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ひとまずわたしは自分のアパートへと戻り、合鍵を学生バックに詰めて、最寄りの駅から電車を乗り継いだ。車窓からみえる街並みは夕日の色に染まりはじめていた。彼を案じながら過ごす車内での時間は永遠にもかんじられた。実際は、1時間も経っていない。
彼は、彼のお父さんが歯科医をしていて、仕送りを十分もらっているので家賃の高いマンションで暮らしている。鉄筋コンクリートのアパートは駅前からさほど遠くはない。それでもわたしは息を切らしていた。エントランスで外国人とすれ違った。片言の日本語で挨拶されたけれど無視してしまった。無人のエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。背筋がひやりとした。だれかにかるく撫でられたような気がした。
寒々とした廊下を渡り彼の部屋の前へとやってくる。彼はいないと心のどこかで確信していたから、合鍵で開けようとしたけれど、冷たいノブを回してもドアは開かない。鍵がもともとかかっていなかったのだ。
リビングの灯りがついたままだった。うす暗いキッチンを抜けて進むと、部屋のなかは健全な18歳らしく基本片付いてはいるけれど物や衣服がカーペットの上にかるく散らばっていた。テーブルをあらためても、教科書や漫画や参考書があるだけで置き手紙のようなものは見当たらない。部屋には事件の痕跡を思わせるようなものはないようだった。ベッドにパジャマが脱ぎ散らかされていて、彼の残り香を嗅いでいると、ふとチャイムが鳴った。
キッチンを抜け、玄関へ向かう。
「どちらさまですか?」
呼びかけても応答がない。不審に思ってドアスコープを覗くとだれもいない。
ピンポーン。
またチャイムが鳴った。こちらからはみえない位置にいるのだろうか。いたずら?
静かにドアを開ける。廊下は無人で、だれもいない。今どきピンポンダッシュなんてする人がいるだろうか、と思っていると、
ピンポーン。
はっとして横のボタンをみる。わたしは押していない。
ピンポーン。
音はわずかな間を置いて続いた。わたしは逃げだすように彼のアパートを去った。




