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第2話 最後のデート

朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ流れ込んでいた。


彼女はまだ眠っている。

ベッドの端に腰かけた彼は、その寝顔を黙って眺めていた。

規則正しい呼吸。わずかに上下する肩。

それだけで、生きていることを強く感じた。


彼は眠らない。

目を閉じても、意識が途切れることはなかった。

ただ、こうして時間が流れていくのを待つことしかできない。


「……おはよう」


彼女が目を覚まし、少し照れたように笑う。


「もう起きてたの?」


「時差ボケ」


適当な理由を口にして、彼も笑った。

こうして自然に会話ができることが、奇跡のようだった。


朝食はホテルの近くの小さなカフェで取った。

彼女が頼んだ甘いパンの香りが、店内に広がる。


「これ、美味しいよ」


彼女は嬉しそうに言って、彼の皿に少し分けてくれた。

フォークが触れ合う、ほんの一瞬の音。


味は、確かに甘かった。

けれど、それ以上に、彼女がそこにいるという事実が胸に残った。


街を歩く。

観光客で賑わう通り。

路地裏の静かな道。

彼女は仕事で来ているはずなのに、今日はすべてが休日の顔をしていた。


「ここ、行ってみたかったんだ」


彼女が指さしたのは、小さな雑貨屋だった。

中に入ると、所狭しと並ぶ置物やポストカード。


彼女は一枚のカードを手に取り、裏返す。


「これ、部屋に飾ろうかな」


「いいと思う」


即答すると、彼女は少し驚いたように彼を見る。


「珍しいね。いつも適当なのに」


「今日は、ちゃんと見てる」


彼女は照れたように笑い、カードをレジに持っていった。


昼は川沿いのレストランで食べた。

風が心地よく、時間がゆっくりと流れていく。


彼女は仕事の話をした。

失敗したこと、評価されたこと、理不尽だと思ったこと。

彼はただ聞き、相槌を打った。


途中で、彼女がふと黙り込む。


「ねえ」


「ん?」


「なんで、急に来たの?」


第1話と同じ問い。

けれど、今度は声に不安が混じっていた。


彼はフォークを置き、少し考える。


「言っただろ。会いたくなった」


それは嘘ではない。

ただ、理由のすべてでもなかった。


彼女は納得したような、していないような顔でうなずいた。


「……そっか」


それ以上、踏み込んではこなかった。

その優しさが、彼には少し苦しかった。


午後は公園で過ごした。

芝生に座り、何もせず空を眺める。


「こういう時間、久しぶりだね」


彼女が言う。


「忙しかったから」


「うん。でも、悪くなかった」


彼は答えた。

心から、そう思った。


時間が経つにつれて、体の感覚が少しずつ変わっていくのを感じた。

手足が軽い。

風が、どこか遠い。


夕方、彼女が写真を撮ろうと言い出した。


「記念に」


二人で並び、カメラを構える。

シャッターの音。


彼は、写っているかどうかを確認しなかった。

確認する勇気が、なかった。


夜、街の灯りがともる。


ホテルに戻る道すがら、彼女がぽつりと言った。


「今日さ……すごく楽しかった」


「俺も」


「でも」


一瞬、言葉が途切れる。


「終わる感じがして、ちょっと怖い」


彼は立ち止まり、彼女の方を向いた。


「終わらないよ」


それは、願いだった。


ホテルの前に着く。

昨日と同じ場所。

けれど、空気は少し違っていた。


彼女は彼の袖を軽く掴む。


「もう少し、話そう?」


「うん」


二人はベンチに座った。


彼は、時間が減っていることをはっきりと感じていた。

理由はわからない。

ただ、この夜が「最後に近い」ことだけが、確かだった。


彼女は彼の肩に頭を預ける。


「明日も、会えるよね」


彼は空を見上げた。

星は、少し滲んで見えた。


「……会える」


その言葉を、噛みしめるように口にした。


彼女が満足そうに目を閉じる。


彼は、その重みを忘れないように、じっと耐えた。

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