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【第四章】 三つめの課題と眼鏡少女

 翌朝、部屋の時計は午前七時十三分。

 部屋には既に試験に取り掛かる三人が揃っていた。

 昨日と同様に莉奈を起こすのは俺の役目だ。

 莉奈のセットしたアラームで俺が目覚め、俺が莉奈を起こすというわけのわからないリレーシステム。

 どうやっても寝覚めの悪い莉奈を揺すって起こすと反射的に蹴り飛ばされるのだからたまったもんじゃない。

 というか普段はどうやって起きてるんだろうか。

「ん」

 そんなことに一人呆れていると、莉奈が兄ちゃんの方に手を差し出した。

 課題が書かれた紙を寄越せというジェスチャーだ。

 兄ちゃんは「ほらよ」とそれを差し出した。

 受け取った莉奈は黙ってそれに目を通し始める。そして少し難しい顔をして誰にともなく言った。

「さすがに三つ目ともなれば少し面倒なのがきたわね」

「そんなに難しい課題なのか?」

 難しいとか面倒な課題という基準が全くわからない俺は目をパチクリさせながら莉奈の顔を窺った。

「難しいというか手間が掛かるのよね、亡霊捜しは」

「亡霊探し!? なんかすげえ怖そうだな」

 俺は生唾を飲んで思ったままを口にする。亡霊と聞いていい印象を持つ人間なんていやしないだろう。

 しかし、なぜか兄ちゃんを含めて「何をワケの分からないことを言い出してんだコイツ」といった冷たい目線を向けられる。

「何が怖いのよ」

「だって亡霊って落ち武者の格好とかしたあれだろ?」

「…………」

「…………」

「…………」

 少しの沈黙がその場を包んだ。あれ、俺なんか変な事言った?

「お前……馬鹿なのか?」

 変な兄ちゃんがびっくりするぐらい冷静に言った。

「死んでも治らない馬鹿ってある意味貴重なのかもしれないわね」

「いい加減言いたい放題だなお前ら。わからないんだからしょうがないだろ」

 俺が言うと莉奈はため息一つ吐いて、

「亡霊ってのは意志に反してこの世に留まってしまった行き場の無い魂の総称。それにも色々あるけど簡単に言えば成仏できなかった霊魂、自ら現世に残ることを選んだ浮遊霊や怨霊の逆ってことね」

「それを区別したり調査するのは俺たちの仕事だ。勿論見ただけで分かるような奴はほとんどいねぇがな。そういう奴らを救ってやるのも霊術師の仕事ってことだ」

 次いで兄ちゃんも説明を加える。

「救うってどうやって?」

「成仏出来ない理由を解決するか、無理矢理成仏させるかね。私は断然後者だけど」

「無理矢理成仏させることが救うことになるのか?」

 俺は訝しげに聞く。

「浄霊っていうのは魂をあの世に送ってやることであって別にこの世から消し去るだけの意味じゃないわよ」

「そうなの?」

「無論、根本を解決するに越したことはねぇがな。ただ送るだけじゃあ魂が浮かばれねぇこともある。だが手間暇掛ける余裕がねぇのも事実、なによりその紙に『亡霊の浄霊』としか書いてねぇ以上個の方針に口を出す筋合いもねぇ」

 宙に浮いたまま鷹揚と言う兄ちゃんに莉奈は心証悪い様子で答える。

「やり方が自由なら問題無いでしょ。あっちの都合なんて知ったこっちゃないわよ」

「そんなに手間が掛かるもんなのか?」

「掛かるわよ! 死んでも死にきれない様な問題なんて簡単に解決出来るもんじゃないしそもそも解決出来るなんて保証もないの。寸暇も惜しい今の状況でそんな余裕ないわ。第一居場所が分からないってだけでも相当な手間になるのに……それぐらい把握しときなさいよこの無能」

 莉奈は少し声を荒げた後、兄ちゃんに向かって悪態をついた。

「この件に関しては俺の管轄じゃねぇぞおい」

 兄ちゃんも心外だと言わんばかりに反論する。あきらかに重々しい空気になった室内に俺は慌てて立ち上がる。

「どうせあんたも同じでしょ? あの無能集団の一員なんだから」

「んだとコラ?」

「おいおい、やめとけって。どうしたんだよ二人とも」

 言って睨み合う二人の間に割って入った。一瞬の沈黙を挟んで先に口を開いたのは莉奈だった。

「ふん、馬鹿らし」

 莉奈は最後にもう一度兄ちゃんを睨み付けると、立ち上がってその場から離れていってしまった。

「お、おい。何処行くんだよ」

「着替えんのよ!」

 怒鳴るように言うと別の部屋に入っていってしまった。ドアが閉まる大きな音がした直後に兄ちゃんが舌打ちするのが聞こえた。

「…………」

 めっさ気まずい。視線だけを兄ちゃんの方にやるとあからさまに不機嫌そうな顔。

 そんな状態で待つこと数分。着替えを終えて戻ってきた莉奈は制服姿だ。そして意外にも莉奈には先の口論の面影は無いようだった。いつもの様に言うだけ言ったら満足したのだろうか。

「じゃ、行ってくるから」

「え? 今日は学校行くのか?」

「古典のテストがあんのよね……面倒くさいけど」

「じゃあ課題は学校が終わったあとってことだな」

「何寝惚けてんの。私が学校行ってる間にあんたがその亡霊を捜すんでしょ?」

「ええぇぇ!? 一人で!?」

「捜すぐらい出来んでしょ! これが生前の写真、あと街の地図ね。帰ってくるまでに見つけておくのよ」

「あ、おいっ!」

 俺の呼び止めもに振り返ることも莉奈は無くさっさと出て行ってしまった。虚しくも手を伸ばす先でドアが大きめの音を立てて先の視界を遮った。

「行っちゃったよ……この街の中から知らない人を探し出すなんて亡霊じゃなくても無理があるっての」

「お前も難儀だな」

 嘆息する俺に兄ちゃんも呆れがちに言う。

「お、機嫌直ったのか兄ちゃん」

「見苦しいところを見せたな。とんだ醜態だ」

「そうだよ、いつも冷静なのにさ。あいつが口悪いのなんていつものことだろ?」

「ガキの言うことにムキになるようじゃ俺もまだまだだな。にしてもあの女協会に何か恨みでもあるのか?」

「というかもう自分以外はみんな攻撃対象と思ってる気がする……性格的に」

 じゃなきゃあんな言葉遣いになるはずがない。

「自尊心の塊みてぇな奴だな。なんにせよやるんだろう?」

「当たり前だろ。どんな罰が待ってるかもわからないのに」

 今の俺は莉奈に従う他無い。もっとも天秤に掛かっているのが命なのだからもう少し言葉を選んで欲しいという以外は特に異論も無いわけだが。

「すぐに取り掛かるのか?」

「そうだな。さっさと行って見つけてくるか」

「ま、頑張れや」

「頑張れやってあんたも行くんだろ?」

「行かねぇよ。丁度やることもあるし俺は一旦戻るぜ」

「へ? 来ないの?」

「捜し出す事自体が課題なら見届ける必要があるがそうじゃねぇからな。あの女が合流するまでに戻ればいいだろう」

「うーん、一人じゃちょっと不安だけど……考えても仕方ないしな。一丁やってやるか」

「何時になくやる気じゃねぇか」

「おうよ。俺もいつまでも言われっぱなしじゃないってことを教えてやるぜ」

 言って親指を立てる。思わず見知らぬじいさんの写真と星ヶ崎市の地図を持つ手にも力が入る。

 良い機会だ。いつも言いたい放題の莉奈に俺がただの馬鹿じゃないってことを教えてやる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………そう思っていた時期が俺にもありました。


          ○


「………………」

 数時間後、俺は莉奈の部屋にいた。

 勿論あれからずっと部屋で過ごしていたわけではない。

 小振りのテーブルを挟んだ正面には不機嫌そうに腕と足を組みデスクチェアーに座る莉奈。その後ろには俺に哀れむ様な目を向ける兄ちゃん。

 そして肝心の俺はと言うと、部屋に戻るなり莉奈の「正座!」の一言で俯き正座している。

 莉奈はセーラー服のままだったので角度的に男としてはおいしいアングルだったのだがそんな事を口にすれば即血祭りにされるだろう。

 何故こんな事になったのか、順を追って振り返ってみたいと思う。

 莉奈が出て行ってすぐに俺も霊の亡霊を捜すべく部屋を出た。

 部屋を出てすぐに兄ちゃんと別れ、学校が終わるまでたっぷり時間もあるだろうとのんびりと町を探索し始めたはいいが決して狭くは無い星ヶ崎町を徒歩で隈無く探し回ろうと思ったら何日掛かるか分かったもんじゃない。

 そこで出てくるのがさっき手渡されたこの地図だ。詳しいことは分からないが霊術師が使う特殊な呪符に印刷されているらしく俺が外で取り出しても問題無いらしい。

 その地図にいくつも×印がしてあるのを俺は見逃さない。きっと莉奈が目ぼしい場所に印をしておいてくれたのだろう。口ではキツイこと言いながら少しは考えてくれているらしい、あのツンデレさんめ。

 そんな妄想と勘違いが原因だったと言わざるを得ない。

 印をを頼りに町を渡り歩くこと数時間。

 正確な時間は分からなかったが印と印の距離が長いことに加え、行き着いた先が神社だったり樹林だったりと捜すのに苦労したこともあり予想以上に時間を使っていることを自覚し始めた頃、俺の前に莉奈が現れた。

 四ヶ所目の印の場所を目指す道中のことだ。

 町の雰囲気から察するに昼前といったところか。何故こんな時間に学校に居るはずの莉奈が居るのか、何故俺の居場所が分かったのか等疑問はあったが取り敢えずの経過報告をすると、

「は? 印?」

「まだ見つかってはないけど、おかげで当てもなく探し回るよりはやりやすいよ。ありがとな」

 俺が爽やかに言うと莉奈は目を閉じてプルプルし始めた。

「こ……」

「こ? おい莉奈、何震えてるんだよ。どうかしたのか?」

「このアホー!」

 そんな怒声が住宅街に響き渡った。

 結果だけを端的に述べると例の印は目ぼしい場所ではなく捜す必要の無い場所を表していたと言う莉奈。

 つまり俺は午前中いっぱいを無駄な時間に費やしたわけだ。

 それが思い通りに事が進まない事を嫌う莉奈の逆鱗に触れたらしく、×印なんだからそれぐらい分かれと責め立てるられる。

 そんなの言ってくれないと分からない、なんて言い分が通るはずも無く、銭湯の時は×印だったなどという主張が受け入れられるわけもなく、「まだ自分の立場が分かってないようね」と引きずられる様に部屋に戻ってきて今に至るというわけだ。

「……ねぇ」

 無言の重圧に耐えることしばらく、ようやく莉奈が重い口を開いた。

「あんたは私のなに?」

「卑しきしもべです……ハイ」

「しもべは何の為にいるの?」

「少しでも主の役に立つ為です……ハイ」

「そうよね? 分かってんじゃない。ってことは何? わざとやってるわけ? 最初に会った時に話したことはもう忘れたとでも言うの?」

「いや……なんと言いマスか」

 畳み掛けるような莉奈の口撃に俺は二の句が継げない。痛いところを突かれているだけに反論の言葉も出てこない。そこに傍観していた兄ちゃんが始めて口を開いた。

「おい、もうその辺でいいだろ。こいつも霊術師に関わるのは初めてなんだろう? 説明を怠ったおめぇにも問題があるだろう。第一時間が惜しいならいつまでもこんなことしてても仕方ねぇんじゃねぇのか?」

「違うわ、悪いのはこいつの規格外の馬鹿さ加減とかやる気の問題よ。嫌な予感がして学校を切り上げてみればまったく……もういいわ」

 言って莉奈は立ち上がり外行きの用意を始める。

「言っておくがしもべを放棄した時点で受儀資格は無くなるぞ」

「分かってるわよ! これからは私がやるから馬鹿は馬鹿らしく黙って付いてきなさい」

 強めの口調で言うと莉奈はそのまま玄関の方に行ってしまった。

 確かに何の為にやっているか、という事を考えれば少し認識も甘かったかもしれないし取り組む姿勢に問題はあったのかもしれない。でも決していい加減な気持ちは持ってなかったのに……。

「俺……そんなに馬鹿かなぁ」

 嘆くように呟く。

 慰めか励ましか、通り過ぎ様に兄ちゃんが背中をポンと叩いて莉奈の方に向かって行った。



 そんな悲劇もあって、再び町に繰り出した三人。

 もっとも兄ちゃんは突如現れた見知らぬ幽霊(恐らくは協会の霊だろうが)と共に席を外してしまったので今は俺と莉奈の二人だけだ。

 すぐに戻るから続けてろ、と言っていたので大した用事ではないのだろう。仮に待っててくれと言ったところで莉奈が大人しく待っているなんてことはあり得ないだろうことは言わずもがな。

 そして肝心の莉奈はと言うと性格的に切り替えが早いのか言葉にして吐き出すことで発散されているのか、やはり部屋に居たときの不機嫌さは既に無い。雲煙過眼というかなんというか……女ってのはよくわからん。

 なんて考えながら河川敷を散策していると視界に入った見覚えのある顔に思わず声を上げてしまう。

「あ!」

「なによ急に」

 前を歩いている莉奈がジト目で振り向いた。

「あの娘!」

 言って指差す先には広場で遊ぶ子供達を見つめている女の子……の霊。

 今の俺と同じ半透明の姿で、地面に膝を立てて座り、どこか虚ろな目でぼんやりとしている。俺はあの娘に見覚えがある。

 しかしそんな説明の前に莉奈は嘆息し、

「あんたねぇ、いくら生前モテなかったからって死んでまで色気づいてんじゃないわよ」

「ちげぇよ! ほら、前に話したろ? 女の子を助けようとしてこうなったって。それがあの娘なんだよ」

 莉奈は改めて女の子を見る。

「ふーん、いかにも大人しそうな眼鏡っ子ね、顔は可愛らしい感じだけど。あんたああいうのが好みなの?」

「そういう発想しか出来ないのかお前は。大体そんなこと考える余裕なんか無かったっての。でも……そうか、あの娘も死んじゃったのか」

 自分がもう少し早く少し行動出来ていれば……そう思うと胸が傷んだ。心臓動いてないけど。

「ちょっと話を聞いてみましょ」

 無念さに唇を強く噛み、少女から目を反らした瞬間、唐突に女の子の方に向かっていく莉奈。

「あ、おい」

 後を追う俺に莉奈は、

「あんたはしばらく黙ってなさいよ」

 念を押すように俺の目の前に指を突き付けた。

「黙るってなんでさ」

「死んで間もない霊魂は死んだことを自覚してない奴とか死ぬ前の記憶が無い奴がよくいるのよ。下手に刺激したらどんな行動にでるかわからないからまずは私が探ってみるわ」

 言って芝生に腰を下ろしている少女の背後から近寄ると声を掛けた。

「ちょっといい?」

 すると少女は振り向き反射的に返事をした後、驚いた表情を見せた。

「はい? え? あの……わたしが見えるんですか?」

 莉奈は手を顎にあて、

「死んだことは自覚してるみたいね。私は……」

 初めて莉奈と会った時の俺と同じ反応をする少女に端的に、というか端から見てもそんなんで分かるか、と言いたくなるほど簡潔に自分が霊術師であること、そして五行の儀のことを説明する。

「理解出来た?」

「霊術師? という幽霊を相手に仕事をする人だということは……なんとなくは」と少女は未だ戸惑いの表情。

「理解が早くて助かるわ。どっかの馬鹿とは大違いね」

「ほっとけ!」

 思わずツッコむ。少女は俺の方を向き、

「あの……そちらの方は」と莉奈に尋ねた。

「ああ、これは私のしもべ。あんたと同じ霊魂よ」

「あ、俺は岬太陽よろし……」

「で、ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど」

「はぁ……」

 俺の自己紹介を遮り莉奈は話を続ける。それによって少女も視線を俺から莉奈へと戻した。

 なんか最近俺の扱い酷くねえ?

「あんた、名前は?」

「牧村……です…………牧村雫」

「記憶もあるようね。この世に留まった理由は? 未練? 怨み?」

「いえ……未練とかは全く無いんですけど」

 と少し言いにくそうに少女は俯いた。莉奈は気にする様子もなく質問を続ける。

「そうなの? 事故で死んだ霊魂なんて大抵そんな理由なんだけど」

 その言葉に少女は再び驚いた表情を見せる。

「私が事故で死んだことを知っているんですか?」

「ちょっとした理由があってね。それでその理由は?」

 問い詰めるような莉奈の態度に観念したのか少女は少し間を空けて重い口を開いた。

「わたし……生きていて楽しかった事が無かったんですよね。友達も居ないし親にも見捨てらるし……仕方が無いんですけどね、わたしなんてオタクだし根暗だし引き籠もりだし……」

「……あー」

 流石の莉奈も気まずそうに苦笑するしかないらしい。

「あの日も……もう死んじゃってもいいかなとか考えてたらほんとに死んじゃいました。笑っちゃいますよね」

「…………」

「…………」

 重々しい沈黙。

 もう全然全くビックリするほど笑えない。莉奈もどうすんのよこの空気、といった顔で俺を見た。

 そんな俺たちに気付くことなく「でも……一つ気掛かりがあって」と続ける少女。

「気掛かり?」

「あの時……わたしを助けようとしてくれた人が居たんです……その人がどうなったのかが気掛かりで」

「…………」

 それってまさしく俺のことだよな? やっぱり覚えてたんだ。

 と、そこでようやく莉奈が事実を切り出した。

「あー、そのあんたを助けようとした奴なんだけど……実はこいつなのよね」

「えぇ!?」

 少女が本日三回目の驚愕の表情。

「実はそうなんだ。黙っててごめん。記憶があるか分からなかったから無闇に言えなくて」

「あ、あ、あの……この度はご愁傷様……じゃなくてですね……ほんとにわたし……なんて言ったらいいか」

 思い切り動揺して頭を下げる少女。

「お、落ち着いてって。後悔なんかしてないし恨んだりもしてないからさ。その為に今頑張ってるんだし」

 俺がそう言って宥めていると莉奈の目がキラリと光った。そして、

「雫!」

 無駄に声を張る莉奈。名を知ったばかりの相手を呼び捨てているあたりもう嫌な予感しかしない

「は、はい!」

 責められると思ったのか、返事をする少女の肩は竦み上がっている。

「さっき言ったわよね、今試験みたいなものを受けている最中だって」

 と、莉奈は試験に関してと俺がしもべをやっている理由を説明し始めた。


「……というわけ」

 莉奈が説明を終える。

 少女は信じがたい出来事だといった表情で、

「生き返る為に……ですか」

「そ、それで私に三人全員が幸せになれる提案があるんだけど」

「はい?」

 莉奈が本題を切り出した。端で見ていた俺には絶対よからぬことだという確信すらあった。

「雫、あんたも私のしもべになりなさい。そうすればあんたが役に立てば私の目標も達成される可能性も上がる。それが出来れば太陽も生き返る、そうすることによってあんたの心残りも解消される、完璧でしょ?」

 と、控えめな胸を張って「私頭いいでしょ」的な感じで言ってのけた。

「完璧でしょ、じゃねーだろ。急に何を言い出すんだよ、大体そんな責任押しつるような真似して……」

「やります! 僕が乗りま……じゃなかった。とにかくやらせて下さい」

「え、ちょっと牧村さん!? 考え直した方がいいって。しもべって思ってるより大変なんだ。分からない事ばっかだし、関係ない事ばっかやらされるしこいつは我が儘だし……」

 俺が莉奈を指差し言うと、

「だれが我が儘なのよ!」と蹴りを一閃。

 牧村さんは一瞬蹴られた俺を心配そうに見て、

「それでも……やらせて下さい。太陽さんがこうなっちゃったのは私の責任みたいなものなので……少しでもお役に立てるのであれば」

 と自信なさげに、しかし意気込みたっぷりに言った。

「契約成立ね」と莉奈。

「……お前の言う契約にはリスクが伴ってないと思うのは俺の気のせいか?」

「気のせいよ。じゃ、しっかり私の役に立つのよ雫」

「は、はい。頑張ります!」

「ほんとにいいの牧村さん?」

「はいっ、どうせ幽霊でいてもやることもありませんでしたので。と言っても生きてる時も大してやることはなかったですけど」

 と言って微笑んだ少女の顔はとても可愛らしいものだった。これでオチにブラックジョークがなければなぁとしみじみ思う。

 こうして莉奈様御一行に新に一名が加わった。


          ○


「雫ちゃん、本当にこの人なの?」

 雫ちゃんが加わり、亡霊探しを再開する一行。

 なんという偶然か、雫ちゃんに亡霊の写真を見せたところ、

「わたしこの人知ってます」と驚くべき一声が。

 そんなわけで雫ちゃんに先導され、亡霊の所に向かっている。

 ちなみにこの「雫ちゃん」という呼び方だが、莉奈の「なんで主の私が呼び捨てで同じしもべの雫が牧村さんなのよ」という叱責による産物だ。本人が構わないというからまぁいいのだろう。

 兄ちゃんも既に合流しており、初見時こそ雫ちゃんの存在に「誰だこいつは」と疑問を感じていた様子だったが「新しいしもべよ」と一言聞いてからは特に何を言うでも無くなった。

 ルールに反していない限り口出ししない主義の兄ちゃんらしい感じだ。

 そして雫ちゃんは兄ちゃんのことを試験管だと思っている。協会云々の説明を面倒くさがった莉奈が「試験管みたいなもの」としか説明しなかったからだ。

「一昨日声を掛けられたんです。わたしが死んでから会話したのはそのおじいちゃんだけなので間違いないです」 雫ちゃんはじいさんの写真についての説明を続ける。

「偶然ってあるもんだなー」

「ほんと、午前いっぱい無駄にした馬鹿とは大違いね」

「うっせー」

 そんなこんなで歩く二人と浮いている二人。

「あ、ここです。ここで声を掛けられたんです」

 その声で全員が立ち止まる。雫ちゃんが指差す先は住宅地の片隅にある小さな公園だ。

「公園?」

 思わず確認する。

 目の前にあるのは夕暮れ前にも関わらず子供の一人も見あたらない寂しい公園。元々広くもない上に整備などもされていないようだ。

「いつも夕方にはここに戻るって言ってたんですけど……居ませんね」

「戻るってことはいつもどこかに行ってるってこと?」

 莉奈が問うと、

「そこまでは……ちょっとわからないです」

 雫ちゃんは申し訳なさそうに言う。その時、久々に兄ちゃんの声を聞いた。

「あれじゃねぇのか?」

 言われて顔を向けると前方からふらふらと飛んでくる腰の曲がった白髪の老人が目に入った。

 なんというか……なかなかにホラーな光景だ。

「写真のじいさんだ!」

 遠目に顔を確認するとずばり目的の亡霊である人物だった。

「ビンゴね。ナイスよ雫」

「あ、いえ。お役に立ててよかったです」

 雫ちゃんが控え目に笑っていると、じいさんがこちらに気付いたらしく一瞬目を見開いてからこちらに寄ってきた。どうやらじいさんも雫ちゃんを覚えていたようだ。

「この間のお嬢ちゃんじゃないかい。今日はお友達も一緒かい?」

「あ、実は……」

 と言いかけた雫ちゃんを莉奈が遮った。

「年貢の納め時よジジイ。今すぐあの世に送ってやるわ」

 言って腰から呪符を取り出した。

「な、なななんじゃ突然、お嬢ちゃん生身の人間かえ?」

 と混乱するじいさん。慌てて俺は割って入った。

「待て待て、お前完全に台詞が悪役じゃないか。そんな説明も無しにいきなり……」

「説明なんて必要ないわ。ジジイもこの世に居るべきじゃないことぐらい分かってるわよ」

「それにしたって言い方とかやり方があんだろ。大体ジジイ、ジジイって一応目上なんだからもうちょっと言葉を選んでだな……」

「死人に目上も糞も無いし、あったとしても私の方が目上だから問題無いわ。そこをどきなさい」

「どかねーっつーの! 死人でもこうやって感情があるんだからそーゆーやり方は良ないって言ってんだ」

 じいさんの方へ歩み寄ろうとする莉奈に立ち塞がった。だが莉奈は口出しは許さない、と言う意志が分かるぐらいに強い眼光で俺を睨み付けた。

 それでも、何か理由がある以上それを無視してただ成仏させることが解決になるとはどうしても思えない。だから俺も折れたりしない、と莉奈の目を見つめ返した。

 すると不意に、見かねたじいちゃんが宥めに入ってきた。

「これこれ嬢ちゃん達。若い男女がこんなところで言い争いなんてするもんじゃ……」

「「うるさいジジイ!」」

 綺麗に声が揃った。

「ひょわっ」と驚くじいさん。ついでに何故か雫ちゃんも「あわわわ」と怯えている。

「いい加減にしねぇかお前ら。言い争いが好きだなオイ」

 そんな兄ちゃんの皮肉にようやく口が止まる。

「よーし、じゃあ多数決だ。雫ちゃんはどう思う?」

 急に話を振られてテンパる雫ちゃん。

「ひゃい!? いや、あの……」

 たっぷり間を置いて、

「わたしも……やっぱりおじいさんのお話も聞いてあげて欲しい……です」

 遠慮がちにだがしっかりと意志を表す。やはり根は意志が強い娘なのだろう。

 これで多数決はこっちの勝ちだ。これなら莉奈も話を聞く気になるかもしれない、と思ったが

「二対二だから結局平行線じゃない」

 とんでもないことを当然であるかのように言った。

「なんでお前だけ二票持ってんだよ!?」

「主だもん」

「俺たちに……勝ち目は無いのか」

 などと絶望していると、

「と、言いたいとこだけど今回は雫のおかげで捜す手間が省けたから聞くだけ聞いてあげるわ。寛大なご主人様に感謝しなさい」

 莉奈がある意味恐ろしいことを口にした。

「莉奈が人の意見を受け入れるなんて……お前ほんとに莉奈かぐぎゃっ」

 例によって蹴りで公園のフェンスに刺さる俺を尻目に莉奈がじいさんと向き合い霊術師の役割と亡霊の定義についてを当然のように端折りまくった上で説明する。

「で? あの世に行くはずだったあんたが現世に留まった理由は?」

 多少の自覚はあったのか口を挟まず傍観していたじいさんがようやくその理由を打ち明けた。

「ばあさんに……会いたいんじゃ」

「あぁ?」「は?」「はい?」

 莉奈、俺、雫ちゃんが続け様に頭の上に「?」を浮かべた。首を傾げる俺と雫ちゃんにと違い莉奈は明かに嫌悪感を抱いている感じだったが。

「会いに行けばいいじゃん」

 俺は率直に言ってみた。

「それが出来れば苦労せんわい」

「なんで出来ないのよ」

「住んでおった場所が分からんのじゃ……長い間この街にいたというのに情けない」

「記憶が飛んでるのね」と莉奈。

「一部だけ無くなることもあるのか?」

 俺が聞くと、

「むしろそっちの方が多いわよ。他に忘れてることは? 自分の名前は?」

「それも分からん……覚えているのはこの街で暮らしていたこととばあさんの顔ぐらいじゃよ。日中探し回っているが自分の家の姿形も思い出せん」

「じゃ、無理ね。諦めなさい」

「そんな殺生な!?」

 一瞬で切り捨てる莉奈にじいさんが嘆く様に食いついた。

「大丈夫だってじいさん。みんなで捜せばきっとみつかるよ」

「そうですよ、わたしも頑張って協力しますから」

 俺と雫ちゃんがフォローする。と、そこで莉奈がついにキレた。

「見つかる訳ないでしょ! 手分けして町中一件一件回ったってジジイに正否の判断が出来ないのよ? 運よくジジイとババアが出くわすまで街を彷徨い続ける気!? どれだけ時間が掛かると思ってんの!?」

 もの凄い迫力で暴言が飛び交った。

 莉奈がキレる時は大抵正論を述べているので俺たちに反論のしようがないのが辛いところだ。

「にしたって……どうにかなんないのかよ。一流の霊術師なんだろ? 何か方法は無いのかよ」

 重苦しい空気の中、莉奈を見る。

 あえて『一流の』と付けたのは無能を嫌がる傾向がある莉奈のプライドを少しでも煽る事が出来たらと思ったからだった。

「方法……無いことは無いけど」

 それが功を奏したのか莉奈は少し黙考してばつの悪い顔で言いたくなさそうに言った。

「ほんとか!?」

「言っとくけど馬鹿みたいに体力を使う作業なの! こんな見ず知らずのジジイの為に霊力を使い果たすなんて絶対にイ・ヤ!」

 思わず食いついたのがまずかったのか、莉奈は断固拒否の姿勢を見せる。

「頼むよ莉奈……その分俺も死ぬ気で頑張るから」

「わ、わたしも頑張りますっ! お願いします」

「後生の頼みじゃあ……一目元気な姿を見るだけでいいんじゃ」

 三人が口々に懇願する。

 すると莉奈は口を閉じ、葛藤と共に徐々に表情を苦々しいものへ変えていったのち、大きなため息を吐き、

「はぁぁ……あんたたち私より霊術師らしいんじゃないの? 見知らぬ亡霊のためにそんなに一生懸命になって…………わかったわよ、一旦帰るわ。ジジイも付いてきなさい」

 とうとう折れた。

 三人は顔を見合わせて手を取り合って歓喜の表情を見せた。



 じいさんを加えた五人が部屋に戻るとすぐに「ちょっと待ってなさい」と別室に消えた莉奈。

 じいさんの家を探すのに部屋に戻って来る意図が分からない俺たちは言われるがまま待っている。

 兄ちゃんですら何をするのか分かっていないんだから俺に分かるはずもないといえばそれまでだが。

「太陽、テーブル空けて」

 少しして莉奈が戻ってきた。その手には木の板? の様な物と紙がそれぞれ左右にもたれている。

 俺が言われた通りテーブルの上を片すとその板をテーブルの上に置いた。

「これなんだ? こっくりさん?」

「言われてみればこっくりさんに使う紙に似てますね」

 雫ちゃんが俺に同意する。同時にじいさんもその板を不思議そうに見ている。

 その将棋盤の倍ほども大きさのある板には顔の様なものだったり髑髏だったり五芒星だったりと面妖な模様が施されている。

 板の上部には『YES』と『NO』が、中段にはアルファベットが書かれておりさらにその下には1から0までの数字と両脇に『HELLO』と『GOOD BYE』の文字がある。見た目の印象はやはり英語版こっくりさんという以外に表す言葉が無いといった感じだ。

「こいつはウィジャボードじゃねぇか」

 俺たちの上から兄ちゃんが言った。

「「ウィジャボード?」」

 雫ちゃんと声を揃えると、

「降霊術の一種だ。神霊を呼び寄せて自らに憑依させることによってその神託から欲しい情報を得ることが出来るって寸法だ。根底はてめぇらの言ってるものと同じ様なものだがあんなガキの悪ふざけとは比べものにならない高度な術だ。実際この段階の霊術師でこれを使える奴を俺は他に知らねぇ」

 と兄ちゃんが説明を加える。

「そんな凄いことが出来るのか?」

 俺が聞くと、雫ちゃんの「凄いですー」の言葉もあってか、

「当然じゃない」

 と鼻高々に言う。存外乗せられやすい莉奈だった。

 そして、ちょっとどいてなさい、と一言言うと右手を板の上に、もう一方の手をその横に広げられた街の地図の上にそれぞれ指を立てて置くと目を閉じてブツブツと呪文の様な聞き慣れない言葉を唱え始める。

 すると、

「おいおい……なんか体が光ってるんですけど」

 言葉の通り、莉奈の体を薄白い光が包んでいる。もうゲームとか漫画の世界で見る様な現実離れした光景に驚きなんて通り越してそう呟くのが精一杯だった。

「ふわぁ、神秘的ですね」

「不思議な事もあるもんじゃ」

 二人も同じように驚き見入っている。

「降霊が始まっているんだろう。成功させてぇなら静かにしてることだな」

 兄ちゃんが言うと三人共が黙っていよう、という意志をアイコンタクトで取り合い了承したと頷きあった。

 皆が生唾を飲み見守っている中、莉奈を包む光が一層強くなった。同時に立てた指が左右別々に動き始める。

 あれが意志に関係無く動いているのだとしたらもう見た目には完全に一人こっくりさん状態だ。

 腕の動きが一層激しさを増すとやがて地図側にある指が一点を指したまま停止する。

 指差す先が俺たちの知りたがっている場所という事だろうか。

 そして動いていた板側の指が盤上右下部の『GOOD BYE』の上で停止したと思うと莉奈を覆う白い光が徐々に薄まりやがて消えた。

「ふぅ~」

 莉奈は後ろ手を付くと一息ついた。

 明らかに疲労の色が見える莉奈は「水ちょーだい」と一言。

 立ち上がろうとした雫ちゃんを制して冷蔵庫へ向かう。

 今日初めてこの部屋に来た雫ちゃんに行かせるよりはいいだろう。

「場所は分かったわ、行くわよ」

 空きグラスを俺に返しながらふらつき立ち上がる莉奈。

「少し休んだ方がいいんじゃないか?」

 俺の言葉にも「平気よ」と短く言うだけだった。

 強がっているという訳ではないのだろうが、額に汗まで浮かべているその表情は平時のそれとは大違いだ。

 もっともこれが強がりだったとしても莉奈が人前で弱気を見せる姿なんて想像も出来ない。これ以上心配する様なことを言っても機嫌を損ねるだけだと俺も続いて立ち上がる。

「じいさん良かったな。これで奥さんに会え……」

「……Zzz」

「「なに寝てんだ(のよ)ジジイ!」」

「おぉ!?」

 莉奈が一瞬で活気を取り戻した。ナイスじいさん。



 そうして莉奈の超絶能力によって場所を突き止め、再び街に繰り出した俺たち。

 今までと違うのははっきりとした目的地があるということだ。

 俺に至ってはほぼ丸一日歩き回っているだけに今回ばかりは疲れを感じない体で良かったなんて思ったりする。

「じいさん、この辺に見覚えはないのか?」

 目的地も近づいてきた辺りで俺は聞く。

「あるような無いような……」

「あんた記憶が飛んでるんじゃなくて単にボケてるだけなんじゃないの?」

 先頭を歩いている莉奈が皮肉たっぷりに、やれやれと両手を天に向けて広げ、首を振った。

「失礼な、わしゃまだまだ現役バリバリだというに」

「もう死んでんじゃない」

 バッサリと切り捨てられ、じいさんは凹み気味に項垂れる。

 相変わらず敬老の心情なんてあったもんじゃない。

「ふむ、この家っぽいわね」

 角を曲がってすぐ、地図を手に立ち止まる。

「へぇ、結構立派な家じゃないか」

 言って見上げる先には広めの敷地に庭の付いた木造建築。

「お、あの人じゃないのか?」

 あまり高くない垣根に乗り上げて中を覗いてみると一人のおばあさんが居るのが見える。

 雫ちゃんとじいさんも俺に続いて中をのぞき込んだ。

「おおお……ばあさん」

 どうやらビンゴだったらしく、じいさんの表情がパッと明るくなった。

 タイミングがいい……のか悪いのかはよく分からんがおばあさんは膝を付き、仏壇に手を合わせているところだった。恐らくはこのじいさんのものだろう。

 俺は静かに垣根から足を下ろすと、後ろにいる莉奈と兄ちゃんの横に並んでじいさんを見守ることにした。

 莉奈もこの時ばかりは口を挟むことなくその時を待った。

 そして、

「もういいのか?」

 やがて踏ん切りを付ける様に降りてくるじいさんに声を掛ける。

「ああ、もう十分じゃ。元気でいてくれるのなら思い残すことは無いわい……出来れば次に会うのはしばらく先がいいのう」

 口ではそう言ってても少し名残惜しそうに言うじいさんの表情は悲壮感に溢れていた。

 と、その時


 ピンポーン


「え……お前何やってんの!?」

 とことこと門の方に歩いていったと思うと無表情でインターホンを押した莉奈に慌てて駆け寄る。

「…………」

 莉奈は何も言わない。そしてなぜ不機嫌そうな顔をしてるのかも全く分からない。

 誰も口を挟む余裕も無く、すぐにおばあさんが玄関から出てきてしまった。

「あの……どちら様でしょうか?」

 普段おあまり訪問者など居ないのか、あまり整備されていない玄関先から現れたおばあさんの表情は怪訝さが伺える。

 莉奈は少し間をおいて、

「あんたの旦那から伝言よ。元気そうで良かった、しばらくこっちには来るなって」

「……はぁ?」

 おばあさんは状況を理解出来ずにキョトンとしている。

 俺と雫ちゃんはその意味を理解し、顔を見合わせて笑い合うとそのまま立ち去った莉奈の後を追った。


 少し場所を移して近くの空き地。

「もう思い残す事は無いでしょうね? あったとしてももう知ったこっちゃないけど」

 莉奈は腕組み仁王立ちだ。

「あぁ……あぁ、これで安心して逝ける。本当にありがとう」

 莉奈のおばあさんへの言葉以降しばらく涙を浮かべていたじいさんも少し落ち着いてきたようだ。

「よかったな、じいさん」

「本当に良かったですね」

「ああ、君たちのおかげじゃ」

「水くさいこと言うなって。同じ幽霊の身じゃないか」

「そうですよ。おじいさんの想いの強さが成し遂げた事ですよ。親にも見放されていたわたしとは大違いです」

「……雫ちゃん、ちょっとそれは笑えないからね?」

「? わたし何か変なこと言いましたか?」

 心底不思議そうに首を傾げる雫ちゃんとのそんなやり取りを見て微笑し、じいさんは莉奈の方を向く。

「本当に……ありがとう」

「しつこいってのよ。さっさと何処へなりと逝きなさい」

「ああ、君たちがやろうとしている事がどういうものなのかはわからないが……成功を祈っているよ」

 その言葉と同時にじいさんの体が徐々に薄くなっていくのが目に見えて分かる。

 成仏する時が来たのだろう。俺たちは黙ってそれを見守った。


「本当に……良かったですね」

 じいさんが完全に見えなくなった後もじいさんが居た位置を皆が見つめていた。

 静寂を破ったのは雫ちゃんのしんみりとした口調。

 良かったと思う満足感と目の前であの世に行ってしまった寂しさのような気持ちが混ざって自分の感情が曖昧だった俺は、

「そうだな」とだけ答えた。

「言っとくけどこれ以上のロスは無いんだからね。あと二つ、気合い入れてやるわよ。足引っ張ったりなんかしたら厳罰よ」

 そんな俺達を見て莉奈が一喝入れた。

 莉奈はこんな時何を感じるんだろうか。

 やっぱりこういう事にも慣れっこなんだろうか、それとも人に心中をさらけ出したくないから表に出さないだけなのかな。

 どちらにせよああやって泣いて喜んでくれる人が居るなら霊術師ってのはやっぱり凄いもんだとそう思った。

「まあそうツンツンするなよ。今回はお前もよく頑張ったって」

 と莉奈の背中をポンポン。

「……何生意気言ってんのよ!」

「ぐはぁっ」

 こうして俺たちは三つ目の課題を無事にクリアした。


          ○


「あー、もう疲れたっ! ご飯作るの面倒くさい」

 部屋に戻るなり開口一番そう言うとベッドに倒れ込む莉奈。

 ちなみに昨日から一人増えて雫ちゃんも居る。

「本当にわたしも莉奈さんのお家に行っていいんですか?」と不安そうに言っていた雫ちゃんだったが、

「当然じゃない。この穀潰しでさえ居着いてるんだから遠慮しなくていいわよ。しもべが主の元に居るのは当たり前でしょ?」

 と独裁者莉奈。だれが穀潰しだ。

「あの、よかったら何か作りましょうか? ほんとによかったら……なんですけど」

 と、不意に雫ちゃん。いつにも増して遠慮がちな口調だ。

「雫ちゃん料理出来んの?」

「はい。親が作ってくれなかったので自然と覚えました」

 俺の疑問に笑顔で答える雫ちゃん。なぜそのタイミングで笑顔になるんだろう。

「雫ちゃん……その自虐的な事を笑顔で言うのやめようよ」

「じぎゃくてき?」

 俺の言い分というよりは言葉そのものの意味が分からない様子の雫ちゃん。

「なんでもいいけど、そう言うなら今日は雫に任せるわ。といっても買い物に行く予定が狂っちゃったからなんにもないんだけど」

「冷蔵庫を見てもいいですか?」

「ええ、好きに使ってくれていいわ。でも本当に何もないわよ?」

 そんな莉奈の言葉を背に雫ちゃんはキッチンの方へ向かっていった。

 そしてすぐに、

「なんとかなると思いますー」と奥から聞こえてきた。

 さっき水を取りに行った時には確かに殆ど空だったのに大したもんだ。

 すぐに料理に取り掛かったみたいでキッチンから慌ただしい雰囲気が感じられる。

「ほんとに料理が出来るのならいい拾い物よね」

 ベッドの上で起き上がりながら莉奈は言った。

「今後も雫ちゃんに作らせるつもりなのか?」

「ま、私の口に合えばね」

「良い身分だな、オイ」

 言ってる間に、

「出来ましたー」

「はやっ!」

「オムライスか、まあ余りご飯と卵ぐらいはあったし妥当な線ね」

 雫ちゃんが持つお盆に乗せて運んできたのは卵も綺麗に巻かれたオムライスとケチャップだった。

「すっげぇうまそうじゃん、お見事だな」

「……お口に合うかわかりませんけど」

 と、相変わらず自信なさげに言う雫ちゃん。

「いやいや、こんだけ作れたら十分だろ」

「見た目はまずまずね。肝心の味はどうかしら」

 言って莉奈は一角をスプーンで削り、口に運んだ。

 雫ちゃんはその姿を心配そうに見つめる。

 そして、

「ま、悪くないわね。及第点をあげるわ」

 と珍しく満足そうに続きを食べ始めた。雫ちゃんは安堵の表情で胸をなで下ろした。

 あの見た目で不味いなんて方がおかしいってもんだろう。褒める時ぐらい素直に褒めればいいものを、まあそれが莉奈らしいといえばそれまでだけど。


 その後、莉奈のシャワー(もちろん本日既に三回目)も終わり、就寝の準備(当然の様に後片付け等は全て俺がやった)も整った。

 一人増えて三人が一つの部屋で眠る。

 なぜ雫ちゃんにだけ予備の掛け布団が与えられているのかはいささか疑問ではあるが、ともあれ朝を迎えればまた次の課題が待っている。

 あと二つだ……頑張ろう。そう思いながらゆっくりと目を閉じた。


          ○


「…………ん」

 ふいに目が覚めた。

 まだ外は真っ暗だ。

 時計を探して視線を泳がせたところで窓際に佇む人影に気が付いた。

「……雫ちゃん?」

「……太陽さん?」

 その人影は雫ちゃんだった。こんな遅くに何をしているのだろうか。

「まだ起きてたの? もしかして眠れないとか?」

「いえ……そういう訳じゃないんですけど」

 と少し言いにくそうに言うと、眠っている莉奈の方を見てトーンを落とした。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっとやそっとじゃ起きないから」

「そうなんですか?」

「うん、びっくりするぐらい寝覚めが悪いから。朝なんて大変なんだから」

「………………」

 俺が言うと雫ちゃんは沈黙する。

「どうしたの?」

「太陽さんは……莉奈さんとは生前から親しかったんですか?」

「んー、そんなこともないよ。初めてしゃべってから三日ぐらいしか経ってないし」

「え、そうなんですか?」

 雫ちゃんは驚きの表情。

「元々同じ学校で今年からクラスメイトだってことは最初に聞いたろ?」

「はい、でも知り合って間もないのに仲良しですよね」

「仲良しかなあ? 単にこき使われてるだけな気がするけど……って俺の事はいいよ、雫ちゃんはどうしたのさ?」

 雫ちゃんは少し間を置いて胸中を話し出す。

「わたし……今日みたいにみんなで何か一つの事をやるっていう経験がほとんど無かったんですよね」

 再び雫ちゃんの目線が窓の向こうへと向けられる。

「わたしが今莉奈さんにお世話になっているのは莉奈さんが試験に合格して、わたしのせいで死んでしまった太陽さんに生き返ってもらう為だってことは重々理解しているんです」

「…………」

「それがお二人にとっても、わたし自身にとっても大事なことだってことも。でも……今日一日、ちょっと楽しかったなあって」

「楽しかった?」

「はい……なんだか友達が出来たみたいで。生きてる間は楽しいことなんて無かったのに、不思議なこともあるんだなあって考えてたらこんな時間になっちゃいました」

 そう言って振り向いた雫ちゃんは無理して作った様な笑顔を浮かべている。楽しいだとか友達といったことがまるで悪いことのように。

 雫ちゃんの生前の様子は所々耳にしたが、今でもそういったものとは自分は無縁だと思い込んでしまっているんだろうか。そんなのは悲しすぎる。

「雫ちゃん、友達みたいなんて寂しいこと言うなよ」

「……え?」

「理由は違うかも知れないけどさ、同じ目的の為に頑張ろうとしてるんだ、俺は仲間と思ってるよ。雫ちゃんも莉奈のことも」

「……太陽さん」

「口ではしもべだ契約だって言ってるけど莉奈もそう思ってるよ……多分」

「そこは多分なんですね」

「莉奈の性格上絶対に認めたがらないからなぁ」

「ふふふっ、確かにそうですね。莉奈さんは認めないと思います」

 そう言ってようやく笑顔が溢れる。

「雫ちゃんが死んじゃった事もそうだし、楽しい事が無かったとか、死んでもいいなんて思ってしまうことは悲しいことだけどさ、楽しい事なんて何がきっかけになるかなんて分からないし不意に終わってしまうことだってあるんだ。だったら楽しめることならなんだって楽しくやった方がいいだろ?」

「そう……ですよね。わたし生まれついてのネガティブなので悪い方にばかり考えてしまってました」

 俺の言葉を噛み締めるような間を置いてそう言った雫ちゃんの口調は少し明るくなっている。

 自称生まれついてのネガティブという発言が既にネガティブすぎる。

「太陽さんのおかげでもやもやしていたものが晴れた気がします。わたしに出来ることなんて知れてますけど、仲間と言ってくれた太陽さんや拾ってくれた莉奈さんのお役に立てる様に……改めて精一杯頑張ろうと思います」

 いつもは控え目な自己主張しかしない雫ちゃんが力強く言う。

「そうそう、何事も前向きに前向きにってね。今まで辛いことが多かったんならその分これから楽しめばいいんだよ。別に莉奈の試験が終わるまでの付き合いって決まってるわけじゃないんだからさ。試験が終わっても雫ちゃんがこっちに残るなら俺も付き合うからさ、友達に人間も幽霊もないだろ?」

 俺の言葉に、はいっ! と答えた雫ちゃんの表情は今までで一番曇りの無い笑顔だった。


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