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粉雪の舞う季節に  作者: 長田エリカ
Chapter.1
7/7

Christmas Eve.Ⅱ

美羽の家へやってきた。


途中ミスドへ立ち寄り、軽めの朝食を食べた。わたしはオールドファッションで、美羽はストロベリーリングだった。


「おじゃまします。」


広いリビングでは美羽のお父さんと町田くんが床暖房のきいた床にだらしなく寝そべり、まだ午前中だというのにふたりして酔っ払っていた。


「いらっしゃい絵梨花ちゃん。美羽もおはよう。」


赤らんだ顔でいつものようにわたしを値踏みするように、そしてその視線はわたしの胸をいやらしくとらえた。もちろんわたしは嫌悪感を感じたけれど、表情には出さないように気をつけた。


「おはようじゃねーよ。また朝から呑んで。輝樹もなにしてんだよ、オヤジ、輝樹はまだ未成年だろうが。酒、止めるのが大人だろ。何回言わせんだ。」


「いや俺は勧めたくなかったんだけど、輝樹くんと話してたら彼があまりにいい男だからつい、な。」


「オヤジさん、最初からノリノリで俺に酒、注いでたじゃないスか。」


町田くんがからからと笑う。美羽は心底呆れたように舌打ちして肩をすくめた。その瞳をそっとうかがうと、淋しそうだった。


「美羽、何時に出ようか?エリちゃんも来るの?」


エリちゃんとは町田くんがわたしを呼ぶ名だ。町田くんは少し不機嫌そうに、眉を寄せた。夜までいっしょにいるのではと気にかかったのだろう。


「絵梨花も一緒だよ。いっとくけどみんな一緒に帰るから。今日はあたしとヤれないよ、おまえ。」


「はぁ?イブの夜だろ。」


「関係ねーよ。」


わたしは思わず、


「町田くん、ごめんね。わたしがいるせいで...」


町田くんは美羽を睨み、わたしに目もくれようとしない。


「謝ることないよ、絵梨花。コイツなんかに。」


美羽がやさしい眼差しをわたしにくれる。


「夕方には出るから。オヤジと輝樹は絵梨花の前でゼッタイに酒呑むなよ。」


ふたりは不満そうな表情を隠そうともしなかった。


#


中野駅から登戸経由で藤沢まで行き、乗り換えて、片瀬江ノ島駅へとついた。車中ではずっと町田くんは美羽だけに話しかけていたけれど、美羽はてきとうに流しているだけだった。美羽は何度もわたしに語りかけてくれた。わたしは町田くんの手前バツが悪かった。


「いや、ほんといい天気でよかったね、絵梨花。」


美羽がわたしに微笑みかける。


「俺の普段の素行がいいから、神さまも斟酌してくださったんだよ。」


町田くんが美羽に腕をからめようとする。美羽はその手を邪険に振り払った。


目的は夜の"湘南の宝石"だったけれど、時間はまだあったので途中で江島神社に立ち寄った。美羽がお賽銭にお金を投じて参拝する。わたしも習って同じようにして、手を合わせた。町田くんは暇そうに電子たばこをふかしていた。


「絵梨花がまた素敵な(ひと)と巡り会えるように祈ったから。おいコラ輝樹、こんなとこでタバコ吸うなよ。罰当たりだろ。」


わたしは手を合わせたものの、和樹の顔が頭に浮かんだだけでなにも祈れなかった。


立ち寄った食堂で遅めの昼食を食べた。美羽と町田くんはしらす料理に舌鼓をうった。わたしはしらすが苦手なので、ふしぎな味がするラーメンをひとり食べていた。


「絵梨花は江ノ島来たことあるの?」


「ないよ、はじめて。」


ラーメンは少ししょっぱかった。


「俺も初めてだよ。なんつーか人多いけど、海が近いからか開放的な気分がするよな。」


「何テキトーなこと言ってんの。」


美羽が笑う。


「美羽と町田くんは、わたしがいて邪魔じゃない...?」


イブのためか道ですれ違うカップルも多かった。夜の江ノ島シーキャンドルはきっと大勢のカップルたちで溢れかえるだろう。


「ぜんぜん大丈夫だよ、絵梨花。」


「俺は不満だよ。エリちゃん、当然夜は空気読んでくれるよな?」


美羽が町田くんの腕をたたく。わたしは夜は美羽がなんと言おうと別行動をするつもりだった。町田くんの言う通りわたしは邪魔者だ。その自覚があった。


#


陽が沈むまで三人でぶらぶらと歩きさまよっていた。夜になると、江ノ島サムエルコッキング苑へとやってきた。


「絵梨花、わたしたちも手を繋ごうよ。」


「おい、俺の存在は無視かよ!」


「...美羽、ごめん。ふたりに悪いし、ちょっとわたし独りになりたい。」


わたしの顔が真剣だったのだろう。美羽は不承不承うなずいた。町田くんはホッとした顔をしていた。


独りになったわたしは、ゆっくりと散策していた。青や紫の電飾に彩られた園内では、さながらその名に恥じないよう宝石の海を泳いでいるような心地だった。鹿を模ったオブジェが、わたしの一等気に入った。とてもかわいらしい。


園内はカップルや家族連れの客で賑わっていた。そのなかで見渡すかぎり独りなのは、私だけみたいだった。わたしは長いこと待ち、灯台へと向かった。電飾のカーテンが紫にきらきらと輝き、灯台は夜の虚空にその美しい立ち姿を煌めかせていた。


螺旋階段を登り切り、頂上へと辿り着いた。人ごみをそっと掻き分け、わたしはその眺望を飽きることなくずっとみていた。永遠にも感じられる時間だ。下の方で輝くイルミネーションの海の向こうに湘南の夜景を一望できた。言葉には尽くせないくらい美しい...。わたしは和樹と来たかったな、とふと思った。LINEの既読はまだついていない。わたしはこの光景を和樹にも見せたいと思い、何枚か写真を撮って、彼に送った。"わたしは今独りだよ"とメッセージを添えて。


三人が合流した。美羽と町田くんは仲良さそうに手を繋いでいた。帰ろうか、絵梨花。美羽は、繋いでいた手をそっと離して、かわりにわたしと手を繋いだ。美羽の手はわたしの心の底の冷え切った泉をあたためるように、とても暖かかった。

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