第4話 久しぶりの帰省
実家に帰る理由としては、十分すぎるくらいだった。
「たまには顔出そうと思ってさ」
友人たちにそう連絡すると、返事はすぐに返ってきた。
「珍しいな」「どうした急に」「飲むか」
どれも、昔と変わらない言葉だった。
駅に降り立つと、懐かしい匂いがした。
田舎特有の、土と草と、少しの油の混じった空気。
何年も離れていたわけじゃないのに、ひどく久しぶりに感じる。
彼は改札を抜け、自分の足音を確かめるように歩いた。
ちゃんと音が鳴る。
アスファルトの感触もある。
ただ、胸の奥だけが、相変わらず静まり返っていた。
待ち合わせは、昔よく使っていたコンビニの前だった。
夜になると駐車場に車が集まり、何も買わずにだべる場所。
先に来ていたのは、二人。
高校時代からの付き合いで、名前を呼ばなくても通じる距離感の友人たち。
「あれ、本当に来た」
「生きてたか」
そんな言葉を投げられ、彼は笑った。
「失礼な」
そのやり取りだけで、少し肩の力が抜けた。
車に乗り込み、近くの居酒屋へ向かう。
道も、看板も、景色も、ほとんど変わっていない。
「仕事どうよ」
「相変わらず忙しい?」
運転席から投げられる質問に、彼は短く答えた。
「まあな」
詳しい話をする気にはなれなかった。
それでも、誰も深くは突っ込まない。
居酒屋は、昔と同じ場所にあった。
看板だけが少し新しくなっている。
座敷に通され、ビールが運ばれてくる。
「とりあえず、生きてるのに乾杯」
誰かがそう言って、グラスを上げた。
彼は、ほんの一瞬だけ言葉に詰まったあと、同じようにグラスを持ち上げた。
「乾杯」
音が重なる。
その音が、妙に大きく響いた。
料理が運ばれ、会話が始まる。
昔話、仕事の愚痴、どうでもいい噂話。
彼はそれを聞きながら、懐かしさと同時に、少しの痛みを感じていた。
ここは、自分が生きていた場所だ。
何も変わらず、自分がいなくなっても回り続ける場所。
「なあ」
一人が、唐突に言った。
「お前さ、ちょっと雰囲気変わったな」
「そうか?」
「うん。落ち着いたっていうか」
別の友人が頷く。
「なんか、悟った感じ」
彼は苦笑した。
「そんな大したもんじゃない」
けれど、その言葉は半分しか本当ではなかった。
酒が進むにつれ、笑い声も増えていく。
彼はグラスを持ちながら、ふと手元を見た。
指先が、わずかに透けているような気がした。
照明の加減だ。
そう思い込むことにした。
「そういえばさ」
友人の一人が、少し声のトーンを落とす。
「最近、事故多いよな」
その言葉に、彼の動きが止まる。
「この前も、夜に車がさ」
続く話を、彼は静かに聞いていた。
自分の話ではない。
それでも、胸の奥に小さな波紋が広がる。
「お前も気をつけろよ」
何気ない忠告。
彼は、少しだけ間を置いて答えた。
「……ああ」
その一言に、友人たちは何も気づかない。
店を出ると、夜風が頬を撫でた。
空気が冷たくて、心地いい。
「もう一軒行く?」
「どうする?」
彼は空を見上げた。
星が、やけに近く感じる。
「行こう」
そう答えた。
この時間を、もう少しだけ続けたかった。
彼はまだ、ここにいた。




