empty room
スマホの日付をみた。12月23日。火曜日。19時。明日はクリスマスイブだ。わたしは日中の登校と夕方のバイトのため早めに寝ることにした。
しかし、なかなか寝付けない。いつものサティの音楽を聴いてもリラックスしない。こんなに神経がささくれだっているのは部屋にものが溢れてるからだ。わたしは洗面台の鏡で事足りるから、できればママの鏡台と美羽がくれた化粧品も処分してしまいたかった。...あと、和樹がくれたしろくまのネックレスも。大切にしているものだというのに。
部屋には小さいゴミ箱がひとつあるきりで、燃えるゴミはそこがいっぱいになる前に処分してしまっている。燃えないゴミ用のものはゴミ箱の横に袋だけ放っている。毎日気になるのだ。部屋にものがあると。いっそ牢屋の方が安眠できるんじゃないかとすら思う。そして、パパの職業が頭をよぎり苦笑した。
音楽を止めると、再び部屋の電気を豆電球にして、布団を頭まで被った。こんな眠れない夜には、和樹との熱い夜を思い出してしまう。付き合い始めた当初は、ふたりとも本当に盛りのついた犬みたいだった。彼とはきれいさっぱり別れたのだ。未練たらしく引きずりたくない。
スマホが鳴った。
和樹だった。
わたしは食らいつくように通話ボタンを押した。
『あ、絵梨花?今、大丈夫?』
彼の甘い声が鼓膜をくすぐる。
「...うん。何?」
『まじめに聞いて欲しいんだけど。』
突如彼の声音が変わった。喉の奥に棘でも刺さったような、しかし切迫したかんじだった。何かに追い込まれてる、とかんじた。
『失った雪のかけらを探しに行くよ。』
虚脱したような、かつて肌を重ね合わせたとき彼が達したときにささやいた"好きだよ"に似ていた。
「え?」
問い返したつもりだったけど、通話は切れていた。
もう一度かけ直そうかと思って指が通話ボタンに触れそうになった。しかし、わたしの耳ははっきり彼の言葉を聞き取っていた。
『失った雪のかけらを探しに行くよ』、と。
その言葉はあたりまえだけど意味を知ってないと理解できない。わたしの愛読書、"粉雪の舞う季節に"の冒頭一行目に出てくる文章だった。わたしは何度もこの本を精読してる。だから...
だから、彼の身になにかとてつもない不幸が降りかかったということがわかった。理性ではなく直感でだ。
我慢できず電話をかけ直すけれど、彼は一向に出る様子がない。
どうしよう。
わたしは不安でいっぱいの胸を鎮めるために、冷蔵庫まで行き、ミネラルウォーターを喉に流し込んだ。
わたしは混乱していた。
彼は今、確実に何者かに追い詰められている。それが生きた人間なのか、冬のゴーストなのかはわからない。けれど、わたしをもっとも惑わしたのは...
彼が、あの小説を読んでくれていたんだ、という喜びだった。




