延長線
「中学二年の十月」
知り合ったのは中学二年の十月だった。
画面の中で始まった関係だった。
悩みを書き込む場所で、
私はただ文字を読んでいただけだった。
その中に、あの人がいた。
最初は名前とアイコンだけ。
でも返信を重ねるうちに、
なんとなく、その人の文章の癖が分かるようになった。
やわらかいのに、どこか端が鋭い文章。
個別で話すようになったのは、自然な流れだった。
最初から重い話ばかりだったわけじゃない。
学校のこと。
部活のこと。
先生の愚痴。
夜更かしして、どうでもいい話を続ける日もあった。
通話もした。
最初の通話は、少しぎこちなかった気がする。
でも数回目からは普通だった。
画面越しなのに、距離はどんどん近くなっていった。
「夜の通知」
「消えたい」とよく言っていたのは、
それから少し経ってからだ。
私にだけじゃない。
裏のアカウントでも、夜中にぽつぽつと呟いていた。
既読をつける前に、深呼吸することもあった。
また落ちていないか。
どこまで沈んでいるか。
私は特別な言葉を持っていなかった。
正しい答えも知らない。
それでも、返信した。
長文で送られてきたら、
私も長文で返した。
夜中の二時、三時。
眠いのに、画面を閉じられない日もあった。
支えたいと思っていた。
救う、というより。
ただ、いなくならない側でいたいと思っていた。
それが正しかったのかは分からない。
でもある日、言われた。
"居てくれて良かった。"
大きな場面じゃない。
泣いている最中でもない。
本当に、いつもの会話の途中で。
あの一文だけは、今もはっきり覚えている。
「少しの距離」
時間が経って、「消えたい」は少しずつ減った。
完全に消えたわけじゃないけれど、
頻度は明らかに減った。
そして、現実で恋人ができた。
幸せそうだった。
電話は減った。
LINEは続いていた。
少しだけ寂しかった。
でも、その寂しさは大きくなかった。
相手が笑っているなら、それでよかった。
私は私で、友達と笑っていたし、
生活はちゃんと進んでいた。
関係は細くならなかった。
形を変えただけだった。
「2024年10月14日」
晴れ。
十月にしては暖かかった。
東京ドームシティの最寄り駅。
十一時。
相手はもう着いていた。
人混みの中で迷わなかった。
"あの人かな?"とは思わなかった。
探す感じがなかった。
ただ、そこにいた。
"おまたせ。"
それだけで会話が始まった。
声は、いつも通り。
手も震えていない。
目は最初少し合わせにくかったけれど、
時間が経てば普通に戻った。
思っていた通りの人だった。
雰囲気は知っていたけれど、
ちゃんと見るのは初めてで、
やっぱり可愛いと思った。
大きなモニターがいくつも並ぶ店に入った。
私はピザ。
相手はパスタ。
向かいに座って話す。
内容はいつものLINEと同じ。
恋の話。
友達の愚痴。
北海道と東京の違い。
たくさん話したはずなのに、
沈黙の時間も多かった気がする。
でも気まずくはなかった。
それぞれがスマホを触る。
たまに、ちらっと顔を見る。
同じ空間にいるだけだった。
その日、プリクラも撮った。
"せっかくだし"と自然な流れで。
機械の中で並ぶ。
距離は近い。
でも、何かが変わる感じはなかった。
出来上がった画像を見て、
本当に会ったのだと少しだけ実感した。
夕方。
父が迎えに来たと言って、解散した。
あっさりだった。
帰り道、思い返す。
晴れていたこと。
暖かかったこと。
ピザとパスタ。
沈黙の時間。
楽しかった、と思った。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「4月の東京」
中学二年の十月から、四年以上。
画面の中で始まった関係は、
形を変えながら続いている。
毎日ではない。
夜通し通話することも、今は少ない。
それでも、必要なときには自然に繋がる。
来年の四月、相手は東京に出てくるらしい。
何度も画面越しで話してきた街に、
今度は住む側として。
それを聞いたときも、
大きな感情は湧かなかった。
"そっか"と思った。
少しだけ、現実味が増しただけだった。
また会うのかどうかも、
いつ会うのかも、まだ決めていない。
でも、会わなくても続いてきた関係だから、
会える距離になっても、
きっと同じように続いていくのだと思う。
それだけで、十分だ。
私たちは、きっとまだ延長線の上にいる。




