シュミットも死んでしまいました。この街の呪いの象徴ですから、私が『切り裂きジャック』になります」

 仮面をかぶり、エルシールは高らかに空へ笑い声をあげた。



【ノクティーンースラム街最深部ー】


 近くから笑い声が聞こえる。その音によって私の意識は戻ってきた。

 気づいた時には既に昼下がり。ジャックを捕らえる算段がつかず、結局、こちらが捕らえられてしまったというわけね。

 それにしても、

「いっつッ………ほとんど記憶ないけど、相当やられちゃったわね………腕が折れてる」

 患部をさすりながら先ほどの声の方を見やる。

 そこに立つ白衣の女性。そして、地面に這いつくばる二人の人影。

 その正体を知るのに時間はいらなかった。

 普段から見慣れた短めの髪、二本のサーベル、見間違いもしない。

「ノルディス中佐ッ!」

 私の叫びに反応したのは中佐ではなく、そこに立ち尽くしていた女性の方だった。そして、彼女がこちらを見た瞬間、背筋が凍った。

「あら?もう目が覚めちゃったのね。でもちょうどいいタイミングかしら?」

「カボチャの仮面…………貴様、中佐になにをしたッ!」

「ノルディスさんには伝言を届けにきたの。私としてもその伝統は守らないといけないと思ってね」

 切り裂きジャックの特徴の一つ、遺族に被害者の遺言を伝えること。おそらくそのことだろう。

 私はサーベルを引き抜き、ジャックにその刃先を向ける。

「貴様、大人しく連行させてもらうぞ。事情は署で聴く…………ち、中佐?」

「あら、今ごろ気づくなんて。……それに、時間切れ、みたいよ?」

「なにを……逃しません!」

 私が走り出した途端、視界が暗闇へと落ちていった。

 太陽が落ち、何も見えない、ジャックの笑い声だけが耳に響いてくる。

「待ちなさい!ジャック!!」

 日が落ちた影響がだんだんおさまり、次第に目が慣れてきた頃にはジャックの姿はなかった。

 街灯のランタンが少なかったため、普段よりも慣れるのに時間がかかってしまった。

 影も形も残さず『切り裂きジャック』は姿を消し、そこには重犯課長のシュミット少佐と、私とディーンの小隊長であるノルディス中佐が血を流して横たわっているだけだった。



【ノクティーンー北区共同墓地ー】


 高い高い丘の上。中佐の家から五分ほど歩いたあたりにある墓地には、重犯課を含め、保安署の様々な職員が集まっていた。

 もちろんそれだけでなく、先頭の保安官たちの後方にはノクティーンの街に住む人々もその様子に目を伏せていた。

 それだけでもノルディス中佐の人望の厚さが見てとれる。

 墓石の前では中央教会の老神父が祈りを捧げている。安らかに眠るように、この街は私たちが守っていくと誓うように。

「中佐、すごい人だったんだな。署長や街の元老院まで来てる」

 ディーンの言うように街の中でも重役として知られる著名人の顔がちらほらと見える。

 彼は頭に巻かれた包帯を気にかけながら、周囲を見回している。

「それにしても、随分酷くやられたみたいだな、お前」

「私は………」

 右腕の骨折、左足の骨にヒビと打撲、顔もところどころアザになってガーゼがそれを隠している。

 改めてみるとディーンよりも重傷らしい。彼は後ろから一撃見まったというけど、私は気を失う前に酷くやりあったらしい。記憶はないのだけれど。

 そうこうしているうちに神父の祈りが終わり、怪我をしている私たちとは別の重犯課の保安官がサーベルを引き抜き、刃先を天に向けて胸の前で構える。

「ノルディス、お前はよくやった。妻を失い、常に娘のために奔走し、この街に尽くしてくれた。今はゆっくりとその魂を休めるといい」

 神父は墓石の正面から横にずれると、その場にいた保安官たちも中心を開けるように隊列を組み直す。

 そして、中央にできた道を歩くのは、ノルディス中佐の一人娘であるリンシアちゃんだった。

 状況をうまく理解できていないのか、現実を知って受け入れられないのか、少女の花束を持つ小さな手は小刻みに震えていた。

 その辛すぎる光景に立ち尽くしている保安官たちの目は下にそむけていたり、中には目を閉じ、やるせなさに歯を食いしばる者までいた。

 そしてそれは、私やディーンも同じこと。あまりに残酷な光景を前にその場にいた誰もが心を痛めた。

「リンシア。君のお父さんは誰よりも君を愛していた。彼にとってもこの別れは辛いことだが、君が泣いてはいけない理由にはならない」

「よく……わからない、です」

 神父の言葉に応えるリンシアちゃんの顔にいつもの眩しいばかりの笑顔はかけらもなかった。

 私も左脇にかかえていた松葉杖を使い、その道をゆっくりと歩いていく。これ以上、あの子の心を傷つけたくなかったから。そうでないと壊れてしまいそうだから。

 墓石の前にたどり着くと私は杖を捨て、リンシアちゃんを動く左腕で引き寄せ、そのまま抱きしめた。

 リンシアちゃんは動かない。だけどその身体はとても震えていた。我慢しているのだ。誇るべき親を失い、それを恥じぬよう、必死に涙をこらえている。

「リンシアちゃん………我慢しなくていい。泣くことがみっともないと思うなら、あなたは充分に立派だから、少しくらいパパに迷惑をかけてあげないと、パパが心配しちゃうよ……?」

「…………うぅ……うぅぅぅ……」

 前を向きながら、その父の墓を見ながら、彼女は泣いた。

 私の腕をしっかりと掴んで、その悲しみをこの街中に吐き出していった。

 この場に集まった人々でさえ、その少女を見て涙を見せ、その場に崩れ落ちていった。



【ノクティーンー北区共同墓地ー】


 葬儀は滞りなく終了し、残るは私とリンシアちゃん、ディーンに神父となった。

「エルーシェ、今後のリンシアのことだが、教会で預かることもできる。それでよいか?」

「いいえ、私が育てます。中佐の残した、この街、最後の光を……」

「………………よかろう」

 そう言い残すと神父は墓地から出て、外で待っていた子供たちを引き連れ、教会へと帰っていった。

 雨が降り続いている。中佐が亡くなった昨日から、その雲はこの街を離れようとしない。

「えっと、エルーシェ。俺は先に保安署に戻る。あとでな……」

 ディーンもマントのフードをかぶり、その場から立ち去っていった。

 残った私とリンシアちゃん。

 少女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。それをハンカチで拭きとり、その手をとる。

 ぐったりとしているように見えて、その手の握る力はとても強かった。


「私の弟のお墓にはあまり花がないわね」

 いつの間にか隣にいた女性はそう呟いた。

 ノルディス中佐の隣の墓石は重犯課長であるシュミットが眠っている。

 今日の葬儀はこの二人のためのものだったからこそ、これほどまでに人が集まったのかもしれない。

「弟って………あなたは?」

「あぁ、初対面でしたね。私はシュミットの姉のエルシールと申します。お見知り置きを」

「そうでしたか。私はノルディス中佐の部下のエルーシェと申します」

 その名を聞いて口元が少しだけあがるエルシール。

「そうでしたか、あなたがノルディスさんの部下の方でしたか。お話は伺っています。とても優秀な方だとか」

「いえ、それほどではありません。……現に、中佐を助けることすらできなかったのですから」

 自己嫌悪に陥りそうになるも、その左手にはリンシアちゃんの手があり、私はふっと笑みがこぼれた。とても苦しい笑いが。

「中佐もお気の毒でした。私の病院の患者さんの一人でしたから。リンシアちゃんもエルーシェさんも、なにかありましたら西区の病院を訪ねてください。それでは……」

 黒いコートを翻し、エルシールさんは去っていった。

 さほど雨は強くないけど、空から降り注ぐ雨を楽しむかのように彼女はそのまま姿を消した。


【エルーシェの家】


 それから色々なことを話した。

 ノルディス中佐のやっていた仕事のこと。保安官としてのその姿。そして、『切り裂きジャック』という殺人鬼のことも。

 この子にはまだ難しいかもしれないと思った。けれど、伝えなければならないと感じたのだ。

 もちろん、様々な疑問がリンシアちゃんにもあったと思う。何度も問いかけられたし、何度も目をこすっていた。

 しかし、それだからだろうか。私のせいか、それとも彼女自身の意思かはわからない。その言葉の真意を私が、この街が知るのはまだ先のことになるかもしれない。


「わたし、『ほあんかん』になる」


 少女はただただ真っ直ぐな視線を私に向けた。




 ここは世界で一番夜の長い街。

 怪現象やホラーサスペンス的なものがひしめく暗い街。

 明るく街を照らすのは街頭のランタンだけ。

 訪れる者が不気味がるのも無理はない。

 きっと誰もがそう思っている。この街は危険だ、と。

 今日も街は闇に包まれ、呪いの殺人鬼は獲物を狩るのだろう。

いかがでしたでしょうか。『My Dearest Ghost』ついに完結です。いやめでたい、やっと終わった、もうどうなるかと思った。おっと失敬失敬。

この作品は個人的に無理やりやった感じはありましたが、うまいことまとめるに至れた気がしています。途中でなんのこと?と思われた方も少なくないと思います。何度も修正してフラグ建設(修正)してたんで結構、話の流れがあやふやになっていることがあるかもしれません。初めから読んでください。仕方なかったんです。

さて、ノルディス亡き後、リンシアが保安官を目指していくことになるんでしょうが、そこは全て読者様の想像にお任せします。死者、アイリースもそれと同じ感覚で考えていただければ幸いです。

私の作品を読んでくださっている方は、なんとなく分かっておられたのでは、というエンドになりました。私としては満足のできです。

それではまた別の作品でお会いしましょう。

この『My Dearest Ghost』をお読みいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。

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