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【第二章】 一つめの課題と亜蘭師父

 ガラス越しに差し込んでくる目映いほどの日差しがふと我に返す。

 朝を迎えたようだ。

 やることも無く、かといって眠たくもならずという時間は暇なもので、意味もなく筋トレしてみたりデスクの上に置いてあった普段家では見向きもしない教科書を読んだりして時間を潰していた。

 というのもこの部屋には時間を潰せそうな物が全くといっていいほど見当たらなかったのだ。

 そうしてようやくのことで朝までこぎ着けたといった具合だ。

 とはいえまだ朝も早い、外は静けさに包まれている。

 時計に目をやると時刻は六時。

 莉奈が起こせと言った時間まではあと三十分。授業時間然り、もう少しというところからがやたらと長く感じるのは何故だろう。

 仕方なく再び教科書を開いてみる。

 何気なくとった手段だったが何気に世界史の教科書の主に授業でやっていない部分というのは読んで面白いものだった。

 再び没頭し始めてしばらく経った頃、


 ピピピー、ピピピー、ピピピー。


 時計のアラームが部屋に鳴り響いた。

 慌てて時計に見ると六時半を指している。

「やべ、没頭しすぎたな……ていうか自分でセットしてるんじゃん」

 無理矢理にでも俺に仕事を与えたかったのか、と嘆息する。


 ピピピー、ピピピー、ピピピー。


 それにしてもこの目覚まし、音が大きい。普通の倍ほどの音量で鳴り続けるデジタル時計。

 これだけ大きい音が鳴るなら俺は必要ないだろう、そう思ったのだが、

「…………」

「スー、スー」

 起きない。

 いや、それどころか何の反応も無く寝息を吐き続けている。

 いくら眠りが深くてもこんな寝ていられる方が驚きと言っても過言ではない半騒音が鳴り響けば何かしらの反応があるだろう。

 それすらも無く、まるで変わらぬ様子で眠りこけている。

「……朝弱いってレベルじゃないだろこれ」

 やむを得ずアラームを止めて起こしにかかることにする。

「おいっ、起きろっ。朝だぞ」

 ベッドの上の莉奈を軽く揺する。

 すぐには効果は表れなかったが、続けているうちに莉奈も目が覚めてきたようだ。

「ん……んん~……………………し……ね」

「死ねって……」

 目覚めの第一声がそれかよ……嫌すぎる。

「ほら、そんなこと言ってないで起きろ」

「んあ……だ……だれ? あぁ、そっか……今……何時?」

「六時半すぎだよ、昨日言っただろ?」

 莉奈は「んん~」と唸って起き上がる。目は半開きで顔もボーッとしている。

「あんた……朝強いのね」

「強いっていうか寝てないし」

「寝てない? なんで?」

「昨日言ってたじゃん、幽霊は睡眠しないとかなんとか」

「……はぁ、睡眠を必要とすることは無いって言っただけで眠れないとは言ってないでしょ……ほんと一から十まで説明しないと何にも理解出来ないんだから……この梅干し脳は」

 莉奈はベッドから降りながらそう言い放つと浴室の方へと消えていった。

 明かに起きがけで頭は働いていない様子にも関わらず出てくる言葉の切れ味は抜群のようだ。

 しばらく黙って待っていると中からシャワーの音が聞こえてきた。

「一日に何回シャワー浴びんだ、シズカちゃんかお前は!」

 せめてもの反論に残された部屋で莉奈が消えていった方を指差しそんなことを一人口にする俺だった。


          ○


 莉奈は風呂から上がると昨日と同様に自ら朝食を用意する。

 それらが全て片づいた現在七時半を過ぎたところ。

「これどうしたの?」

 莉奈が床に置かれた『よくわかる歴史』を指さして言った。

「夜暇だったから読んでたんだ。読んでみるとなかなか面白……」

 そこで言葉に詰まった。

 莉奈の表情が変わったからだ。主に俺にとって良くないであろう方向に。

 その表情は敢えて例えるならば、怒るのを通り越して呆れたといった感じで、もう怒るのも面倒になった、と言いたげな顔だった。

「はぁ~。もういちいち怒るのも面倒だから端的に言うけど……」

 というかもう口に出して言っていた。

 さらに莉奈は、

「あんた、それ外でやったら消されるわよ」

 と、いつか流行った占い師みたいな口調で続けた。

「け、消される!? 誰に!? なんで!?」

 俺は物騒な言葉に少し戸惑い、声を荒げた。

「例えば今のあんたが外でその本を読んだとする」

「え?」

「あんたが見えない人間にはどう見えるでしょう?」

「……あ、そういうことか」

「そういうことよ。霊なる者が命ある人間の生活や人生に影響することは重大なルール違反。例え悪気は無くても一度目は警告、二度目は……」

 そこまで言うと莉奈は天井を指さし上を見上げた。

 つまりはあの世行き、強制成仏ってことか。

「以後気を付ける」

「気を付けなさい。じゃあ亜蘭師父のところに行ってくるから大人しく留守番してなさいよ」

 言って莉奈は私服を纏い、外行きの用意を始める。

「行ってくるからって……学校は?」

「パスよ。帰ってきたらさっそく試験に取りかかるから。お互い早く済ませるに越したことはないでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「それに学校って好きじゃないのよね、ストレス溜まるだけだし」

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。

 と思った時には莉奈は既に玄関で靴を履いているところだったので、俺は黙って見送るしかないのだった。

 また、時間潰す方法考えなきゃ、今度は怒られないやつを。


          ○


 クラスメイトでもあるしもべを部屋に残して家を出てからおよそ十分。

 少女は閑散とする街の外れにある古びた建物の前に居た。

 周囲に住む人間からは空き家、というよりは廃屋と認識される廃れた建物だ。

 見るからにその役割を果たしそうにも無い正規の入り口を通り過ぎ、この家を利用する者しか知り得ない裏口に向かう。

 視界の端にはこちらを見ている霊魂の姿が写る。

 いつもの見張り役のしもべ霊だ。

 中ではまた、今までと同様に既に訪問者の存在を知った亜蘭師父が待っているのだろうと考えると少女は良い気分がしなかった。

 入り口の扉を引くと、ギィーという耳障りな音を立てて開く。

 そのまま明かりも付いていない薄暗く生活感のかけらもない屋内に入っていくとそこには待ちかまえる様にして長身の男が立っていた。

「久しぶりだな。阿久津莉奈」

 相変わらずの見た目通りに低い声とつぶやくような小さな口調。慣れるまではそれを聞き取るのに神経を使ったことを思い出す。

「直接会うのは久しぶりね。ま、こんな汚い所に用も無く来たくはないけど」

 言葉だけ見ればありふれた再会の挨拶。

 だが少女にも、そして男もにも愛想笑いの一つすら浮かぶことは無い。もっとも男のそれは性格的なものもあるだろうけど。

「そう言ってくれるな。こちらもこれでいて多忙なものでね」

 建物の主、長身の男亜蘭師父は表情を変えずに言う。

 少女は無表情でいるか薄ら笑いを浮かべているかの二通りしか彼の顔を知らない。

 感情を隠すようにしているのは意図してかしないでかは知ったことではないが、今の言葉にしてもどういう含みがある言葉なのかわかったもんじゃない。

 もっとも少女からすれば、この能面野郎の違った顔なんて知りたくもない、というのが本音であった。

 そもそも何故、直接の師でもないこの男に師父などという敬称を使わなければいけないのかも意味不明だ。

 協会の人間が嫌いな少女にとってそれは不愉快なことでしかない。

 とはいえ、あからさまに敵意を露わにするのも立場上都合が悪いことを理解している。

 ならばその時が来るまで、せいぜい利用してやるだけだとそう誓ったことも忘れてはいない。その為にもこの試験を通過することは絶対条件だ。少女は改めて自分に言い聞かせた。

 だが彼ならばそんな目論見も薄々は気付いているのかも、少女にそう思わせるだけでもあの能面も少しは役に立つらしい。これもまた、会う度に思い出すことの一つであった。

「しもべにでもやらせりゃいいでしょ、あんだけいっぱいいるんだから」

 言い出すとキリがない少女の心中も師父に悟らせないために表情を抑え、冷めた口調で会話を続ける。

「彼らも含めて多忙なのだよ」

「あぁそう。まぁ、ここの衛生状態なんかどうでもいいわ」

「五行の儀についての話をする為にわざわざ足を運ばせたのだからな」

「そうよ、さっさと聞いてさっさと帰るから始めてちょうだい」

「それでは始めよう」

 そう言って亜蘭師父が説明を始めた。


 少女は二十分も黙って聞いていただろうか。

 その中には学校で教師がする様な、わざわざ言って聞かせるまでも無いような内容も多々とあった。

 亜蘭もそれを自覚しているようだったが「それが自分の仕事だ」と端折るようなことはしなかった。

「これが大凡の事の流れと決まり事、そして諸注意だ。これらを踏まえて生命に危険が及ぶ可能性があることに異議が無ければ正式に受儀者として認められる」

 その言葉でようやく長い説明が終わる。

「あるわけないでしょ、一年も先延ばしにしたんだからこっちは」

 少女は敢えて、何を今更……というニュアンスが分かりやすいように答える。

「それでは本部に通達をしておく。一刻もすればそちらに遣いを送ることが出来るだろう。しかし……」

「……なによ?」

 珍しく言葉に詰まる師父に思わず反応してしまった。

「よく一年も我慢したものだ。君の性格ならばすぐにでもと言い出すものだと思っていたのでね」

「馬鹿にしてんの? あの時の私じゃ不相応なのは自覚してたわ。仮に通過したとしても世に蔓延る肩書きだけの無能者と同じじゃ意味ないのよ」

「肩書きだけの無能者か、また多分に他意がありそうだな」

「勘繰り過ぎなんじゃない?」

「そういうことにしておこう。それで、今ならばそうではないと?」

「当然、今なら誰にだって引けを取らない自信があるわ。呪符と結界術なら私の右に出る者はそうは居ない。無駄に一年待ってただけじゃないのよ」

「短所を補うのでは無く長所を磨くあたりは君らしいのかな」

「器用貧乏ほど役に立たないものはないって知ってた?」

「それもまた、君らしい。君がそう言うのなら、好きにやってみたまえ」

「好きにやるわよ、当たり前じゃない」

 少女の棘のある言葉にも表情一つ変えず、亜蘭は一つ間を置いて思い出したように少女に尋ねる。

「それはそうと、今日はしもべは連れて来なかったのかね」

「見ればわかんでしょ。考え無しの馬鹿過ぎて置いてきたわ」

「それは残念だ。君のお眼鏡に叶った男というのを見てみたかったのだがね」

 そう言った亜蘭は例の薄笑いを浮かべる。

「別にあんたにお目通りするほどの奴じゃないわよ。決まりだって言うから繕っただけの話」

「六号の話では随分と仲良くやっていたということだが」

「慣れ慣れしい性格してるってだけでしょ。そんな話ならもう帰るわよ。時間の無駄」

 言って少女は踵を返し出口に向かって歩き出す。

 扉の前まで歩き、その手が扉に触れる直前、少女は手と足を同時に止めた。

 そして振り返る事なく亜蘭師父に問いかける。

「そう言えば……あの男の件は?」

「なにか分かればいつもの様に遣いを送る」

「つまり進展は無しってことね」

「私個人のつても含めて色々と動いてはいるのだがね」

「そう簡単に尻尾は掴ませないってわけか」

「無能などと思わないで欲しいものだ。協会本部も血眼になっている中、報告義務を放棄して君に情報を渡しているだけでも危ない橋なのだ」

「それに関しては……感謝してるわよ」

「君にそんな事を言わせるつもりで言ったのでは無かったのだがね。また何か分かれば報告しよう」

 その言葉を聞くと同時に少女はその場を後にした。

「憎しみ未だ消えず、か。目的と野望を履き違えて栄えた人間はそうは居ないぞ……グラトフェスの残党よ」

 その背中を見送りながら言った亜蘭のそんな台詞は少女には届くことはなかった。


          ○


「何呑気に寝てんのよ!」

「ふごっ!」

 莉奈が出て行った後、やることが無かった俺は床に突っ伏して眠ることを選んだ。

 そんな一時の安息の終わりは不意に怒鳴り声と顔面にのし掛かる衝撃によって告げられた。

 目線だけを声のする方向に向けてみる。どうやら顔を踏まれているらしい。

「んお? おう、帰ったにょか」

「あん? 何か言った?」

「とりあえじゅ足をでょけてくれ」

 解放される。

「あんた随分良い身分じゃない。ご主人様が働いてるのに呑気に転た寝ってわけ?」

 起き上がると不機嫌そうに腕を組んだ莉奈の仁王立ち。

「いやぁ、昨日寝てなかったしやることも無かったし」

「やることが無いなら作ればいいでしょ」

「作れったって……例えば?」

「んなの自分で考えなさいよ!」

 ……理不尽だ。

 寝なくても罵られ、寝ても責められ……きっと莉奈の言う様に自分なりに考えた何かをしていたとしても何かしらの理由で怒られていたに違いない。

「何かあったのか? えらい不機嫌だけど」

 俺が言うと莉奈は俺の胸ぐらを掴む。

 その顔の近さに少しドキッとしたのも束の間、

「ムカツクのよあの能面ジジイィィィー!」

 そう叫んだかと思うと、掴んだ手を大きく前後左右に振り回し始めた。当然俺は遠心力で振り回される。

「君らしい、君らしいってお前が私の何を知ってるってのよ!」

「お、落ち着け~」

 直後に手を離され、俺はまたも吹っ飛び壁に打ち付けられる。

「イタイ……」

「もういいわ、こうなったらソッコーで合格を決めてあの能面をムンクの叫びに変えてやるんだから」

 どんなだそれは。

「てわけで早速……」

「お、もう取りかかるのか?」

「シャワーね」

「またシャワーかよ!?」

 その辺は相変わらずだった。



 莉奈が再び風呂から出てからしばらくして、部屋に若い男の霊が現れた。

 莉奈と話しているのを聞く限りでは協会から見届け人として派遣されてきたらしい。

 ロン毛に黒装束にという少し浮き世離れした格好をしている男の霊は独特の凄みみたいなものが感じられる。

 ちなみに何故か俺は待っている間に洗濯をさせられた。

「これが一つ目の課題ね」

「そういうこった。そいつをクリアすれば次の課題を渡す」

 受け取った紙を見ながら言う莉奈に若い霊が答える。ムッシューとは対称的に媚びる様子もなくやや高圧的だ。

 事前に莉奈に聞いたところによると課題は全部で五つ、当然先に進に連れて難易度は増すとのこと。

「内容や手段は問題じゃねぇ、大事なのは結果だけだ。俺が本部に報告するのも出来たか出来なかったか、それだけだ。それ以外は何も言わねぇしお前らに口出しもしねぇ」

「どのみち口出しなんてしたらぶっ飛ばしてるところだから一向に構わないわ。さ、行くわよ太陽。まだ午前なんだから今日中に二つ三つこなす気でいなさい」

 俺は部屋を出る莉奈について行く。後ろでは男が「やれやれ、口の悪い嬢ちゃんだ」なんて言っていた。



 部屋を出て目的地も告げられずに歩くこと十数分。

 莉奈の後ろに俺が歩き、その少し後ろに男が付いてくる。

「なぁ莉奈」

 俺の呼びかけに莉奈は振り向く。

「俺もムッシューとかあの人みたいに浮いたり消えたりすり抜けたり出来ないの?」

 同じ半透明なのになぜかずっと徒歩の俺。

「はぁ? 何よ急に」

「せっかく幽霊になったんだし、ちょっと憧れるじゃないか」

「別に全ての霊魂が出来るってわけでもないわよ。物質を通過出来ない霊魂ってのは滅多に居ないけど。でも今のあんたじゃまず不可能ね。どうしてもっていうなら協力しないでもないけど?」

「ほんとか? どうしたらいいんだ?」

「簡単よ、病院に行ってあんたの本体にとどめを刺せばいいだけ」

「…………ごめんなさい」

「なんで謝るのよ。あんたが浮いたり消えたり出来る方が私も便利で助かるんだけど?」

「…………命だけは助けてください」

「そ、残念ね。馬鹿なこと言ってる間に着いたわよ」

 莉奈が視線をやる先を見る。

「星ヶ崎霊園?」

 その視線の先には地元星ヶ崎市唯一の共同墓地である星ヶ崎霊園。

「そ、最初の課題はあそこで夜な夜な騒いでいる奴らを黙らせること。というかその確約を得ることね」

「なるほど」

「てわけで太陽、あんた行ってきなさい」

「……俺?」

「簡単な仕事だし、あんたに慣れさせる意味も含めて丁度いいでしょ。騒ぐのを止めろって言ってくるだけなんだから。逆にそんなこともろくにこなせないならあんたなんかいらないわ」

 莉奈は挑発する様に言う。

 対して俺は、

「はんっ、そんぐらいのことならいくら俺でも出来るっての。俺だってやる時はやるってのを見せてやるぜ」

 見事に挑発に乗った。

「聞いてた通りよ、この課題はとりあえずしもべに任せることにしたから」

 莉奈が振り返り言う。

「わーったよ。いくぞ小僧」

「あ、あぁ。莉奈は来ないのか?」

「ここで待ってるわ。あそこは勝手に入ろうとしてくる奴が多くて鬱陶しいし」

 入ってくるって何が? そう聞こうとしたが怖いから止めた。

 そんなわけで入り口から坂道をしばらく歩かなければ中に入れない作りになっている星ヶ崎霊園に入る為に入り口から続く坂道を例の若い兄ちゃんの霊と歩く。

 その道中、兄ちゃんが口を開いた。

「小僧、あの小娘とはなげぇのか?」

「ん? いや、昨日始めてしゃべったとこだけど」

「そうか。あの小娘、なかなか深いもん抱えてやがんな」

「どういうことだよ?」

「心の中に闇を抱えてるってことさ。それが何なのかは分からねぇがな。俺も何度か会ったがあの他人を受け入れない態度や言動、霊術師としての行動を見てれば分かるぜ。宿願叶うまで個は捨てると言わんばかりじゃねぇか」

「そういうもんなのか? あんな性格の奴なんていくらでもいるだろ?」

「見くびんじゃねぇよ、これでも百年以上この世に居んだ、そんぐれぇ見分ける目は持ってるぜ。あいつは『今の自分』ってのを全く見てねぇよ」

「百年!? すげぇんだなあんた。だからそんな変なしゃべり方なのか」

「あの小娘も相当口が悪いが……おめぇも大概失礼な野郎だな。まぁ、くだらねぇ嘘を吐く下卑た野郎よりよっぽどいいのかも知れねぇが」

「そうだろ」

「勘違いすんな、微塵も褒めてねぇぞ。さておきだ、他人に厳しいってこたぁ自分にも厳しいってことだ。相応の努力はしたんだろうぜ、実際腕はそこそこ良いみたいだしな。あの自尊的な振る舞いもその自信から来てるんだろうよ」

「そうなのか、単に人の上に立っていたいだけなのかと思ってたよ……で結局何が言いたいんだ、変なしゃべり方の兄ちゃんは」

「ふざけた呼び方すんじゃねぇよ。この先も小娘に仕えるなら覚悟が必要になるかもしれねぇぞって話だ。俺には関係ねぇがな。おっと、付いたぞ。あいつらだ」

「うわぁ……すげぇいっぱいいる」

 墓地に着くなり変なしゃべり方の兄ちゃんが指さした先には一般の人とは別に墓石の一角に屯している見た目の年齢も身に付けている物の時代感も様々な幽霊達が輪を作る様にして談笑している。

「なんかどこにでもありそうな光景だな……ちょっと透けてる以外は。ていうか見える人からしたら墓地ってこんな風に写ってたのか」

 心霊番組などを見てもバラエティと割り切って見てる自分としては驚きの光景だった。

「昼間はそうでもねぇが夜になると人数も増えて騒ぎだしてここに眠る他の霊魂が迷惑してるって話だ」

「なるほど。でもそこまで調べられるんならそっちでなんとかすりゃあいいんじゃね?」

「深刻な問題も多々あるんだ、人数が足りてねぇ以上優先度ってもんがあんだよ。第一の課題に当てられるぐれぇだから優先度は限りなく低いんだろうぜ」

「ムッシューもそんなこと言ってたなぁ。じゃあ行くしかないか。あいつらに騒ぐなって言うだけでいいんだろ?」

「言うだけじゃ意味ねぇぞ? 確約させねぇと」

「確約って言うと『もう騒ぎません』って約束させるってことか? でもそんな約束その場しのぎにさせたって守る保証なんて無いんじゃないの?」

「正味それならそれで構わねぇ」

「なんでさ」

 守らなくてもいい約束をさせに行くという意味がよくわからない。

「こっちが警告して、それを受けたって事実がありゃあいいんだよ。それを破ったところでこっちには強行の名分があるってわけだ」

 強行、つまりは強制的に成仏させられるってことだろうか。

「でも約束させるってどうやったらいいんだろ? 言って聞くなら最初から問題にはなってないと思うんだけど」

「口出しはしねぇと言ったはずだ、あとはてめえで考えな。俺は気配を消してついて行く」

 そう言った瞬間、変なしゃべり方の兄ちゃんの姿が見えなくなった。

「とりあえずやりながら考えるか」

 言って俺は霊の集団の所に向かった。


「おーい、おっさん達ー」

 俺は集団に近づくとすぐに声を掛けた。

 するとわいわいと談笑している霊達は揃って顔をこちらに向けた。

「あ? なんだお前、新入りか?」

 その中でも一番見た目の年代が古い感じのおっさんが反応する。話し方や周りの態度からその男がリーダーのような人物であることが一目で分かる。

 取り巻きの視線も含めて余所者に対する敵意のようなものが感じられた。

「いや、新入りとかじゃないんだけど……ちょっと話があるんだ」

「話だと? どこの誰とも知らねえお前が一体何の話がある」

 俺は莉奈の試験の事などには触れずに「他の霊が迷惑しているから夜中に騒ぐのをやめてくれ」とだけ話した。

 すると一瞬の間をおいて何故かその場にいる全員が大声で笑い出した。

「そんな事を言いに来た勇気ある奴は久しぶりだな」

 取り巻きの一人が笑いながら言った。

「勇気ってお前、あいつもちょっと脅かしたら何も言って来なくなったじゃねえか」

 他の霊も倣って反応する。

 人を馬鹿にするような笑い方にだんだんむかついてきたが、感情的になっては駄目だと自分に言い聞かせていると、リーダー風の男が口を開いた。

「そういうことだ若いの。俺達は俺達のやりたいようにやる。死んでまで他人にとやかく言われる覚えはないからな。痛い目見る前に帰りな」

 話はこれで終わりだと言わんばかりにそれだけ言うと再び輪に戻ろうとする一同。

 ここまで話し合いにならないか、と俺は嘆息する。

「痛い目見る前に帰れったって……このまま帰っても結局莉奈に痛い目に合わされるっつーの」

 嘆きのつもりで言ったそんな台詞がどういうわけかその場を凍り付かせた。

 正体不明な静寂に項垂れた顔を上げると連中が揃って振り向き、こちらを見ている。

 中にはどことなく表情が焦っている奴もいた。

「今莉奈って言ったな……お前あの阿久津莉奈の配下か?」

 リーダー風の男が一変重々しい口調で言う。

「おっさん莉奈の事知ってんの? 断じて配下では無いけど確かに俺は莉奈の代わりに来たんだけど」

「知ってるか、だと? この辺りに眠る奴らでその名前を知らない奴は居ないだろうぜ」

「なんで?」

「お前新参か?」

「ああ、俺は岬太陽。死んだのは最近だ、よろしく」

「だったら覚えときな、霊魂として……いや、それに限らずこの街で暮らしていきたけりゃあの女には逆らわないことだ」

 その言葉に周りの霊たちも「うんうん」と頷く。どこか異常な雰囲気だ。

 さらに男は続ける。

「あいつに目を付けられた奴は問答無用に消されるってのはこの辺りじゃ常識だ。それだけじゃねえ、生きた人間ですらここに眠るはめになった奴もいるって噂だ」

「そんなメチャクチャな……」

 そんなのただの犯罪者じゃないか……さすがの莉奈もそんなことはしないだろう。短い付き合いだけど志はしっかりしてるのは分かったつもりだったのに。

「嘘じゃねえぞ、事実ここにも声掛けただけでぶっ飛ばされた奴が何人か居るんだ!」

 言って男は取り巻き達の方を指さす。

 俺が視線をやると、一人焦った表情をしていた男が目を反らした。

 ……ぶっ飛ばされたのはこいつか。

「そういうことだ、俺達も少しは自重してやる……だからお前も阿久津莉奈にそう伝えろ。いいな?」

「……わかったよ」

 俺がそう言った瞬間、肩をポンと叩かれる。変なしゃべり方の兄ちゃんだった。

「もういいぞ。これで一つ目の課題は通過だ」

 俺が振り向くとそう言った。どうやら俺以外には姿は見えていないらしい。

「おっさん達」

 俺は墓地を後にしようとする兄ちゃんについて行こうと振り返り、足を止めた。

「楽しくやるのはいいけど本当に気を付けてくれよ。あんまり無茶してると強制的に成仏させられちゃうんだぞ。身近な人が居なくなるって本当に辛いんだ……おっさん達はそれを一回味わってるんだからわかるだろ?」

 墓場の連中は表情を変えずに聞いていた。

 少し間が空いて、

「……考えとくよ」

 リーダーのおっさんはそれだけ言うと振り返り行ってしまった。他の霊達もそれに連なって奥の方へと消えていってしまった。


「なぁ、変な兄ちゃん」

 霊園の出口へと坂道を下り歩いている。

 俺は後ろにいる兄ちゃんに問いかけた。

「また最悪な端折り方だなオイ」

「あいつらが言ってた莉奈のこと……ほんとなのかなあ?」

「消される云々の話か?」

「ああ」

「事実じゃねぇだろうな。そもそも原則として受儀前の霊術師に霊魂を成仏させる権限がねぇ。『ぶっ飛ばされた』辺りは事実かもしれねぇが……その話しに尾ヒレが付いたと考えるのが妥当だろうよ。流石にあそこまで恐れられるのは小娘の性格や口癖の悪さもあるんだろうがな」

「そっか、そうだよな。いくら莉奈でもそんなことはしないよな」

「そういうこった」

「何で嬉しそうなんだよ?」

「あの小娘、口は悪いが目はいいらしいと思ってな」

「? なんの話だ?」

「こっちの話だ。さて、お前の主様がお待ちかねのようだぜ」

 気が付くと星ヶ崎霊園の出口まで来ていた。

「お待ちかねっていうかすげー暇そうなんですけど」

 その出口の先には莉奈が暇そうに石段に座ってジュースを飲んでいるのが見える。

 暇そうにしてるぐらいなら手伝ってくれてもいいのに。

「早かったわね、尻尾巻いて逃げてきたなんて言ったらどうなるかわかってんでしょーね」

 開口一番莉奈がそんなことを言うと、俺に代わって変な兄ちゃんがそれに答えた。

「安心しろ、第一の課題はこれでパスだ」

「へぇ、コンマ一%も期待してなかったのに」

「お、俺だってやる時はやるって言ったろ?」

 冷や汗混じりに俺は言う。

 お前の名前を出したら一発だったよ、と言う勇気は無かった。

「あんたも糞の役にぐらいは立つのね、意外に」

「意外とは失礼な、あと女の子が糞とか言うな」

「これで次の課題に進めるってわけね」

「聞けよ!?」

「すぐに取りかかるか?」

「当然じゃない、さっさと寄越しなさい」

 言ってる間に莉奈は第二の課題が書かれた紙を受け取り内容を確認する。

「ふーん、今度は割とまともね。さっ、行くわよ」

 言って莉奈は空き缶をゴミ箱に投げ入れ、歩き出す。

 そんな莉奈を慌てて追いかけ、

「おい、行くってどこに? 目的地ぐらい先に教えてくれよ」

「知ってどうすんのよ。私が行くと言ったら黙って付いてくる! 行けと言ったらその先が地獄であっても黙って突き進むのよ! それがしもべってもんでしょ」

「……そーなの?」

「俺に聞くな」

 さすがの兄ちゃんも目を反らすに留まるのだった。


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