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第5話 変わらない夜

二軒目は、川沿いにある小さな店だった。

学生の頃から変わらず、深夜まで灯りが消えない場所。


カウンターに並んで座り、ウイスキーを頼む。

氷がグラスの中で音を立てた。


「懐かしいな、ここ」


友人の一人が言う。


「よく終電逃したよな」


「で、誰かの家に転がり込んで」


「次の日、全員で怒られるやつ」


笑い声が、店内に広がる。


彼はその声を聞きながら、胸の奥に小さな温度を感じていた。

生きていた頃、確かにここにいたという証。


酒が進むにつれ、会話は少しずつ静かになっていく。

笑いの合間に、沈黙が混じり始める。


「なあ」


一人が、グラスを回しながら言った。


「お前さ」


彼は視線を向ける。


「ちゃんと、幸せか?」


突然の問いだった。


「仕事ばっかで、無理してないか?」


別の友人も、同じようにこちらを見る。


心配する顔。

昔から変わらない。


彼は少し考え、正直な答えを選んだ。


「幸せだったよ」


過去形になったことに、自分で少し驚く。


「だった、って何だよ」


笑いながら突っ込まれる。


彼は、ゆっくりと言葉を続けた。


「お前らとこうして飲めたし」


「くだらない話して」


「ちゃんと、楽しかった」


それは、嘘ではなかった。


友人たちは一瞬黙り込み、それから誰かが言う。


「なんだよ、改まって」


「今日どうした?」


彼はグラスを置き、二人を見た。


今言わなければ、もう言えない気がした。


「ありがとうな」


その一言で、空気が止まる。


「は?」


「急にどうした」


彼は笑った。


「いや、なんとなく」


けれど、その声は少しだけ震えていた。


「お前らが友達で、よかった」


それ以上、言葉は続かなかった。


友人の一人が、照れ隠しのように鼻で笑う。


「気持ち悪いな」


「酔いすぎだろ」


けれど、誰も笑い飛ばしきれない。


店を出ると、夜は深く、静かだった。

川の流れる音が、はっきり聞こえる。


橋の上で立ち止まり、三人で並ぶ。


「送ってくよ」


そう言われたが、彼は首を振った。


「いい。歩きたい」


「危ねえぞ」


「大丈夫」


根拠のない言葉だった。

けれど、彼は確信していた。


この道は、もう何度も歩いた。

そして、今日が最後だ。


少し歩いたところで、彼は立ち止まった。


「じゃあな」


振り返って、そう言う。


「またな」


二人は、いつものように手を振る。


彼は一歩、後ろへ下がった。


その瞬間、街灯の光が彼の体を通り抜けた。


「……あれ?」


友人の一人が、眉をひそめる。


「今、いなかった?」


「何が?」


「いや……気のせいか」


彼はもう、そこに立っていなかった。


川の音だけが、変わらず流れている。


翌日、二人は連絡を取る。


「昨日のあいつさ」


「なんか、変じゃなかった?」


答えは、返ってこなかった。


理由のわからない違和感だけが、胸に残る。

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