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第一章:運命の誤認

【プロローグ:さえない男の自己紹介】


俺の名前は田中悠太、二十八歳。職業はコンビニ店員で、趣味は特になし。強いて言えば、賞味期限ギリギリの弁当を半額で買うことと、深夜番組の再放送を見ることくらいだ。

顔は...まあ、言うなれば「あの人に似てるよね」と言われる顔である。「あの人」というのは、芸能人の佐々木真一郎のことだ。

佐々木真一郎を知らない人のために説明すると、彼は「知る人ぞ知る」系の俳優である。いや、「知る人も知らない」系かもしれない。ドラマでは「通行人B」、バラエティでは「一般人代表」、映画では「やられ役その3」みたいな役ばかりやっている。顔は覚えているけど名前が出てこない、そんな芸能人の代表格である。彼の代表作を聞かれても、誰も答えられない。なぜなら代表作がないからだ。

で、俺はその佐々木真一郎に瓜二つなのである。道を歩いていると「あ、あの人だ」「えーっと、名前なんだっけ」「ほら、あの...なんとかって人」という会話が聞こえてくる。しかし誰も正解にたどり着かない。なぜなら佐々木真一郎の名前を正確に覚えている一般人は日本に五人しかいないからだ(本人調べ)。

その五人も、佐々木真一郎の母親、兄、小学校時代の担任の先生、所属事務所の社長、そして事務所の経理担当者だけである。つまり、ファンは皆無に等しい。

俺も似たようなもので、存在感は薄く、印象は弱く、覚えられにくい。コンビニで毎日会うお客さんでも、俺の名前を覚えている人はいない。名札をつけているにも関わらず、である。


【運命の木曜日】


そんな平凡な俺の人生が一変したのは、ある雨の木曜日のことだった。

木曜日というのは、一週間で最も地味な曜日だ。月曜日は「週の始まり」として注目され、火曜日は「月曜の次」として記憶され、水曜日は「週の真ん中」として覚えられ、金曜日は「週末前」として愛され、土日は言うまでもない。しかし木曜日だけは、何の特徴もない。木曜日に生まれた俺にとって、これは運命的だった。

午後三時、俺はいつものようにコンビニでレジ打ちをしていた。来客は少なく、退屈な時間が流れている。外は小雨がぱらついており、客足はさらに遠のいていた。店内にはコンビニ特有のBGMが延々と流れ、俺の脳みそを徐々に溶かしていく。

「いらっしゃいませー」

俺は機械的に挨拶をしながら、今日の夕飯は何にしようかと考えていた。昨日はカップラーメン(醤油味)、一昨日もカップラーメン(味噌味)。たまには豪華にコンビニ弁当でも食べようか。それとも思い切って冷凍パスタにしようか。俺にとって、これが人生最大の選択である。

そんな重要な思考をしていた時、店の外に異変が起きた。


【怪しいバスの登場】


黒塗りの大型バスが店の前に停まったのだ。

見るからに怪しいバスである。窓には黒いフィルムが貼られており、中が全く見えない。フロントガラスも真っ黒で、運転手の顔すら見えない。ナンバープレートも「品川 ・・・1」という、明らかに特別なやつだ。一般人が持てるナンバーではない。

「なんだろう、芸能人でも来るのかな」

俺は興味深くバスを眺めた。正直、俺の人生で最も刺激的な出来事である。普段の俺にとって、最大のイベントは「新商品のカップラーメンが入荷した」程度だからだ。

バスは静かに停車している。エンジン音すら聞こえない。まるで巨大な黒い棺桶のようだ。俺は固唾を呑んで見守った。


【黒スーツ軍団の登場】


すると、バスの扉がシューッという音を立てて開いた。まるで宇宙船のハッチのようである。

中から出てきたのは、屈強な男たちだった。全員が黒いスーツを着て、サングラスをかけている。身長は皆180センチ以上で、肩幅も広く、まるで映画の中のSPのようだ。

しかも、一人や二人ではない。次々と出てくるのだ。三人、四人、五人...最終的に十人くらい出てきた。まるでサーカスの車から大勢のピエロが出てくるマジックのようである。

「おお、すげー本格的じゃん」

俺は内心ワクワクした。きっと有名な芸能人が来るに違いない。もしかしたら握手してもらえるかも。サインももらえるかも。いや、でも俺が働いている時間だから接客しなきゃいけないな。でも店長に頼めば、ちょっとくらいなら...

そんなことを考えていると、黒スーツの男たちがゾロゾロとコンビニの方に向かってきた。しかも、全員が俺の方を見ている。


【誤認逮捕?】


「え?」

俺は慌てた。まさか俺に用があるというのか。でも俺は何も悪いことしてないぞ。強いて言えば、昨日賞味期限が一日過ぎた弁当を食べたくらいだ。でもそれは犯罪じゃないはずだ。むしろエコである。

黒スーツの男たちがコンビニに入ってきた。自動ドアが「ピンポーン」と能天気な音を立てる中、まるで特殊部隊の突入のような迫力である。

そして俺を取り囲んだ。

「え?なに?誘拐?振り込め詐欺の報復?それとも俺が知らない間に何かやらかした?」

俺は混乱した。でも男たちの表情は意外にも穏やかだった。むしろ恭しいくらいである。まるで俺が重要人物であるかのような態度だ。


【丁寧すぎる誘拐犯】


「失礼いたします」

リーダー格の男が丁寧に頭を下げた。角刈りで、顔に傷があり、明らかにヤクザ映画に出てきそうな見た目なのに、お辞儀の角度が完璧である。

「え?」

俺は呆然とした。誘拐犯がお辞儀するか?

「お疲れさまでした。お迎えに上がりました」

「お迎え?俺の?俺のお迎え?俺が何かの送迎サービスを頼んだっけ?Uberの高級版?」

「はい。本日はサモナイ一族の重要な集会がございます」

「サモナイ一族?」

俺は首を傾げた。聞いたことがない単語である。サモナイって何だ。サムライの親戚か何かか。それとも新手のアイドルグループ?AKB48の派生ユニット?

「申し訳ございませんが、お時間をいただけますでしょうか」

男は俺の返事を待たずに、店長に向かって頭を下げた。店長は奥でタバコを吸いながらスマホをいじっていたが、この状況に気づいて慌てて出てきた。

「すみません、こちらの方をお借りします」

男が差し出した名刺を見ると、店長の顔色が急変した。まるで宝くじの一等賞を当てたような、あるいは税務署から呼び出しを受けたような、複雑な表情である。


【店長の豹変】


「あ、はい!もちろんです!田中君、行ってきなさい」

「え、店長?何それ、その名刺には何が書いてあるんですか?」

「いいから行ってきなさい。こういう時はね、逆らっちゃダメなのよ」

店長は俺を押し出すように促した。まるで俺を生贄に捧げるような勢いである。

「でもシフトが...」

「大丈夫、大丈夫。今日はもう上がっていいから」

「え、でも時給が...」

「心配しないで。今日の分はちゃんと払うから」

店長の豹変ぶりに、俺は困惑した。普段なら一分でも早く帰ろうとすると嫌な顔をするのに、今日は積極的に帰らせようとしている。その名刺、一体何が書いてあるんだ。

結局、俺は黒スーツの男たちに囲まれながらバスに向かうことになった。周りの通行人たちは「何だあれ」「芸能人?」「誰だろう」「なんか事件?」とざわめいている。俺もそれが知りたいよ。


【バスの中の衝撃】


バスに乗り込む前、俺は一瞬躊躇した。これ、本当に大丈夫なのか。もしかして本当に誘拐されるんじゃないか。でも黒スーツの男たちは皆丁寧だし、店長も了解してたし...

「どうぞ、こちらへ」

男の一人が俺をエスコートした。まるで高級ホテルのドアマンのような丁寧さである。

バスの扉をくぐると、俺は絶句した。

バスの中は豪華な内装で、革張りのシートが並んでいる。まるで高級観光バスである。いや、それ以上だ。シートはファーストクラス並みで、テーブルまで付いている。天井にはシャンデリアがあり、床には高級そうなカーペットが敷かれている。

そして、そのシートに座っているのは...

「うわあああああ!」

俺と同じ顔の男たちがぎっしりと座っていたのだ。


【俺だらけの世界】


いや、正確には佐々木真一郎と同じ顔だ。でも俺も佐々木真一郎に似ているから、結果的に俺と同じ顔ということになる。

「なんだこれ!鏡の迷宮!?」

俺は驚愕した。バスの中には俺の顔が二十人くらいいる。みんな微妙に服装や髪型は違うが、顔は完全に一緒だ。

ある俺はスーツを着てビジネスマン風、別の俺は白衣を着て医者風、また別の俺は作業着を着て職人風。さらには制服を着た俺、タキシードを着た俺、なぜかアイドル衣装を着た俺までいる。

「これ、夢?悪夢?それとも俺、頭おかしくなった?」

俺は自分の頬をつねってみた。痛い。夢じゃない。ということは...


【派手な俺の登場】


「おい!」

一番後ろの席に座っていた、俺の顔をした男が立ち上がった。この男は他と違って、金のネックレスをしていて、髪も金色に染めている。俺の顔なのにやたらと派手だ。まるでホストのような格好をしている。

「お前、何で変装もせずに普通にコンビニのバイトなんてしてるんだ!危ないだろう!」

「変装?俺が変装?何のために?」

「今日はサモナイ一族の重要な集会があるって連絡しただろう!」

派手な俺が怒鳴った。すると周りの俺たちも「そうだそうだ」「危機管理がなってない」「サモナイとしての自覚が足りない」「もっと慎重になれ」と口々に言い始めた。

俺の顔をした二十人に一斉に怒られるという、これまでに経験したことのないシュールな状況である。


【真実発覚の瞬間】


俺は完全に混乱していた。状況を整理しようとしたが、あまりにも非現実的すぎて脳が処理を拒否している。

「あの、現状がよくわからないんですけど...サモナイ一族って何ですか?なんで皆俺と同じ顔なんですか?そもそもここはどこですか?」

すると派手な俺の表情が変わった。まるで爆弾の導火線に火がついたような顔である。

「ちょっと待て。お前、まさかサモナイ一族じゃないのか?」

「だからサモナイ一族って何ですか?俺はただのコンビニ店員の田中悠太です」

バスの中が静まり返った。エアコンの音だけが響いている。俺たちが全員、俺を見つめている。自分の顔に見つめられるというのは、なかなかシュールな体験だ。鏡を見ているようで見ていないような、不思議な感覚である。

「まずい」

派手な俺が小声で呟いた。

「これは大問題だ」

「何が問題なんですか?」

「我々は極秘組織だ。存在を知られてはいけない」

「極秘組織?」

俺はますます混乱した。俺の顔をした男たちが極秘組織?何それ、コメディ?

「しかも、お前は我々と同じ顔をしている」

「それは生まれつきなので...」

「偶然にしては出来すぎだ」

派手な俺は深刻な表情で仲間たちと目配せをした。すると他の俺たちも同じような表情になった。


【疑惑の深まり】


「もしかして、お前は我々を監視するために送り込まれたスパイか?」

「スパイ?俺が?コンビニ店員の俺が?」

「いや、それがカモフラージュかもしれない」

医者風の俺が口を開いた。

「コンビニ店員という平凡な職業に偽装して、我々に近づこうとしたのかもしれません」

「でも俺、本当にコンビニ店員ですよ。時給950円の」

「それもカモフラージュかもしれない。そもそも最低賃金を下回っていないか?」

警察官風の俺が言った。

「今どきのコンビニの時給を知らないはずがありません。本当は高給取りのスパイかもしれません」

「いや、本当に時給950円です。レシート見ますか?給与明細見ますか?最低賃金を下回っているんですか?俺、だまされているんですか?」

俺は必死に弁解したが、俺たちは信じてくれなかった。


【新たな仮説】


その時、一番前に座っていた俺の顔をした男が静かに立ち上がった。この男は他と違って、やたらと知的な雰囲気を醸し出している。眼鏡をかけて、きちんとしたスーツを着ている。まるで大学教授のような風格だ。

「私はサモナイ・プロフェッサーだ。遺伝学が専門だ」

「遺伝学?」

「そうだ。そして今、重要なことに気づいた」

サモナイ・プロフェッサーは俺を見つめた。その視線は鋭く、まるでX線のように俺を見透かしているようだ。

「君がサモナイ一族でないのに我々と同じ顔をしているということは、つまり...」

「つまり?」

バス中の俺たちが固唾を呑んで見守った。

「君は我々のオリジナルだ」

再びバスの中が静まり返った。今度はエアコンの音すら止まったような静寂である。


【オリジナル認定】


「オリジナル?俺が?」

「そうだ。我々は佐々木真一郎のDNAをベースにクローンを作ったが、君は佐々木真一郎本人か、もしくは佐々木真一郎と同じDNAを持つ人物だ」

俺は頭が混乱してきた。クローン?DNA?何の話だ?

「ちょっと待ってください。俺が佐々木真一郎本人だって言うんですか?でも俺、芸能人になった記憶ないですよ。それに俺の名前は田中悠太だし...」

「記憶を消されている可能性もある」

サモナイ・プロフェッサーは推理小説の探偵のように言った。

「芸能界では珍しいことではない。特に佐々木真一郎のような地味な芸能人なら、影武者を使って本人は普通の生活を送っているかもしれない」

「影武者?俺が本物で、テレビに出てる佐々木真一郎が偽物だって言うんですか?」

「可能性はある」


【俺たちの感動】


サモナイ・プロフェッサーの推理に、バス中の俺たちが納得したような顔をしている。

「なるほど、それで我々と同じ顔なのか」

「オリジナルに会えるなんて感動的だ」

「まさに我々の父のような存在」

「握手してください」

「サインください」

「写真撮ってもいいですか」

俺たちが俺に群がってきた。自分の顔に囲まれて握手を求められるという、人類史上前例のない状況である。

「ちょっと待ってください!」

俺は慌てて手を振った。

「俺はただのコンビニ店員で、佐々木真一郎でもないし、オリジナルでもありません!ていうか、そもそもサモナイ一族って何なんですか!」


【サモナイ一族の正体判明】


派手な俺、もといサモナイ・キングが席に戻って説明を始めた。

「説明しよう、オリジナル...いや、田中と呼ぼう」

「はい」

「我々サモナイ一族は、最先端のクローン技術によって作られた組織である」

「クローン技術?あの、羊のドリーとかの?」

「そうだ。我々は皆、同じDNAから作られた兄弟なのだ」

サモナイ・キングは胸を張って説明した。俺の顔で胸を張られても、なんか違和感がすごい。

「なぜこのような組織を作ったかというと、それは情報収集のためだ」

「情報収集?」

「同じ顔の人間が社会の様々な場所に潜り込み、情報を集めて商売にするのが我々の目的である」

なるほど、産業スパイみたいなものか。でも俺の顔でスパイって、あまり向いてなさそうだが。

「あらゆる業界の裏情報を収集している。政治、経済、芸能、スポーツ、何でもだ」

サモナイ・キングは誇らしげに言った。


【サモナイ一族メンバー紹介】


「例えば、あそこに座っているサモナイ・ドクターは医療業界に潜入している」

俺の顔をした医者が手を振った。白衣を着ているが、やっぱり俺の顔だ。なんか病院に行きたくなくなる顔である。

「病院で働きながら、製薬会社の新薬情報や医療機器の開発状況を探っている」

「へー」

「あっちのサモナイ・ポリスは警察に潜入している」

俺の顔をした警察官が敬礼した。制服姿の俺って、なんか頼りなさそうだ。

「事件の内部情報や捜査状況を調べている」

「そんなことして大丈夫なんですか?」

「問題ない。我々は合法的に情報を収集している」

本当かな。

「そしてこちらのサモナイ・アイドルは芸能界のスパイだ」

俺は目を疑った。俺の顔をした男がキラキラした衣装を着て、ポーズを決めている。

「え、アイドル?俺の顔で?需要あるんですか?」

「意外に人気があるんだ」

サモナイ・アイドルが恥ずかしそうに笑った。

「『地味だけど親しみやすい』『癒し系』『お母さんが安心する顔』って評判でね」

確かに俺の顔は親しみやすいかもしれないが、アイドルは想定外だった。

ただパッとしないとはいえ同じ顔の俳優もいるわけだが。

「他にもサモナイ・ティーチャー、サモナイ・シェフ、サモナイ・サラリーマン、サモナイ・学生など、あらゆる職業に我々が潜入している」

「すごいですね...でも、皆同じ顔だとバレませんか?」

「それが意外とバレないんだ」

サモナイ・キングは苦笑いした。

「佐々木真一郎の顔は『覚えにくい』『印象に残らない』という特徴があるからな」

確かに、俺も人に覚えられにくい。

アイドルと俳優というある意味同じ業界にいたとしても気づかれないくらいだ。これはスパイには向いているかもしれない。


【俺の処遇】


「で、お前はどこの業界のスパイなんだ?」

サモナイ・キングが俺に聞いた。

「だから俺はただのコンビニ店員ですって」

「コンビニ...それは重要な拠点だな」

「え?」

「コンビニは社会の情報ハブだ。あらゆる階層の人間が来るし、配送業者から貴重な情報も得られる。政治家も深夜にコンビニに来ることがある」

「そうなんですか?」

「素晴らしいポジションだ。情報収集には最適だ」

サモナイ・キングは感心したように頷いた。俺のコンビニバイトがそんなに評価されるとは思わなかった。

「しかし問題がある」

「何ですか?」

「お前は我々サモナイ一族ではないのに、我々と同じ顔をしている」

サモナイ・キングは急に深刻な表情になった。

「これは偶然とは思えない。もしかすると、お前は我々の秘密を探るために送り込まれたスパイかもしれない」

「だから俺はスパイじゃないですって!」

「そうでなければ、なぜ我々と同じ顔をしているのだ?」

さっきの俺がオリジナルの話は何だったんだ。

サモナイ一族のギャグなのか。

ギャグとしてもパッとしないからよくわからない。

しかし改めて考えても確かにそれは不思議だ。でも俺は生まれた時からこの顔だ。母親の腹の中にいた時からスパイだったとでも言うのか。


【俺の運命決定】


「いずれにせよ」

サモナイ・キングが立ち上がった。

「お前が何者であろうと、我々の秘密を知ってしまった以上、ただで帰すわけにはいかない」

「え?まさか口封じに...」

俺は青ざめた。ついに俺の人生も終わりか。せめて最後にコンビニ弁当の新商品を食べておけばよかった。

「安心しろ。殺したりはしない」

サモナイ・キングは笑った。でもその笑顔が俺の顔だから、なんか不気味だ。自分の顔で笑われても安心できない。

「代わりに、我々の仲間になってもらう」

「仲間?」

「そうだ。お前には重要な任務を与える」

「任務?」

俺は恐る恐る聞いた。まさか暗殺とか要求されるんじゃないだろうな。

「偽装結婚だ」

「は?」

予想外の単語が出てきて、俺は間抜けな声を出した。

「偽装結婚?俺が?誰と?」

「我々サモナイ一族の女性とだ」

「女性もいるんですか?」

「もちろんだ。男だけの組織じゃない」

当たり前だが、女性のサモナイ一族は俺の顔じゃないんだろうな。それだったら怖すぎる。

「そして君たちにはセレブ街で生活してもらい、富裕層の情報を収集してもらう」

「セレブ街?」

「そうだ。高級住宅街だ。そこで夫婦として暮らしながら、住民たちから情報を集めるのが君の任務だ」

俺は混乱した。急に偽装結婚してセレブ街に住めと言われても、どうしていいかわからない。

「あの、俺みたいなさえない男がセレブ街に住んで、怪しまれませんか?」

「大丈夫だ。君にはIT企業の若社長という設定を用意している」

「IT企業の社長?俺が?パソコンもろくに使えないのに?」

「問題ない。表向きの会社は我々が運営する。君はただ社長らしく振る舞えばいい」

簡単に言うが、社長らしく振る舞うなんてできるのだろうか。俺の社長像は、高級車に乗って、高級レストランで食事して、秘書がいて...無理だ、絶対無理だ。

「ちなみに結婚相手はどんな人なんですか?」

「後日紹介する。心配するな、美女だ」

サモナイ・キングはニヤリと笑った。

「美女?本当ですか?」

俺は疑った。俺みたいなさえない男に美女なんて、現実的じゃない。

「美女の方が何かと都合がいいからな。セレブ街では見た目も重要だ」

「でも俺みたいな見た目で美女と結婚して、怪しまれませんか?『なんであんな美女がこんな地味な男と』って」

「大丈夫だ。君の顔は『親しみやすい』『誠実そう』『金持ちの息子っぽい』という評価を受けている」

「金持ちの息子っぽい?俺が?」

俺は自分の顔を触ってみた。どこが金持ちの息子っぽいんだろう。むしろ「実家が農家っぽい」とか「商店街の息子っぽい」って言われることの方が多いのに。

「地味だけど品がある、というのが君の顔の特徴だ。セレブ街にはぴったりだ」

サモナイ・キングは自信満々に言った。俺の顔をそんなに分析されても、なんか恥ずかしい。


【バスの中での混乱続く】


「でも待ってください」

俺は手を上げた。

「俺、偽装結婚とか無理ですよ。人と住むのも慣れてないし、演技もできないし...」

「大丈夫だ。訓練する」

「訓練?」

「そうだ。まずは歩き方から始めよう」

サモナイ・キングが立ち上がって、バスの中を歩いて見せた。

「社長の歩き方だ。背筋を伸ばし、胸を張り、余裕のある足取りで」

確かに堂々としているが、俺の顔でやられると何かコントみたいだ。

「次に話し方だ。『うちの会社では』『我々のビジョンは』『イノベーションを』などの単語を多用する」

「イノベーション?」

「そうだ。IT企業の社長はとりあえずイノベーションと言っておけば大丈夫だ」

なんか適当だな。


【他のサモナイたちのアドバイス】


すると、他のサモナイたちも口々にアドバイスを始めた。

「服装も重要です」

サモナイ・ファッショニスタが言った。彼はなぜかやたらとオシャレな服を着ている。俺の顔なのに似合ってるのが不思議だ。

「ブランドスーツに高級時計、革靴はイタリア製。これで完璧です」

「でも俺、ブランド品とか着たことないですよ」

「慣れです。最初は違和感があっても、そのうち板についてきます」

本当かな。俺がブランドスーツを着ても、コスプレにしか見えない気がする。

「食事マナーも覚えてください」

サモナイ・シェフが口を開いた。

「フランス料理のフルコース、ワインの選び方、テーブルマナー...セレブ街では必須です」

「俺、フランス料理食べたことないです。ファミレスのハンバーグが高級料理だと思ってました」

「大丈夫です。一週間みっちり訓練すれば覚えられます」

一週間でそんなに覚えられるのか。

「会話術も重要ですね」

サモナイ・コミュニケーターが言った。

「政治、経済、芸術、スポーツ...幅広い知識が必要です」

「俺の知識って、コンビニの商品と深夜番組の再放送くらいですけど」

「それも立派な知識です。でも少し範囲を広げましょう」

無理だ、絶対無理だ。俺には社長なんて無理だ。


【現実逃避の試み】


「あの、やっぱり俺には向いてないと思うので、降ろしてもらえませんか?」

俺は恐る恐る言った。

「残念ながら、それはできない」

サモナイ・キングは首を振った。

「君は我々の秘密を知ってしまった。放置するわけにはいかない」

「でも俺、誰にも言いませんよ。口が軽くないですし、そもそも信じてくれる人もいないですし」

確かに、この話を誰かにしても「頭大丈夫?」って言われるだけだろう。

「それでも駄目だ。君には必ず仲間になってもらう」

サモナイ・キングは譲らなかった。

「ちなみに断ったらどうなるんですか?」

「それは...」

サモナイ・キングが他の仲間たちと目配せした。なんか不穏な空気が流れる。

「まあ、その時はその時だ」

やっぱり怖い。素直に従った方が良さそうだ。


【バスの向かう先】


「とりあえず、今日は君の新居を見に行こう」

「新居?もう用意してあるんですか?」

「もちろんだ。我々は準備が早い」

バスが動き出した。俺は窓の外を見ながら、自分の人生について考えた。

昨日まではコンビニ店員として平凡な毎日を送っていたのに、今日は偽装結婚してセレブ街に住むことになっている。人生って本当にわからない。

「あ、そうそう」

サモナイ・キングが思い出したように言った。

「君の新居があるセレブ街だが、実は少し問題がある」

「問題?」

「住民たちがちょっと...個性的でね」

サモナイ・キングは苦笑いした。

「個性的って、どういう意味ですか?」

「まあ、実際に会ってみればわかる。とにかく...気をつけろ」

なんか嫌な予感がする。


【俺の家に到着】


バスは俺のアパートの前で停まった。

「あ、俺の家わかるんですね」

「当然だ。我々は情報収集のプロだからな」

そうか、もう調べられてたのか。なんか恥ずかしい。俺の部屋、散らかってるんだよな。

「身の回りの物を取ってこい。明日から新生活だ」

「わかりました」

俺はアパートに戻って、慌てて荷物をまとめた。といっても、大した物はない。服と本と、賞味期限の近い食べ物くらいだ。

部屋を見回すと、なんか寂しくなった。6年間住んだ部屋だ。特に思い出があるわけでもないが、やっぱり愛着はある。

「さようなら、俺の平凡な生活」

俺は小さくつぶやいて、部屋を出た。


【出発準備】


バスに戻ると、サモナイ一族の面々が待っていた。

「準備はいいか?」

「はい...でも本当に大丈夫ですかね」

「大丈夫だ。我々がサポートする」

サモナイ・キングは俺の肩を叩いた。自分と同じ顔の人に肩を叩かれるのは、なんとも言えない感覚だ。

「明日、結婚相手を紹介する。それまでに心の準備をしておけ」

「心の準備って言われても...」

「とりあえず、今夜はホテルに泊まってもらう。明日から本格的に新生活スタートだ」

バスが動き出した。俺は後ろを振り返って、自分のアパートを見た。もう二度と戻ることはないかもしれない。

「新しい人生の始まりだ」

サモナイ・キングが言った。

「君の人生は今日から変わる。もう平凡なコンビニ店員じゃない。IT企業の社長で、美女の夫だ」

確かに、考えてみればすごいことだ。でも実感がない。

「頑張ります」

俺は小さく答えた。


バスは夜の街を走っていく。俺は窓に映る自分の顔を見つめた。この顔が、明日から社長になるのか。

「そういえば」

俺はふと思った。

「結婚相手の女性は、どんな人なんですか?性格とか、趣味とか」

「それは明日のお楽しみだ」

サモナイ・キングはニヤリと笑った。

「ただし一つだけ言っておく。彼女もなかなか...個性的だ」

「個性的?」

「まあ、君との相性は悪くないと思う」

なんか曖昧な答えだな。でも今日一日で十分すぎるほど驚いたから、もう何が来ても驚かない...と思う。

バスはホテルの前で停まった。高級ホテルだ。俺が泊まったことがあるのは、ビジネスホテルかカプセルホテルくらいなのに。

「今夜はゆっくり休め。明日は長い一日になる」

「はい」

俺はバスを降りた。

「それでは、また明日」

「また明日...」

バスが走り去っていく。俺は一人、高級ホテルの前に立っていた。

なんか夢みたいだ。でも現実なんだよな、これ。

俺の平凡な人生は、今日で終わった。明日からは、偽装結婚とセレブ街での新生活が始まる。

果たして俺は、IT企業の社長として上手く演じられるのだろうか。そして結婚相手の美女とは、どんな人なのだろうか。

俺は不安と期待で胸がいっぱいになりながら、ホテルに向かった。


【一人の夜】


ホテルの部屋は豪華だった。俺のアパートの三倍はある。ベッドもフカフカで、バスルームも広い。

俺はベッドに座って、今日あったことを整理しようとした。でもあまりにも非現実的で、整理しきれない。

サモナイ一族...クローン技術...情報収集組織...偽装結婚...

「俺の人生、どうなっちゃうんだろう」

俺は天井を見上げてつぶやいた。

でも、少しだけワクワクしている自分もいた。今まで何も変化のない毎日だったから、こんな非日常も悪くない...かもしれない。

「とりあえず、明日頑張ってみよう」

俺は決意を固めて、眠りについた。

明日から始まる新生活。果たしてどんな展開が待っているのだろうか。

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