エピローグ 残された人たち
葬式の日は、よく晴れていた。
雨を覚悟していた母は、空を見上げて小さく息を吐いた。
泣くには、少し明るすぎる朝だった。
式場には、思っていたよりも多くの人が集まっていた。
親戚、仕事関係の人、地元の友人たち。
それぞれが、同じ名前を胸に抱えながら、違う距離で彼を知っている。
棺の中の顔は、穏やかだった。
事故の話を聞いていた彼女は、それを見て少し戸惑った。
「……寝てるみたい」
思わず、口に出た言葉。
隣に立っていた友人の一人が、小さく頷く。
「だよな」
言葉は、それ以上続かなかった。
焼香が進む中、彼女は祭壇の前に立った。
手を合わせると、不思議と胸が静まる。
あの夜。
ホテルの前。
川沿いのベンチ。
最後に聞いた声が、やけに近くに感じられた。
ありがとう。
彼女は、胸の奥で同じ言葉を返した。
友人たちは、控室で固まって座っていた。
酒はない。
それでも、あの夜の続きをしているような空気があった。
「なあ」
誰かが言う。
「最後に会ったの、いつだ?」
「この前の帰省だろ」
「……だよな」
互いに顔を見合わせる。
「変だったよな」
「うん」
「でもさ」
一人が、少し間を置いて続ける。
「ちゃんと、別れの挨拶だった気がする」
誰も否定しなかった。
母は、式の間、ほとんど泣かなかった。
泣く代わりに、何度も頷いていた。
息子の人生を、一つ一つ確かめるように。
父は、背筋を伸ばしたまま、棺を見つめていた。
その表情は、厳しくも、どこか納得しているようにも見えた。
火葬場へ向かう車の中、母がぽつりと言った。
「来てくれたよね」
父は、ハンドルを握ったまま答えた。
「ああ」
それだけで、十分だった。
骨になった彼を前にしても、不思議と取り乱す人はいなかった。
悲しみはある。
けれど、それ以上に、何かが満たされている。
彼女は、胸元のポケットに、あの街で買ったポストカードを入れていた。
誰にも見せず、誰にも説明しないまま。
友人の一人は、帰り際、空を見上げて呟いた。
「先に行きやがって」
その声は、少しだけ笑っていた。
実家の縁側には、今日も光が差している。
影は、もう戻らない。
けれど、確かに、ここにいた。
それだけで、人は生きていけるのかもしれない。




