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My Dearest Ghost  作者: 峰坂ラグ
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赤髪の使者

【ノクティーンーエルーシェの家ー】


 この街の朝に太陽はない。暗がりの街を照らすのはいつもついているガス灯と、今が朝だと告げる時間点灯式のランタンだけだ。

 あの試験から約一ヶ月後、奇跡的に繋がったままだった私の身体はほとんど元に戻っていた。

 西部地区の病院を退院してから一週間も経たない中、一通の手紙が私の身体を無理矢理動かしていた。

「リンシア、今日からだったわね。身体は平気?」

 外出用の外套を羽織りながら、大丈夫とだけエルーシェに応え、新品の制服の入った紙袋を持ち上げる。

「いくら一ヶ月近く休んだからって、病院から戻ってすぐに剣の稽古なんて………心配する私の気持ちもわかってほしいわ」

「ごめんなさい、エルーシェさん。でも他の新人は皆、二週間くらいで退院して仕事に就いてるし、そう考えると落ち着かなくて………」

 こめかみを抑えて唸るエルーシェさんをあとにし、私は家のドアノブを回し、行ってきますとだけ告げていった。


【ノクティーンー中央地区ー】


 最近の街は明るい。活気がとか抽象的なことではなく物理的な話で。

 十一年前の切り裂きジャック事件、正確には『切り裂きジャック連続怪奇殺人事件』の影響だ。

 暗がりの路地での犯罪率の高さを看過できなくなったノクティーンの上層部によって施行された街灯の大量設置で、一部の無法地帯の路地裏でもない限り、影は少なくなった。

 しかし五年前。劇場型犯罪者、名無しの殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーによって引き起こされたそれは、まだ終わっていないと言わんばかりに蘇った。

 被害者は全て若い女性。どれも人気のない路地に誘い込まれての犯行。そこまで分かっていても十年余り続くこの事件は一向に解決の兆しを見せない。

「あら、リンシア?身体は大丈夫なの?」

 道の角から飛び出す私を呼んだのは中央教会のシスターだった。

「シスター、おはようございます。大丈夫!私頑丈なんで」

「本当に?無理はするものじゃないですよ」

「ほんとに大丈夫ですからー!」

 走り去る私を見るシスターの目は慈愛に満ちていて、まるでいるはずのない母を見るようだった。



【保安署ー重犯課ー】


「リンシアぁぁぁあ!」

 扉を開けて入った瞬間、サリアさんが飛びつこうと、いや飛んできた。

「大丈夫!?身体バラバラにならなかった?あの黒羊何考えてあんな攻撃してるんだか!」

「黒山羊の間違いじゃないですか?」

「聞こえてるぞ、サリア」

 部屋の奥からは相変わらずの図太い声で木製デスクに鎮座しているゴードン課長がいた。

 ムスッとした表情でゴードン課長を睨むサリアさん。私は彼女の腕から抜け出すと素早く室内を移動した。

「初出勤ご苦労、リンシア」

「はい。改めて本日付で重犯課に配属となりました、リンシア二等巡査です。よろしくお願いします」

 昔だったら巡査ではなく兵という表現を使っていたが、近年、軍部との討論の結果、誤解を招く事がないよう巡査という表現に落ち着いたのだとか。エルーシェさんから聞いたことだが。

「うむ。ひとまず制服に着替えてこい。話はそれからとしよう」

 この時、ゴードン課長の口元が何故か緩んでいるのを、私は見逃さなかった。



【保安署ー更衣室ー】


 ロッカーと薄暗いランタンがあるだけの更衣室。静かだし、人気もない。街中で言えばこういう所で犯罪は起こる。

 切り裂きジャックだけではない、数多くの、保安官がいてもなお捕らえきれない暗数の部分。

 白いブラウス、黒いスカートとジャケット、黒いブーツに帽子、そして黒いマント。

 所々にラインが入っているものの、その通称が"カラス"と言われる原因である。

 ロッカーの奥。マントで隠してあった隅にはサーベルが三つ。一つは金具にリボンがついた五世代前もの、一つは二世代前の旧式。それらを後ろ腰に差し、最後の一つである最新かつ新品のサーベルは腰の左に拵えた。

 エルーシェさんから正式に許可を受けてはいるものの、帯刀していいという許しは得ていない。所詮は父の真似事なのだ。

 その上、三本ものサーベルを帯刀したところで使いようもなく、移動速度が遅くなるだけなのだからただの自己満足に過ぎない。

 それでも私は手製のベルトに鞘を固定し、それをマントに隠した。



【保安署ー重犯課ー】


「新人も揃ったところで改めて自己紹介をしよう」

 数十名の重犯課職員が集まる部屋の窓側正面にはゴードン課長に加え、私を含めた新人が並んで立っていた。

「本日より着任しました、リンシア二等巡査です。剣の腕には自信があります。皆さん知っての通り、試験後に入院していましたが日々の鍛錬を欠かしたことはありません」

 その発言に少し後ろの方にいるエルーシェさんに視線が集まる。彼女はそれを苦笑いで返していた。

 それを見かねたわけではないが言葉を続ける。

「私はこの街における犯罪を一掃するためにここに来ました。これからよろしくお願いします」

 パチパチと拍手が響いてくる。きっと彼らは思っているに違いない。“ノルディス准将の敵討ちに来た“と。

 決してそれは間違いではない。しかし、私の目的は犯罪の根絶。この街にこれ以上の災いを降り注がせない為の。

「改めましてレックス二等巡査です!平和を守り!リンシアも守りたいです!剣術もルックスもまだまだ伸びしろありです!よろしくお願いします!」

 唖然とする者と笑いを堪えきれない者が極端に分かれたが、ゴードン課長の鉄拳が直撃したことでひとまず元通り。

 今回の合格者は過去にも稀な三人。最後の一人はレックスと同じくらいだろうか、左頬に焼け跡、少し歳上くらいに見える暗い赤髪をもつ青年だった。

「ロウだ。得意な剣術は二刀流」

 その場の全員が目を見開く。

 このノクティーンには保安官の帯刀を各一本だけ許すという明確な決まりがある。それ故に二刀流はご法度であり、ましてや保安官本人の口から出すような言葉ではない。

 皆の注目を一身に浴びる彼だがそれ以来口を開かない。自己紹介にしては随分と簡易的だ。

 ゴードン課長がそれらしく話をまとめている最中、その赤い眼光がこちらを睨みつける。

 目が合いその瞳に吸い込まれそうになる。

「この後、リンシア、レックス、ロウの三名をそれぞれ別のチームに分け模擬戦を執り行う。全員、訓練場に集まるように」

 それを聞いてハッとする。

 模擬戦?何も聞いてない。ゴードン課長の笑みの正体はこれかと思う頃には遅すぎた様子。前もって通達が流れていたのであろう、腕に覚えのある職員がストレッチをしながら部屋を出ていった。

 エルーシェさんの心配はこのことだったのかもしれない。


【保安署ー訓練場ー】


 暗がりの中、おもむろに柄頭に手を乗せる。もちろん模擬戦用の木刀だが、ロウの件もあってなぜか複数所持が認められている。無論現場に出ればそれは許されないことだが。

 危うくゴードン課長にバレるところだった二本のサーベルはエルーシェさんが観客席にひっそりと隠したというから問題はない。

「リンシア、お前はアイツと同じく二本使うのかい?」

 木刀の貸出をしていた知らない保安官が半笑いで差し出してきたが、

「もう一本ください」

 そういうと口をぽかーんと開けて黙り込んだ。

 ベルトにすっぽり収まった三本の木刀だがどこか落ち着かない。サーベルを拵えた時のような重さや手触りが違うからだろうか。

 そんなことを思いながら、これまた知らない保安官と挨拶を交わす。

 今回の訓練はスリーマンセル。つまり三人一組が三つで計九人で執り行われる。

 チームプレーの叩き込みというのが表向きの目的。その裏は無論、ここの実力の把握だ。

 採用試験で行われた実力検査は所詮は一騎打ちの単独戦。

 今回は他のメンバーと協力した上での実力を測るもの。

 その差は、この先普段から組織の中で動く私達にとってかなり大きい。

 普段は一面砂の地面の訓練場だが、この日は模擬戦ということもあり、壁となる仕切のようなレンガがいたる所に設置されている。

 こうなれば隠れて動きを見るもよし。逆に素早く移動して相手を先に発見し先手を打つもよしという状況になる。

 多分だけどレックスは後者。新顔のロウに関しては情報不足が過ぎる為、迂闊に相手にしたくないのが正直な意見だ。

「それでは日が出るまでの三十分、正々堂々と頼むよ?では、始めッ!」

 クルシオ軍曹のゆるいスタートコールと共に訓練が開始された。


 開始後数十秒といったところでもう剣の交わる音が響いてきた。

 私達のチームではない。レックスとロウのチームだろう。

 二人のチームの進行方向が同じ方を向いていて、且つ素早く動いていれば納得できる。

 でもそれにしたって早すぎる。

 所々にレンガ壁があるとは言ったが、実際二メートル以上のそれが路地裏の迷路のように道を作っているのだから、そう易々と発見できるものなのだろうか。

「私達も行きましょう。慎重に動いて相手より有利な状況で仕掛けるタイミングを図ります」

 疑問を抱きつつも壁伝いに行動を始め、時折耳を空に傾ける。

 木刀の音はもう聞こえない。二人のどちらかが敗北したのか、はたまた両者それぞれにダメージを負ったかだ。

「今がチャンスかもしれません。行きましょう」

 思った矢先だった。

 角を曲がった先、数メートルの道の真ん中に木刀が突き刺さっている。

 地面に対して垂直に刺さったそれは主人をなくし、ただ静かに佇むばかりだった。

「何?アレは……」


 ーードンッ!!


 後ろから物音がした。鈍い音が。

 同時に身体は前に跳ぶ。

 その音は私の身体から来たものではない。後ろの、多分チームメイトのどちらかだ。

 自然反射的に前に避けた私の後ろからもう一度鈍い音が聞こえてきた。

 多分二人ともやられてしまったのではないだろうか。

 全く物音もせず、気配もなかった。目の前の木刀を発見した時点で敵の術中にはまっていたのだ。

 前宙しながらそこを見ると力なく倒れようとする仲間二人、その後ろに赤い瞳が映りこんだ。

 すかさず体勢を立て直し、木刀の方に走る。あの木刀はロウのものではない。彼の左右の手には二つの得物がしっかり握られていたのだから。

「見つけたぞ……ノルディスの娘!」

 なぜか彼の後ろに人影はない。味方はどこにいったのか。

 そんなことを考えている一瞬の内にロウは木刀を高々と掲げ、私を捉えていた。

「甘いッ!」

 既に抜刀していた右手の木刀をロウの剣筋に乗せると乾いた音が壁の間から空に響いた。

 鍔競り合いを諦め、ロウは後ろにジャンプし距離をとる。

「さすがにモノが違うな、お前は」

「あなたは何なの?ロウ」

「あの試験で見せたように……いや、それ以上にお前の剣技を見せてみろ!抜けッ!」

 そう言うロウが木刀で指し示すのは私の腰、帯刀している二本目の木刀だ。

「私はこの剣を抜く気はないわ」

「じゃあ、抜かせてやるよ。俺の二刀流でな」

 このノクティーンに二刀流の流派は存在しない。手数が多くなるだけで一撃の重さが減るからだ。

 加えていえばサーベルの一撃の殺傷能力はさほど高くない。その細い剣先で、当たりどころさえ悪くなければ斬撃による即死はほとんど有り得ない。

 彼の乱れ斬りとも呼べる斬撃が四方から飛んでくる。

 これだけ木刀を振り回せば相当腕にこたえるはずだ。サーベルの鉄ほどではないが木刀はなかなか重量がある。避け切ればこちらに分があるというものだ。しかし、

「んんッ!」

 一呼吸の間に七つ近くの連撃が襲い来る。再び鍔競り合いになれば、場合にもよるが男のロウに軍配が上がるだろう。

 それを避けきる集中力と足さばきには相当な負担がかかっている。

 それを証明するかのように、渾身の力で振り下ろされた一撃に身体が後ろにはね飛ばされた。

「そろそろいいだろ。お互い限度ってもんはある」

「そうね、それで決着が着くって言うならやむを得ない………ふぅ……」

 ゆっくりと深呼吸する。

 体の疲労が思ったより著しい。右の腰に差した木刀を抜くと余計それを感じる。

 しかし、倍以上の動きをしていたであろう彼と比較すればちょうど実力は並んだか、むしろ私が有利なくらいだ。

 おそらくだが過去に例のない、二刀流同士の一騎討ちが実現することとなった。

「何をそこまで二刀流に拘るのか知らないけれど、ここで引くわけにはいかないから」

 完全にブーメラン発言ではあるが、私にも意地がある。右手の木刀を左肩に乗せ、ゆっくりと左手の木刀を突き出し構える。

「そうそう、これを待ってたんだよ………」

 やはりロウも同じく身体への負担はかなりのものになっているようだ。

 肩で息をしているロウ。それが落ちた刹那、私は左の木刀で突進する。

 しかしその一撃はロウの右の剣に叩き落とされる。

「甘いぞ…グガッ!?」

 彼の言葉を遮り、私の振り下ろした右の木刀は彼の首筋を確実に捉えた。そして地面に叩きつけられた左の木刀は彼の足を引っかける。

 突進の勢いに乗せた打撃によりロウは後ろに宙返りし、地に伏した。

「何が……起こっ…た………」

「初手の突きをハッタリだと考えなかったあなたの負けよ。私はこの剣技で負けるわけにはいかないの」

 私が木刀をベルトに納めるのと同時にクルシオ軍曹の終了の合図が響いてきたのだった。

 ちなみに木刀を三本所持しておきながら三本目を抜くことがなかったことについては、しばらく署内のネタにされたのだが。


【保安署ー重犯課ー】


 あの訓練から二日。

 重犯課の一員として三人は迎えられたが、その扱いには少しばかりの差があった。

 レックスはいつも通りサリアさんと言い争う毎日だが、彼、ロウは違った。

 訓練の時、彼はチームのメンバーと仲違いし、味方同士で戦闘。相手を負傷させ一人だけでレックスのチームと私のチームの私以外の人達を倒したのだという。

 無論、実力があることは証明されただろう。しかし、チームで行動すべき重犯課のそれと彼のやり方には大きな差があったようだ。

 署内でも少し浮いた存在になりつつある彼は一人、訓練場でサーベルを振るっていた。

 彼とたまたま休憩時間が重なり、訓練場の観客席で昼食を食べていた私はそれをぼんやりと眺めていた。

「浮かない顔してるわね」

「エルーシェさん」

 隣りに腰掛けてきた彼女も休憩時間だったのだろう。同じく休み返上でサーベルを振る彼を見やる。

「彼はなんであんなに二刀流にこだわるんですかね」

 手合わせしてる私が分からないのになぜエルーシェさんに聞いてしまったのだろう。そんなことを考えながらも彼女の反応をうかがう。

「さぁ。でも、あなただって私に隠れて練習してるじゃない?」

「つまりバレてたってことですね……」

「私が知らないわけないでしょ。だけど私意外と放任主義なのよ。リンシアがそれが正しいと思ったことにできるだけ口出ししないようにしてるだけ」

「なるほど。………二刀流って、流派として実在するものなんでしょうか?」

「遠く東の地ではそういうのもあるみたいね。昔、教会の神父様が言ってたし」

 そうなんですか、と私は自分で聞いておきながら特に反応するわけでもなく弁当箱を仕舞った。

 その場で立ち上がり、軽くストレッチをする。

「木刀なら倉庫にあるから好きに使っていいわよ」

「……読心術か何かですか?」

「また手合わせしてくるんでしょ?見てればわかるわ」

 彼は口数が少ないし話して何かわかるほど器用な人物には見えなかった。先日の訓練ではほとんど剣を交えなかったこともあり、直接的に聞いた方が人となりを知れると判断したのだ。

「休憩はあと二十分くらいか。それでは遠慮なく、ちょっと行ってきますね」

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