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荒神紀  作者: 智趣閑者
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第一章:出雲の石 第一節:幽界蔵の発見

(やま)あいの空気(くうき)は、都会(とかい)のそれとは(まった)(こと)なっていた。


櫛名田(くしなだ)慎一(しんいち)は、祖父(そふ)旧宅(きゅうたく)書斎(しょさい)()って、(ふか)(いき)()()んだ。(ほこり)(かび)、それに(ふる)(かみ)()ざった、(なつ)かしい(にお)い。一年(いちねん)ぶりに(もど)ってきたこの(いえ)は、時間(じかん)()まったままのようだった。


教授(きょうじゅ)から(わた)された封筒(ふうとう)中身(なかみ)は、(いま)(かれ)(むね)(うち)(おも)くのしかかっている。祖父(そふ)幽学(ゆうがく)は、(たん)なる学者(がくしゃ)()(むか)えたのではない。(なに)か――いや、(だれ)かに(ころ)されたのだ。


東南(とうなん)(かど)(たたみ)……(たし)かここだ」


慎一(しんいち)(ひざ)をつき、祖父(そふ)遺言(ゆいごん)(どお)り、書斎(しょさい)東南隅(とうなんすみ)にある(たたみ)(ふち)(さぐ)った。指先(ゆびさき)(かす)かな段差(だんさ)(かん)じる。細工(さいく)(ほどこ)してある。


(かれ)一瞬(いっしゅん)躊躇(ちゅうちょ)した。この(さき)(なに)()っているのか。平穏(へいおん)学生生活(がくせいせいかつ)が、二度()(もど)ってこないかもしれないという予感(よかん)が、背筋(せすじ)()()がる。


しかし、疑問(ぎもん)はそれ以上(いじょう)(おお)きかった。なぜ祖父(そふ)(ころ)されなければならなかったのか。その「研究(けんきゅう)」とは(なに)だったのか。


「……()くしかない」


(たたみ)(ふち)(ゆび)をかけ、(ゆっ)くりと()()げた。


(した)から(つめ)たい、湿(しめ)った空気(くうき)()()がってきた。長年(ながねん)()ざされていた空間(くうかん)の、独特(どくとく)息吹(いぶき)だ。床板(ゆかいた)には、(たし)かに(ちい)さな金属(きんぞく)()()()まれている。()びついてはいたが、|しっかりとした(つく)りだ。


慎一(しんいち)(いき)()め、()(ゆび)をかけた。


()()る。


最初(さいしょ)抵抗(ていこう)があったが、(きし)むような(おと)(とも)に、(なに)かの機構(きこう)(うご)いた。(たたみ)二枚(にまい)(ぶん)床板(ゆかいた)(すべ)るように(よこ)(ひら)き、暗闇(くらやみ)へと(つづ)石段(いしだん)(あらわ)れた。


「……本当(ほんとう)にあった」


(かれ)は|スマートフォンの|ライトを()け、階段(かいだん)()らした。十二段(じゅうにだん)(ふる)びた石段(いしだん)は、(すべ)りやすく(こけ)むしている。()()ったところは、六畳(ろくじょう)ほどの(ひろ)さの地下(ちか)空間(くうかん)だった。


(ひかり)(かべ)()らす。


慎一(しんいち)(いき)()んだ。


(かべ)一面(いちめん)本棚(ほんだな)()()くされていたのだ。


和綴(わと)じの(ふる)書物(しょもつ)巻子本(かんすぼん)明治期(めいじき)洋装(ようそう)学術書(がくじゅつしょ)戦時中(せんじちゅう)の|ノート、さらには羊皮紙(ようひし)のような異国(いこく)資料(しりょう)まで――あらゆる時代(じだい)、あらゆる媒体(ばいたい)記録(きろく)が、整然(せいぜん)(なら)べられていた。資料(しりょう)種類(しゅるい)多岐(たき)(わた)る。神社(じんじゃ)縁起書(えんぎしょ)地方(ちほう)伝承(でんしょう)記録(きろく)地質(ちしつ)調査(ちょうさ)報告(ほうこく)、はては占星術(せんせいじゅつ)陰陽道(おんみょうどう)(しょ)古代(こだい)医薬(いやく)(しょ)まで。


そして中央(ちゅうおう)には(おお)きな(つくえ)一つ(ひとつ)。その(うえ)に、(みっ)つのものが()かれている。


最初(さいしょ)()についたのは、(ひも)(とお)された奇妙(きみょう)(いし)だった。勾玉(まがたま)(かたち)をしているが、通常(つうじょう)のものとは(ちが)う。(みっ)つの(えだ)()かれた、三又(みつまた)のような形状(けいじょう)(いろ)(くろ)(しろ)(あか)(うず)()き、内部(ないぶ)(かす)かに(ひか)っているように()えた。


()()ると、(あたた)かい。いや、正確(せいかく)には、(かれ)体温(たいおん)反応(はんのう)して(あたた)かくなっているのだ。


(つぎ)に、手描(てが)きの地図(ちず)。『幽界(ゆうかい)(めぐ)()』と(だい)されていた。日本列島(にほんれっとう)(えが)かれているが、通常(つうじょう)地図(ちず)ではない。出雲(いずも)諏訪(すわ)熊野(くまの)富士山(ふじさん)……神話(しんわ)(ゆかり)()(あか)(てん)(しる)され、それらを(むす)ぶように金色(こんじき)(せん)(はし)っている。霊脈(れいみゃく)か、龍脈(りゅうみゃく)か。


最後(さいご)に、革装(かわそう)手帳(てちょう)表紙(ひょうし)には『幽学(ゆうがく) 神代(かみよ)観察記(かんさつき) 最終巻(さいしゅうかん)』とある。


慎一(しんいち)手帳(てちょう)(ひら)いた。


最初(さいしょ)数頁(すうページ)は、冷静(れいせい)民俗学(みんぞくがく)(てき)観察(かんさつ)記録(きろく)だった。各地(かくち)祭祀(さいし)様子(ようす)古老(ころう)からの()()き、遺跡(いせき)の|スケッチ。


しかし中盤(ちゅうばん)から、調子(ちょうし)()わっていく。


高天原(たかまがはら)(ことわり)は、葦原中国(あしはらのなかつくに)浸透(しんとう)する経路(けいろ)特定(とくてい)せねば……』


黄泉(よみ)瘡口(そうこう)諏訪湖(すわこ)にて最大(さいだい)展開(てんかい)する』


専門用語(せんもんようご)()え、記述(きじゅつ)次第(しだい)に「観測(かんそく)」から「実践(じっせん)」へと移行(いこう)していく。


そして最終頁(さいしゅうページ)


慎一(しんいち)(いき)()まった。


慎一(しんいち)よ。

もし(なんじ)がこの言葉(ことば)()んでいるなら、(なんじ)はすでに(みち)入口(いりぐち)()っている。

()最後(さいご)助言(じょげん)(ふた)つ。

一、(なんじ)()には『出雲(いずも)巫女(みこ)』と『(わた)りの(たくみ)』、(ふた)つの因縁(いんねん)(なが)れる。これを対立(たいりつ)()るな。統合(とうごう)(いしずえ)とせよ。

二、最初(さいしょ)(うつわ)出雲(いずも)(いし)』は、(たん)なる(いし)ではない。須佐之男命(すさのおのみこと)櫛名田比売(くしなだひめ)、そして大国主神(おおくにぬしのかみ)への『契約(けいやく)(うつ)し』である。(いし)()にした(とき)(なんじ)神代(かみよ)契約(けいやく)そのものと()()うことになる。

覚悟(かくご)せよ。

そして、(かなら)()()びよ。」


契約(けいやく)の……(うつ)し?」


その瞬間(しゅんかん)背中(せなか)(あつ)くなった。


左肩(ひだりかた)から背中(せなか)にかけて(ひろ)がる、()まれつきの|アザ――(さか)(りゅう)(かたち)をしたそれが、脈打(みゃくう)つように(うず)きだした。


同時(どうじ)に、(くら)(なか)空気(くうき)()わった。


本棚(ほんだな)資料(しりょう)すべて(すべて)から、(ささや)(ごえ)()こえてくるような()がした。古代(こだい)(いの)り、神々(かみがみ)(あらそ)い、土地(とち)記憶(きおく)――無数(むすう)(こえ)渦巻(うずま)き、慎一(しんいち)(あたま)(なか)(なが)()もうとする。


「っ……!」


(かれ)()()じ、必死(ひっし)にその洪水(こうずい)(さえぎ)ろうとした。


数秒(すうびょう)()(うず)きも(こえ)(おさ)まった。


慎一(しんいち)(ふか)(いき)()き、()(あせ)(にぎ)っていることに()づいた。


祖父(そふ)は、(たん)なる民俗学者(みんぞくがくしゃ)ではなかった。


この(くら)は、研究室(けんきゅうしつ)ですらない。これは――(たたか)いのための武器庫(ぶきこ)だ。


(かれ)三又(みつまた)勾玉(まがたま)を|しっかりと(にぎ)()めた。


(ぬく)もりが、今度(こんど)確信(かくしん)()わって()(つた)わってくる。


「……よし」


(つぎ)目的地(もくてきち)は、はっきりしていた。


出雲(いずも)母方(ははかた)の|ルーツの()へ。

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