loneliness
るーすぼーい先生の"G線上の魔王"と、カズオ・イシグロ先生の"わたしを離さないで"と、山尾悠子先生の"ラピスラズリ"と、PSゲーム"エコーナイト"に強く影響受けています。
透明な金魚鉢をみつめていた。いまはもう水もはられていない。
私の部屋はひどく殺風景だ。意図的に装飾を排しているのではなく、わたしのなかにある、ある種の残酷さと空虚さが住む場所にも影響しているのだ。
白いカラーボックスにエリックサティのピアノ曲のCDと海外の人が書いた翻訳本、わたしの愛読書、"粉雪の舞う季節に"が立てかけてある。スペースはまだあったから、しろくまの小さいぬいぐるみを詰めてある。それでもまだものは入る。でももう必要なものはない。
「女の子なんだから」とママが据えてくれた鏡台には一応化粧水、ラベンダー系の化粧下地、ファンデーション、アイライナーなどコスメ用品が置かれている。美羽が気を利かせて、譲ってくれたものだ。でもわたしは化粧にあまり興味がない。社会に出てたしなみとして必要になったらすればいいと思っている。
ベッドに倒れ込む。ここ数日間はずっとバイトだったし、明日もバイトのためとても疲れていた。何気なく、いや、あきらかにわたしは意図的にLINEと電話番号の通話の履歴を確認していた。和樹からの連絡はやはりなかった。よかった。ちゃんと後腐れなく別れられたんだ。彼がしつこい男じゃなくてよかった。
泉田高校3年A組。それがわたしの通う学校で、和樹と美羽と町田くんがみんな同じクラス。和樹と別れた今となってみては同じクラスで顔を付き合わせなければならないのは辛かったが、耐えるしかない。どの道学園生活を送れるのはあと数ヶ月しかないのだ。
彼と付き合いはじめたのは2年生の二学期で、クラスもクラブも別々だった。わたしは美術部で、放課後は主に静物画を描いており、最近はずっと石膏像のデッサンをしていた。彼はバスケ部で、ポジションはセンター。背が高いから選ばれただけだよと笑っていた。どうせ俺らの高校なんてお遊びでバスケしてるようなものだからね、と自嘲もしていた。そんなわたしたちがどうして出会い、交際するようになったかと言うと、わたしのパパがバスケファンでスケッチしてみろ、と言ってきたのが端緒だった。バスケのことなんてなにも知らないわたしはだれを選ぼうか迷っていたのだけれど、同じチームのメンバーと笑い合ったときに見せた彼の八重歯に惹かれた。もちろん、スケッチはパパに見せたからちゃんとスポーツマンとしての彼は画用紙にそこそこおさまってくれたと思う。練習試合が終わってベンチで休む彼に、スケッチさせていただきました、と報告しに言ったのだけれど、「俺こんなイケメンじゃないよ。でも、カッコよく描いてくれてありがとう。」苦笑しつつも、親指をたてて、またあの無邪気な八重歯を見せてくれた。恋に落ちたのは、私が先だったのだ。
美羽とは1年の頃からずっと同じクラスだった。はなしは遡るけれど、1年の頃町田くんがお酒飲んで暴れて、補導された。その際に付き合っていた美羽がクラスで孤立しているわたしに声をかけてきた。町田くんと美羽が付き合っていたのはみんな知っていたから、孤独感に耐えられなくなって、同じように孤立してるわたしにシンパシーを感じたのかもしれない。でもわたしは、高校一年生でお酒飲んで警察の人に迷惑かけるような男子のために、目が腫れるほど泣いたりしないし、たとえ美羽と同じ立ち場にたったとしても、ひとりで沈黙しているだろう。
ふと、"粉雪の舞う季節に"が読みたくなって、起き上がり、カラーボックスから取り出すと再びベッドにうつ伏せになって、栞を挟んであった箇所から読み始めた。
#
「なにをしているんですか?」
声をかけても老女に反応はない。ただじっとしゃがみ込んでさくらの樹の根元に目を据えている。
そこは小学校と幼稚園に近い遊歩道だった。車道もあるにはあるけれど、ほとんど車は通らない。老女は一心不乱に地面の一点を見据えているようだ。
気になって、わたしもとなりにしゃがみ込んで老女が何を見ているのか確かめることにした。
「わぁ」
思わず声があがった。それは雪の結晶の形をしたちいさなピアスだった。だれかが落としていったものだろう。きらきらしている。そういえば今日はいい空模様だ。やさしい太陽の日差しが、蕾がふくらみそうなさくらの樹をあたためている。雪の結晶は、同じ形のものは存在しないと理科の授業で習った気がする。わたしはあまり頭が良くないから、こまかいことまでは覚えていない。このピアスも、世界にひとつだけのものだったらいいなと思った。でも、たとえこれと同じ形のものがたくさんあったとしても、たとえばそれがだれかからのプレゼントだったりしたら、かけがえのない世界にひとつだけの大切なものになるだろう。
#
でも。わたしは誕生日に和樹からもらったしろくまのチャームがついたネックレスを一度捨ててしまった。燃えないゴミの日が待てずに、燃えるゴミ用の袋に詰めて、ゴミ出しの日に廃棄場に投棄した袋を時間が経ってからその場でかき分け、生ゴミや彼の精子の匂いが染みついたティッシュを探りながら、救出した。そのころは和樹と別れる別れないを繰り返していたころで、衝動的に捨てようとしたのだ。
彼に"粉雪が舞う季節に"を勧めたことがあったのだけれど、「それって冬のことじゃん」と冷笑されて、わたしはなにかから覚めてしまった。恋だったかもしれないし、夢のようなものかもしれない。でもわたしはそのとき悟った。粉雪が舞うのは冬だけじゃないって、彼は知らないんだ。




