Christmas Eve.Ⅰ
夢にでてきた和樹はノコギリで四肢を切断され、胴体に鋭利なハンティングナイフで切り刻まれた多くの傷口と、錐で穿たれた穴からあふれでた自らの血だまりのなかに横たわっていた。仄暗い倉庫のなかで、光を失った瞳にわたしの姿は映っていなかった。もう、決してわたしをみてはくれなくなった彼にわたしは...。
跳ね起きると、横では美羽がまだ寝息をたてている。紺色のカーテンのすきまからみえる空はまだ夜の帳を下ろしたままだった。スマホで時刻を確認すると、午前3時だった。
心臓がどくどくと脈打つ。息が荒い。わたしは美羽を起こさないようにと静かに呼吸を整えていた。夢だ、ただの夢だ...。そう必死に思おうとするのだけれど、わたしの心に巣食う悪魔は笑って告げる。和樹はいま、どうなっていると思う?と。
「ん...。えり、か?起きてたの?いま何時?」
「ごめん、美羽。まだ3時だよ。」
意識しようとすればするほど声が震えてしまう。
「...あたしもうちょっと寝てたいや...。」
「ごめんね。寝てていいよ。」
美羽が再び長いまつ毛を伏せて、はぎ取られた布団を手繰り寄せる。わたしはそっとベッドを抜け出し、洗面所へ向かった。おそるおそる鏡をみる。ほんの少しやつれたわたしの前髪は汗で額に張り付いていた。ゆっくりと顔を洗い、タオルを長いこと押し当てる。鏡をみれたのは、美羽がいてくれたからだ。美羽がいてくれなかったら、きっとわたしの背中にはぴったりと...。
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長い長い夜が明けた。ひたすらに和樹を案じながら。カーテンをそっと開くと、空はからりと晴れ渡っていた。天気予報によると今日は夜までこの調子だそうだ。明日も晴れの模様で、ホワイトクリスマスにはならないそうだった。
美羽が寝ぼけ眼をこすりながら、布団から脚を出してカーペットの上に乗せる。
「美羽、おはよう。ごめんね、さっきは起こしちゃって。」
「うんうんぜんぜん大丈夫。絵梨花はちゃんと眠れたの?」
「眠れたよ。」
美羽が大きなあくびをする。すると美羽のスマホが鳴り出した。しかし美羽はそっぽを向いている。
「出なくていいの?」
「いいのいいの。どうせ輝樹だから。今日はイブでしょ?あいつ、今からあたしとヤることばっか考えてんだよ。」
「でも今日は美羽、町田くんと約束してるんでしょ?」
「一応ね。江ノ島のイルミネーションみよってことになってんだけど。よかったら絵梨花も一緒に行こうよ。夜はテキトーに生理だっつってごまかしちゃうから。」
「悪いよ。」
「絵梨花、まだ元気ない感じだよ。彼のLINE、まだ既読つかないの?」
「...うん。」
「電話してみれば?」
「...うん。」
バスケットボールを器用に肩に乗せながら愛嬌のある八重歯の笑顔をみせている和樹のアイコンをみて、ちくりと胸が痛んだ。通話ボタンを押す。
「...出ない。」
「昨日絵梨花が帰ってから部屋に戻ってるとしたら、まだ寝てるのかもね。」
「...かもね。」
再び美羽のスマホが鳴り出す。そっと画面をみると、やはり町田くんからだった。美羽と仲睦まじく映った写真が目に飛び込んでくる。美羽はめんどうくさそうにベッドから抜け出し、ローテーブルの上のスマホを耳に当てる。
「はいはい、行くって。今絵梨花んちいんだよ。...うぜーな。いいから待ってろお前は。」
美羽が眉間に皺をよせながら通話を切る。
「町田くん大丈夫?」
「大丈夫もなにも、お前本当はレズだったのかとか言ってんの。あたしんち来て、ママに家通してもらって。ママは早朝仕事だから、今ごろオヤジとふたりで仲良くやってるよ。ほんっとずうずうしいヤツ。あいつ、あたしの処女奪ってるもんだから、独占欲ほんと強いの。」
ふと和樹のことが頭をかすめる。和樹も、わたしのバージンを捧げた人だ。でも、和樹は優しいけれど性に関してはちょっと冷めたところのある人で、キスをしても、ハグをしても、セックスをしても、どこかどうでもいいやという翳りが去らない人だった。一度だけ、なにか淋しいことでもあったのか、行為が終わったあとに"好きだよ"と囁いてくれたことがあったけれど...。
「今日は絵梨花も一緒に江ノ島行こうよ。バイト、今日はないんでしょ?」
「...ないよ。」
「じゃあ決まり。輝樹がうぜーだろけど、あたしが黙らせるから。朝ごはん、どうしよっか?」
美羽がわたしに腕を絡ませてくる。美羽の微笑みは聖母みたいで、わたしの暗く沈む思考に光を照らしてくれた。




