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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ


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第5話:世界の継ぎ目と、最初の敵

 ネリュアは、俺の腕から伝わる温もりに、まるで火傷でもしたみたいに一瞬だけ身体を強張らせた。


 長く人の手を離れて生きてきた者にとって、無防備な体温というのはそれだけで強すぎる刺激なのかもしれない。彼女の背に浮かぶ蔓の模様が、さっきよりも速く脈打っている。


 けれど、その緊張は長く続かなかった。


 拒絶から驚きへ。驚きから、もっと別のものへ。


 ネリュアの肩から少しずつ力が抜け、俺の腕にほんのわずか体重を預けてくる。凍りついた地面が、春先の陽に触れてわずかに緩むみたいな変化だった。


 愛斗「大丈夫か。顔色、かなり悪いぞ」


 俺がそう言うと、ネリュアはゆっくりと顔を上げた。その琥珀色の瞳は、夕闇へ沈む直前の最後の光みたいに揺れている。


 ネリュア「妾は……森の継手(つぎて)じゃ。人ならぬ者の力と、人の心を繋ぐ役目を負っておる。されど、世界の歪みがあまりに激しい。妾ひとりでは、時の門を正しく保てぬ。……じゃから、お主に『覚醒』の魔法を施したのじゃ」


 彼女はそう言って、俺の右手へ視線を落とした。


 俺もつられて自分の手を見る。そこには何の変化もない。傷ひとつない、見慣れた高校生の手だ。けれど、さっき光の花に触れかけたときの違和感は、まだ指先の奥に生々しく残っていた。


 愛斗「覚醒の魔法……」


 ネリュア「お主には元より、世界の理の継ぎ目を感じ取る資質があった。妾は、そこへ火を灯したにすぎぬ。お主は今、妾の世界とお主の世界を繋ぐ(くさび)となりつつある。……その力は、歪みを正す鍵にもなる」


 世界の継ぎ目。楔。歪みを正す鍵。


 どれも現実味のない言葉ばかりだった。けれど、そのひとつひとつが妙に重く、石みたいに意識の底へ沈んでいく。


 俺はもう一度、自分の右手を見つめた。そこに特別な力が宿っているなんて、漫画かゲームみたいな話だ。なのに、目の前にいるネリュアと、この見慣れているはずなのに見たことのない景色が、それを冗談だと笑わせてくれない。


 そのときだった。


 視界の端で、空間がわずかに揺れた。


 風じゃない。木々のざわめきとも違う。透明な布を誰かが内側から押しているみたいに、空気そのものへ不自然な波紋が走る。さっき見えた「縫い目」のひとつが、今度は生き物みたいに脈動していた。


 愛斗「なんだ、あれ……」


 俺が呟いた瞬間、ネリュアの肩がぴくりと震えた。


 ネリュア「……魔獣の気配じゃ。妾の力が弱ったせいで、森の結界に隙間が……」


 その言葉が終わるより早く、森の奥から異様な音が聞こえてきた。


 カツ、カツ、カツ。


 乾いた木を噛むような音。硬いものを打ち鳴らすような音。それが一つではない。あちこちから、ばらばらに、けれど同じ不快さを持って響いてくる。


 木漏れ日が鈍り、暗い影が俺たちの足元へ伸びた。


 最初に姿を見せたのは、低い枝から音もなく降り立った、小さな影だった。


 身長は俺の半分ほどしかない。前かがみの姿勢のせいで、さらに小さく見える。青緑がかった皮膚は苔の色に溶け込み、尖った耳と鼻先だけが鈍く浮いていた。


 ゴブリン。


 その単語が、反射みたいに頭へ浮かぶ。


 けれど、物語の中の怪物とは決定的に違っていた。


 あれは絵じゃない。設定でもない。生きていて、臭いと温度を持っていて、そして何より、片手に握られた刃物の鈍い光があまりにも現実だった。


 目には、生き物らしい光がなかった。ただ深く濁った闇だけがある。


 ネリュア「裂鬼(れっき)じゃ。……その中でも、あやつらは青裂鬼(せいれっき)じゃな」


 一匹だけでは終わらなかった。


 次から次へと、森の影から歪んだ姿が現れる。数える暇もない。群れになった青裂鬼たちが、腐臭を帯びた波みたいにじわじわと周囲を塞いでいく。カツカツという音は、もはや物音ではなく、鈍い殺意そのものみたいだった。


 身体が硬直する。


 知識として知っている怪物と、目の前にいる怪物。その差はあまりにも大きかった。血の気が引く。喉が乾く。逃げろという理性と、ネリュアを置いてはいけないという本能が、胸の中で激しくぶつかり合う。


 足は動かなかった。


 腕の中のネリュアの身体が、細く強張っているのが分かる。消耗しているはずなのに、彼女の瞳だけは光を失っていなかった。琥珀色の目が、青裂鬼たちの位置と数を一瞬で見渡していく。


 ネリュア「……今のお主に、戦う術はない。じゃが、妾の守りも薄い。このままでは……」


 彼女は浅く息を吐きながら、朽ちた社の床を覆う苔へ指先を滑らせた。


 すると、その下から一本の刃がゆっくりと姿を現した。


 長い年月、そこへ埋もれていたのだろう。月光みたいに淡い光をまといながら、静かに苔を押し分けてくる。それは装飾のない、ごく素朴な剣だった。柄も鍔も過剰な意匠はない。ただ、鍛えられた鉄の重みだけがそこにある。


 なのに、ただの鉄には見えなかった。


 ネリュアは、その剣を俺の前へ差し出した。手は震えていたが、それでも決して落とさない。


 俺はその手から剣を受け取る。


 ずしりとした重みが掌へ沈んだ。体育の授業で触った竹刀とも、博物館で見た模造刀とも違う。冷たくて、硬くて、あまりにも本物だった。


 愛斗「……俺でいいのか」


 ネリュア「お主にしか見えぬはずじゃ。世界の継ぎ目が。……その眼で、己の成すべきことを見定めよ」


 俺はぐっと柄を握りしめた。


 青裂鬼たちは、もう息の届く距離まで迫っていた。剣を水平に構える。腕が震える。恐怖は消えていない。むしろ、さっきよりはっきりそこにある。


 それでも、恐怖とは別の熱が胸の奥からせり上がってきていた。


 こんな理不尽に巻き込まれたことへの怒り。目の前で崩れかけている少女を、これ以上傷つけさせたくないという、ほとんど原始的な衝動。


 俺は息を吸った。


 そして、剣を振るった。

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