てこでも動かない片思いは蹴り落とすのが1番早い
ブックオフで立ち読みした少女漫画に影響されたもの。にしてはギャグ成分強めです
うそ。
いつもの教室、いつもの朝のHR。
いつもと同じ、分かり切った事を伝える業務連絡と同じように告げられた、先生の言葉に。
浮かんだのは、そんな現実逃避みたいな言葉だけだった。
佐山が引っ越す。
その事実を告げられたのは、ついさっきのことだ。
佐山は私が1年の時から片思いしてる人。
正確には、1年の初め。
高校の入学式で、眠気と緊張感のせめぎ合いがピークに達していた時。
「新入生代表、挨拶。」
先輩のやる気のない声が響いた後。
「はい」
凛としたその声。
退屈した先輩の密かなざわめきを貫くようなその声。
胸の奥を、鷲掴みにされたような感覚。
頭の中が真っ白になり、全ての音が遠のき、全ての景色が色褪せる。
ステージに登っていく、その男の子を除いて。
コツコツと真っさらで汚れのない上履きが、年季の入った階段を踏む音だけが、やけに大きく聞こえた。
キュ、と上履き独特のゴムと床の擦れる音がして、彼がこちらに振り返り、一礼。
遅れてぎこちなく揺れる、真新しいブレザーの裾が、決して態度に出さない緊張感を代弁しているようで。
「新入生代表、1年3組佐山太一。」
ひどく惹かれた。
ぶれないその声に。
冷静なその表情に。
どうしようもなく、魅了された。
…あれは、一目惚れ、というんだろうか。
初めにグッときたのは声だから、一声惚れ?
それじゃなんか、動物っぽいな…
ちょっと阿呆らしい事を考えて、顔に集まってきた熱を冷ます。
好きって、言いたい。
でも、結構ギリギリの発表だったようで、また次、学校に来た時にはもういない。
今日中に言えるかなぁ…
2年になって同じクラスになれて、かなり仲良くなった。
積極的に話しかけ、興味ありそうな会話の内容も把握して、距離を縮め、休日に遊んだこともある。
だけど、告白とか、そういう恋愛関係になれるほどでもなくて、飽くまで仲良い男女友達って感じで。
いつか告白したいと思ってた。
でも今じゃない、もっと仲良くなってからって思ってて。
結局、逃げてただけだったのかな…
いざ今しかないって、強制的とはいえそんな状況になっても勇気がでない。
やっぱり、でも、だって、だけど、いろんな接続詞だけが、頭の中をぐるぐると回り続けた。
放課後。引っ越すとなった途端、急に人気者になった佐山に、なかなか近づけなかった。
私が積極的に近づかなかったせいもあるんだけど、さ…
「佳那ぁー帰ろー」
教室を出るとき、ちらっと佐山を見たけど、男子だけでどっか行くみたいで、それには流石に混ざれそうにない。
友達にくっついてって、おとなしく帰ることにした。
平常心で話せそうもないし。
できるだけ頭から佐山のことを追い出して、友達と雑談。
いつも通り、を心掛けたつもりだけど、それすら息苦しくて、真っ直ぐ家に帰った。
時計を見る。携帯を開く。メールのやり取りを遡る。着信履歴を眺める。ふと我に返って、携帯の電源を切る。時計を見る。
帰宅してからずっとその繰り返し。
我ながら女々しい。
うじうじ悩んで、結論は出てるのに、言い訳して、また悩んで。
私、もう少し強いって思ってたんだけどなぁ…
はー、とため息をついて、でもやることがないとまた思考のループにはまってしまいそうで、携帯を手に取る。
ロック画面の時間をみて、そろそろ佐山達、解散した頃かな、と考えた。
どうしたって私は佐山のことしか考えられない。
考えないのも無理。
よしっ、と気合を入れる。
いつまでも悩んでばかりの、こんな私は嫌いだ。
けじめ、付けよう。
電話帳を呼び出して、佐山の名前を探す。
深呼吸して、発信。
いつもと同じはずのコールが、ひどく長く感じられた。
ぷつ、と繋がった音と、ガサガサという雑音。数秒のうちに、心音が一気に高まる。
「はい?もしもし?」
うああ!ほんとに出たっ!
当然で、それを期待してかけたくせに慌てながら、とりあえず返事をする。
「も、もしもっ!」
沈黙。
ふっと鼻で笑うような声が聞こえ、さっきとは違う意味で顔に熱が集まる。
「っぷ…どしたの?慌ててさ」
がさついた電話越し特有の静けさに混じる笑い声がやっと収まり、それでも噛み締めた笑顔を連想させる声。容易にいたずらっぽい笑顔が浮かんで、胸がきゅんと疼いた。
「あ、えっと、あの、あんまり話せなかったから…あ!今平気?」
全然どきどきが止まらなくて、言いたいことが浮かんでは消えていくせいで言葉がばらばらだ。
「ああ、今ちょうど解散したとこだから。…悪いな、急で」
不意に声を落として、申し訳なさそうに言葉尻をさまよわせる。彼の、意図したことではないのに、こうして友達一人ひとりに謝ったんだろう。
優しくて、責任感が強い。初めて見た時の凛とした声と全く印象を違えない、大好きな、ところ。
そう、友達。今更自分の考えに気付いて傷ついて、一瞬沈黙が長引いた。
「えっと」
「ううんっ!」
話出さない私にしびれを切らしたのか、電波状態が不安になったのか、訝しげなトーンの彼とタイミングがばっちりあってしまった。
…最悪。
「あ、ごめんどうぞ」
「いい!私こそごめん!どうぞ」
「いや、本当いいんだ先に」
「こっちも平気だからお先に」
「大丈夫だから言って?」
「ううん大したことじゃないの!だから後でで」
さっきからなんなのこれは。今日ばっかりはもっとこう、ムードというかしっとりめの空気にしたかったのに。
胸を張れるほどいいこともしてないが、日陰を選んで歩くような悪いこともしていない。少なくとも可愛い10代の片想いを邪魔されなければならないような神様の機嫌を損ねることはしていないはずなのだ。
だというのに、いつまでも本題に移れない。譲り合いの日本人精神を双方遺憾無く発揮し、こうなるともう意地になってじゃあ私が、とはだんだん言えなくなってくる。
普段だったら、流行りの一発芸にでも持ち込むなりこのまま続けて耐え切れなくなって笑い出すなりそれはもう楽しく雑談できた。
そこまで考えてはっと思い当たる。別にそういうフレンドトークをしたくないのは私だけであって、彼がためらう理由はない。つまり、彼が持ちネタを披露したり笑い出したりすれば、私はそこで終わりだ。いくら決心でいっぱいいっぱいでも、そこで笑わないという選択はできない。女の子、異性として好かれていなくても友達としてまでは嫌われたくない。そしてその後無理矢理甘くて苦い雰囲気に出来る自信はない。そうせずいきなり「好きです」と言ったってギャグの続きだ。あまりに滑稽で不自然過ぎて、とても本気にはとってもらえないだろう。私だってそうだ。
ここまで明瞭に思考がまとまればとるべき行動は一つ。やや唐突でもこのどうぞの応酬をぶった切って、話し掛けの単語とわたし、の言い淀みをいくつか組み合わせて相手に心構えをさせ、そっから告白。それしかない!
「じゃあ」
「あのね」
二度と初詣になんか行かない。クリスマスもやらない。
明日と言わず今日から私はスパゲッティモンスター教に入信する。
どこだかで聞きかじった平和そうな名前の宗教にくら替えを決めて、再び起こったどうぞり合いから一時目を背ける。どうして、なぜこうも息が合ったように話し始めてしまうんだ。
別に誰も悪くない、強いて言うなら間が悪いー今上手いこと言えた、いえいーのに、とりあえず通りがかった不運な誰かをノックアウトしたい気分に駆られる。自室の中だから絶対通りかかる人はいないし(そんな人いたら怖い、実体無い系人間だ)、結果不運な誰かは私に殴られずに済むわけだけど、私の八つ当たり相手がいない為フラストレーションは溜まる一方だ。気休めに部屋中ぐるぐると熊のように歩き回ってみる。
ふと、窓の外に目をやった。それはたまたまで、鳥が電柱から足を滑らせるとか野良猫が塀から塀への華麗なジャンプを見せるとか、そんな日常の小さな奇跡を期待したわけじゃなく。断じて、変わったことを望んだわけじゃない。だから。
電話の相手が家の前にいて、目が合うなんて、少女漫画みたいな甘い偶然が、起きるなんて想定外過ぎる。
ひゅっと喉に乾いた空気が吸い込まれた。唖然としてそのまま固まった私に、困ったように目を細めて手を振ってくる。
「ごめん、いきなり。」
耳元で忙しないノイズと紡がれる声と一緒に、彼の口がぱくぱく動く。
「でも、どうしても会って話したいことがー」
携帯を胸に握り締めて、部屋から飛びたした。
バタン!ドタン!ダンダン!と穏やかじゃない扉と壁と床の音と、慌てて出てきた母親の困惑にまみれた迫力の無い叱りつける声をBGMに、出しっ放しだったローファーをつっかけて外に出る。
心臓の音が、荒い呼吸音が、うるさい。
「佐山」
はー、はー、といつまでも落ち着かない呼吸にかまっている余裕もなく、限りなく吐息に近い声を絞り出す。
迫力に気圧されたように黙っていた佐山が、やっと動いた。
「佳那」
初めて、名前で呼ばれた。
見つめられる。その目がとても真剣で、幻想を抱きそうになる。
冷静になれ、と心の中で諌める。玉砕したいわけじゃないけど、自惚れてもいない。
伝えられれば、それで。
すう、と酸素を吸い込むと、冷気が少しずつ興奮を鎮めてくれた。
ようやくそこで疑問が生じる。
なんで佐山、ここにいるの。
家の前に来てて、びっくりして、チャンスだかピンチだか分からないまま走ってきてしまった。目があってからの空白の数秒間、何か話したっけ。
いや話してない。てか告白も匂わせてない。生粋のジャパニーズであることを再確認する不毛な譲り合いしかしてない。
私がこんな慌ててんの、不自然じゃん。
「…俺」
「あの!」
またかぶった。
思わず顔を見合わせて、笑い合う。
「ごっめん!本当さっきから…」
「ううん私こそ!えっと、息落ち着くまでちょっと待ってねって言いたかったんだけど、佐山は?」
今度こそあの流れにしてはなるまいと、始まる前に先手を打つ。
なぜか、佐山の顔がこわばった。
「お、れは」
すう、はあ、とまさか私みたいに1人運動会をしたわけでもあるまいに、神妙な顔をして深呼吸する。
私もゆるゆるとぬるい空気を吐き出した。
「告白、しようと」
今度は息が、止まった。
「佳那が、好きだよ」
投げかけられた言葉が、うまく処理できなくて、音のまま脳内で繰り返される。
やっと漢字に変換されて、じわりと胸に染み込んで、ぎゅうっと痛みが走る。
頭より先に、心が理解して、身体が反応した。
視界が滲んで、息が苦しくなる。鼓膜に嗚咽が届く。
「え、あ、佳那!?」
なんで泣いてるの、と慌てて駆け寄ってくる足音と、そっと頭に乗る重み。
「迷惑だった…?」
悲しさとか悔しさよりも、気遣いばかりが表れるその声を、とにかく安心させてあげたくて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「ちがう、うれし、くて」
嬉しくて、
大好きな人がいて、引っ越しちゃうことになって、せめて告白しようと思って、やっと決心して、その人が会いに来てくれて、好きって言ってくれて、
嬉しい。
嬉しくて、驚いて、たくさんの言いたいことがあふれてきて、何を言うでもなく、泣いて。
ごちゃまぜに混乱した感情が、涙になったおかげで、やっと1番言いたいことを掴めた。
「わたしも。
しゃくりあげていて、たぶん聞き取りにくいけど、
「わたしも、好き」
きっと気持ちは、届くだろう。
流れ続けるしずくを乱暴に拭い取って、そっと頭を上げると、安堵と衝撃と、何より喜びでいっぱいの顔を見つけた。
ぎゅっと背中に手が回されて、わずかに汗の匂いがするシャツに顔をうずめる。
はずんだため息が降ってきた。
2人の顔が赤いのは、夕焼けのせい。
作者は恋にご無沙汰なのでもうそゲフン想像でときめきを養っています。自己満足にお付き合いいただきありがとうございました!
ちなみに作中の宗教は実在しますので興味のある方はぜひ調べてみてください。