カオスの中で
今、俺はカオスの中にいる。
日本から約1万キロ離れたギリシャのアテネに俺は文字通り、飛ばされのだ。
(おふくろのヤツ!)
バックパックと祖母が生前大事にしていたコボロイという数珠のような形見と、「アレキサンダーへの道」という薄汚れた本と12枚の封書を持たせられ、快適な東京よりギリシャへと送られてきたのだ。
イタリアのローマで乗り換えた飛行機から拷問のような時間が始まった。
ギリシャへ向かうと思われるギリシャ人らしき人達が一斉に会話をしているのだ。
大きな声で酷く真面目そうに語り合っている。とにかく声が馬鹿でかいのだ。
自国の経済について、真剣に話しているのだろうか、その表情はすごく暗い。
彫りが深い顔立ちのせいなのか、どの顔も目の下の隈が酷く目立つ。
「χαχαχα」
ムンクの叫びの様に嘆いている様な表情をしていたかと思うといきなり甲高い声で笑い出す人間もいる。
その甲高い声が、エコノミークラスで12時間近くも空輸されている俺の剥き出しになった神経に触っていく。
飛行機が水平になる前から、トイレに行きたいとフライトアテンダント駄々を捏ねる女性。離陸前からずっと俺の横で十字を切っている男性。
何もかもが鬱陶しく、機内を行き交う言語もオーバーリアクション全てがカオスだった。
(さっさと東京に戻りたい!お袋も面倒臭いことを頼みやがって!)
言葉もわからないし、望んでいない場所に行かされる苦痛は何にも変え難かった。
そもそもの発端は、祖母が先月に亡くなり、その遺言を実行するために、俺がギリシャへ輸送される羽目になったのだ。
祖母はギリシャ人と祖父と結婚し、しばらくは海外に住んでいたが、祖父の希望もあり、日本で子育てをし、またその余生を祖父と過ごしたのだ。祖父が他界したその3年後の先月に祖母も旅立って行った。
ここまではありきたりの話だったが、その祖母が最後に面倒臭い宿題を残していったのだ。