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【エピローグ】 絶対服従宣言

「なんかすげえ懐かしいな……」

 退院後、復学初日、約一週間ぶりに校門を潜った俺は校舎を眺めて一人呟いた。

 一週間前と変わらぬ景色、少し花を落とした桜並木がどこか懐かしい。

 俺が仮死状態から復活して数日が経っていた。

 唖然として固まっていた姉ちゃんをなんとか我に返すと、すぐに医師を呼びに行ってくれた。

 奇跡的だ、と驚いた医師を余所目に俺の体は全くといっていいほど異常は無かった。

 とはいえ、ではすぐに退院しましょうとはいくわけもなく三日間の検査入院余儀なくされたという経緯だ。

 当初こそ早くみんなに会いたい。学校に行きたいと体が疼いたものの姉ちゃんも新や湊を含めたクラスメイト達も三日ともお見舞いに来てくれたことで緩和された。新はいつも途中で看護師を口説きに行ってしまうんだけどそれは致し方なしということで置いておこう。

 そんな三日間を終え、ようやく退院し家に帰ってきた。

 霊魂の間食事を取らなかった反動なのか食欲が旺盛だった俺に姉ちゃんがごちそうを用意していてくれたのには感動したものだ。

 桜並木を通り過ぎ、靴を履き替え、教室への廊下を歩く。

 すれ違う顔見知りと挨拶を交わす度に帰ってきたんだと実感する。先日まで幽霊になって命を賭けていたのが遠い昔のことのように感じられた。

「太陽ー」「太陽っ」

 また今日も、教室では二人が出迎えてくれる。

「新、湊」

「「おかえり」」

 笑顔で言った二人に俺は少し照れくさくて頬を掻きながら、ただいまと返すのだった。

「あっ」

 鞄を机に下ろし二人の横に腰を下ろそうとした時、すでに登校しつまらなそうに一人座っている莉奈が目に入った。

 莉奈とはあれ以来会っていない。まあ、お見舞いなんかに来る柄じゃないしな。

 お礼も言う機会も無かった俺はすぐに莉奈の元へと駆け寄った。

「莉奈っ」

 その瞬間、なぜか教室が一瞬静まりその後ざわついた。

 莉奈は黙って視線を上げる。それは面倒くさそうに。

「おかげでこの通り、元に戻ったよ。ほんとに感謝して……」


 ガタッ。


 言い終わるか終わらないかの内に莉奈は席を立ち、俺に目もくれずに教室を出て行ってしまった。

「太陽ー、復帰早々頂点を取りに行く勇気は買うけどちょっと無謀がすぎたな」

 といつのまにか後ろに来ていた新が俺の肩にポンと手を乗せてニヤついた。

「まさか太陽も阿久津さんのファンなの? 男ってやっぱりああいう子がいいのかねぇ……でも太陽には分不相応だよ」

 反対の肩を呆れた顔をした湊が担当した。二人は同時にうんうんと頷く。

「そんなんじゃないっての。俺ちょっと追いかけてくるよ」

 二人を背にすぐに教室を出て莉奈の行方を追った。しかし左右を見渡しても廊下に莉奈の姿は無い。

「なんかデジャブだな、このシーン。ってことは……こっちだな」

 何の確信も無い確信を持って俺は教室のすぐ横にある階段を一段飛ばしで駆け上る。

 俺たちの教室は三階にあるのですぐ上は屋上となっている。

 一階分の階段を昇り、屋上への扉に手を掛ける。今度は自らの状態に怯えることもなく、立ち入り禁止という言葉に躊躇うこともなく。

 ゆっくりと開いた扉その先に、莉奈は居た。

 フェンス際でいつもの通り側頭部で片側だけ編まれた髪をなびかせ、腕を組んで壁にもたれ掛かるように立っていた。

「莉奈」

「あんたの死んでも治らない馬鹿は生き返っても治らなかったのね。あんなとこであんな話をするなんてほんと馬鹿丸出し」

「悪かったよ。でもあれ以来会ってなかったしお礼を言わなきゃと思ってさ。ほんと感謝してるよ、莉奈のおかげでまた学校に通える様になったんだから」

「そう。ならその気持ちを胸に今後もしっかり私の役に立てる様に心掛けなさい」

「そうそう、今後も私の……はい?」

 今なにかおかしなこと言わなかったか?

「今なんとおっしゃいました?」

「相変わらず機能しない頭と耳ね。今後もしっかり私に尽くすようにって言ってんの。なんならもう一回言ってあげようか?」

「またまた、いつからそんな冗談を言うようになったんだよ。試験も終わって契約とやらも終わったじゃないか」

「試験をパスすることはあんたの魂を肉体に戻す条件でしょ? あたしの提示した条件はまた別」

「…………別?」

「契約する時、私がなんて言ったか覚えてる? 無い頭で思い出しなさい」

 …………………………。

 機能しないと言われたばかりの頭で必死に記憶を辿る。

 あの日、病院の屋上。

『その試験に私が合格することが出来たらあんたを生き返らせてあげる』

 そう、これはあの時莉奈の口から聞いた言葉。これが俺が生き返る条件だ。ということはその少し前か?

『契約はあんたがこの先、私のしもべとして仕える事』

 ……思い出した。確かにこの部分だ。

『契約はあんたがこの先、私のしもべとして仕える事』

 ……………………。

『契約はあんたがこの先、私のしもべとして仕える事』

 脳内にその場面が繰り返し再生される。

『あんたがこの先、私のしもべとして仕える事』

 ……………………。

『あんたがこの先……』

『この先……』

『この先…………』

『………………この先?』

「……まさか」

「そ、私はあんたが仕える事に関して明確な期限はなんて決めて無いわ。この先、とだけしか言っていない、そしてあんたはそれを了承した」

 得意気に言う莉奈に俺は言葉を失い唖然呆然で大口開けていた。

「元々は保険のつもりだったんだけど、あんたもそこそこは役に立つようだしこの先も私のしもべでいさせてあげるわ」

 そして一瞬笑ったかと思うと、莉奈は俺を指差し高らかに宣言した。

「寛大なご主人様に感謝しなさい。絶対服従よ!」

「ハ……ハ……ハメられたあぁぁぁぁぁ!」

 俺の声が屋上に虚しく響き渡った。

 こうして命を取り戻す為の一週間のしもべ生活はめでたく終幕を迎えて……はくれなかったのだった。


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