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【第一章】 ご主人様はクラスメイト?

「……ん」

 太陽は目を覚さました。

 目がぼやけて視界は淀んでいる。が、慣れない匂いや空気……体感的にここが自宅ではないと認識するには十分な情報を五感から得ることが出来た。

 ここはどこだろう?

 頭は重くボーっとする。まるで風邪で一日中寝ていた後のようだ。比例して体も酷く重かった。起き上がるのは目が慣れてからにした方がよさそうだ。

 ギュッと一度強めに目を閉じ、視界をはっきりさせると視線だけを動かして辺りを見回す。どうやらここは病室のようだ。個室らしく他にベッドなどは見あたらない。

「そうか……俺トラックと」

 現状を把握すると同時に全てを思い出した。


 あの日の放課後。

 いつもの家路、湊たちと別れた後のことだ。

 見通しの悪く道幅も狭い住宅街を一人歩いていた。目の前にはどこか不自然にフラフラと歩いている制服姿の女の子がいた。

 様子が変だな、とは感じたが気に掛けるほどではないと思っていたのが全ての始まりだった。

 十字路に差し掛かる手前、偶然目に入った交通用のミラーには大きめのトラックが写っているのが目に入った。

 ミラー越しにもこの広さの道幅にしては少しスピード出し過ぎじゃないか? というのが分かる。

 典型的な周りの人間が気を付けてくれると思っている人間の運転だった。

 しかし少女はトラックに気付いていないのかそのままフラフラと十字路に進入して行った。

 それどころか進入して尚、トラックなど気にも掛けない様子でフラフラと直進して行ってしまったのだ。

「危ない!」

声を張ると同時に飛び出していた。その声に少女が反応しこちらを振り返る。

 どうにか少女を引っ張り込もうと手を伸ばした……が、少女には届かなかった。間一髪どころか全く届いていなかった。

 そして視界の右側から来るトラックは当然の様に目と鼻の先まで迫っていた……そこから先は記憶が無い。


 それで入院していたってことか。しかしトラックにひかれてよく生きてたな俺……ん?

 顛末を思い出し天井を見ながら我が身の無事に安堵している時だった。

 パラッという乾いた音に気付いて横を向くと、そこにはベッドの脇でパイプイスに腰掛け読書をしている女性の姿があった。

「ね、姉ちゃん」

 今や唯一の肉親である姉・早希だった。

 顔色が悪く、酷く疲れた顔をしている。

 どのぐらいここに居たのかは分からないがずっと付いててくれたのだろうか。ただでさえ心配性の姉ちゃんに悪いことしたな。

 そう思ったのも束の間、

 …………パラッ。

 聞こえてくるのはまたしても本をめくる乾いた音。

「姉ちゃん?」

 変わらず姉ちゃんの視線は手の中の本にのみ向いている。

 おかしい。

 思い返せば目を覚ましてから何度も声を出していたはずだ。にも関わらず全く俺に気付いていないのはどういうことだ?

 それほどまでに憔悴してしまっているのだろうか。俺は縋るような思いで勢いよく起き上がった。流石に目の前で人が起き上がれば気付いてくれるだろうと思ったからだ。

 しかし結果は変わらない。

「姉ちゃんっ!」

 もう混乱してわけがわからずに思い切り叫んでいた。

「っ!?」

 驚いたように姉ちゃんが顔を上げこちらを向いた。やはり疲れで耳が遠くなっていただけなのだと安堵した……が、

「気のせい……か」

 姉ちゃんが口にしたのはそんな台詞だった。

「気のせいってなんだよ……もう大丈夫だよ姉ちゃん!」

 ……………………。

 やはり反応は無く、姉ちゃんは悲しそうな表情でただこっちを見つめているだけだった。

「……どうなってんだよ」

 どう考えてもおかしい。

 姉ちゃんが俺を無視するのもありえないしこれだけ大声を出しているのに看護師の一人も来ないのは不自然だ。

 不思議とパニック状態を通り越して状況を理解しようと冷静さを取り戻しつつあった。

 考えれば考えるほどおかしなことだらけだということに今の今まで気が付かなかったことに苛立つと同時に気付いたところで理解出来ない事態に恐怖すら覚えた。

 第一……

「姉ちゃん……どこ見てんだよ」

 声は届かずともこちらを見ていたと思っていた姉の視線が自分の背後の辺りに向いていることに気が付いたのは今になってのことだった。

 生唾を飲み、どのぐらいベッドの上で静止していただろうか。

 様々な非現実な憶測を抱きながら恐る恐る振り返る。普段なら笑い話にもならないようなふざけた憶測だ。しかし、

「なんだ……これ」

 そこには予想に反して予想通りの光景があった。

 無意識に出た声にも目に薄ら涙が浮かんでいることにも気が付く余裕が無い。

 なぜならそこには『俺』が寝ていたからだ。

 自分の下で寝ている自分の寝顔はとても安らかで、例えるなら死に顔とか覚めない眠りなんて言葉がぴたりと当てはまる、そんな顔をしていた。

 何が起こっているのかも、どうしていいのかも分からずただ呆然とするしかなかった。

 もはや呆然というよりは思考が停止していると言った方が正しいかもしれない、そんな状態だった。

 そんな中、早希が静かにこちらに手を伸ばす。

 無論その手の伸びた先は俺じゃない俺の方だ。

「たーくん、もうすぐお友達が来てくれるからね」

 そう言って寝ている方の俺の髪を撫でる。

 終始悲しそうな笑顔を崩さない姉に強く胸が痛んだ。

 俺は無気力に立ち上がり窓際へと足を向けた。この時何を考えていかなんて全く覚えていない。ただ俺じゃない俺に悲しそうな目を向ける姉ちゃんを見ていられなかった、そんな理由だと思う。

 窓の向こうには生まれ育った町が写る。見下ろしているこの場所が病院である以外はいつもと変わりはない。

 その足で再び姉ちゃんのそばに移動し、その体に触れようと祈る想いで手を伸ばしてみた。

 だがその手が人の体温に触れることはなく、ただ空気を掴むのと同じ感触のままその体を通過した。

 二度、三度と繰り返しても結果は変わらない。

「どうなってんだよ……これ」

 絶望し、崩れるように両膝を付く。

 どうやら俺は死んでしまったらしい。

 死んだことを自覚するというのもおかしな話だが漫画やゲームの世界でのそれにピタリと当てはまるこの状況はそう考えると全てに説明が付く気がした。

こうして俺、岬太陽の一生は静かに終わった。

 …………。

………………。

………………………………。

「って、終われるかあああぁぁぁぁぁ!」

 俺は勢いよく立ち上がると出せる限りの大きな声で叫んだ。

「なにこれ!? 俺マジで死んだの!? 俺幽霊とかそんな感じなの!? これからどうすりゃいいんだぁぁ!」

 誰にともなく思うがままを大声で叫ぶ。

「うるさい!」

 そう誰かに言ってもらえることを期待していたのかもしれない。

 しかし自分の他に姉しか居ないこの病室にそんな希望を叶えてくれる者は居ない。

 結局病室の入り口が開く音に驚いて止まるまでの間、叫んだり叫んだり、他にも叫んだりしてみたが何も変わることはなかった。

「失礼しまーす」

 ドアの向こうから現れたのは見知った顔ばかりの集団。

「新……湊!」

 先頭で入ってきたのは新だった。そしてその後ろには湊を含め数人のクラスメイトの姿。

 そこには大して交流も無かったクラスメイトも居る。

 各々が姉ちゃんに会釈や挨拶をして向かう先はやはりベッドの脇。ここでも俺の声は届いていない。

 新は寝ている方の俺に、湊は姉ちゃんにとそれぞれ声を掛けている光景を見ていると出来るだけ考えない様にしていた居た堪れなさが段々と心中の多くを占めていく。

 中学生の時にあった「今日からあいつ無視な!」的な疎外感と先が見えない絶望が自分がこの場の異分子であることをより思い知らされる。

 ここに居ても辛いだけだ。

そう思うには十分な環境、光景に俺は項垂れ、自然と出入り口に足を向けていた。引き留めてくれる誰かの声を期待する様にゆっくりと、だが確実に。先のことなんかよりも今ここに居ることに耐えられそうにもないからだ。

 そもそも考えたところで見つかるとも思えないこの先なんて考える気もしない。

 このまま消えてしまえたらどれだけ楽だろう、そんな風にさえ思ってしまえた。

「くっ……」

 泣き出したいのを我慢しながらみんなから目を反らし、部屋の出口に向かおうとした矢先に思いがけず足が止まってしまう。

 開いたままのドアに寄り掛かるように立っている人物と目が合ったことが原因だ。

 他のクラスメイト達の輪に加わることなく一人蚊帳の外……というよりは元より加わる気がないような印象さえ受ける。

「……阿久津?」

 確か彼女の名前は阿久津莉奈。

 今年から同じクラスになった女子生徒で特に話をしたことは無いが校内でも有名なアイスビューティーで密かに憧れる人と目も合わせられないで玉砕した人は相当の数だと聞いてもいないのに新に教えられた記憶がある。

 あまりの高飛車ぶりと口の悪さから『姫』とあだ名されているとかいないとか……。

 そんな彼女が何故ここに? そして何故彼女は合うはずの無い目を合わせたまま俺の方を見ているんだ?

 戸惑い、そう思った刹那、

「…………(クイクイ)」

「なっ!」

 阿久津は人差し指一本で俺を手招きをするとそのまま部屋を出て行った。

 慌てて振り返ってみてもクラスメイト達は気が付いていない。つまり一連の行動は俺に向けてのものだったと言うことなのか?

 阿久津には俺が見えている?

 そんな一縷の幻想を胸に恐る恐る後を追って病室を出る。

 呆けている間に阿久津の姿は無くなっていたが足音から病室のすぐ横にある階段を上っていったのだと分かった。

 姿が見えないままの距離を保ちながらゆっくりと足音を追った。行き着いた先は二階ほど階段を上った最上階、屋上へと繋がる扉の前で俺は停止する。

 扉が開閉する音も確かに聞いた。つまりこの向こうに阿久津が居るということだ。

「ふぅ~」

 少し扉の前で立ち尽くした後、太陽は大きく息を吐いた。

 何に対してかは自分でも分からないが何故か意を決し、覚悟を決める様な感覚が生まれる。

 現状この扉の向こうで待ち受ける状況に縋るしか無いことは間違いない。

 動揺しながらもゆっくりとノブに手を伸ばす。

 ノブを掴めたことへの安堵とドアに書いてある『関係者以外立ち入り禁止』という文字に一瞬躊躇いながら手首を捻り、その向こう側へ出た瞬間のことだった。

「遅いっ!」

 開いた扉のすぐ前に阿久津がいた。

 が、いきなり聞こえたそんな怒鳴り声に仰け反ってしまった。そして反射的に憤慨する。

「び、びっくりするだろ! なんでそんな近いんだよ!」

「アンタがおっそいからでしょ! 自分の立場わかってんの!?」

「自分の立場? …………あ!」

 無意識に怒鳴っていて忘れていたけどなんで普通に会話してんだ俺?

「阿久津お前…………俺が見えてるのか?」

「アンタ……えーっと、名前なんだっけ? まあなんでもいいわ。見た目通りに馬鹿なのね。見えてもいないモノに話し掛ける私は空想癖?」

「誰が馬鹿だ! ていうか名前知らないのかよ、同じクラスだろ。岬だよ、岬太陽! そうじゃなくて! 姉ちゃんも新も湊も……誰も俺が見えてない! 俺の声も聞こえてないんだよ!」

 屋上の隅へと移動する阿久津の後を追い歩きながら声を荒げる。

「いい太陽? 私の話をよく聞きなさい」

 壁際のフェンスに寄りかかる様にしながら阿久津は言う。

「……今名前を知った相手をもう呼び捨てかよ」

「私の方が偉いんだから当たり前のことじゃない」

「偉い? 偉いってどういう意……」

「それも今から説明してあげるから黙って聞けって言ってんの! ウザいわね」

「……ウザいってお前」

 そりゃあこの状況に困惑はしてましたよ。でもそこまで言うことないんじゃないの?

「まずあんたの姿ががあいつらに見えてない理由を説明してあげる」

「あ、あぁ……」

「普通の人間には見えなくて当然。なぜなら今のあんたは霊体だから」

「霊体? やっぱ俺……死んでんの?」

「ええ」

「『ええ』って……俺が必死に目を反らそうとしていたことをサラっと……」

「ベッドにいる自分を見たでしょ? あれが本体、今ここにいるあんたは霊体。わかる?」

「だからみんなには俺は見えな……」

「でもわたしにはあんたが見えてるし話しも出来る。それは私が霊魂を操り導く者霊術師、一般的に分かりやすく言えばネクロマンサーだから」

 阿久津は基本的に俺の話は聞く気が無いのか続けざまに俺の言葉を遮って続ける。

「ネクロマンサー? お前何言って……」

「信じられない? あの部屋で唯一あんたとこうして会話していることが証拠になると思うけど?」

「そう言われると……まぁ、いやでも……」

 ネクロマンサーとか霊術師だとかの存在についてはよいく分からないが阿久津だけが俺を認識しているのも事実だ。何より疑って掛かったところで何も解決しない以上納得せざるを得ないだろう……あれ?

「ちょっと待て。納得してる場合じゃないだろ俺。阿久津がその霊術師とやらだったとしても何も状況変わらないじゃないか。むしろ死刑宣告されただけじゃないのかこれ……」

「死刑宣告と言うよりは死亡通告だけどね」

「どっちでもいいわそんなの! なんだよ、結局どうしようもないのかよ……もうわけわかんねぇよ」

 言って俺はしゃがみ込み、頭を抱えた。

 お前はもう死んでいる……そう宣告される世紀末のモヒカンの人たちが如何に残酷なことを言われているかが理解出来た。

『どうしたらいいのか分からない』が『どうしようもない』に変わると人はこれだけ絶望するのだ。

 そして阿久津はわざわざそれを言う為に俺を呼びつけたのか? 仮にそこに思いやりがあったとしてももう少し言い方を考えてくれてもいいだろうに。

 しかし当の阿久津は項垂れる俺を見下ろしながら嘆息し、話を続けた。

「だーかーらー、話は最後まで聞けって言ってんでしょこのボンクラ」

 とんだ学校のマドンナがいたもんだ。一々罵詈雑言を加えないと喋れないのか、と頭で思っていても口にする余裕など今の俺には無い。

「話ってなんだよ、阿久津はネクロマンサーだか霊術師だかで俺は死んでるんだろ? それを俺に教えてどうしたいんだよ」

 もう放っておいてくれ、そんな気持ちが先行して突き放す様な物言いになってしまう。

が、阿久津は全く気にする様子も無く続ける。

「そもそも何で私がここに来たと思う?」

「なんでって……そりゃあクラスメイトである俺のことを思って……」

「寝言は死んでから言いなさい。あぁ、もう死んでるんだっけ? じゃあ生まれ変わってから言いなさい」

「嫌なこと言うなよ! 洒落にもなってねぇんだか……」

「で、私がここに来た目的だけど」

「お前人に話聞けって言うくせにさっきから俺の話全く聞く気無くねぇ?」

 俺は頭を抱えた状態のまま阿久津を見上げる。

「気のせいよ。私がここに来たのはあんたの安否を確認するため、主に悪い方であることを期待してね」

「悪い方?」

「順を追って話してあげるから聞きなさい。今の私は言わば見習い、霊術師として一人前だと認められる為にはいわゆる試験の様なものを受けなければいけないの」

「見習いとか試験とかそんなに一気に言われても理解が追いつかないって……」

「何となくでいいから頭に入れとけばいいわよ、必要に応じて理解していけばそれでいいから。あんたのスカスカの脳みそで最初っから理解出来るなんて思ってないし」

 言いたい放題もいいとこだ。お前俺の脳みそ見たことあんのか。 

 そんな胸の内をグッと堪え、半ば話を合わせるように俺は質問する。

「で、その試験とやらを受けたら一人前になれるのか?」

「受けたらじゃなく、受かったらよ。それで初めて霊術師として自律行動を許されるってわけ」

「今までは許されてなかったのか? そもそも許されるって誰に対してだ?」

「協会よ」

「協会?」

「事故や事件が起こった時、人が失踪したり行方不明になった時、それを霊魂が関係していないかどうかを調査したり現存している霊魂が人に悪影響を与えないように監視したりする機関。そして問題があった場合その解決を私達に斡旋するの」

「なるほど、霊魂だけに教会と掛かってるわけか」

「死ね。それで……」

「ちょ、ちょっと待って頂いても!?」

 何事もなかったかの様に続ける阿久津に思わず大げさに手を広げて制止した。

「何よ?」

「いい加減言わしてもらうけど、なんかさっきから凄い暴言を浴び続けてる気がするんですけど!?」

「気のせいよ」

 ………………。

 間髪入れずに「それでその」と話を続ける阿久津。口が悪いとかそういう次元を通り越してないるのは俺の気のせいだろうか?

 いやいや、絶対気のせいじゃないだろ。実際俺の心が傷んでるもの! そんな気のせいがあってたまるか。

「ちょっと聞いてんの!?」

「え? あぁ、悪い。もう一回言ってくれ」

「次やったらぶっ飛ばすわよ。とにかくその試験に合格することができれば霊術師見習いから一人前の霊術師として独立することが出来る! そしたら協会の介入なしに自らの意志で霊術師として活動出来ると同時に生けとし万物と霊なる魂の調和を保つ使命と権利を得ることが出来るの。それが試験の目的。分かった?」

 強い語気で俺を指を向けながらながら言う阿久津。

「試験に受かれば一人前として認められるってのは分かったよ。でもそれと俺がどう関係するのかは全然分からん」

「私たちが指令をこなす場合……まぁレベルにもよるけどしもべを引き連れていることが一般的なの」

「しもべ?」

「そ。もちろん霊魂のね。まぁ簡単な仕事ならしもべに任せることもあるし、命に関わる様な仕事もあるわけだしね」

 どこか得意気な阿久津は小さな胸を張って言った。

「なんか馬鹿にされた気がするからブン殴らせてくれない?」

「ブン殴……えぇ!? それこそ気のせいだって! それより続きは?」

 言って目を細めて俺を見ている阿久津を促す。見た目通り勘が鋭いらしい。

 だからって気がするってだけで殴る許可を求められるのも理不尽な話だが。

 阿久津は疑いが晴れたというよりは早々に興味を無くした様に続きを話し始める。

「でも私には必要ない。役立たずを何匹引き連れても一人より効率が上がることは無いから。今までもずっと一人でやってきたし、やってこれた」

「話が見えないんだが」

「その試験受けるには一体以上のしもべを同伴させないとダメなの。技術だけじゃなくて霊を従わせる技量や仁徳も必要だとかってね。協会の耄碌たちの考えそうな古くさいルールよ。早く死なないかしら」

 やれやれ、といった具合に言う阿久津。その傍らで結局のところ何が言いたいのかさっぱり理解出来ずに黙っていると、

「で、めんどくさいけど適当に見繕うしかないなって時にタイミング良くクラスメイトが死ぬかもしれないみたいなことを聞いてもしかして探す手間省けるかも? みたいな感じで来てみたら期待通りってわけ。幸か不幸か仮死状態だったんだけど」

 そんなことを悪びれることなく言ってのけた。

「お前は悪魔か! 人が死んでんだぞ! タイミング良くって言っていいことと悪いこが……え? か、仮死状態?」

 怒声が一気に凋落して呆気に取られる。阿久津は「はぁ」とため息を吐いて、

「まさか気付いてなかったわけ?」

「いや……全く」

「心電図モニターが動いてたの見てないの? 大体死人をいつまでも病室のベッドに寝かせておくわけないじゃない」

「言われてみればそうだけど……そんなこと気にする余裕なんかなかったし……」

 あの時は動揺するばかりでそれどころでは無かった。心電図とか病室がどうなんて頭が回るはずも無い。

「あっそ、この際あんたの馬鹿さ加減はどうでもいいから本題に入るわよ」

「あ、あぁ」

「通常人が死んだ時、霊魂が現世に残るかどうかは死に至る経緯、その人の生き様に左右されることが普通なの。でも仮死状態に陥る場合、主に肉体的ショックが原因なことが多いんだけど肉体は生命を維持しようとする反面そのショックで魂が死を自覚してしまって肉体から離脱した状態ってわけ」

「幽体離脱ってやつか?」

「似たようなもんね。で、肉体がすぐに意識を取り戻した場合魂も引き寄せられるように肉体に戻ることがほとんど、でも事故から二日たったあんたはもうアウト。自力で戻ることは不可能。もう二、三週間もすれば肉体も生命を維持出来なくなってお終いね」

「なんだよっ、じゃあ結局ダメなんじゃねーか! 聞いて損したよ!」

 話を聞くに連れて死んでるだとかもうダメだとか聞かされて阿久津に対する疑心や不信感といったマイナスな感情が芽生え始める。

 結局阿久津は何の為に俺を呼び出したのかもはっきりしない。だが阿久津はそんな考えを知ることもなく、

「黙れ猿。話は最後まで聞けって何回言わせんのよ猿」

「ムカッ、誰が猿だ! 最後まで最後までっていつまで言ってんだよ! いい加減その最後を話せよ」

 声を荒げる俺に対して阿久津はため息一つ吐いただけで特に変わった様子も無く話を続ける。

「はぁ、私は自力で戻るのは無理だって言ったの。その意味分かる?」

「自力では無理……ってことは…………他力なら……出来る?」

「そーゆーこと。他力と言うよりは私ならって方が正しいけどね」

「マジで言ってんのか……」

「仮にも霊術師なんだから肉体がある霊魂をそれに戻すだけなら訳ないわ」

 阿久津は得意気に言う。

「それはつまり……」

「そ、私はアンタを生き返らせることが出来るってわけ」

「じゃ、じゃあ俺を生き返ら……」

「そこで本題よ。私と契約しない? それを全うすればあんたを生き返らせてあげるわ」

「………………」

 言葉の意味を理解しようと頭を巡らせる。

 刹那、強い風がその場を通過した。

 阿久津は側頭部だけ一部三つ編みにしている肩まで伸びた髪を手で払った。

 その目は真っ直ぐで自信に溢れていて、それが歯に衣着せぬ物言いもその毅然とした振る舞いも揺るがぬ矜持の表れなのかもしれない。

 そして不思議とそれが自分にとって信じられない状況と言葉の数々も嘘や冗談などではないと思わせた。

「……なぁ」

「何よ?」

「今の俺の状況を教えてくれた事には感謝してるけど、それが出来るなら契約とか言わずに生き返らせてくれてもいいんじゃ……」

「馬鹿ね。見知った顔だからってほいほい死人を生き返らせる事が許されるとでも思ってんの? まぁ、仮死状態の霊魂に出くわすことなんてそうそうないんだけど」

「それもそうか……」

「で、どうすんの? 契約はあんたがこの先、私のしもべとして仕える事。その試験に私が合格することが出来たらあんたを生き返らせてあげる。それを飲むなら明日からでも試験を開始出来るように申請する」

「合格したらって……合格できなかったら俺は生き返れないってことか?」

「当たり前じゃない。『頑張ったけどダメでした』で契約の対価を得られるほど世の中甘くないわ。世の中から離反してるあんたに言うのもなんだけど」

 その言葉に俺は少し黙考し、

「……選択肢は無いってことか」

「そんなことないわよ。私とってのメリットは探す手間が省けるってこと。それと目的がある分その辺の野良霊よりは必死にやってくれるんじゃないかって点だけ。不満があるなら私は別のを探すからあんたは暫くしたら勝手に死になさい」

 つまりは生き返りたいならば条件を飲むしかないってわけだ。

 霊術師とやらにもルールがあるのかもしれないが人の生き死にに契約を持ち出すことにはやはり納得は出来ない。が、阿久津が居なかったらあのまま途方に暮れていただろうことは間違いない。そしてこのまま死んでいいという気持ちなど微塵もないのだからしてやるしかないのだろう。

「わかった、やるよ」

 阿久津はわずかに表情を崩し、

「そ、ならこの先誠心誠意私に仕えることを心掛けなさい。下僕として」

「下僕ってもうちょっとマシな言い方あんだろ。大体阿久津も……」

「いい太陽、あんたはしもべ、私は主……つまり私の方が百倍偉いの。わかる?」

「一番最初に言ってたのはそういう意味か……」

「そういうこと。だから私を呼ぶ時はご主人様又は莉奈様と呼ぶように、主従関係というのはそういうものよ」

「わかったよ莉奈。これからよろしくいだっ」

 刹那に阿久津の平手打ちが俺の頬を襲った。

 莉奈は腰に手を当て、こめかみをピク付かせながら低い声で言った。

「いい度胸してるわねあんた」

「だってクラスメイトに様付けなんておかしいだろ」

「元クラスメイトよ」

「その悪意全開の嫌味は止めろっての。俺を凹ませたいのかよ」

「んなことはどうでもいいわ。ハッキリさせとくけど契約とはいえこれは主従関係なの、だから……って聞いてんの!?」

 その時、俺は頬に手を当て微かに感じた違和感の原因を考えていた。

「今……確かに痛かったよな?」

「はあ? そりゃ殴られたら痛いに決まってんでしょハゲ」

 百歩譲っても俺はハゲてなどいない。

「だって俺幽霊じゃ……」

「あぁ、その辺説明してなかったわね。面倒くさいから気が向いたらでいいでしょ?」

「いいわけないだろ」

 阿久津は本当に面倒くさそうに舌打ちし、

「簡単に言うと霊魂から物体への接触は可能だけど物体から霊魂への接触は不可能なの。あんたがドアを開けてここに来たように、今その地に足を付けているように……それがあんたからの接触。ポルターガイスト現象とかって聞いたことない?」

「つまり俺から何かを触ることは出来るってことだよな?」

「そ、生命あるもの以外にはね。それで逆は……例えば私がその辺に落ちてる釘バットで今のあんたを殴ろうとしてもそれは出来ない。今のあんたに触れる事が出来るのは同じ霊魂か私を含めた霊能力を持つ人間が直接又は霊能力を使った場合のみってわけ。わかった?」

 どの辺に釘バットが落ちているのかという疑問はさておき言ってることは理解できる。俺は物に触れるが物から俺に触れることは出来ないってことだろ?

「まぁ……大体は」

「で、痛みについてだけど」

「そうだよ! 俺幽霊なんだろ? なんで痛みとか感じてんの!?」

 俺は興奮気味に食いついた。

「興奮すんな気持ち悪い。さっきの条件下でのみあんたに触れることが出来る、同時に物理的に霊体にダメージを与えることも可能になるってわけ」

「ってことは血とかもでんの?」

「試してみる?」

「痛そうだし……なんか怖いからいい」

「ま、血なんて出ないんだけどね」

「出ないのかよ!?」

「あくまであんたが感じてるのはイメージにすぎないの。本来肉体が物理的なものであったり血が出るような傷を負った場合に感じるであろう痛みを魂が連想しているだけ」

「なるほど、わからん」

 俺が素直な感想を述べた瞬間、またしても顔をはたかれる。

「いてっ、なんで殴るんだ」

「ちなみに今のあんたの状態でまた死に至るようなダメージを受けたら今度こそアウトだから」

「アウトって……つまり死ぬってことか?」

「ぷっ、もう死んでんじゃない。それギャグのつもり?」

「笑うとこじゃねぇよ!」

 俺は憤慨する。

 阿久津は笑った顔を再び真剣な面持ちにし、

「今のあんたの状態の『死』が意味するのは魂の消滅、つまり強制的な成仏。この世とは完全にお別れってわけ、わかった? ま、分からないって言ったところで説明し直す気なんて微塵もないけど」

「………………」

 俺は二の句を継げずに考える。

「腐っても五行の掟に則った試験。そういう危険が大いにあることは覚悟しときなさい。生き返りたかったら文字通り命を賭けることね、私の為に! 絶対服従よ!」

 阿久津は俺を指さし意気揚々と言った。

 俺は少し考え、

「そうだな、絶対服従はさておき……生き返るために、またみんなで笑い合う為に、何より姉ちゃんを悲しませない為に……やれるだけやってみるよ」

 俺がそう言うと阿久津はそう、と満足げに相好を崩し「じゃ、いくわよ」とだけ言って踵を返した。

「え、行くってどこに?」

「帰るに決まってんじゃない。いつまでもこんなとこに居たら気が滅入るわ。あんたもあの病室になんて戻りたくないでしょ?」

 その言葉に半ば納得し、既にさっさとその場を後にする阿久津に慌ててついて行くのだった。



「……なぁ莉奈」

 病院を出てしばらく経ち、目的地に到着するなり俺は現状を把握すべく莉奈に問いかける。

 のこのこと付いて来た俺も俺だがまさか家に案内されるとは……いや、道中その可能性に気付かなかった訳ではないがその想像と現実の違いに少し戸惑う。

「なによ、っていうか呼び捨てんなって言ってんでしょ!」

 莉奈は上着を脱ぎながら俺を睨み付けた。だがやはり付け加えられる怒声も気にする余裕など無い。

「ここ……お前んちだよな?」

「なんであんた連れて他人の家に上がり込む必要があるのか説明してみなさい。二文字以内で」

「出来るか! いや……お前一人暮らしなの?」

 二文字で説明出来る事象なんてあってたまるか、と思わずツッコんでから取り敢えず普通に聞いてみた。

「そうよ」

 見て分からない? といった含みを持たせるように莉奈は言う。

 今俺が居るのは2DKのアパートその一室。

 同じ歳の人間の家に行くということはイメージ的に一軒家もしくはマンションを想像していた。この歳なら誰だってそうだろう。そして莉奈の家族の人達にも俺が見えるんだろうか? なんて考えていただけに戸惑うばかりだ。

 おおよそ男子高校生が想像する女の子の可愛らしい感じのが見受けられないいたって普通という表現が合う、そんな部屋に通されている今現在。

「家族は?」

 戸惑ってばかりいても仕方がないので俺は直接事情を聞くことを選択する。

「死んだ」

 なんともあっけらかんと言い放つ莉奈。

 さすがに今のは俺が考え無しだったかもしれないと謝意を口にする。

「え……わ、悪い。変なこと聞いて……」

「別に気を遣って欲しかったら他に言いようがあるでしょ。今さら気にする様なことでもないし……第一……自分が……死んでる奴に言われても……プッ」

「笑いを堪えてまで言わんでいいわ!」

 笑われるのもそうだが、笑いを堪えながら言われるのもなかなかに屈辱的なものがあった。

「ゴホン、で? これからどうすんだよ」

 未だに笑いを堪えている莉奈を咳払いで牽制し、本題へと戻る。

「え、あぁ……さっき協会の人間に連絡は入れといたから、とりあえずはあっちのコンタクト待ちね」

 言われてここに来る間にどこかに電話していたのを思い出す。

「じゃ、ちょっと待ってて」

 言って莉奈は立ち上がる。

「へ? どこ行くんだ?」

「シャワーに決まってんじゃない」

「いや、決まってるかどうかは知らねぇけど……ってシャワー!?」

「興奮すんな猿。あと許可なく物色したりしたら髪の毛を一本一本素手で引き抜くから」

 そう言うと莉奈は風呂場の方へ行ってしまった。

「こ、怖っ!」

 毛を引き抜かれる場面を想像して身震いする。

 というかよくクラスメイトの男が部屋に居るのにシャワーを浴びにいけるもんだ。年頃の女の子ってのはそういうの意識するもんじゃないんだろうか……。

 幽霊の俺はそんなのにカウントされないということなのか、単に性格が大っぴらなだけなのか。

 とはいえあの扉の向こうで……。

 口は悪くとも校内一と噂されるそのお顔の整い具合はやはり類を見ない程と言っても過言では無いぐらいだ。そんな莉奈が……

「ダメだダメだ! 邪なことは考えるな! 生き返らせてくれる約束を反故にされたらどうすんだ!」

 雑念を振り払う為に頭を大きく振る。その後も部屋を転げ回ったり座禅を組んだりしながら脳内で葛藤すること十分ぐらいだろうか、コンコンと窓をノックする音に我を取り戻す。

「ん? 客か? つーかなんで窓から。返事をしようにもここ俺んちじゃねぇしどうしよう。ってそもそも俺の声なんか聞こえねぇか」

 ……うん、問題はそんな事じゃないよね。

「なんで三階の窓がノックされんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は絶叫する。

 座ったままの状態で後ずさりして窓から離れようとすると、

「失礼します」

 と、言いながら初老の英国紳士みたいな格好をした男が窓をすり抜けるようにして部屋に入ってきた。

「のわぁぁぁぁ、なんだおっさん! 泥棒とかそういうアレか!」

 混乱して声を荒げる俺に対して見知らぬおっさんは落ち着いた様子で言う。

「驚かせてしまいしたか、それは失礼を。阿久津様より応答がありませんでしたので、その場合は部屋に言伝を残していって構わないといつも仰せつかっているもので」

「阿久津様? ……ていうかおっさんもしかして幽霊か?」

 そこでようやく気付く。

「挨拶が遅れました。わたくし亜蘭様の遣いをしております。ムッシューとお呼び下さい」

「ムッシュー? おっさん外人なの?」

「いえ、生前の名前を覚えていないのです。その呼び名は他ならぬ阿久津様が付けてくださいましたものでして。それで、あなたが阿久津様の『五行の儀』でしもべを務められるという方ですかな?」

「ごぎょうのぎ? ああ、例の試験か。まぁ成り行きというかやむを得ずというか……あ、俺岬太陽、よろしく」

「岬様ですか、以後お見知りおきを」

 ムッシューはそう言うと優しく微笑み一礼する。

「おっさん堅いなぁ。俺らみたいなガキにそんな話し方しなくてもいいのに」

「いえいえ、人様にお仕えする身ですので。それに死した魂に上も下もありませんよ」

「そういうもんなの? 俺にはよく分からないけど。そういやおっさんも莉奈のしもべなの?」

「いえ、先も申し上げました様にわたくしは亜蘭師父にお仕えしている身にございます」

「アランシフ? それ誰……」

 そこまで言って背後からの声にかき消される。

「あら、ムッシューじゃない。早かったわね」

「莉奈……ってお前なんつー格好してんだ」

 振り返ると莉奈が立っていた。

 まだ濡れた髪、肩に掛かったタオルは凄く艶めかしく映る。

 また上はキャミソール一枚、下はショートパンツと露出が多い格好に思わずどぎまぎする。

 白く綺麗な肌、細い四肢に腰、そしてこの顔……こういうのを男の理想と言うんだろう。

「これでもう少し出るところが出ていればまさにパーフェクトボディんぎゃぁー」

 バチンという音と共に突如襲った右目の激痛に俺は悲鳴をあげてのたうち回った。

「何すんだぁぁ!」

 右目を押さえながら抗議する。

 莉奈は、

「ふん、主に失礼な事を言う僕には眼球デコピンの刑って相場は決まってんのよ」

 と不機嫌そうに言った。

「眼球デコピン!? なんで俺がそんな刑に……って、え? 俺声出してた?」

 言ってムッシューの方を見る。

「それはもうバッチリと」

 ムッシューは深く頷きながら言った。

 再度莉奈に向き直ると、莉奈はジト目で俺を見下ろしていた。

「いや、違うんだ……別に馬鹿にしてるんじゃないっていうか、むしろ褒めてるっていうか……ナ、ナイスバディですね」

 言って親指を立てる。冷や汗をかきながら。

 一瞬の間が空いた次の瞬間、俺は莉奈に無言で蹴り飛ばされていた。

「ぐおっ」

 宙に浮いた感覚の刹那、壁で後頭部を打ちベッドに突っ伏していた。渾身のフォローも莉奈には通じなかったようだ。

 俺幽霊なのに……正直もの凄く痛いです。

「この発情猿が」

 莉奈は呆れたように言い放つとムッシューに向き直る。

「で? 亜蘭師父はなんだって?」

「あ、はい。これを預かってまいりました」

 心配そうに俺を見ていたムッシューが懐から手紙のような物を取り出し、莉奈に手渡した。

 莉奈はそれを黙読すると、

「とりあえず『五行の儀』を受けるに当たって内容の説明を兼ねて一回顔見せろってことね……面倒くさいけど、まぁあの能面親父にしては仕事が早かったし明日にでも行くって伝えておいて」

「賜りました」

「なぁ、さっきから言ってるアランシフって誰?」

「この辺りで唯一の協会の人間よ、名前ぐらいは覚えときなさい」

「唯一って一人しか居ないのか? 協会って言うからにはもっと壮大なイメージだったけど……」

「本部は別にあるわよ? まぁ、その規模なんて協会の人間しか知らないし霊術師も協会の人間も人手が足りなさすぎる現状に変わりはないけどね」

「そうなの?」

「はい、元よりそう世に知られるような存在ではありませんので。どこの地域も人手不足には長く頭を抱えております」

「そんなことはどうでもいいわ!」

 ムッシューの言葉を遮るように莉奈は言い放った。

「どうでもいいのかよ」

「他所の地域がどうなろうと知ったことじゃないわ。むしろ無能な人間を数だけ集めたって無意味だってことをいい加減分かれって言いたいわね。私達みたいな有能な人材だけいればいいのよ、霊術師も……協会も」

「……阿久津様」

「何よ?」

「……いえ」

 ムッシューが何かを言いかけてやめる。

 正直そっちの事情なんて俺には全く分からないが莉奈の我至上主義は筋金入りだという事だけは分かった。

「阿久津様、岬様。わたくしめも影ながら成功を祈っております。くれぐれもお体にはお気を付けて」

「まかせとけって、俺も生き返る為なら……ムグッ」

「?」

 急に後ろから口を塞がれた俺にムッシューは怪訝そうな顔をする。そしてなんだかいい匂いもする。

「それじゃあムッシュー、私たちこれから作戦会議があるから」

 何故か俺の口を塞いでいる莉奈がムッシューに告げる。

 なんだ作戦会議って!?

「は? あぁ、はい。それでは長らくお邪魔しました、失礼します」

 そう言ってムッシューはフッと居なくなってしまった。

「んむ~! んん~!」

「……よし、気配はないわね」

 聞き耳を立てるようにして莉奈がそう言うと、力一杯俺の口を塞いでいた手の力がようやく緩む。

 その隙を付いて手を振りほどく。

「いきなり何すんだ!」

「あんた馬鹿じゃないの!? 仮にも協会側のムッシューに契約の事がバレたらお互いどうなるか分かってんの!?」

 俺の怒声を上回る大声で莉奈は俺の額を指で突きながら言った。

「……やっぱまずいの?」

「当たり前じゃない。どんな理由があろうとも人を生き返らせることなんて許されるワケないでしょ。次やったら契約破棄よ、契約破棄! 死にたくないんなら空っぽの頭の使い方ぐらい考えなさい」

 確かに軽率だったかもしれないが相も変わらず酷い言われ様だ。すでに慣れ始めて反論する気がしなくなった自分が恐ろしい。

「悪かったって、気を付けるよ」

「まったく……明日は一応連れて行くつもりだったけどダメね。おとなしく留守番でもしてなさい」

 そう言って莉奈は冷蔵庫を物色し始めた。

 その後、莉奈は自ら夕食を作り、食事を済ませた。

 自炊していることに驚いている俺に「一人暮らししてるってだけで自立したつもりになってる馬鹿と一緒にしないでくれる?」と得意気に言ったりもした。

 そして食事と片付けを済ませると何故か再び風呂に入り、床に付くのだった。



 月明かりのみが部屋を照らすその室内。

 床に座る俺の横では莉奈がベッドに横になっている。

「なぁ莉奈」

「……あんた結局呼び捨てで通す気?」

「呼び方ぐらいいいだろ? クラスメイトなんだから。様付けで呼ぶのなんておかしいだろ?」

「だから元クラスメイト……ってもういいわそれは。言っとくけどその調子で私の命令に背くようなら契約不履行になるってことは自覚しとくことね。あくまであんたは私のしもべなんだから」

「約束は守るよ。莉奈が試験に合格する為に出来ることは何でもするさ」

 俺が答えると莉奈はため息こそ吐いたが、いつもの様に得意気な表情で言う。

「はぁ……まぁいいわ。そもそもあんたに頼る様な事態になんてならないだろうし。で、用件は何?」

「俺も……ここで寝るのか?」

 少し前に「もう寝るから」と言った莉奈。

 俺を部屋から出すような仕草も無く部屋の電気を消し、ベッドに入り込んだ。

 俺が気にしすぎなのか莉奈が気にしなさすぎなのか……どちらにしてもこの状況は絶対におかしい気がする。

「目の届かないとこに居られる方が不安だもん。あんた何しでかすかわかんないし。先に言っとくけど指一本触れたら体中の皮をピーラーで剥き取ってやるから」

「いちいち怖いわっ! どこからそんな発想が出てくるんだ」

 俺はまたも身震いしながら言う。

「言葉を武器に出来るって立派な才能よね」

「……心が痛まないか?」

「全然平気だけど?」

「…………」

 平気なのか兵器なのか……今の俺には判断出来なかった。

「そういうわけだからこの部屋から出なければ寝ようが、寝まいが好きにしていいわ。寛大なご主人様に感謝しなさい」

 なぜか誇らしげに言う莉奈はキッチリと「眠りを妨げたら殺すけど」と付け加える。

「そもそも俺って寝られるのか?」

「普通に考えて魂が睡眠を欲することは無いでしょうね。お腹も空かなかったでしょ?」

「そりゃそうか」

 幽霊が寝たり食事をするなんて話は聞いたことが無い。まぁ当然か。

「もういい? じゃ寝るから。六時半に起こしてね、私朝弱いから」

 納得する俺に莉奈は「おやすみ」の代わりにとんでもないことを言い放った。

「起こす? 俺が?」

「他にだれがいんのよ。何の役にも立たないんだからそれぐらいしなさいよ、タダで居座らせる程私は甘くないんだから」

「はぁ……わかりましたよ、起こしますともご主人様」

「わかればよろしい。じゃあ寝るから」

 皮肉混じりの俺の言葉にも莉奈は満足そうに言うと俺に背を向ける様に寝返りをうった。どうやら寝る体勢に入ったようだ。

「最後に一つだけいいか?」

 俺はその背中に問いかける。

 莉奈は振り返ることなく反応する。

「……何よ」

「なんであのおっさん、ムッシューなんだ?」

「それっぽいじゃない」

「……そうか」

 もはや言葉も無かった。どれっぽいんだ? などと聞いてもまともな答えなど返ってはこないだろう。

 それから俺はしばらく座ったまま月を眺めていた。

 感傷に浸っている訳ではなくなんとなく今日の出来事を思い返していた。信じられないことだらけに終始した今日一日を。

 隣にいる莉奈はいつの間にか仰向けに戻った体勢でスースーと寝息を立てている。

 その寝顔はやはり可愛くて綺麗で見入ってしまうほどの魅力があって、

「黙ってたら可愛いのに、なんて言ったらまた鉄拳制裁かな」

 俺は独り呟いた。

 過ぎたことを悔やみ嘆いてもしょうがない、それは救いの手を差し伸べられた立場だから言える言葉だろうか。

 それでも何の導きか、救いの手を出してくれた莉奈。

 そこにどんな意図があろうと、たとえそれが莉奈にとって大した意味を持たなかったとしても契約ということ以上に可能な限り莉奈に報いることを自らに誓うのだった。


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