第31話:騎士団長と白い兵器
継ぎ目を読んでいる。
その感覚が分かった瞬間、背筋の奥がぞくりと冷えた。
レオヴァルトの視線は、今ここにいる俺じゃない。俺が次に踏み込む位置、避ける角度、術を置く間合い――そういう“まだ起きていない動き”の方を見ている。
だから、さっきから全部が半歩ずつ遅い。
俺が踏み込む前に、剣がそこに来る。
ネリュアが術を張る前に、斬られる。
アズが継ぎ目へ飛び込む前に、足運びを変えられる。
未来を見ているわけじゃない。
でも、空間の継ぎ目と流れを読むことで、結果として俺たちの行動を先取りしている。
レオヴァルト「お気づきになりましたか」
静かな声だった。
それが余計に不気味だった。
レオヴァルト「王都騎装は、理の揺らぎに触れます。異物が通る道も、乱れる流れも、見落としません」
彼の背の装置が低く唸る。
鎧の継ぎ目を走っていた光が一気に強まり、赤い甲冑の輪郭が白く塗り潰されていく。肩当てが外側へ展開し、胸部の装甲が幾重にも重なり、腰から脚にかけて別の駆動骨格が生まれる。
赤から白へ。
騎士から、何か別のものへ。
それは変形というより、召喚に近かった。
倒れた遊具の機巧から奪い取った光が、彼の全身へ新しい形を与えている。
白い外殻。
騎士の鎧を基礎にしながら、その上へ機械の理屈を無理やり継ぎ足した異形。肩の後ろには細い推進翼みたいな装甲が開き、脚部には車輪と滑走具の中間みたいなものが覗いている。背中の中心では、紋章を囲む術式がゆっくり回転していた。
レオヴァルト「聖装機騎」
その名が落ちた瞬間、白い兵器が前へ出た。
重い。
なのに速い。
石畳を砕きながら突っ込んでくるその姿は、騎士というより、神話の中から抜け出した処刑機械みたいだった。
愛斗「散れ!」
叫ぶと同時に、俺は横へ飛ぶ。
次の瞬間、白い腕部の先から光が伸びた。
槍だ。
細く圧縮された光が一直線に射出され、俺のいた空間を貫いた。遅れて石畳が爆ぜる。熱と風圧が頬を舐め、鼻の奥に焦げた匂いが刺さる。
ネリュアがすぐ術を重ねる。
ネリュア「【万物流転】」
足元の流れが変わる。
俺の身体が、半歩だけ軽くなる。その半歩がなければ、次の一撃は避けられなかった。
白い機騎が滑るように距離を詰めてくる。
予測障壁。
高速突進。
光槍。
全部が噛み合っている。単なる剣士の強さじゃない。動くたびに装備の方が状況へ合わせて組み替わり、こっちの最適解を先回りして潰してくる。
アズが横合いから飛び込んだ。
小剣が脚部の継ぎ目を狙う。
だが、その寸前で白い装甲の角度が変わった。剣先は装甲の縁を擦っただけで、深くは入らない。アズは空中で身を捻って着地するが、着地点にもう次の槍が来ていた。
瑠香「アズ!」
瑠香が魔道具を構える。
光衝弾。
放たれた光弾が白い槍の軌道をかすめ、わずかに逸らす。アズの肩先を掠めるだけで済んだが、それでも地面へ転がるには十分な衝撃だった。
俺はそこへ踏み込む。
拳を、胸部の中心へ叩き込んだ。
硬い。
金属とも石とも違う。殴った瞬間、表面の術式が波打ち、衝撃を横へ逃がしていく。壊せるかもしれない。でも、一発じゃ足りない。
しかも壊した先に、レオヴァルト本人がいる。
その事実が、どうしても拳を鈍らせる。
レオヴァルト「迷いがありますね」
次の一撃は大剣だった。
白い機騎の肩越しに、レオヴァルトの剣が振り下ろされる。俺は腕を交差して受け流し、衝撃を殺しきれずに後ろへ滑った。足の裏から石畳の削れる音が走る。
愛斗「うるせぇ……!」
吐き捨てながら、もう一度踏み込む。
本当は分かっていた。
本気の【光断一閃】なら、この白い機騎ごと両断できる可能性がある。
でも、それは“止める”じゃない。
その一線を越えたら、たぶん戻れない。
白い機騎が腕を開く。
胸部の中央へ光が集まる。
嫌な予感が、先に来た。
愛斗「伏せろ!」
言った時には遅かった。
砲撃みたいな光の奔流が前方を薙ぐ。俺は咄嗟に【光断一閃】を放ち、真正面からぶつけた。
光と光が衝突する。
轟音ではなく、耳鳴りみたいな高い悲鳴が空間を裂いた。衝撃が腕を突き抜け、肩、背骨、脚へ落ちる。踏ん張りきれず、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
背中が激突する。
視界が揺れる。
喉の奥に熱いものが込み上げた。
それでも倒れきる前に、目だけは白い機騎を追った。
見えた。
腕の接続部。
膝の裏。
胸部の中心。
そして、背中の装置から胸へ伸びる、一筋の流れ。
あれが核だ。
けれど、ただ壊せばいいわけじゃない。
その流れの奥に、レオヴァルト本人の気配が繋がっている。神経か、魔力路か、それに似た何かが、操縦者と機体を一体化させていた。
壊したら死ぬ。
止めるなら、“繋がっているところ”だけを断たなきゃいけない。
レオヴァルト「終わりです」
白い機騎が再び突進する。
俺は壁を蹴って横へ逃げる。地面が裂け、瓦礫が飛び、頬を石片が掠める。その隙にアズがもう一度低く潜った。
今度は迷いがない。
彼女の剣は脚そのものじゃなく、“脚が遅れる一点”だけを刺した。
金属が悲鳴を上げる。
白い機騎の姿勢がわずかに崩れた。
アズ「……いま!」
瑠香が、続けて光弾を撃つ。
顔を狙ったんじゃない。視界の縁、センサーの死角、その境目へ叩き込んでいる。眩しさに紛れ、白い機騎の予測がほんの刹那だけ遅れた。
ネリュアがその遅れへ術を重ねる。
ネリュア「愛斗!」
風の流れが俺の足元へ集まる。
身体が軽くなる。
いや、軽くなったんじゃない。流れが俺を前へ押していた。
その一瞬で、全部が繋がった。
アズが崩す。
瑠香が逸らす。
ネリュアが通す。
俺が断つ。
ただし、壊さずに。
俺は踏み込んだ。
白い機騎の懐へ入る。剣の間合いより内側。そこなら、大剣の重さが一番邪魔になる。
レオヴァルトの目が、わずかに見開かれる。
でも遅い。
俺は拳を作らない。
手刀の形で、胸部の装甲へ指先を当てる。
光を、線へ絞る。
斬るのは装甲じゃない。
核でもない。
そのあいだを走る、“繋がり”だけだ。
愛斗「……そこだ!」
【光断一閃】
細い。
細い一閃だった。
白い光が、胸の中心を走る。だが装甲そのものは割れない。ただ、その奥で何か一本、目に見えない線だけが断ち切られた感触があった。
機騎が止まる。
音が消える。
さっきまで唸っていた駆動が、嘘みたいに沈黙した。
白い外殻を走っていた術式が、一つずつ消えていく。
そして、膝から崩れた。
重い音。
石畳へ白い機体が沈み込み、胸部の光が暗くなる。その中から、レオヴァルトがよろめきながら這い出てきた。
血は出ていない。
だが呼吸は乱れていた。
俺も膝をつきそうになる足へ無理やり力を入れながら、三人の方を見る。
ネリュアは壁に片手をつき、アズを支えていた。瑠香も立ってはいるが、魔道具を握る手が震えている。全員、無傷ではない。
勝った。
いや、止めた。
でも、ぎりぎりだった。
俺はレオヴァルトへ視線を戻す。
愛斗「……俺たちは、お前らの理の中にはいない」
レオヴァルトは答えなかった。
静かに俺を見つめている。その目には怒りも憎しみもない。ただ、本当に理解できないものを見る目だけがあった。
その時、周囲で新しい足音が増えた。
衛兵だ。
一人じゃない。複数。それもあちこちから来る。金属の擦れる音、号令を飲み込んだ呼吸、囲い込む気配。
逃げ道が、また狭まる。
俺は拳を握り直した。
まだ終わっていない。
ここから先は、本当に全員を守りきれるか分からない。しかも、今の俺には“殺さずに止める”手札がまだ少なすぎる。
胸の奥で、その事実が鈍く痛む。
ネリュアが背中へ手を当てた。
その手は熱くも冷たくもなく、ただ静かだった。
ネリュア「……愛斗」
愛斗「なんだ」
ネリュアは一瞬だけ迷う。
だが、すぐに息を吸い込んだ。
ネリュア「信じてくれるか?」
愛斗「ああ」
答えは、迷わなかった。
ネリュアが少しだけ笑う。
その笑みは疲れているのに、不思議と強かった。
その横で、アズが白い機騎の残骸を見つめていた。
アズ「……そこ、つながってた」
愛斗「分かってたのか」
アズはこくりと頷く。
アズ「こわしたら……しんじゃう」
俺は白い残骸を見る。
たしかに、さっき俺が断ったのは機体と操縦者を結ぶ線だけだ。核ごと壊していたら、たぶんレオヴァルトは生きていない。
愛斗「だから、そこだけ切った」
アズが小さく息を吐いた。
それは安堵にも、確認にも見えた。
周囲の足音は、もう近い。
でも、今この瞬間だけは、四人のあいだに同じ理解があった。
壊すだけじゃない。
殺すだけじゃない。
それでも、生き残る方法を見つけなきゃいけない。
俺は立ち上がり、呼吸を整える。
まだ終わらせる気はない。




