(5)K堤防、その後
今回は、あのK堤防のその後の話をお送りいたします。
私は、釣りが趣味で、月に何回かは、海釣りに出掛けている。
いくつかある釣り場の中でも、K堤防は、私のお気に入りの釣り場である。
日中でも、釣果の良い釣り場なので、夜間の釣りは、もっと釣果が期待出来るだろう。
しかし、私は、K堤防では、絶対に夜釣りをしない。
それは、何故か。
出るのである。
そう、アレが。
前回、お話した、K堤防に現れる赤い服の女の話は、地元の釣り人の間で瞬く間に広がり、夜釣りをする人が、すっかり減ったそうである。
この話に、更に尾ひれが付き、噂は町中に広がっていったらしい。
真偽のほどは、定かではないが、更なる体験談もあるらしく、K堤防は、釣り場よりも心霊スポットとして、町では有名になった様だった。
今回の話も、K堤防近くの釣り具店で伺った話である。
釣り具店の主人によれば、K堤防に夜釣りに行く釣り人は、確かに減ってはいるが、いなくなった訳では無く、多人数のグループで、夜釣りに来ているそうである。
1人、2人では、気味が悪いが、グループで行けば、気持ち的に安心という事なのだろう。
また、例の赤い服の女は、夜中に現れる事が多いという噂なので、日没を少し過ぎた辺りで、釣りを切り上げる人も多いそうである。
今回の体験者Fさんの場合も、夕暮れから日没迄の短時間の釣りの予定だったらしい。
この日、Fさんは、1人で夕方、K堤防に釣りに来ていた。
夕方から日没迄は、「時合」といって、魚の食いが良くなる時間帯である。
この時合を狙って、Fさんは来た訳だ。
Fさんは、本当なら、堤防の先端部で、釣りをやりたかったそうなのだが、この時、先端部には、既に数人の釣り人がおり、諦めざるを得なかった。
仕方無く、先端部から、離れた場所に釣り座をかまえる事にした。
早速、仕掛けをロッドにセットし、キャスティングする。
ウキが弧を描いて飛び、夕日にきらめく海面に着水する。
波は、あまり無く、ウキは海面を漂っている。
堤防の先端部では、歓声と共に釣り人の持っているロッドが大きくしなっているのが見える。
Fさんが、狙っていた通り、先端部は、潮通しが良いせいか、魚影も濃く、魚の喰いも良い様だ。
「俺が、あそこで釣る予定だったのに」
Fさんは、残念そうにつぶやいた。
しかし、Fさんの釣っているポイントも決して悪い訳では無く、すぐにアタリが現れ始めた。
ウキが、すっと消し込み(沈み)Fさんが、ロッドを合わせる。
よし、掛かった。
少しのやり取りの後、Fさんは、最初の獲物を手にした。
その後、爆釣とは言えない迄も、暇しない程度にアタリがあり、魚が釣れ上がってくる。
やがて、日は落ち、ウキを電気ウキに取り替える。
電気ウキの赤い光が、暗い海面に漂う。
何気に堤防の先端部を見ると、青く光る電気ウキが飛んで行くのが見える。
海面を覗きこむと、海面上には、青く光るウキがいくつか見える。
遠投している感じからして、回遊魚か何かを狙っているのだろう。
アタリも頻繁にある様だ。
Fさんの方も暇しない程度に魚は釣れてくる。
自分が、楽しいと思う時は、時間がたつのも早いものだ。
時計を見れば、もう10時をまわっていた。
また、Fさんが魚とのやり取りをしていると、後ろからコツコツと足音がしてくる。
後ろを振り返ると、釣り人が1人帰って行く所だった。
堤防の先端部を見ると、外灯は無いのだが、月明かりで、ぼんやりと3つシルエットが見える。
どうも、まだ3人程、釣り人がいる様だ。
電気ウキの青い光も波間に3つ見える。
Fさんは、何かほっとした。
人がいるのなら、別に心細くは無い。
自分1人だとしたら、ここの夜釣りなんて、まっぴらだが。
Fさんは、安心して更に釣りを続けた。
時間は経ち、また後ろから、コツコツと足音がしてきた。
こうして、また1人釣り人が帰っていった。
そして、また1人釣り人が帰ってゆく。
Fさんは、堤防の先端部を見た。
あと1人、釣り人が残っている様で、ぼんやりとシルエットが見える。
「あの人も頑張るなあ」
そう、Fさんは、つぶやいた。
この時のFさんの状況は、すっかりアタリも無くなり、全く暇な状態になっていた。
「帰るとするか」
Fさんは、仕掛けを回収し、片付けを始めた。
帰り支度も終わり、時計を見ると、もう12時だ。
荷物を肩にかけ、そのまま帰ろうとしたFさんだったが、何と無く、先端にいる釣り人が気になった。
最後に、様子見をしてから帰ろうと、先端部に向かって歩き始めた。
海面を覗いて見ると、アタリが無いのか、青く光る電気ウキが1つ浮かんでいる。
シルエットからすると、先端部の釣り人は、どうやら座って釣っている様だった。
おそらくクーラーボックスにでも腰かけているのだろう。
次第に釣り人に近づいて行くFさんだったが、何かおかしい事に気が付いた。アタリが無く、やる事が無いのは、わかるのだが、それにしても釣り人が全く動かないのだ。
眠っているのだろうか。
やっぱり、おかしい。
本来なら、マナー違反になるのだが、Fさんは、持っていたライトをさっと、釣り人に当てた。
「あっ!」
ライトに照らされたものを見たFさんは、思わず声をあげた。
Fさんが、今の今まで、釣り人と思っていたのは、釣り人などでは無く、1本の流木だった。
恐らく、大波の際、堤防上に打ち上がったのであろう、その切り株状の流木は、ちょうど人程の大きさで、誰かのいたずらなのか、ご丁寧に帽子まで乗せられていた。
では、青い電気ウキは何なのか。
Fさんは、すぐに気づいた。
針が、海底に根掛かりをし、無理に仕掛けを回収しようとして、道糸を切ってしまったのだろう。
根掛かりで固定されてしまったウキは、海にうかぶブイと同じ様に、いつまでも、その場所を漂っている事になる。
Fさんが、勘違いをしていただけで、他の釣り人など、もうとっくにいなかったのだ。
と、言う事は、この堤防に今いるのは、自分ひとり。
「しまった!」
マズイ、こんな事している場合じゃない。
早くここから帰らないと、アレと鉢合わせしてしまう。
焦るFさんの後ろで何か音がした。
ぺちゃり 、 ぺちゃり
この音。
話で聞いていた音だ。
まるで、何かが、ぐっしょりと濡れた様な、柔らかい様な。
恐る恐る振り返るFさんの前に白髪を振り乱し、腐乱で顔が崩れかけた、赤い服の女が佇んでいた…
話し終えた、釣り具店の主人は、最後に、こう話を付け加えた。
「K堤防の夜釣りだけは、絶対におよしなさいよ。本当に精神を病む事になるからね」
今日も、夜のK堤防に釣り人は訪れているのだろうか。
夜釣りを楽しむ釣り人の前に赤い服の女が現れ、そして…。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。とうとう心霊スポットとして有名になってしまったK堤防ですが、釣り具店の主人によれば、近々、堤防入口に柵が施され、立ち入りが禁止されるとの事です。